第三話 届かない声
「貴方の方から私に会いに来てくれたってことは、私のことをやっと信用してくれたのね?」
一際目立つ神殿のような建物からアマネがやって来ると、嬉しそうな表情で麻世に言った。
「貴方が私を
「あら? 何の話?」
「けど、そうだとすると辻褄の合わないことが一つあるわ」
「辻褄の合わないこと?」
「あの子が亡くなったことと私が死んだことは関係がない。たまたまあの子がこの世界にいて、たまたま私がカーチャさんと繋がりがあったからこうしてあの子と私は出会ったに過ぎない。もし彼女との出会いが貴方の仕組んだことだとしても、えらく偶然をあてにしていることになる」
「……」
「私はこの死後の世界のことはよくわからない。それに現実の世界とは時間が超越しているから人知の及ばないことなのでしょうね」
「貴方たちはお互いにこの世界に呼ばれたの」
「呼ばれた?」
アマネはフッと微笑んで言った。
「ええ。きっとネックレスの送り主――エカテリーナ・クラムスキーの想いがそうさせた。けど、私はもちろん貴方がどんないきさつで、そしてどんな思いで死を選んだのかを知っている。貴方の心を救うには、あの子の存在が必要だと判断したの」
「けど、それは私のためにあの子を利用していることになる。カーチャさんの妹をそんなことに――」
「確かに貴方の言う通り、利用しているのかもしれない。けどね、あの子は知っての通り、まだ幼いうちに命を奪われた。これから色んなことを経験することができるはずだったのに。それをこの世界で実現できるのなら素敵なことだと思わない?」
「一石二鳥とでも言いたいの?」
「ずいぶんと辛辣な言葉ね」
「私のためにあの子を利用するなんてこと、私は望んでいない」
「けど彼女はとても幸せを感じているわ。この世界に降り立たなければ経験することもできなかったことを実現できているの」
「…………」
確かにアマネの言うことにも一理あった。けど、それではたまたま彼女はこの世界に呼び寄せられただけで、もし自分が死ななければ実現しえなかったことなのだ。
「その通りよ」
アマネは麻世の考えを読んで言った。
「けど、それこそが『運命』であると思わない? 運命とは色んな歯車がかみ合わさって導かれるもの――偶然こそが必然なの。神の導く道よ」
「神……」
生きていた頃も、そして今もなお麻世は神を信じていない。けれども、神を信じない根本的な理由は自分が兄である氷樹と結ばれるための障害と考えていたからだ。
もはや、その考えは持っていない。であるとすれば、自分は神を信じるべきなのだろうか?
「神は存在しているわ。だって、神に仕える私が存在しているのだから」
アマネはまた麻世の心を読んで言った。
「…………」
麻世にとって神がいようがいまいが今はそれほど重要ではなかった。いまアマネに会いに来た理由はまた別にある。
「私のこの罪を償う方法が知りたいの。それは決して私のためじゃない。私が傷付けてしまった人たちのために――」
◇ ◇ ◇
その夜、再び麻世の〝悪夢〟は続いていた。
今度は前回とは違う場所――けど、そこは懐かしさを感じる場所だった。
(ここは……私の、家?)
目の前に自分の部屋の扉がある。中から声が聞こえる。
麻世がそっとドアに触れようとするとそのまま突き抜けた。すると――
『お兄ちゃん――』
そこには麻世のかつての愛しい人――氷樹がいた。床に跪き、
「……すまない、麻世。お前の…………お前のそばにいるべきだった」
氷樹は嗚咽するように麻世の名前を呼んでいた。
「麻世……お前がいなくなってしまうなんて…………俺のせいだ……お前のことを愛すると決めたはずなのに………………」
『お兄ちゃん……』
麻世は思わず氷樹に抱き着こうとした。けれども身体を突き抜けてしまう。
『お兄ちゃん、私は――私はここにいるわ! お兄ちゃんは何も悪くない!』
麻世は必死に呼びかけた。
『私が全部悪いの……だから……お願い。お兄ちゃん、自分を責めないで……』
けれども決してその言葉は氷樹には届かなかった。
すると場面が変わった。今度は氷樹の部屋の中だった。明かりもつけていないこの部屋で、生気のない目をして部屋の中に座り込んでいる氷樹がいた。
『お兄ちゃん……』
すると誰かが入ってきて部屋の明かりがつく――恵花と翠妃だった。恵花が氷樹を抱き寄せる。
「氷樹――大丈夫だ。大丈夫――麻世ちゃんは天国で幸せになっている。だから……」
⦅カーチャさん……⦆
麻世は恵花に伝えたかった。自分は天界で、彼女の妹――ティファニアと出会えたことを――
「氷樹、お前は独りじゃない。麻世ちゃんは今ここに――氷樹のそばにいる。だから……」
『……!』
麻世は思わず二人に『私はここにいるわ!』とそばに寄った。けれども自分の声は届かない。
「……」
気が付けばまた暗闇が広がっていた。夢を見ていたのだ。
(カーチャさんには……きっと伝わる……)
麻世は瞳を閉じ、ぐっと堪えるような表情でそう思った。
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