第三話 私も会いたい

 翌日、恵花と翠妃が氷樹の家に行ったという話を聞いた紫が、自分も氷樹に会いたいと言ってきた。


「私も氷樹くんのことが心配だから、今日行こうと思っているの」

「紫さん……」


 紫の気持ちはわかってはいたが、翠妃は氷樹に対する彼女の衝動的な気持ちを危惧していた。

 紫は以前から氷樹に対して積極的にアプローチをしていた。彼を誘って二人だけで出かけたりもしていた。

 そして麻世が亡くなる前、半ば自棄になった氷樹が紫に迫ったところ、彼女は抵抗もせずにむしろそれでもいいという気持ちで部室の中で行為に及ぶところだった。

 けれども翠妃とかえでが駆け込んで未遂に終わった。


「早く学校に来れるといいのだけど……」


 紫は氷樹のことが心配でたまらなかった。

 学校が終わると紫は自分の家とは反対方向の、氷樹の住む希望ヶ丘駅に向かっていた。氷樹に対する想いは今も揺らいでいなかった。彼のそばにいてあげたい、という気持ちが強かった。

 希望ヶ丘駅に到着して氷樹の家に向かう。以前、氷樹と一緒にここを訪れていたが、実際に彼の家に行くのは初めてだった。


「……ここね」


 紫は緊張した。一呼吸してからインターホンを押す。やがて、氷樹の母親と思われる声が出た。


『はい』

「あの――私、氷樹くんと去年同じクラスだった宝条紫といいます――今も同じ部活でマネージャーをしているんですけど……その――氷樹くんはいますか?」

『少しお待ちくださいね』


 少しして母親が出た。


「あの――こんにちは」

「こんにちは」

「その……氷樹くんは……」

「どうぞ、あがって」

「おじゃま……します」


 紫は緊張しながら氷樹の家に入った。


「氷樹は今、上の部屋にいるの。その……まだ登校できないみたいで……」

「本当に……お気の毒でした」


 紫も沈んだ表情で言った。


「氷樹くんをどうか元気づけることができればと思って……」

「ありがとう」


 紫は上の氷樹の部屋に上がっていった。そしてドアをノックする。すると、ドアが開いた。氷樹がいた。


「宝条……」

「氷樹くん……」

「……」


 氷樹は特に何も言わなかったが、紫を中に入れた。


「……心配だったの」

「……」

「麻世ちゃんが亡くなったって聞いて……」

「……」


 氷樹の表情には生気を感じられなかった。


「俺は……最低な人間だ」

「え……?」

「妹には何もしてやれず、そしてお前のことも気持ちを利用して最低なことをしようとした」

「そんなこと――」


 紫は思わず氷樹のそばに寄った。


「そんなこと全然思ってない――氷樹くんは……とても優しいから――」

「いや、俺はそんな人間じゃない。つまらない人間で、生きている価値なんて無いんだ」

「氷樹くん……」

「俺とはもう関わらない方がいい」

「そんなこと言わないで――」


 紫は氷樹を抱きしめた。


「私が――私が氷樹くんのそばにいる。だから……そんなこと言わないで……」

「……」


 氷樹はしばらく何も言わなかったが、再び口を開いた。


「……わかってない。お前は俺という人間をわかっていないんだ」

「氷樹くん……」


 すると氷樹は紫に背を向けて、


「……すまない。独りになりたいんだ」

「……」


 紫はしばし氷樹の後姿を見つめていたが「……また、来るからね」と言って氷樹の部屋を出た。

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