第三話 亀裂

 翌日、紫が教室に入って自分の席に向かうと翠妃がやってきた。


「紫さん、昨日は氷樹くんとどこに行ったんですか?」

「プライベートなことを詮索しないでって言ったのはあなたの方でしょ」


 紫は翠妃を一瞥いちべつして言った。


「もう、私と氷樹くんに構わないで」

「……」


 紫の硬化させた態度に、翠妃はそれ以上追及することはできなかった。

 昼休み、かえでも一緒にいつもの屋上で昼食をとった。その時に翠妃は今朝の紫とのやり取りを話した。


「……そう。それで紫ちゃんの態度がそっけなかったのね」


 かえでが沈んだ表情で言った。今朝、挨拶をしても返してくれなかったのだ。


「……紫は、氷樹と麻世ちゃんのことを教えてくれなかったから怒っているのか?」


 恵花が言った。


「……だと思います。結局昨日、氷樹くんとどうしたのかわかりません」


 三人は昼食を終えて教室に戻ることにした。すると、廊下で紫が待ち構えていた。


「紫……」

「聞いたわ」

「……何をだ?」

「氷樹くんと、麻世ちゃんのこと」

「氷樹くんから……ですか?」

「麻世ちゃんが氷樹くんのことを異性として見ていたこともみんな」

「……!」


 三人とも驚いた表情をした。


「氷樹くんは麻世ちゃんを亡くしたことに責任を感じていたのね。麻矢ちゃんと別れた理由も――」


 すると、紫が話している途中で翠妃が前に出て彼女に迫った。


「それを――氷樹くんから聞いたんですか?」

「そうよ。麻世ちゃんのことを知りたい、って言ったの。そしたら家に連れて行ってくれたわ」

「そんな――氷樹くんの口から言わせるなんて――!」


 翠妃は紫の腕につかみかかった。


「天女目――よせ!」


 恵花が慌てて翠妃を引き離した。


「許せない! 氷樹くんにそんなことを言わせるなんて――」


 紫は思わぬ翠妃の行動に驚いていたが、気を取り直した。


「違うわ! 私は氷樹くんのことを理解したいだけ。私は氷樹くんのためならどんなことでもするわ」

「それは貴方のエゴです! 紫さんの独りよがりです! 貴方の行動がいかに氷樹くんのことを傷付けたか――」

「どうしてあなたにそんなことが言えるの? まるであなたたち以外の人間が氷樹くんと関わるのを許さないみたいな言い方ね」

「紫ちゃん、そういうわけじゃないわ。ただ、氷樹くんは……」

「かえでちゃん、あなたは確かに氷樹くんと同じ中学で付き合いも長いかもしれない。けど、氷樹くんを想う気持ちはあなたにも負けないわ」

「だからって、何をしてもいいってわけではないです!」


 再び翠妃が叫ぶようにして言った。


「だから、それをあなたに言われる筋合いはないっていうの!!」


 いつしか紫たちの言い合いに気付いた生徒が見始めていた。


「とにかく――私は私のやり方でやらせてもらうわ」


 紫はそう言うと翠妃たちの前から去っていった。それを追いかけようとした翠妃を恵花が「よせ」と言って彼女の腕をとって止めた。


「間違ってます……氷樹くんに麻世さんのことを言わせるなんて……残酷すぎます!」

「……きっと、紫ちゃんは自分だけが知らなかったことに対しての憤りがあるのかもしれないわ……」

「氷樹のメンタルも心配だ」


 恵花は後姿の紫を心配そうに見ながら言った。



 ◇ ◇ ◇



 今日も紫は放課後に氷樹の教室の前にやってきた。


「氷樹くん、期末ももうすぐだし、もし良かったら一緒に勉強しない?」

「……いや、俺は」

「あ――ううん、もしあれだったら氷樹くんの家の近く……希望ヶ丘の方でもいいの。氷樹くん、休んでいたから途中、授業受けていなかったでしょう?」

「……」

「ま、まあ……私が特別頭がいいってわけじゃないからフォローにもならないかもしれないけど……」

「……」


 氷樹は紫を少し見て、


「なら、俺の家に」

「……うん!」


 紫は微笑んで頷き、氷樹と一緒に帰り始めた。

 が、その後ろから氷樹を呼ぶ声がした。


「氷樹くん――」


 二人が振り向くと翠妃とかえで、恵花がいた。


「二人で……どちらに行くんですか?」


 すると表情を変えた紫が翠妃の前にやってきて、「……いい加減にして」と怒りを込めた表情で言った。


「……今日は部活です」

「明後日から試験一週間前になるわ。氷樹くんは授業を途中受けていないの」

「せめてカーチャさんには一言休むと言うべきじゃないですか? それに、氷樹くんだって部員です」

「放っておいてよ」


 紫は踵を返し、氷樹の手をつかんで行ってしまった。


「だめだ、天女目。紫を刺激すると却って態度を硬化させてしまう」


 翠妃の隣で恵花が言った。


「でも――」

「……とにかく、今日は部活に行こう。今度は私も氷樹に声をかけてみる」


 恵花は翠妃をなだめるようにして言った。

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