第五話 神に願いを

 数日後、麻世とティファニアの二人は約束通り星空を見に外に出かけた。展望台のような場所に行き、二人は夜空を眺める。


「すごい……こんなにたくさん」


 無数の星が空に広がっている。


「いい場所でしょ?」

「ええ、とても……」


 これと同じ星空を、みんなも見ているのだろうか……ここが天界であることを忘れさせてしまうような不思議な感覚に見舞われた。


「神様、か」


 麻世がつぶやく。


「ここの世界にはいつまでい続けることができるの? この後のことは? 考えたことはある?」

「うーん、私はまだまだ学びたいことがあるし、それに……麻世ちゃんとお友達になれたからまだここにいたいな」


 ティファニアはにっこりと微笑んで言った。麻世も「……嬉しいわ」と微笑んだ。


「……確か、神学の講義もやっているんだっけ」

「ウン、やってるよ。神様のことをよく知ることができるの。麻世ちゃん、参加してみる?」


 神を信じるかどうかはまた別として、この世界のことをよく知っておいて損はないだろう、と麻世は考えた。

 そしてティファニアのためなら、彼女が望む限りここにいようと思った。恵花のことを悲しませてしまったせめてもの罪滅ぼしを――

 すると麻世は胸元のネックレスを手に取った。


「ねえ」

「なあに?」

「これ、貴方に差し上げるわ」

「えっ」

「カーチャさんの妹の貴方の方がふさわしいわ。カーチャさんとは……その……」

「そんなことできないわ」


 ティファニアは麻世が差し出そうとしたネックレスを押し戻した。


「これはお姉ちゃんが麻世ちゃんに贈った大切な物じゃない」

「けど……」

「だって、この世界にまで一緒に来てくれたんだよ? お姉ちゃんの麻世ちゃんに対する特別な想いが込められてる。そんなもの私なんかが受け取れない。それに……」


 ティファニアは微笑むと、麻世をそっと抱き寄せた。


「私はもう充分に受け取っているわ。麻世ちゃんと出会えたこの奇蹟を。本当なら知ることのできなかった、私がいなくなった後のお姉ちゃんのことも知ることができた」

「……」

「麻世ちゃんはとても辛いことを経験してきたと思う。けど、ここではもう不安になることはないわ。もし寂しくなったり、不安になったら私がいるから。他のみんなもきっと――」


 まだ出会ったばかりなのにここまで私のことを心配してくれる――こんな罪もない子が命を奪われるなんてあまりに理不尽だ。ティファニアの方こそ麻世は気の毒だと思った。


「……ありがとう。私も貴方に出逢えて、本当に嬉しいわ」


 麻世がそう言うとティファニアは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 麻世は改めて決意した。それはティファニアのことだった。恵花のことを話すと彼女は本当に嬉しそうな表情をしてくれる。できる限り彼女が笑顔になれるよう、この世界で過ごしていこうと思った。

 恵花がそうしてくれたように、ティファニアのことを大切な友の一人として――



 ◇ ◇ ◇



 麻世は時折〝悪夢〟を見続けることに苦しんでいたが、それが自分の罪なのだと受け入れていた。

 ただ、みんなが傷付く様子には心が抉られる思いだった。どうかみんなの心を救える方法はないか――


(確か、ここには礼拝堂が……)


 ティファニアにここの世界を案内してもらった時に何となく教えてもらっていた。


(けど、私は……)


 自分は神の存在を信じていない。むしろ否定しようとしていた。それなのに、今こうして神にすがろうとしているのだ。


(そんな都合のいいこと、許されるわけが……)


 しかし麻世は思い直した。私の考えなんて関係ない――たとえ自分の意に反したことであっても、みんなのためなら――みんなの心を救うことを願うためなら――

 麻世は礼拝堂のある場所へ向かった。

 そこは白を基調とした礼拝堂で、中央に講壇があり、その後ろには神の姿なのか、ステンドグラスのような模様で女神が描かれている。


(これが……神……)


 麻世は講壇の前に立つと、瞳を閉じて心の中で祈った。


(どうか、私が傷付け、悲しませてしまった人たちをお救いください。私はどんな罰をも受け入れます。こんな私が祈りなどおこがましい行為ではありますが、どうか……)


 この日から、麻世は毎日礼拝堂で神への祈りを続けるようになった。

 兄である氷樹、自分のことを大切に思ってくれた恵花、両親、他の大勢のみんな、そして親友だった麻矢のために――

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