第五話 対決姿勢

 翌日、紫は教室に入ると翠妃とかえでの席に行き、面と向かって言った。


「これ以上、私と氷樹くんの邪魔をしないで」

「紫さん……」

「紗香さんってあなたの中学の時の友達なんでしょう? あなたが連絡してわざわざ私たちのことを監視させようとしたの?」


 氷樹との大切な瞬間を邪魔された紫の心は波立っていた。


「監視――そんな言い方――」


 翠妃は思わず立ち上がった。


「翠妃ちゃん――」


 かえでが翠妃を抑えた。


「あなたたちいままで氷樹くんと好きにやってきたのでしょう? なら今度は私の番だわ」

「ちょっと待って紫ちゃん、そんな私たち別に……」


 かえでも紫の対決姿勢に戸惑った。


「そんな言い方、ひどいです」

「ひどいって何が? 私は――」


 するとちょうどその時恵花が教室に戻ってきたので紫はそこで言葉を止めて自分の席に行った。恵花は何となく雰囲気を察した。


「……紫に何か言われたのか?」

「……」


 翠妃もかえでも浮かない表情をしていた。


「……」


 恵花は少し考えて、教室を出ていった。そして隣の氷樹のクラスに入る。恵花は氷樹の席に向かった。


「氷樹、昨日で部活が終わった。一応これ、夏の部活の予定表だ」

「……」


 氷樹は予定表を受け取ってしばらくそれを見ていたが、


「……悪いが、行けるかはわからない。行く気になれるかどうか……」

「それでもいいんだ。いつでも待ってる」


 恵花は明るく言った。


「氷樹が行きたいときに来てくれれば充分だ。もちろん、みんなお前のことを待っている」

「……」

「で、試験前だし私の家で勉強しないか? 今日にでも」

「……」

「まあ、紫にも同じこと言われてると思うが……」

「……そうだな」

「そうか――じゃあ、放課後になったら教室で待っていてくれ」


 恵花の表情がパッと明るくなり、氷樹の教室から出ていった。



 ◇ ◇ ◇



 昼食はかえでも恵花たちと一緒に例の屋上の場所で食べるのが日課になっていた。

 そして、翠妃は紫のことで思い悩むように言った。


「紫さんは私のことを快く思っていないようです」

「……そんなことないさ。ちょっとした見解の違いだ」

「私、どうしても許せなかったんです。氷樹くんに麻世ちゃんのことを――本当のことを言わせたことが……」

「……けど、いずれは知ることになっていたかもしれないわ」

「紫は本当のことを知りたかっただけなんだ。他のみんなに話しているというそぶりもないだろ?」

「けど――氷樹くんの心を傷付けたことには変わりません」

「……そうだな。氷樹の口から言わせるのは……残酷だ」


 恵花も暗い表情をして言った。

 恵花たちが教室に戻ると、紫がやってきた。翠妃は思わずかえでの後ろに隠れた。


「カーチャ」

「なんだ?」

「氷樹くんを誘ったの?」

「え? ああ――勉強の話か」

「そう。カーチャの家でやるって氷樹くんが」

「ああ、そうだ。今日はバイトがないからな。紫も来るか? 私の家だが」

「えっ? いいの?」


 紫は恵花の意外な言葉に思わず聞き返した。


「もちろんだ」

「……かえでちゃんたちも?」


 紫はかえでと、一瞬翠妃の方を見て言った。


「いや、私だけだ」

「そう……じゃあ、私も行くわ」

「わかった。氷樹には教室で待ってろって言ってあるから放課後になったら行こう」


 恵花はにっこりして言った。



 ◇ ◇ ◇



「麻矢ちゃん」


 恵花は中等部の麻矢のクラスに行き、彼女に声をかけた。クラスの生徒たちは金髪である恵花の風貌に注目していた。


「カーチャさん」


 麻矢は少し驚いた。


「……やっぱり、部活、来れないのか?」

「……」

「……一応さ、夏休みの練習予定表を持ってきたんだ」


 麻矢の机の上に予定表を置いて言った。麻矢は正式に撞球部を退部している。


「せっかく上手くなっているのにもったいないよ。それに先生もいつでも戻ってきていいって言ってくれてるし、もし、気が向いたら……」

「……はい。ありがとうございます」


 麻矢は少し微笑んで言った。


「カーチャ先輩」


 隣のクラスの圭太もやってきた。


「おう、刑部君。君は秋の大会に向けて存分にしごいてやろう」

「立花、一緒にしごかれようぜ」


(……)


 みんなが自分のことを励ましてくれている――麻矢はそれが素直に嬉しく、温かかった。

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