第三話 久しぶりの喧騒
翌日、氷樹と恵花の二人は一緒に家を出て学校に向かった。恵花は翠妃とかえで、祐輔には事の詳細をすでに伝えていた。彼らは驚いていた様子だったが、恵花と同じく少し安心もしていた。
「おはようございます」
いつもの場所で翠妃たちと一緒になった。紫に怪しまれないよう、彼女が来るよりも早く来ていた。
そして間もなく紫がやってきた。
「あら? もう来ていたの?」
「えっと――」
翠妃が言葉に詰まっていると恵花が「今日はたまたま早く来てたんだ」と言った。もし恵花の家に氷樹が泊まったなどと知られれば、紫の心を刺激してしまうことは明白だった。
みんなで一緒に学校に向かう。そして廊下で氷樹と祐輔の二人と別れて恵花たちは教室に入った。
「氷樹くんが少しでも元気を取り戻してくれるといいんですけど……」
「きっと大丈夫。ただ……思い出してしまってな」
恵花は表情に影を落としながら思い出すように言った。
「氷樹が帰ると言い出したとき、そのまま麻世ちゃんの姿を重ねてしまったんだ。だから私は思わず氷樹を引き留めてしまった」
「カーチャさん……」
「……けど、きっと大丈夫なはずだ。氷樹の方から何かをしたいって言ってくれたことが嬉しかった」
「そうね……」
翠妃もかえでも恵花の気持ちが痛いほどわかっていた。麻世は最後に彼女の家を訪れ、その日のうちに命を絶ってしまった。絶対にそんなことを繰り返したくはなかったのだろう――
◇ ◇ ◇
放課後、帰りのホームルームが終わると恵花たちは氷樹を部活に誘ってみることにした。
隣のクラスに行くとちょうどホームルームが終わったところだったので教室の中に入った。
「氷樹、部活出ないか? 昨日久しぶりに打ってみて、打ちたくなっただろ」
恵花が氷樹の席にやってきて言った。
「……」
氷樹は少し考えていたが、やがて「そうだな」と言った。恵花の表情がパッと明るくなる。祐輔も一緒にみんなで球技室に向かった。
「本当久しぶりね。嬉しい」
紫が嬉しそうに氷樹に言った。
氷樹が球技室に入ると、夏休み前に一度部活に参加して以来の氷樹を見た部員が「お久しぶりです、桐原先輩」と集まってきた。かつて在籍していた麻世が亡くなったことは大変衝撃であったが、その実の兄である氷樹のことは本当に気の毒に思っていた。
そして顧問の先生も「よく来てくれたな」と声をかけ、氷樹が部活に出てくれたことが嬉しかった。
「……」
久しぶりの部活の喧騒――麻世が入部したころの自分は彼女を恐れていた。彼女は兄である自分に想いを寄せ、同じ学校、同じ部にもやってきた。それだけ自分と一緒にいたかったのだ。
「氷樹? 私とは打ったし、また天女目と打ったらどうだ?」
気付いたら恵花が氷樹の肩に手をのせていた。
「ああ……そうだな」
「よ、よろしくお願いしますね」
氷樹と翠妃が一緒にプレーを行った。他の部員たちも久しぶりの氷樹のプレーに注目していた。
「……良かった。ありがとう、カーチャ」
かえでが感謝の気持ちを込めて恵花に言った。
「私は別に大したことはしていないさ。とにかく、改めてみんなで部活を盛り上げていこう」
「ええ、そうね」
翠妃とのプレーを終えると氷樹が恵花に声をかけた。
「今日もバイトなのか?」
「えっ? ああ、そうだな」
「そうか」
「……」
すると紫がやって来て、「氷樹くん、帰りにちょっとお店寄っていかない?」と誘っていたが、氷樹は家に帰ると断っていた。
恵花は少し気になったが、「天女目、今度は私と打とう」と言って練習を始めた。
◇ ◇ ◇
―― 翌日
放課後、帰りのホームルームが終わると祐輔が何人かの友達と一緒に遊びに行こうかと氷樹を誘ったが、氷樹は断った。そして氷樹は隣のクラスに向かった。まだ帰りのホームルームをやっているようだったので少し待っていると、やがて教室から生徒たちが出てきた。
「カーチャを呼んでくれないか」
出てきた生徒にそう伝えるとすぐに恵花がやってきた。
「氷樹、どうしたんだ?」
「今日はバイトか?」
「いや、今日は休みだ。今日は普通科の子たちとちょっと遊びに行くことになってて」
「そうか、わかった」
そう言って氷樹は立ち去ろうとした。
「氷樹も一緒に来るか? 去年の学園祭の時に仲良くなった子たちで――」
「それならいい。邪魔したな」
「……」
氷樹は再び立ち去ろうとしたが、すると「氷樹くん!」と声がした。紫だった。
「氷樹くん、私たちと一緒にどこかに行かない?」
紫は後ろにいる同じ部のマネージャー二人を指して言った。
「いや、今日は帰ることにする」
そう言って立ち去っていた。その後紫が恵花に訊いた。
「氷樹くんはカーチャに何の用事だったの?」
「いや――ちょっと部活のことで」
恵花はとっさにごまかすように言った。恐らく氷樹は自分のことを誘おうとしていたのではないか、と思っていた。何か話したいことでもあったのだろうか――
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