エピローグ
―― 約一ヶ月後
「桐原先輩、すごかったですね。最後のあのショット決まった途端めっちゃ興奮しました!」
「いやあまいった。やっぱりウチの三大エースだけはある」
氷樹と打ち合っていた部長やそれを観戦していた後輩たちが言った。
「さすが氷樹だな。ブランクを感じさせない」
祐輔も氷樹の肩をたたいて言った。
「氷樹先輩、さすがですね」
隣でキューを持った麻矢が立っていた。
「ありがとう。お前もだいぶ上達して今度また個人戦に出られるようになったじゃないか」
「はい。先輩たちに特訓してもらったおかげです」
麻矢は撞球部に復帰し、遅れを取り戻すべく練習を重ねていた。
すると、後ろの台でスパン! という音が鳴り響く。後ろでは恵花と翠妃がゲームしていた。
「カーチャさん、また優勝を狙うって意気込んでますね」
「ああ、あいつならやりかねない」
氷樹は恵花を見ながら言った。
以前のような楽しい時間――麻世の姿はないが、再び氷樹は彼らと一緒に過ごすことができる幸せを感じていた。
そして、自分の隣には麻矢がいる。自分を見上げるまなざしから彼女の温もりを感じる――
◇ ◇ ◇
「どうしたんだ?」
部活からの帰り道、氷樹は話しかけてもあまり反応のない麻矢に問いかけた。
「……やっぱりあの写真、消さなきゃ良かったな」
麻矢はスマートフォンの画面を見ながら言った。以前、氷樹と一緒に水族館に行ったときに撮ってもらった写真は、氷樹と一度別れた後に消去していた。
「別にいいじゃないか写真くらいは」
「私にとっては大切な写真なんです」
「だから」
氷樹は麻矢と向き合うようにして、
「そんなのこの先、いくらでも撮れる。なんなら今からでも行くか?」
「…………」
すると麻矢は少し俯いて、「やっぱり先輩は、ずるいです」と言った。
「え?」
「なんでもありません」
麻矢はそう言うとスタスタと早足で歩き始めた。
「麻矢」
「なんですか」
「怒ったのか?」
「別に怒ってないですよー」
「俺のことは、いつ名前で呼んでくれるようになるんだ?」
「へっ?」
突然言われて、麻矢は思わず氷樹を振り返った。
「俺はお前のことを名前で呼んでいるのに、お前はずっと『氷樹先輩』と。まるでただの先輩後輩みたいだ」
「なっ……そ、そういうわけじゃ……」
麻矢はあたふたとして言った。
氷樹が麻矢をじっと見据える。
「う……か、氷樹……く…………先輩」
「『先輩』が余計だな」
「うう……やっぱずるい」
麻矢は顔を赤くしながら悔しそうに言った。
けど、これからはまた楽しくて幸せな想い出を好きな人と一緒にいくらでも――そう思うと麻矢は心が弾んだ。
麻世ちゃん、どうか
―― 前編 『葬送』 完 ――
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