第四話 自分の存在意義とは

 翌週、恵花は麻矢と話をしようと彼女に連絡をとった。けれども氷樹の件であればお話しすることはありませんという返事が来た。


(麻矢ちゃん……)


 恵花は胸を痛めた。きっと彼女の中できっぱりと心の整理をつけたつもりなのだろう。


(いや――やっぱり麻世ちゃんのことで責任を感じている。麻世ちゃんのお葬式の時はあんなに自分を責めて……)


 今自分にできることは何なのか。麻世が本当に麻矢のことを憎んでいたわけではないと恵花は信じていた。麻世は純粋すぎたのだ。

 恵花は翠妃やかえでに麻矢のことを話した。


「やっぱり麻矢ちゃんは自分のことを責めているんだ。麻世ちゃんのことできっと……」

「……氷樹くんと別れることが、麻世ちゃんへの罪滅ぼしだと思っているのね」

「そんなの悲しすぎます……」

「みんなが自分を責めている――麻世ちゃんもあの時、自分が過ちを犯したって後悔していた。誰も……誰も悪くないのに……」


 恵花は瞳に涙をためて悔やむように言った。


「今はとにかく麻矢ちゃんのケアをしてあげましょう」


 かえでがそう言うと、恵花も翠妃も頷いた。



 ◇ ◇ ◇



 部活が終わって恵花がキューの片付けをしていると、氷樹が「帰りに家に寄ってもいいか?」と訊いてきた。


「ああ――もちろんだ」


 そしてみんなで学校を出て途中で恵花と氷樹の二人はみんなと別れることにした。すると紫は氷樹も恵花と同じ方向に行こうとするのを見て、「二人でどこに行くの?」と訊いた。


「ちょっと私の家に」

「今から?」

「ああ、ちょっと」


 恵花は言葉を濁すように言って氷樹と一緒に歩きだした。


「えーっと、スーパーに寄っていってもいいかな……?」

「ああ」


 スーパーに入って恵花は夕食の材料などを見てまわった。


「なんなら氷樹も一緒に食べていくか? でもあまり遅くなるとまずいか」

「お前の家に泊まってもいいか?」

「え? あ、ああ。うん。もちろん」


 二人は売り場をまわって夕食の材料を買い込んだ。


「今日は俺が全部出すから」

「えっ、何言ってんだよ。いいよ」

「この間だって、今までなんだかんだでお前に世話になっているから。それに――バイト代も余っているんだ」


 結局氷樹が全てお金を払った。


「すまないな、なんだか」

「何を言っている。料理だってお前に作ってもらって、泊めさせてもらって」

「そうだ――ご両親には伝えているのか?」

「……そうだな」


 氷樹はこの間と同じように親に連絡を入れた。


「なんなら天女目も呼んでみんなでお泊まりにすればよかったかな。けど、あいつの家は門限とか色々厳しそうだ」


 恵花の家に着いて、恵花は早速エプロンをつけて買ってきた材料を台所に並べた。氷樹は風呂場を見てくると言って、お湯を入れに行った。


「カーチャ、またアルバムを見せてくれないか?」

「え? ああ。えっと、私の部屋にある。自由に見てくれていいよ」

「ありがとう」


 氷樹は恵花の部屋に行き、この間見せてもらったアルバムを手にしてリビングに戻り、アルバムを眺めた。

 恵花の小さいころからの写真。そして彼女の妹である花蓮――ティファニアと呼ばれたその子は恵花と違って金髪ではなく茶色い髪をしている。父親似のようだ。

 どんなに彼女のことを可愛がっただろう――そして彼女を喪ってどんなに悲しんだだろう――それでも今の恵花は明るく前向きで、周りを楽しませてくれる。

 今にして思えば自分に光を当ててくれたのは――


「氷樹、できたぞ」


 気が付くと恵花がテーブルに料理を並べていた。


「さて食べようか」


 二人はテーブルの席に着いて夕食をとり始めた。すると恵花は「この間、両親と夕食を食べに行った」と話し始めた。


「私が家を出てから初めてだ。まぁ、学校の話など色々した。私はまだ全部を許せるわけじゃないけど、やはりご飯は誰かと一緒に食べるのがいいんだな、と思った」

「……」

「去年は氷樹や天女目やかえでや木下……そして、麻矢ちゃんや麻世ちゃん……みんながここに泊まりに来てくれてとても嬉しかった」


 恵花は思い懐かしむように言った。


「麻世ちゃんは私のことを本当に姉だと思ってくれていた。私は嬉しくて……幸せだった。なあ氷樹、麻世ちゃんは今ここにはいないけど、思い出はみんなが共有している。麻世ちゃんはみんなの心の中で生き続けているんだ」

「……」

「氷樹が麻世ちゃんと過ごした日々は本物だろ? 氷樹は過去にほとんど構ってやれなかった、って言ってるけど、麻世ちゃんが幸せだったのは本当のことだ」

「俺は……もっと昔から麻世に目を向けるべきだった」

「いいや、その分まで氷樹は麻世ちゃんのことを見てあげていたさ。そうだろ?」

「……」


 夕食を終えて氷樹は恵花に促されて先に風呂に入ることにした。

 何度思い返しても後悔しかない。麻世と二人で生きていくと心に決めたはずだった。そうすれば、今でも自分の隣には麻世がいたはずだ。

 どうして自分はこんなに周りに無関心になってしまったのだろう――周りはみんな自分を慕ってくれていたのに。


(カーチャが麻世の姉だったのなら……良かった)


 以前と同じことを氷樹は心の中で思った。自分は何故存在しているのだろう――

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