第七章 期末試験が終わって
期末試験が始まった。氷樹はひとまず学校を辞めないことを紫と約束したので期末試験を受けていた。
翠妃もかえでも氷樹のことが心配だったが、恵花が二人を安心させておいた。
「終わったあ」
最後の試験が終了し、恵花が伸びをして言った。
帰りのホームルームが終わると紫がすぐに席を立って教室を出ていった。
「……氷樹くんのところに行ったのでしょうか」
翠妃がかえでに言った。すると紫と仲の良い女子マネージャーの一人が答えた。
「そうだよ。紫、氷樹くんのこと本気で狙ってるみたいだしね」
「……」
「ねえ――あなたたち、紫とケンカしたの?」
「ケンカというわけでは……」
「ふうん。この間もちょっと雰囲気が良くなかったじゃない?」
「ちょっと色々と……」
「……何となく理由はわかるけどね。氷樹くんのことでしょう?」
「……」
「多分、紫はかえでちゃんたちがいつも一緒にいたからずっと自分も氷樹くんと一緒にいたいって思っていたんだと思う」
「わ、私……別にそんなつもりは――」
「きっと紫ちゃん――いえ、周りからはそう見えてしまっていたのかもしれないわ」
かえでは少し寂しそうに言った。
「でも、氷樹くんが学校に来てくれるようになって良かった。少し、安心したかな」
「……カーチャのおかげよ。カーチャが氷樹くんの家を訪ねてくれたの」
「ふうん」
「私が、なんだって?」
聞こえたのか、恵花が会話に混ざってきた。
「氷樹くんが学校に来てくれたのはカーチャのおかげ、って話していたの」
「何を言っているんだ。天女目やかえでだって……それに、紫も」
「……」
「氷樹が学校を辞めない、って言ってくれたのは紫のおかげなんだ」
「えっ?」
「……詳しくは聞いていないけれど、紫と約束した、って言ってた。だから、紫が氷樹のことを説得してくれたんだと思う」
「そう……だったんですか……」
翠妃は意外そうな表情で言った。
◇ ◇ ◇
紫は隣の教室に行くと、ちょうど氷樹のクラスもホームルームが終わったところだった。教室の中に入り、氷樹の元へ向かう。
「氷樹くん。今日、空いてる?」
「……特に予定はない」
「なら、そうだ。お昼、一緒に食べに行かない?」
「……ああ、別に構わない」
「よかった――じゃ、行こう」
紫は嬉しそうに言った。
「氷樹、宝条と付き合っているのかな」
教室を出ていく二人を見ながらクラスの男子が祐輔に呟くように言った。
「いや……そういう感じではないと思う」
「けどあいつ、まだ元気がないっていうか……いや、元々あんな感じだったかもしれないけど、部活にも出てない感じだし……」
「けど、少し意外だったな」
「何が?」
「宝条とどこかに出かけるなんて。氷樹、ほとんど誘いも乗らなかったのに」
「もしかしたら、少しずつ立ち直れているのかもしれないな」
「……そうかな。けどまだ、そんな風には見えない。部活にも一回顔を出しただけだし……」
祐輔はまだ氷樹が麻世のことで暗い影を落としていることが心配だった。
◇ ◇ ◇
紫と氷樹は校舎を出て歩いていた。
「試験、どうだった?」
「お前やカーチャが教えてくれたところは復習していたから大丈夫だったと思う」
「本当? 良かった!」
二人は駅の近くの店に入った。
「ねえ……夏休みは部活、来れる?」
「……まだ、わからない」
「……そう。私がカーチャみたいにビリヤードが上手ければ部活に行かなくても氷樹くんと一緒に打てたりするのに……」
紫は少し歯がゆそうに言った。
「氷樹くんが部活にいないと……寂しいな」
「……」
「ねえ、夏休みも会ってくれる……?」
「……お前の期待に添えられるかどうか」
今日氷樹が紫の誘いを受けたのは、試験前の時、彼女に対して行った行為についての謝罪の意味もあった。
けれども紫は氷樹が自分の誘いに来てくれたことで、これからも一緒に過ごしてくれるのだと信じていた。
◇ ◇ ◇
「……」
麻矢は今日も一人希望ヶ丘駅から歩いて家に向かっていた。
期末試験が終わって、夏休みになる。部活を辞めたので、夏休みの宿題以外もうやることはない。友達からは何度か会おうと誘われているものの、去年のように楽しい夏休みにはならないだろう。
(……)
麻矢は照らしつける太陽を見上げた。思い起こすのは去年、氷樹と一緒に水族館に行った時のこと――電車が止まって部活も中止になったので氷樹と水族館に行った。とっても楽しくて、幸せだった。
麻矢はふとスマートフォンであの時の写真を探した。そして、飼育員の人に撮ってもらった氷樹との写真を見つめる。
「……」
胸にズキンと痛みが走る。氷樹とは、麻世が亡くなって以降一度も会っていなかった。
というより、麻矢が意図的に登校時間をずらすなどして会わないようにしていた。会えば、きっと辛いからだ。
もう二度とあの頃のように幸せな時間は戻ってこない――
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