第三話 逃れることのできない罪
週明けの今日、とうとう氷樹と麻矢は麻世が亡くなって以来、一度も出会わないまま一学期の終業式の日を迎えていた。
氷樹には未だ麻矢と顔を合わせる勇気はなかったし、麻矢も氷樹と会うとどうしても胸が苦しくなってしまうと思っていた。
「おはよう氷樹くん」
氷樹の教室に、紫がやってきて声をかける。
「……」
「今日で一学期が終わっちゃうね……夏休みは部活、出てくれる……?」
「……わからない」
「そっか……あ、でも無理しないでね。氷樹くんのペースで」
紫はすぐに言った。氷樹にとって理解のある女の子でいたかった。
「ねえ、今日帰りにどこかお昼食べに行かない?」
「俺は……」
氷樹が言い淀んでいると「おはよう、宝条」と祐輔が声をかけた。
「あ、おはよう木下くん」
さっきまで少し離れた席で二人を見ていた祐輔は氷樹の立場をわかっていたし、紫が一方的に氷樹に対して想いを寄せていることもわかっていた。
「すまんな宝条、今日は俺と仲河原で飯食いに行くって約束してて」
「えー、ズルイじゃない。木下くんこの間も氷樹くんを独り占めして」
「お前な、言ってることがカーチャに似てきているぞ」
「じゃ、私も入れてよ。いいでしょ?」
「そうだな。三人でもいいよな?」
「ああ……」
これで紫とは二人きりで過ごすことにはならなくなった。氷樹は祐輔が気を遣って声をかけてくれたんだなと察した。
◇ ◇ ◇
「……」
麻矢は通知票の中身もあまりよく見ないままホームルームで担任の話をなんとなく聞いていた。
明日から夏休み――撞球部も恵花たちから誘われているとはいえ未だ戻れなかった。何故なら、〝あの人〟がいるから――
苦しい――あの人を想えば想うほど〝彼女〟の存在が麻矢を苦しめた。自分が最後に投げかけた彼女への言葉は――
――氷樹先輩を『解放』してあげて。
彼女は翌日に命を絶ったのだ。私が彼女を――
「……ちゃん? 麻矢ちゃん?」
気付けばクラスの友達が目の前にいた。どうやらホームルームはもう終わっていたようだ。
「どうしたの?」
「ううん――ちょっと」
胸が、ズキズキする。やっぱり部にはまだ戻れない――いや、まだというより……
麻矢は友達と一緒に学校を出ると駅で別れ、ホームに向かった。
が、その時氷樹が祐輔たちと一緒にホームにいるのに気付いて足を止めた。
「……っ」
すぐに麻矢は逃げるように隠れた。そしてそっと再び氷樹たちの方を見る。祐輔と紫が一緒にいて、二人がしゃべっている。
紫が氷樹に好意を寄せていることは知っている。自分と氷樹が付き合い始めたころにも紫は氷樹と一緒に出かけたりしていた。当然彼女が氷樹と自分が付き合っていることは知らなかったからではあるが、未だ彼のそばにいるということはそういうことなのだろう、と思った。
そして、今は当然自分が過去に氷樹と付き合い、別れたことも知っているはずだ。
(……)
むしろ氷樹が自分以外の別の誰かと早く結ばれてしまってほしいと思っていた。自分には彼と一緒にいる資格はない。彼の妹であるかつての親友を追い詰め――
この罪――罪悪感からは一生逃れることはできない。そして逃れるつもりもなかった。この罪は、一生背負っていかなければいけないのだ。
◇ ◇ ◇
夕方ごろに紫と別れ、氷樹と祐輔は希望ヶ丘駅で降りた。
「……すまなかったな、気を遣わせて」
駅を出たところで氷樹が祐輔に言った。
「宝条はやはりまだ氷樹のことを……」
「……」
「難しいことなのかもしれないけど、いつかははっきりと伝えなきゃ変わらないだろうな……もちろん氷樹の中で心の整理がつかないのはよくわかる。決して無理するなよ」
「……」
「とりあえず夏休みだし、どこかに遊びに行こうぜ。もちろん部活にも出られたら」
「……ああ」
祐輔と別れ、家に向かう。
(……)
氷樹は麻矢のことを考えていた。もう、このまま彼女とは会わない方がいいのかもしれない。
それなら、学校を辞めるのが一番簡単だろう。
辞めた後はどうしようか――その後の人生がまるで想像つかなかった。というより、今こそ人生をやめたい気持ちだった。全てから逃れたい――
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