第二話 天上世界

 食堂とよばれる広い場所に麻世は連れて来られた。まるで本当に学食のように人でにぎわっている。

 けれどもここにいる人たちは様々な年齢層で、大人もいれば自分より幼い子たちもいる。共通しているのは同じ制服を着ていることだ。

 麻世はティファニアに言われるまま同じテーブルに座って昼食をとり始めた。


「思ったのだけれど、死後の世界――天国っていうけれど、えらく限定的なのね」

「えっ?」

「なんていうか――確かに色んな年齢の人たちがいるのはわかる。けど、みんな日本人ね――貴方はハーフだけれど日本人だし」

「ああ、うん。もちろん国に関係なくこの世界はあるって。けど同じ国の人同士の方がなじみやすいでしょう? 私も思ったけどね。天国にも国があるのかなあって。けどそれはちょっと違うみたいで」

「あの天使――アマネっていう名前だし、あの人も日本人、ということなの?」

「ううん、アマネは違うよ。人じゃない。天使。本名は私も知らないというか、わからないの。私たちには発音できない言葉みたいで。便宜上名乗っている名前なんだと思う。それに、あれが本当の姿なのかもわからないし」

「……天使、ね。その割にずいぶんとくだけた雰囲気な天使ね。悪く言えば、馴れ馴れしいというか……」

「アマネはとっても楽しいよ。……それに、私のことをとてもよく気にかけてくれる」


 ティファニアは幸せそうに――嬉しそうに微笑みながら言った。


「私ね、ここに来たときはものすごい人見知りだったの。もちろんまだ幼かったからというのもあるけれど……けど、アマネがいつも一緒にいてくれて。それに、アマネだけじゃなくて他のみんなもいい人ばかりで――そうだ、私のお友達も紹介したいわ」


 昼食の後、今度はティファニアの友達と言われる人たちに紹介された。どうやら年齢層幅広く彼女は好かれているようだった。好かれているというよりも、可愛がられている――それはやはり彼女が本来幼い子供だったからだろうか――


「私も麻世ちゃんを一目見てからずっと思っていたけれど、やっぱり麻世ちゃんはとても美人だよね。特に男の人はみんな貴方にくぎ付けだったもの」


 みんなに紹介を終えた後でティファニアが言った。


「そんなもの、何の意味もないわ」

「えっ?」

「そんなもの……私にとっては……」

「麻世ちゃん……?」

「いえ――こっちの話」


 ティファニアは麻世の表情を見ていたがすぐに微笑んで、「ねえ、学校に来てみない? きっと気に入るわ」と言って麻世の手を取った。

 麻世は歩きながら、確かに天国というにはふさわしい雰囲気だなと思った。季節は春で緑が豊かで、青空が広がっている。さぞかし芝生の上で寝ころんだら気持ちがいいだろう。

 ここには不安になるような存在はなく、みんな幸せそうな表情をしている。


「さあ着いたわ。ここよ」


 ティファニアに連れられてやってきた場所は確かに学校のような建物だった。ただ、いわゆる生前にあったような学校のように学年で分かれていたりしているわけではなく、年齢もばらばらで自由に勉強をしたり、または運動をして楽しんだりしているような場所だった。


「私、本当にお勉強が大好きでここに毎日通っているの。教科書や資料、なんでも揃ってて先生もみんな楽しい人ばかり」

「そう」

「麻世ちゃんは、お勉強は好き?」


 すると麻世が答える前に後ろから「彼女はとっても優秀よ」と声が聞こえた。二人が振り返るとアマネがいた。


「どう? この世界のこと、少しはわかってきた?」

「……まだ何とも言えないわ」

「きっとすぐに慣れると思うよ。麻世ちゃんならみんなに人気出ると思うし!」

「ティファ、またちょっと彼女とお話があるからいい?」

「わかったわ。じゃあ、またあとでね」


 そう言ってティファニアは学校の中に入っていった。


「……彼女、いい子ね」


 麻世はティファニアの後姿を見ながら言った。


「ええ、とっても。みんなに好かれているわ」

「……」

「まだ貴方の心が変わるかはわからないけど、この世界はきっと貴方の心を救うと信じているわ」

「仮に、そうなったとして、その後はどうなるの? 成仏していなくなるの?」

「魂がそう望んだらね。それはもしかしたら明日なのかもしれないしずっと先なのかもしれない」

「ずいぶんと曖昧なのね。ティファニアもいずれはいなくなってしまうの?」

「ええ、そうね」


 アマネは事も無げに言ったので、麻世は少し意外に思った。


「なるほど、貴方が天使だっていうのはよくわかったわ」

「え? 今信じてくれたの?」

「それで? 私を彼女と引き合わせた理由は何?」

「そうねえ、部屋が隣同士だからねえ」

「……」


 麻世はアマネの言葉を信じてはいなかったが、とりあえずもう少しこの世界のことを知ってみよう、と思った。

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