第一話 激しい後悔

 麻世の告別式の翌日、恵花は翠妃と共に学校に向かっていた。


「……」


 いつも氷樹や麻世と待ち合わせていた場所で、ふと恵花が立ち止まる。


「……もう、麻世ちゃんが来ることはないんだな」

「……」


 再び学校に向かって歩き始める。そして高校の校舎に入り、教室に向かった。かえではもう教室に来ていた。


「カーチャ、翠妃ちゃん……おはよう」

「ああ……おはよう。かえで、本当に色々ありがとう」

「いいえ、とんでもないわ」

「隣の……氷樹たちのクラスのみんなには伝えたのか?」

「一応先生の方から身内に不幸があったって説明はしたそうよ」

「そうか……」


 恵花は一応隣のクラスをのぞいた。けれども氷樹の席は空いたままだった。


「カーチャ」


 祐輔が恵花に気付いてやってきた。


「氷樹とは……会ったのか?」

「ああ……けど、深く傷ついている」

「そうか……早く学校に来れるといいけどな」


 祐輔も氷樹の席を見ながら言った。

 恵花たちが教室に戻ると撞球部のマネージャーの一人である宝条ほうじょうゆかりが駆けつけてきた。氷樹に好意を持っている女の子だった。


「ねえ、氷樹くんは? 麻世ちゃんが亡くなったって……」

「……」


 恵花は辛そうに視線を落とした。


「知らなかった――カーチャはお通夜に行ったの?」

「……ああ。天女目と一緒に」

「そうだったの……かえでちゃんも行ったって聞いて……教えてくれれば良かったのに」

「かえでは同じ氷樹と中学だったからな。後は……麻世ちゃんの通っていた小学校と霧ヶ谷の友達とかが……」

「氷樹くんは大丈夫なの?」

「……少し、時間が必要なんだ」

「会ったの?」


 紫は更に訊いた。


「告別式の時に……少し……」

「彼は大丈夫だった?」

「なんとも……」

「かわいそう……氷樹くん……」


 紫は悲しそうに言った。



 ◇ ◇ ◇



 麻世が亡くなったことで、特に中等部では激震が走っていた。あんなに完璧で聡明な美少女が、どうしてこんなに突然にいなくなってしまったのか――

 表向きは事故ということで説明されていたので、麻矢以外の誰も真相を知らなかった。


「……」


 麻矢は暗い表情で俯いていた。そして、次から次へと友達が麻矢に麻世のことを訊いてきた。


「ねえ、事故に遭ったって言ってたけど……いつ?」

「麻矢ちゃん、小学校の時から友達だったんでしょう?」

「……」


 麻矢はずっと俯いたままだった。



 ◇ ◇ ◇



 どうして――俺は何もしてやれなかった――すまない――

 薄暗い部屋の中、仏壇の前で氷樹は一人涙を流しながら何度もそう呟いていた。仏壇には麻世の写真が飾られている。


(麻世……)


 悔やんでも悔やみきれない――麻世が亡くなる前日の夜、彼女のそばを離れなければよかった――もしあの時、麻世に一言でも声をかけていれば……彼女の心を救うことができたのではと悔やんでいた。

 最後、麻世が部屋に戻ったのを見届けてから間もなく彼女は命を絶ったのだ。


「麻世……」


 唇を震わせながら氷樹は絞り出すように麻世の名前を呼んだ。


「……」


 麻世のことを受け入れて一緒に生きていくべきだった――一時いっときでも兄妹同士で愛し合うということを他人に話すことがはばかられたことを悔いた。


(あの時俺は――覚悟していたはずだった。それなのに……)


 あんなに自分のことを愛してくれたのに――麻世は純粋に自分のことを愛してくれただけなのに――彼女のことを悪魔だと感じたこともあった。恐怖を感じたこともあった。拒絶もしたこともあった。

 それらは全て、麻世が純粋に自分のことを心から愛することを否定していたに等しい――彼女はどれだけ傷付いたか――自分の愛する人に拒絶されることなど……

 精神鑑定のテストも受けさせたこともあった。結果は正常だった。正常なのだ――麻世は精神的におかしくなったわけではなく、本当の意味で兄である自分のことを愛してしまったのだ。

 麻世は小学生のころから自分のことを慕ってくれた。全然構ってあげていなかったのに、無視していたのに――それでも自分に懐いてくれた。

 自分に向けてくれたあの純粋な笑顔――悔やんでも悔やみきれない――失ってから初めて気付く自分の愚かさを心から憎んだ。

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