第三章 亀裂

第一話 真相

 麻世の死から二ヶ月――季節はすっかり夏が訪れ、期末試験が近付いていた。

 しかし、氷樹はあの日一度部活に出て以来、その後部活に行くことはなかった。恵花たちが心配して声をかけたが氷樹は変わらなかった。

 それよりも、一学期が終わるという「区切り」を意識していた。


(……)


 氷樹は校舎を出て夏の青空を見上げる。ただただこうして学校に行くことに何の意味があるのだろうか――そんなことを考えていると、後ろから声がした。


「氷樹くん」


 紫だった。紫は一人で帰ろうとする氷樹に声をかけるようにしていた。氷樹を元気づけてあげたいと思うのと同時に、彼のそばにいたいという気持ちも強かった。


「……部活じゃないのか?」

「氷樹くんのそばにいたかったから」

「……」


 こんなやり取りも多くなっていた。紫はストレートに氷樹に気持ちを伝えていた。自分が氷樹を支えるのだという自負心すら芽生えていた。


「何度も言うが、俺に構うだけ時間の無駄だ」

「私はただ……氷樹くんに元気になってもらいたいだけ……」

「……」


 氷樹は相変わらず引かない元クラスメートを見つめた。その視線に紫は少しドキン、とした。


「わかってないのか? 俺はお前の気持ちを都合良く利用していた。お前の気持ちを知っていながら麻矢と付き合っていた」

「でも、麻矢ちゃんとはもう別れたのでしょう? 私は氷樹くんのことが本当に好き。あなたにどんな過去があったとしても……私は気にしないわ」

「……」


 彼女の気持ちは揺るがない――氷樹はどうしてこうも周りは自分を放ってくれないのだろう、と思った。


「……俺は、学校を辞めようと思っている」

「えっ?」

「だから、俺のことはもう忘れるんだ」


 そう言って氷樹は立ち去ろうとしたが、紫は氷樹の手をとった。


「どうして……? 私は、あなたと一緒にいたい」

「宝条、俺にとって妹が――麻世が全てだった」

「……」

「あいつはずっと独りだった。俺はそんなあいつをずっと無視していた。そしてやっとあいつにそれまで構ってやれなかった分、一緒にいてやろうと思っていたのに――最後も俺があいつのことをきちんと見てやれなかったから――だからあいつは……」

「待って、麻世ちゃんが事故に遭ったことは氷樹くんの責任ではないわ」

「……事故じゃない」

「え?」

「あいつは事故で亡くなったんじゃない。それは、表向きの話だ」


 そして、氷樹は紫を見据えて言った。


「あいつは、自分で命を絶った」

「えっ」

「最後に、俺に裏切られたとわかったから」

「……どういう、こと?」

「俺は誰よりも麻世のことが大切だと伝えた。けど、麻矢と付き合っていることをずっと告げていなかった。麻世は俺と麻矢が付き合うことに反対していた。あいつが俺の学校に転入してきたのも、俺の、ためだった。それなのに――俺は結局あいつのことより、麻矢のことを優先した」

「……もしかして、麻矢ちゃんが部活をやめたのって……」

「それも俺の責任だ」

「……」


 麻世の死の真実を知った紫は衝撃を受けていた。まさか自殺をしていたとは――


「そのことを、カーチャや翠妃ちゃんたちは……知っていたのね」

「ああ」

「……そう」


 何も知らなかったのは自分だけなのだ。


「これでわかっただろ? 俺はお前の気持ちをいかに利用していたか。最低な男だ」

「……」

「だから、もう関わらない方がいい」


 そう言って氷樹は立ち去って行った。


「……」


 紫は衝撃の事実にしばらく動くことができなかった。



 ◇ ◇ ◇



 翌日、紫は恵花、翠妃、かえでの三人に麻世のことを訊いた。


「カーチャたちは……知っていたの? 麻世ちゃんがどうして亡くなったのか」

「……!」


 恵花たちは虚を突かれた反応をした。


「どうして……とは?」


 翠妃は慎重に訊き返した。


「そのままの意味よ。麻世ちゃんが亡くなったのは交通事故ではなかったってこと」

「……」

「一体、何があったの?」

「……」


 恵花たちは目を合わせず、気まずそうにしていた。


「それは、氷樹くんから聞いたの?」


 かえでが訊いた。


「ええ。氷樹くんは麻世ちゃんのことを裏切ったとかそんなことを……」

「……プライベートなことよ」

「でもあなたたちは知っているのでしょう?」

「それを私たちが言える立場ではないわ」

「……そう」


 紫はこの三人からは何も聞けないと察した。


「私には何も教えてくれないのね」

「そういうわけじゃ……」

「ならいいわ。私、今日も氷樹くんのところに行くから」

「やめて下さい」


 翠妃が一歩前に出て言った。


「麻世さんを亡くした氷樹くんを更に傷付けることになります」

「私は、氷樹くんのためになりたいだけ」

「それなら、なおさらです」

「いいえ、氷樹くんのためになりたいからこそ、真実を知る必要があるの」

「それは、紫さんの独りよがりです」

「何故? あなたたちがよくて、私がいけない理由はないでしょ?」


 紫は怒りをあらわにした。


「紫、待ってくれ。本当にこの件に関しては訊かないでくれ」


 恵花が真剣な表情で言った。


「……」


 紫はしばらく三人を見ていたが、「とにかく、私は私なりのやり方で氷樹くんのことを支えるわ」と言って去っていった。

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