最終章 天使の涙

第一話 響かない彼の心

 夏休みが終わり、二学期が始まった。

 かえでと祐輔は氷樹の家に行く前に合流した。


「木下くんおはよう」

「おはよう、白峰」


 かえでは祐輔に二学期も氷樹を誘って一緒に学校に行こうと相談していた。祐輔も当然に応じた。


「……結局部活には出れなかったけど、学校にさえ来てくれれば……」

「そうね……」

「けど、バイトはやっていたみたいだし、少しは外の空気も感じていられたみたいだから良かった」


 二人は氷樹の家の前までやってきた。すると、ちょうど氷樹が家から出てきた。制服を着ているので学校に行く意思はあるようだった。


「おはよう、氷樹くん」

「オッス」


 氷樹は「おはよう」と言って二人のもとにやってきた。


「夏休みの宿題、終わったか?」


 祐輔はいつもと変わらない様子で氷樹に話しかけた。一応反応してくれていたのでかえでも祐輔も少し安心していた。



 ◇ ◇ ◇



 恵花がいつもの待ち合わせ場所である駅前に行くと、そこにいたのは翠妃だけではなかった。翠妃と話をしている相手――紫だった。


「私は今日から毎日ここで氷樹くんのことを待つって決めたの」

「そう……ですか」

「翠妃ちゃんやかえでちゃんは気に入らないのかもしれないけど、私は私のやり方でやらせてもらうわ」

「そんな言い方――私たちは別に……」

「紫――」


 恵花が声をかけると二人とも振り返った。


「カーチャ、おはよう」

「ああ、おはよう。紫も来ていたんだな」

「ええ。私も氷樹くんと一緒に学校に行くわ」


 紫の半ばなりふり構わない姿勢に翠妃は戸惑っていた。元々氷樹を巡って翠妃とかえでとは仲違いとまではいかないまでも、夏休みの部活の間もある種の緊張が生まれていた。

 すると間もなくして氷樹たちの姿が見えた。


「おはよう――紫ちゃんも」


 かえでは紫の姿に気付いて言った。


「おはよう氷樹くん! 会いたかった」


 紫は嬉しそうに氷樹のそばにかけ寄った。結局夏休み中ずっと会うことはできなかったのだ。

 結局みんなで一緒に学校に向かって歩き始めた。



 ◇ ◇ ◇



 今日は始業式の後のホームルームだけで、午前中で学校が終わりだった。そして翠妃の予想通り紫はすぐに教室を出ていった。彼女が氷樹のクラスに行ったことは明らかだった。


「氷樹くん、帰り一緒にどこかに行こ」

「……」


 氷樹は紫の言われるがまま二人で教室を出た。教室を出る二人を見て、彼らは付き合っているのだろうか、と思う男子もいた。


「まずお昼食べにいこっか」


 紫は久しぶりに氷樹に会えた嬉しさと心のときめきが抑えきれなかった。夏休み中毎日会い焦がれていた想い人――

 二人は駅の近くの店に入った。


「夏休みはバイトが忙しかったの?」

「……ああ、そうだな。休んでいたのもあったから」

「うん、そうだったね。ごめん――」


 紫は慌てて謝った。彼に辛いことを思い出させてしまったかもしれない――


「まだ二学期始まったばかりだし、きっと楽しいことたくさんあるから――」


 そう言うと紫は氷樹の隣に座り、彼の手を握った。


「その――私で良ければ……一緒に……」

「……」


 結局その日は昼食をとった後、氷樹は紫と別れ、家に帰った。


「……」


 一方的に想いを寄せられても、もう彼の心には響かなかった。

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