第五話 よみがえる想い
恵花がお風呂に入っている間、今度は別の写真を見ていた。恵花が渡したタブレットの中には去年からの写真がたくさん入っていた。
去年桜を見に訪れた際の写真――恵花が撮影した麻世の写真がたくさんあった。
(麻世……)
そして今度は麻世が祝ってあげたいと言って企画した恵花のバースデイ・パーティー。
写真の中の彼女は微笑んでいる。とても楽しかった幸せな時間――もう二度と戻ってこない。
「麻世ちゃんが私のことを祝ってくれたんだよな」
いつの間にか風呂からあがってきた恵花がいた。
「……ああ。あいつは本当にお前のことが大好きだった」
「……」
すると氷樹は息を吐いて宙を見つめるようにして、
「……もしこの世に神がいるとしたら、どうして大切な人間を奪っていくんだろうな」
「氷樹……」
「きっと神は存在しない。存在していたら麻世も、そしてお前の妹も今ここにいたはずだ」
「やめるんだ氷樹――私だって何度も思ったさ。どうしてティファが――って。それでも私は神様を信じている」
「何故だ?」
「きっとティファは天国で幸せになっているから。そしてもしかしたら、麻世ちゃんとも出会って打ち解けているのかもしれない。もしそうなら、麻世ちゃんは私たちのことをティファに色々お話ししてくれているんだ。だから――」
すると氷樹は恵花の手を握り、抱き寄せた。
「氷樹――」
「……お前と一緒にいると、心が安らぐ」
「……」
「麻世を喪って、麻矢も離れていった。俺は……もはや生きる意味をなくした」
「なくしてなんかいない」
「カーチャ、お前は俺のつまらない人生に光を当ててくれた」
「まて、氷樹」
恵花はすぐに氷樹を離したが、手は握られたままだった。
「いつも前向きで、周りのみんなを明るくしてくれる――俺のそばにいてほしい、カーチャ」
「……っ」
氷樹が更に迫ってきた。けれども恵花はぐっと唇をかみしめたかと思うと「……なんて残酷なんだ」と呟いた。
「え……?」
「氷樹は、残酷だ。この私にそのセリフを言うことが、どれだけ酷いことか」
そして恵花は改めて氷樹と向き合うと、言った。
「麻矢ちゃんは今でも氷樹のことを想っている。氷樹にもそれがわかっているはずだ。それなのに私に対してそんなことを言うなんて、酷い奴だ」
「カーチャ……」
「それに、私は以前言ったはずだ。私は――私も氷樹のことが、好きだと。けど、今の氷樹は私のことをただ自分の心の寂しさを埋めるためにそんなことを言っている」
氷樹は恵花の言葉に虚を突かれた気分だった。今の自分は彼女の言う通りだった。麻矢に改めて別れを告げられ、そのショックのあまりに心の拠り所を恵花に求めていたのだ。
◇ ◇ ◇
夜、寝る前に氷樹は麻矢に別れを告げられた時のことを思い返していた。
さっきの恵花の言葉が心の中で響く。
――今の氷樹は私のことをただ自分の心の寂しさを埋めるためにそんなことを言っている
その通りだった。改めて麻矢から会うのをやめましょうと言われて自分はショックを受けていた。
(つまり、それは…………未練があるということだ)
今でも自分は、麻矢のことを想っているのだ。麻世を亡くして生きる希望も失っていたが、心の中では麻矢のことを求めていた。
(……)
ふとスマートフォンの画面を見つめる。麻矢の連絡先や、写真などはまだ残してあった。自分では滅多に写真を撮ることはなかったが、その中に彼女の写真がある。二人で初めてデートに行ったとき、パレードを眺めている彼女の横顔――
(ああ、だめだ――)
彼女の表情を見るだけでこんなにも心がうずく。今この人生を終わらせてしまったら彼女とはもう二度と会うことはできない。
氷樹の中で急速に麻矢の存在が再び大きく膨らみ始めていた。
◇ ◇ ◇
恵花がベッドの中でさっきの氷樹との出来事を思い返していた時、ドアをノックする音がした。恵花に緊張が走った。
この時間にこの部屋を訪れるということはやはり、そういうことなのかもしれない。もし氷樹がそうすることしかできないのなら、受け入れるしかない――そう覚悟を決めると恵花は部屋の電気をつけてドアを開けた。氷樹が立っていた。
「カーチャ……ありがとう」
「え?」
「お前の言う通りだ。俺は――自分の寂しさを、虚しさをお前で埋めようとしていた」
「……」
「お前に全てを委ねて楽になりたいと思っていた。けど、それは間違っていた。お前のことを単に寂しさを埋めるための存在として見ていることになるし、そして…………やっぱり俺は、麻矢のことが今でも好きだ、ってわかったんだ」
すると恵花は「良かった……!」と言って氷樹に抱き着いた。
「氷樹……麻矢ちゃんともう一度会うんだ。そして、氷樹の正直な気持ちを麻矢ちゃんに伝えるんだ」
「……ああ」
氷樹は頷いて言った。
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