第二話 告別式

 翌日、恵花はかえでと共に朝食の席にいたが、食事にはほとんど手を付けていなかった。


「……」


 目が覚めたとき、麻世がこの世にもう存在しないことがわかると胸が詰まる思いだった。


「カーチャ、告別式には翠妃ちゃんや紗香ちゃんも出るって……」

「……そうか」

「うちで車を出すわ。駅で二人を乗せようと思っているの」

「……本当に何から何まで……ありがとう」

「さあ、少しでも食べて」


 かえでが優しく促した。

 朝食を終えて恵花はかえでの両親に改めてお礼を言った。そして家の前で車に乗り込んだ。


「……」


 恵花はスマートフォンの画面を見つめていた。


「……それはいつの写真?」


 かえでが隣で画面を見て訊いた。


「……麻世ちゃんと氷樹の三人で遊びに行ったんだ」

「そうだったわね……」


 画面に映る麻世は幸せそうな表情をしている。この一週間後に麻世は命を絶った。

 駅前に到着すると、もう紗香と翠妃は来ていた。


「おはようございます」

「おはよう」


 かえでが助手席に移動し、紗香と翠妃が乗り込んだ。


「……」


 みんな神妙な表情で、特に言葉も多く交わさなかった。

 セレモニーホールに到着し、恵花たちは車を降りて受付へと向かった。

 そして恵花は他の参列者と挨拶を交わしている氷樹の両親を見かけてすぐにそちらへ向かった。


「昨夜は大変お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした」


 恵花は頭を下げて言った。


「そんなことないわ。今日も来てくださって本当にありがとう」

「きっと麻世も喜んでいるよ」


 両親は優しく言った。


「あの――氷樹……氷樹くんは?」

「ええ、控室の方に……」


 恵花は静香に教えてもらった控室に向かい、ドアをノックして開けた。氷樹はそこにいた。


「氷樹……」


 氷樹は恵花の方を向いた。その表情には全く生気がなかった。


「氷樹……!」


 恵花は涙が溢れ出て、思わず氷樹に抱き付いた。


「氷樹……どうして……」

「……」


 恵花は泣き続けた。しかし、氷樹はまだ何も言わなかった。


「氷樹……?」


 泣きはらした目で恵花が再び呼び掛けた。すると、氷樹が口を開いた。


「俺は……何も、できなかった」

「そんなことない……! 麻世ちゃんは氷樹のそばにいられて幸せだった!」

「……」

「とっても幸せそうにしていた――麻世ちゃんは最期まで、氷樹のことを好きだって――愛してるって言っていた」

「……」

「私たちで遊びに行ったときだって、あんなに幸せそうにしていたじゃないか……!」

「……」

「氷樹……何とか言ってくれよ……」


 恵花は泣きながら氷樹に訴えかけるように言った。しかし氷樹はそれ以上、何も喋らなかった。



 ◇ ◇ ◇



 午前十時から告別式が始まった。読経、弔文の儀が行われ、お別れの儀に入った。

 恵花たち参列者は棺に入った麻世と対面した。


「……」


 恵花は再び涙が溢れ出て、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。麻世の表情は眠っている姿そのままだった。


「麻世ちゃん……」


 涙を流しながら語りかけた。


「もう、苦しまなくていいからね……どうか安らかに……」


 すると、氷樹の母親が恵花に何かを差し出した。


「これは……」


 静香が差し出したのは、銀のネックレスだった。恵花が麻世にプレゼントした物だった。


「……麻世が大切にしまっていたわ。貴方から頂いたって、とっても嬉しそうに話していたの。一緒に入れてあげて」


 恵花はネックレスを受け取った。そしてぎゅっと抱きしめるようにしてから、麻世の眠る棺の中にそっと添えた。


「……天使のネックレスね。きっと天国でも一緒に持っていってカーチャさんのことを思い出してくれるわ」

「麻世ちゃん…………さよなら」


 恵花はぽろぽろと涙を流しながら、麻世に別れを告げた。



 ◇ ◇ ◇



 火葬も終えて最後にまた氷樹の両親に挨拶をした後、恵花たちはかえでの家の車で駅に向かった。そして駅でかえでと別れ、翠妃と一緒に電車に乗った。


「……本当にもう、麻世ちゃんはいなくなってしまったんだな」


 恵花が呟いた。


「……」

「麻世ちゃん……」


 再び涙が込み上げてきた。すると翠妃が、


「カーチャさん、しばらく私の家に来ませんか?」

「えっ?」

「一人では……きっと寂しいでしょうから……」

「そんなことはできない。家の人に迷惑をかける」

「いいんですよ。もしくは、カーチャさんが良ければ私がカーチャさんのおうちに行きましょうか?」

「……いいのか?」

「カーチャさんさえ良ければ」

「……本当はまだ独りじゃとても耐えられそうにないんだ」


 恵花は弱々しく言った。


「じゃあ、決まりですね。私、一旦家に帰ったらカーチャさんのおうちにお邪魔しますね」


 翠妃は微笑んで言った。


「うん……本当に、ありがとう」


 一旦翠妃とは別れ、恵花は家に戻った。

 恵花は二日ぶりに自分の家に帰ってきた。彼女は自分の通う星蹟学院の最寄り駅である星蹟桜ヶ丘駅近くにあるタワーマンションで一人暮らしをしていた。両親との不仲により、恵花の祖父が購入したマンションだった。


「……」


 ついこの間、麻世がここを訪れ、氷樹への想いを恵花に伝えたのだ。

 何故氷樹と結ばれることが許されないのか――兄妹という絆がそれを妨げている――恵花は痛いほど麻世の気持ちを感じていた。麻世は心から氷樹のことを愛していた。なのに決してそれが許されないことも理解していたのだ。


「麻世ちゃん……」


 もう、麻世はここにいない――

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