第六話 特別な絆
恵花と紫は放課後になると氷樹のいる隣のクラスへ行った。
「氷樹、紫も一緒だがいいよな?」
「……ああ」
紫は氷樹と目が合うと、昨日のことを思い出してドキンとした。
三人は教室を出た。紫は恵花に先を越されたと思っていたが、自分も誘ってくれたことは少し意外に思ったのと同時に、翠妃たちに対する態度がつっけんどんだったかなと少し反省した。
まあでも、恵花はそういう分け隔てのない性格をしていることも紫にはわかっていた。だから、氷樹も恵花の誘いに応じたのかもしれないと思った。
恵花のマンションにやってきって、最上階の四十六階に上がり、彼女の家に入った。
「まあくつろいでくれ。いま紅茶をいれるから」
「ありがと、カーチャ」
紫と氷樹はテーブルの席に着いた。恵花がグラスに氷いっぱいのアイスレモンティーを運んできた。
「ああ、冷たくて美味しい」
「さあて早速始めようか」
恵花はカバンの中から教科書を取り出した。
「家に持ち帰ったのは久しぶりだ」
「ついロッカーの中に置いてっちゃうよね」
恵花と紫は氷樹が授業を受けていないところの復習を中心に勉強を始めた。
◇ ◇ ◇
「ま、今日はこんなとこかな」
夕方になったころ、恵花は伸びをしながら言った。
「じゃ、帰ろっか、氷樹くん」
紫は教科書などをしまいながら言った。氷樹もカバンにしまって立ち上がった。すると、紫に言った。
「……宝条、先に帰っていてくれ。俺はちょっと……カーチャに話がある」
「え?」
恵花も意外そうな表情をした。
「……じゃあ、外で待ってる。それでもいい?」
「……別に構わない」
「わかったわ」
紫は自分だけが部外者になることに少し納得がいかなかったが、氷樹の言葉に従った。
紫が玄関の外に出ると、恵花は氷樹と向き直った。
「何か、あったのか?」
「……」
氷樹は少しの間黙っていたが、口を開いた。
「……ひとまず学校を辞めることは保留することにした」
「そうか――良かった」
恵花の表情が晴れた。
「宝条に……約束した」
「……」
「あいつは本当に俺のことを……そのために自分のことがどうなってもいいと……」
「……そうか」
紫が氷樹のことを本気で好きになっていることは、恵花にももちろんわかっていた。
「けど、俺は……とてもやりきれそうにない」
「氷樹……?」
「宝条や、お前や、紗香、天女目、白峰――みんなが俺のためにしたいって気持ちは伝わっている。けど、俺は……もう疲れたんだ」
氷樹は苦悶の表情を浮かべながら言った。
「どうしても俺の心が満たされることはない。何故なら、麻世がいないからだ」
「……」
「朝起きても、学校にいる時も、夜寝る時も――麻世がいない。カーチャ。お前はどうやって乗り越えた? 俺にはとても……乗り越えられそうにない」
「氷樹……」
恵花はそっと氷樹を抱きしめた。
「私だって……未だに乗り越えられているとは思っていないさ。だって、私が氷樹や天女目に妹の存在を話したのはつい最近だろ? いつかは話そうかと思っていた。けど、
「……」
「氷樹の気持ちは痛いほどにわかる。私の過去を見ているかのようだ。なあ、氷樹。麻世ちゃんが最期に私に会いに来てくれた時、麻世ちゃんは氷樹のことを傷付けていたんじゃないかって自分を責めていた」
氷樹は恵花を見た。
「氷樹のことを本当に愛してしまったことも話していた。だから――」
恵花は再び氷樹をぎゅっと抱きしめた。
「氷樹、死ぬな――お前は麻世ちゃんが愛した唯一の男性なんだ。愛を否定するな」
「……」
「大丈夫。大丈夫だから。私――私たちは麻世ちゃんのことを一番よく知っているじゃないか――氷樹」
恵花は琥珀色の瞳で氷樹を真っすぐに見つめて言った。
「……」
氷樹はしばらく恵花を見つめた後、カバンを持ち玄関に向かった。
「カーチャ」
「……」
「……ありがとう」
氷樹はそう言って恵花の家を出た。
◇ ◇ ◇
「氷樹くん」
玄関の横で待っていた紫は恵花の家から出てきた氷樹に声をかけた。
「……すまないな」
「ううん、途中まで一緒に帰ろ」
紫は微笑んで氷樹の手を取った。
「……」
恵花のマンションを出て駅まで歩いた。そして、改札に入ったところで別れた。
「じゃあ、氷樹くん……また明日学校でね!」
紫は氷樹の後姿を見届けてから自分の帰る方向のホームに歩いた。
「……」
恵花と何の話をしていたのかはわからない。やはり恵花は別格の存在なのだ。
そして、なんとなく心の奥底で感じていた。恵花と氷樹の間にある見えない特別な絆のような物を――
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