第二話 罪深い存在
「麻世ちゃん!」
「……!」
走って、走って、森の中を駆け抜ける。やがて、大きな木のある場所にやってきて麻世は立ち止まった。
「なんで……どうしてこんなこと……」
麻世は唇を震わせながら呟き、力なく地面に膝をついた。
実の兄を愛し、苦しめ、そして親友を傷付け、更に大切な人を悲しませてしまった。自らの罪深さを改めて思い知らされた。
「麻世ちゃん!」
ティファニアが駆けてきた。麻世は立ち上がり、木の方へ後ずさるようにしながら「来ないで……!」と叫んだ。
「一体どうしたの? ……何があったの?」
「だめ……やっぱり私は
「どういうこと? お姉ちゃんのことに関係があるの?」
「…………」
――あまりに酷な仕打ちだ。けど、自分の犯した罪の結果なのだ。
「……私は罪深い人間なの」
「麻世ちゃん……」
麻世はティファニアに全てを打ち明けた。生前、実の兄である氷樹のことを愛していたこと、その盲目的な愛がゆえに周りのことを傷付けてしまったこと、麻矢の存在のこと――そして恵花のこと、夢の中のこと――
「貴方は……カーチャさんの妹……。私はカーチャさんのことをまたも悲しませてしまった……」
「…………」
麻世の話す言葉をティファニアはじっと聴いていた。
「カーチャさんは私のことを本当に……本当の妹のように可愛がってくれた……とても温かくて……素敵な人。なのに私は……うっ……」
麻世は涙をぼろぼろと流しながら絞り出すように言葉を紡いだ。
「私は存在しちゃいけない人間だった……周りの人みんなを不幸にして……取り返しのつかないことを…………だから、私は地獄に落ちるべきなの」
「そんなことない!」
ティファニアは麻世のことを抱きしめた。
「麻世ちゃんはとてもつらい立場だったんだよ。……実のお兄さんのことを本当に愛していたのでしょう? それなら麻世ちゃんは悪くない!」
「……」
けれども麻世は首を振った。
「貴方にあわせる顔もない……貴方のお姉さんを悲しませてしまった……」
「いいえ、お姉ちゃんは麻世ちゃんのことが好きだったんでしょう? お姉ちゃんはきっと麻世ちゃんの味方だよ」
「ええ……とても私に優しくしてくれて……太陽のような人だったわ。本当に……すごく明るくて、周りの私たちを楽しませてくれる本当に素敵な人。そして……最後までカーチャさんだけは私の味方でいてくれた」
「でしょう? ……確かにお姉ちゃんはきっと麻世ちゃんがいなくなって悲しんだと思う。けど、けして麻世ちゃんが苦しむことは望んでいないわ」
「…………」
麻世は涙を浮かべて自分に訴えかけるティファニアのその姿を、生前最期に恵花に会いに行ったときの彼女の姿に重ねた。
「……カーチャさんの、妹なのね」
「え……?」
「私が最期、貴方のお姉さんに会いに行ったときも、私のことを心から心配して、慰めてくれたの。今、はっきりとわかった。貴方と話している時、どこかで会ったことがある気がしたのは、貴方がカーチャさんの妹だったからなのね」
「……」
するとティファニアは改めて麻世に訴えかけるように言った。
「麻世ちゃん、
「ティファニア……」
麻世は胸が温かくなるのを感じた。あたかも目の前のティファニアが恵花のように思えた。
「……ありがとう」
◇ ◇ ◇
気持ちが落ち着いた麻世は恵花のことをティファニアに話していた。
「そうなんだ。さすがは私のお姉ちゃんね! ……けど、そっか。私のことは話していないのね」
「……カーチャさんはきっと……もしかしたらまだ貴方のことをお話しできるまでには……立ち直っていなかったのかもしれない」
「お姉ちゃん……」
彼女が両親との確執で別居していたことにも繋がっていたのかもしれない。いずれにせよ、ティファニアにとって不安になるようなことは伝えないでおこうと思った。
「貴方のお姉さんはとっても素敵な人よ。私はカーチャさんに出会えて、本当に良かった、って今でも思ってる。そして……」
麻世は胸元のネックレスを手に取った。
「……これはね、最後にお兄ちゃんと、カーチャさんが遊びに連れて行ってくれたときに、私にプレゼントしてくれたの。嬉しかった――アマネは、このネックレスには力が込められているって……カーチャさんの想いが……」
「……そっか、お姉ちゃんは本当に麻世ちゃんのことが大好きだったんだね」
ティファニアは微笑みながら麻世のネックレスを見つめて言った。
「……私の罪ははかりしれない。天国にいるべきではない……けど、カーチャさんがここに私を送ってくれた――私にできることは……」
「アマネに、相談してみたら?」
「あの人に?」
「うん。アマネは天使だもの。きっと麻世ちゃんの手助けになると思う」
「……」
アマネのことをまだ全面的に信頼しているわけではないが、ティファニアの言葉に麻世の心は揺れ動いた。
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