第三話 命を絶った代償
麻世は自分の部屋に戻ると改めて自分が死後の世界にやってきたことを再認識した。
「……」
自分の手のひらを見つめる。生きているその頃と同じ感覚だ。単に別の世界に移っただけなのではないかと思うくらいだった。
けれども自分には記憶がある。最期に手首を切って命を絶ったあの瞬間まで――
「お兄ちゃん……」
麻世の瞳から透明な涙が流れ落ちた。もし自分が命を絶っていなければ、最期に思い描いた未来はあっただろうか?
翌朝、いつも通りに兄である
(あの子に……麻矢ちゃんに、謝るべきだった)
けど、とても顔を合わせる勇気がなかった。逃げたのだ。自分がとてつもない過ちと罪を犯したことを理解していた。どの面下げて彼女にまた会えようか――この命をもってしても償いきれないほどに自分は周りの人を傷付けたのだ。
そして自分がいなくなればもう問題はなくなる――麻世はそう信じていた。麻矢、氷樹、そして自分の両親――みんな自分が苦しめてしまった。自分なんて存在してほしくなかった。
「私なんか……」
麻世は
実の兄である氷樹を好きになってしまった。愛してしまった。彼も自分を一人の女性として愛してくれていると信じ込もうとしていた。彼の愛を独り占めしたかった。
(…………)
麻世はアマネの言葉を思い出した。彼女は自分が死んだ後のことを知っている。そして、恵花がひどく傷付いたようなことを示唆していた。
麻世は胸元の銀のネックレスを手に取った。この世界まで一緒に来てくれた。このネックレスが恵花の代わりであるかのように感じられる――温かい。
この世界に引き寄せられたのは恵花の想いがそうさせたとアマネは言っていた。
(けど、私がこの世界にいる資格なんて……)
◇ ◇ ◇
気が付けば自分はとある場所に立っていた――いや、立っているように見えて立っている感覚はない。人がたくさんいる場所だ。
『ここは……』
すぐにわかった。制服姿の人がたくさんいる。大人は黒い喪服――そこが自分の葬儀会場だとわかった。
そして――
『…………!』
麻世にとって最も衝撃的な場面だった。麻世の先にいるのは――
「麻世ちゃん――どうして……どうして……っ! うわあああ!」
金髪の女の子が中央で泣き崩れている。もうその声で誰なのかがわかる。
「なんで……! 麻世……ちゃん……」
金髪の女の子――恵花が麻世の遺体の納められた棺の前で言葉にならないくらいに泣き叫んでいる。
(あ……ああ……)
麻世の身体が震え始めた。恵花が悲しんでいる姿――その両脇には彼女を何とか支えようとしている二人の女の子がいたが、それでも彼女は崩れ落ち、悲しみに肩を震わせていた。
しかしそれだけでは終わらなかった。その後に現れたのは麻矢だった。そして、麻世を死に追いやったのは自分のせいだと両親や恵花たちに懺悔するように繰り返していた。
『……めて。やめて……』
麻世は呟くように首を振りながら後ずさった。
「やめてええええっ!!」
目の前に暗闇が広がっている。そこは自分の部屋のベッドだった。どうやら夢を見ていたらしい――いや、これは『現実』なのだ。自分の死んだ後の世界なのだ。周りの人間を傷付け、不幸にした結果がこれなのだ。
「……」
麻世は荒い呼吸をしながら起き上がった。時計を見ると夜中の二時十二分。
自分の罪がどんなものか、改めてわかった気がした。ただ、一つだけ紛れもない事実を突きつけられた。
今見た夢の中の出来事が本物であると麻世は直感的にわかった。そして、その出来事が自分の命を絶った代償であることも――自分の間違った感情で大切な人たちを傷付けただけでなく、命を絶ったことで更に悲しみを生んでしまった。
恵花を、氷樹を、みんなを悲しませたのは自分が死んだせいなのだ。
(けど……私には命をもって償うことしかできなかった。私のしたことはあまりにも罪深い……だから……)
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