第四話 私にできること
翌日も教室には氷樹の姿がなかった。いよいよ心配になった恵花は、更に次の日の朝、氷樹の家まで来ていた。
家のインターホンを押す。するとやはり母親が出た。
「あの……牧田です。その――氷樹くんは……」
『まあ、カーチャさん。ちょっと待っててね』
しばらく待っていると、制服姿の氷樹がドアから出てきた。
「氷樹」
恵花の表情がパッと明るくなった。
「氷樹、行こう」
「……」
氷樹は何も言わなかったが、二人で歩き始めた。
「授業にも少し遅れてきてしまっているだろ。私や天女目やかえでが補講してやるからな」
すると、氷樹が口を開いた。
「……俺は、学校を辞めようと思うんだ」
「えっ?」
恵花は立ち止まった。
「俺はもう……生きるのに疲れた。独りでいたい」
「氷樹……」
恵花は悲しげな表情で氷樹を見た。
「麻世ちゃんのことは本当に……残念だった。今でも麻世ちゃんのことを思い出すだけで胸が苦しくて苦しくて、どうにかなってしまいそうになる。けど……麻世ちゃんは氷樹がこんな風になることを望んではいない。なあ氷樹。私も、天女目も、かえでも――みんなお前のことが心配なんだ。それは……氷樹のことがみんな大好きだからだ。氷樹に元気になってほしい。だから……学校に行こう」
恵花は氷樹の手を握った。
「……」
氷樹は特に何も言わなかったが、再び恵花と共に歩き始めた。
星蹟桜ヶ丘駅に到着し、学校に向かって歩いていく。しかし氷樹は変わらず空虚に満ちた表情のままだった。
そしてふと、氷樹は足を止めた。
「……やはり行く気になれない。帰る」
そう言って
「待て――氷樹、わかった。無理にとは言わない。そうだ、少し散歩しよう、私と」
「……」
「さあ氷樹」
恵花は氷樹の手を握って学校とは別の方向へ歩き始めた。
◇ ◇ ◇
朝のホームルームの時間が近付いていたが、恵花が来ていなかったことが翠妃は気になっていた。
恵花はもう気持ちが落ち着き始めたから大丈夫と言って、翠妃は昨日から自分の家に戻っていた。やはり、まだ早かったのだろうか――
「カーチャ、まだ来ないわね……」
かえでが翠妃のところにやってきて言った。
「ちょっと連絡してみます」
翠妃は恵花に電話してみたが、出なかった。
「出ません」
「どうしたのかしら……」
かえでも少し心配そうに言った。
◇ ◇ ◇
恵花の電話が鳴っていたが、すぐにスマートフォンをカバンにしまった。
「……天女目からだろ」
氷樹が言った。
「いいんだ。行こう」
「俺のことはいい」
「私は氷樹と一緒に話がしたいんだ」
「……」
二人は再び歩き始めた。そして、かつて麻世とも来たことのある、桜ヶ丘公園に到着した。
「……あの時は桜が綺麗だったな」
「……」
「麻世ちゃんが可愛くて仕方なかった――」
恵花だけがしゃべり続けていたが、ふと氷樹が彼女の顔を見て足を止めた。いつの間にか彼女の琥珀色の瞳から透明な涙が流れていたのだ。
「……あれ? 私、こんなつもりじゃなかったのに――」
恵花は慌てて涙をぬぐった。けれども一度流れ出た涙はやがて溢れるように出始めた。
「すまない――私は――」
「……」
氷樹はじっと恵花を見ていた。
「はは……ごめんな、氷樹……こんなつもりじゃなかったんだ」
恵花はやっと涙をぬぐうとそう言った。
「カーチャ……お前には感謝している。麻世はお前のことを一番信頼していた。お前のことが好きだった。本当なら……俺でなくお前が姉だったら良かった」
「氷樹……」
「俺は以前……毎日がつまらなくて生きている意味が見い出せなかった時があった。けどそんな俺を麻世は昔から……ずっと慕ってくれたんだ。麻世という存在がいかに俺にとって大きかったか……大切だったか……」
「……」
「そんな麻世の気持ちに最後まで応えてやれることができないまま……あいつは……。俺には生きている価値なんてないんだ」
「そんなこと……言うなよ……」
恵花は悲しげに言った。
「すまない、カーチャ」
そう言って氷樹はその場を離れていった。
「……」
恵花は唇をかんで、その場にしばらく佇んでいた。
くやしい――恵花はそう心の中で思っていた。氷樹のことを元気づけようとしていたのに情けなかった。けど、麻世のことを思い出すだけで悲しみが一気に突き上げるように溢れてきたのだ。
(私には――何もできないのか)
それでも恵花は明日も氷樹の家に迎えに行こうと思った。
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