エピローグ 新世界で

「…………」


 目を開くとそこは自分の――生前の自分の部屋のベッドの中だった。少し懐かしいこの部屋――窓からは光が差し込み始めている。

 麻世はベッドから起き上がった。


(本当に……新しい世界にやってきたんだ)


 いや、正確には自分は生まれ変わったのだ――新しい世界線で再び命をもらったのだ。

 ふと壁にかけてある制服を見る。それは、麻世の通っていた紹蓮女子小学校の制服だった。そしてその隣にも似たような制服がある。


(これって、中学の制服? そっか……私、本当ならそのまま中学に進んだんだ)


 生前は兄である氷樹と一緒に学校に通うため、彼の通う高校の近くの国立の中学校に入学していたのだ。


(二つあるということは……まだ中学入学前?)


 カレンダーを見ると、三月になっている。スマートフォンで日付を確認すると、どうやら小学校を卒業して今は春休みになっているらしい。


(…………)


 麻世は部屋の扉を開けて廊下に出た。すぐ隣には氷樹の部屋がある。

 胸が高鳴った。if世界パラレルワールドとはいえ、氷樹がいるのだ。そう思うと胸がきゅっとなる思いだった。


(お兄ちゃん……本当にごめんね。いっぱい迷惑かけた)


 もちろんこの世界の氷樹は生前の麻世の世界線の氷樹とはまた別の存在なのだ。

 氷樹の部屋の前に立つ。そしてノックをした。やがてドアが開かれ――


「おにい……ちゃん……」


 氷樹がいた。途端に麻世の瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれる。


「どうしたんだ? 一体――」


 氷樹が言いかけている途中で麻世は氷樹に抱き着いていた。そして「ごめんなさい――本当にごめんなさい」とひたすらに泣きながら謝った。

 氷樹は戸惑うばかりだったが、泣きじゃくる麻世を不器用に撫でながら抱きしめていた。そして「大丈夫か?」と声をかける。


「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」


 今度は道を誤らない――麻世は心にそう固く誓った。そして、みんなの幸せを心から願いたい――



 ◇ ◇ ◇



 その後麻世は麻矢の家の前まで来ていた。果たして彼女はいるだろうか――

 少し震える指先で家のインターホンを押す。やがて麻矢の母親の声がした。


「桐原麻世といいます。あの……麻矢ちゃんはいらっしゃいますか?」


 すると「ちょっと待っててね」という返事が聞こえ、やがて家のドアから麻矢が出てきた。


「麻世ちゃんおはよう。連絡くれれば良かったのに」

「…………」


 麻世はただただ言葉もなく麻矢を見ていた。


「……麻世ちゃん?」


 すると麻世はわなわなと唇を震わせて、彼女に抱き着いた。


「ま、麻世ちゃん?!」

「麻矢ちゃん――本当に…………ごめんなさい」

「えっ?」

「ごめんなさい――本当に……」


 麻世は泣き続けていた。やがて麻世は涙を拭いて、


「麻矢ちゃん、これからもずっとお友達でいてね」

「麻世ちゃん……」


 麻矢は少し驚いていたが、「うん、中学生になってもよろしくね」と微笑んで言った。



 ◇ ◇ ◇



 ―― 約一週間後


 今日は〝二度目〟の入学式だ。本来進むはずだった紹蓮女子中学校。

 氷樹や麻矢と一緒に学校に行くことはできないが、麻世は残念には思わなかった。彼らがいずれ一緒になってくれることが今の麻世にとっての一番の願いだった。


(それに……)


 麻世は胸元にしている銀のネックレスを手に取った。この世界にも一緒に来てくれた。元の世界の恵花から贈られた天使のネックレス――この世界の彼女、そしてティファニアとの出会いが待ち遠しい。


(カーチャさんがお兄ちゃんと同じ学校に入学するはずだからいずれ会えるはず――きっと、ティファも楽しみにしてくれているよね?)


 麻世はネックレスを見つめながら心の中で思った。



 ◇ ◇ ◇



 やがてやってきたこれから通う中学校。この世界ではそれほど久しくはない小学校の時の友達と再会する。みんな中学の制服に身を包んで中学生活を楽しみにしている。


(きっとお兄ちゃんや麻矢ちゃんもいまごろは……)


 するとその時、同じく新中学一年生と思われる女の子がいるのに気付いた。栗色の髪をした見覚えのある女の子――


「ティファ……!」


 麻世は驚いて彼女――同じ制服を着ているティファニアを見た。すると彼女は麻世に駆け寄って抱き着いた。


「麻世ちゃん――やっと、会えた……!」

「ティファ――貴方この学校に……」

「うん。何とか合格できたんだ。麻世ちゃんがここの中学に進学するってアマネが教えてくれて」

「アマネ――がここにいるの?」

「ううん、今はもう『天界あっち』にいると思う。私がこっちに来てからしばらくはアマネが見守ってくれたの。それで……麻世ちゃんと同じ学校に行きたいなって言ったら」

「そう、だったの……。じゃあ……貴方も一緒の学校なのね!」

「うん。……正直、私がこの学校に合格できたのってちょっとずるしてるみたいなものだけれど……ほら、私『あっち』でずっと勉強していたし、その分みんなより有利だったと思う。それでもこの学校、合格するのは相当難しかったんだけれど」

「嬉しい!」


 今度は麻世がティファニアに抱き着いた。二人は〝再会〟を喜び合った。


「ねえ、麻世ちゃん。私、入学式が終わったら親と一緒にお姉ちゃんの学校――麻世ちゃんのお兄ちゃんと同じ星蹟学院の方に行くんだけど、一緒に来ない? お姉ちゃんに麻世ちゃんのことを紹介したいんだ」

「私の親もこの後お兄ちゃんの学校に行くことになってるの」

「良かった。じゃあ決まりね」

「嬉しい……またカーチャさんに会えるなんて……」


 すると麻世の小学校からの友達がやってきた。


「麻世ちゃん、その子知り合い?」

「ええ、のね」

「初めまして! 私、牧田花蓮っていうの。よろしくね」

「外国の子? それとも……」

「ハーフなの。本名は牧田なんだけど、小さいころはオーストリアにいて、そこではティファニアって呼ばれてた」

「私はティファ、って呼んでいるわ」

「へー、可愛い!」


 たちまちティファニアはみんなに囲まれていた。麻世はその光景を嬉しそうに見ていた。

 その後新クラスの掲示を見に行くと、彼女と同じクラスだった。


「やった! 同じクラスだね!」


 二人は手を合わせながら喜んだ。


(ティファと一緒……ありがとう、アマネ)



 ◇ ◇ ◇



 新クラスでのホームルームを終えて麻世はティファニアと一緒に教室を出た。その後両親たちも含めて色々と記念撮影などをしていた。


「花蓮のこと、よろしくね」


 初めて出会ったティファニアと恵花の両親に、麻世は「こちらこそ、よろしくお願いします」とにっこり微笑んで言った。

 その後それぞれ両親と共に、氷樹や恵花、麻矢たちの通うことになる星蹟学院の方へ移動し、やがて待ち合わせ場所である学校のロータリーに到着した。

 すると、こちらの方へ歩いてくる金髪の女の子が見えた。


「…………」


 麻世の心が震える。逢いたかった、あの人――


「やあ、お待たせ」


 金髪の女の子――恵花は麻世の知っている生前のころの彼女そのものだった。


「おや? その子は?」


 恵花が麻世に気が付いて言った。


「お姉ちゃん、紹介するわ。私のお友達で桐原麻世ちゃん。私と同じ学校で、同じクラスになったの」

「初めまして――」


 すると麻世が挨拶をしている途中で「かっ、可愛い!」と麻世を抱きしめた。


「こら恵花、いきなり失礼だろ」


 恵花の父親がたしなめる。けれども麻世は生前のころに彼女と初めて出会ったときと同じ反応に感動していた。


「あっ、すまない。えっと、私はティファの姉でエカテリーナ・クラムスキー。一応本名は牧田恵花だ」


 恵花はにっこりと微笑んで言った。


(ありがとう……アマネ。ありがとう……神様。この人にもう一度出会えて――私は……)


 天使のような微笑みで語りかけてくれるこの人と出会えたことが私の一番の幸せに違いない――今日からこの新しい世界で、大切な人と、望んでいた人生が始まるのだ。


(お兄ちゃん、カーチャさん、麻矢ちゃん……私はきっと幸せになれると思う。どうか、みんなも――ずっと幸せに)


 麻世は銀色のネックレスを握りしめ、恵花に微笑んだ。


「初めまして、桐原麻世といいます。エカテリーナ――カーチャさん、と呼んでもよろしいですか?」





       ――  ふたり ~ Tränen eines Engels ~  完 ――


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