第六話 生きよう
恵花は思わぬ来客に驚いていた。インターホンの画面には氷樹の姿が映っていた。
すぐにエレベーターホールに向かうとやがて氷樹がやってきた。
「氷樹――」
「……」
氷樹は何も言わなかったが、恵花は彼が普通の状態ではないことに気付いた。すぐに家の中に入れた。
「何かあったのか?」
「……」
恵花は「あの時」を思い出した。まるで麻世が最期に自分の家を訪れたときと同じ――すると恵花は何も言わずに氷樹のことを抱きしめた。
「氷樹、自分を抑え込むな。お前は、生きるんだ」
「…………」
「大丈夫。私がいる。天女目やかえで、紗香も」
「…………」
「大丈夫、だから」
すると氷樹は、そっと恵花から離れた。
「氷樹……」
「……麻矢と」
「麻矢ちゃんと……会ったのか?」
「……麻矢と、もう二度と、会わないことにした」
「え……?」
「彼女の方からそれを伝えにきた。もうお互いに、二度と会わないと……連絡も二度と取らない」
「なんだって……?」
「けど、これで俺はもう……解放される」
「解放」という言葉に恵花は良くない予感がした。
「これでやっと、楽になれる――」
氷樹が言い終わらないうちに、再び恵花が氷樹を抱きしめる。
「だめだ――氷樹。私と一緒にいろ。私の目を見ろ。見るんだ」
恵花は両手で氷樹の頬をつかみ、自分の方に向けながら訴えた。
「氷樹、お前は麻世ちゃんの分まで生きるんだ――」
「……」
「氷樹……」
しばらく恵花はその小さな体で氷樹を抱きしめたままでいた。すると、氷樹が口を開いた。
「お前は……」
「……」
「お前は妹を亡くしたとき、どうやって立ち上がることができた? 俺には……できない」
「……いや、私だって、まだ立ち上がれてはいないさ。ティファのことを誰にも話す勇気がなかったからな」
「それでもお前は前向きに生きている。みんなを明るく、楽しくしてくれている――俺には……とてもできない」
「できなくていいんだ」
更に恵花が更にきゅっと抱きしめる。お互いの鼓動が胸に伝わっていた。
「わかるか? 氷樹も、私もいま、生きている。生きているということは、幸せを感じるし、傷つくし、悲しむこともある。けど、それだけで意味があるんだ」
「……」
「氷樹、辛いならいつだって私はそばにいる。だから――生きろ。辛くなったら私が全部受け止める」
「……」
すると氷樹はそっと離れた。
「麻世は、俺と会いたがっているのかもしれない」
「違う。麻世ちゃんは天から氷樹のことを見守りたいと思っている。私にはわかる」
「あの時――最後、麻世におやすみを言って、部屋に戻る前に声をかけてやれなかった――もしあの時声をかけていれば……」
「氷樹……」
「もしあの時声をかけていれば、麻世は今も生きていたかもしれない――」
「氷樹」
恵花は氷樹の両手を握った。
「……私だってずっと後悔している。麻世ちゃんが最後私のところに来てくれた時、予感がしていたんだ。けど、私は……」
「いや、最期にお前があいつのことを受け止めてくれた」
「…………」
「……」
すると氷樹は未だ生気を失った瞳をしたままだったが、呟くように「また、ここに来ていいか?」と言った。
「もちろんだ。大丈夫。私はいつだってそばにいるから。学校だってみんな待っている。氷樹、生きよう」
「…………」
氷樹は黙って頷き、恵花の家を後にした。恵花は駅前まで氷樹を見送った。
見送った後、恵花は氷樹の心を――みんなの心を救おうと改めて心に固く誓った。
◇ ◇ ◇
恵花は数日後、紗香も含めて一度みんなで会うことにした。そして翠妃たちに氷樹のことを伝えると、みんなは麻矢と氷樹が完全に別れてしまったことにショックを受けていた。
「そんな……麻矢ちゃんも氷樹くんも……可哀想です」
翠妃は心から気の毒そうな表情をして言った。
「……けど、麻矢ちゃんの気持ちもわからないでもないわ。もし私が麻矢ちゃんの立場だったのなら……同じことをしていたのかもしれない」
かえでは麻世への自責の念に駆られている麻矢の心情を痛ましく思った。紗香も同意見だった。
「麻矢ちゃんが思い詰めすぎなければいいのだけれど……本人としてはやり切れないわね」
「……」
みんな押し黙っていた。が、恵花はみんなを勇気づけるようにして、
「私たちが二人を支えればいいんだ。きっといつか……笑ってくれる日が来てくれるはず」
「……そうよ。カーチャさんの言うとおりだわ。私たちまで落ち込んだままでいてはいけない。前を向いていかないと」
紗香も頷いて言った。
「もうすぐで夏休みが終わる。かえで、また木下と一緒に氷樹の家に行ってくれないか?」
「もちろん、そのつもりだわ」
「私とカーチャさんはいつもの場所で待ってますから」
翠妃も言った。すると紗香も、
「みんな、お願いね。私もできる限りのことはするから……」
「ああ。みんなで支え合っていこう」
恵花たちは頷き合った。
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