第二章 彼女と出会えた奇蹟

第一話 運命的な邂逅

 翌日、という概念は天界この世界にあるのかと麻世は考えたが、ここは生きていた時と同じように夜になり、そして朝には明るくなる。実は自分は生きているのでは、と錯覚しまうほどに違和感がなかった。

 ドアをノックする音が聞こえる。ドアを開けるとティファニアが立っていた。


「おはよう、麻世ちゃん」

「おはよう」

「朝ごはん、いきましょ」


 ティファニアはにっこりと微笑んで言った。


「昨日は眠れた?」

「……ええ。けど、妙な感じだわ。私たちはもう死んでいるのに、まるで生きているかのよう」

「うん。私も最初はそうだった。けどすぐに慣れたわ。ねえ、今日は湖の方に行きましょ。とても綺麗な湖なの」


 朝食の後、麻世はティファニアに連れられて近くにある森の中に入っていった。森の中、と言っても鬱蒼とした雰囲気ではなく、やはり天国というにふさわしい、どこか安心のできる自然豊かな場所、という感じだった。鳥の鳴き声が聴こえ、青空も垣間見える。

 そしてさほど遠くない場所にその湖はあった。水面が太陽の光できらきらと輝き、透き通った透明の水。そして白鷺しらさぎか、湖面に数羽おり、その他にはカルガモらしき鳥もいる。


「素敵な場所ね」

「でしょ? たまにピクニックに来たりしているの」


 ティファニアは今までここで過ごしてきたであろう楽しい話を色々と麻世に話していた。彼女の楽しそうに明るく話している姿を見ているととても充実しているように思える。アマネの話では心が救われるとこの世界からいなくなり、成仏するようなことを言っていたが……


(いや、アマネは『魂が望んだら』と言っていた。この世界に居続けたい、と思うのならいつまでもそれが叶うのだろうか――)


 きっとそうなのだろう。何せここは死後の世界――時間は無限にあるのだ――麻世はそう思うと、これからは生きていた時の〝罪〟を背負ってこの世界で過ごしていくべきなのだろうか、と心に問いかけた。

 自分が求めているのは自身の心が救われることではない。たとえ届かなくとも、生きていたころに傷付けてしまった人たちへの懺悔の心、そして自らへの〝罰〟なのだ。

 するとその時「カレンちゃん」と呼ぶ声がした。振り返ると自分たちより年上の女性たちが何人かいた。歳は違うがどうやらティファニアと親しい友達のようだった。

 ティファニアは麻世のことを彼女たちに紹介していたが、麻世は気になることがあった。

 彼女たちと別れた後、麻世はティファニアに尋ねた。


「ねえ、貴方のことを『カレン』って……ミドルネームか何か?」

「あ、ううん。私の本名。一応私日本人だから。えっと、牧田花蓮かれんっていうの。牧場の『牧』に田んぼの『田』。『花』に『はす』で牧田花蓮」

「牧田……そう」


 麻世は一瞬恵花のことを思い浮かべた。が、彼女に姉妹がいるとは聞いていない。ただの偶然だろうと思っていた。

 しかし、次のティファニアの言葉で麻世は凍り付いた。


「私が物心つく前は外国にいたの。おじいちゃんとおばあちゃんがオーストリアに住んでて。だから向こうではティファニア、って呼ばれていたの。私はそこまで長く向こうにいなかったからドイツ語は話せないんだけど、お姉ちゃんは話せたの。あ、私お姉ちゃんがいたんだ。麻世ちゃんは?」

「ちょっと待って――」


 麻世はある種の緊張のようなものを感じていた――があるわけない。


「お姉ちゃんって……もしかして…………カーチャ、さん」

「えっ」


 ティファニアは驚いたように麻世を見た。


「どうして、知っているの?」

「貴方……カーチャさんの妹、なの?」

「お姉ちゃんのことを知っているの?」

「牧田……恵花……。エカテリーナ・クラムスキー」


 ティファニアの瞳が大きく見開かれる。


「麻世ちゃん――お姉ちゃんの……お姉ちゃんのことを知っているのね!」

「…………」


 麻世の視界がぐらついた。そんな馬鹿な――


「カーチャさんに……妹がいたなんて知らなかった……」

「ねえ、お姉ちゃんとは友達だったの? お姉ちゃんは元気にしてた?」


 あまりに衝撃的な事実に、麻世はティファニアの言葉に答えることができなかった。


「そんな……」

「麻世ちゃん……?」

「……カーチャさんは、私のお兄ちゃんの同級生で……」

「そうだったんだ……すごい偶然――ううん、奇蹟みたい!」


 喜ぶティファニアとは対照的に麻世はショックを受けた表情をしていた。


「カーチャさんの……」


 すると途端に罪悪感が込み上げてきた。ティファニアが恵花の妹だということがわかり、そして彼女が幼いころに事故で亡くなっていたこと――恵花が妹を失っていたことを知らされた。それと同時に、自分が自ら命を絶って恵花のことをまたも悲しませてしまった事実がわかり、麻世は震えた。


(私は……私のしてしまったことは……)


〝夢〟で見た恵花の号泣している姿を思い出した。彼女に絶望を与えてしまったのだ。


「麻世ちゃん……?」

「私は――私はとんでもない罪を……」

「えっ?」


 麻世は瞳に涙をためてゆっくりと首を振ると、その場から駆け出していってしまった。

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