第6話 K 捨ててください


クリスティーナは、アッカーソン伯爵家の一人娘として生まれた。両親はクリスティーナの事をとても可愛がり、大事にした。常に二人の侍女がクリスティーナに付き従っていた。




父のアッカーソン伯爵は年々事業を拡大していた。特に1年ほど前から侯爵家と取引を始めてからは、売り上げが倍増したらしい。クリスティーナにも沢山の物を買ってくれるようになった。




8歳になるクリスティーナには大好きなブランドがあった。高級服や小物類を扱うそのブランドはシルバームーンと言う名前だった。一つ一つかなりの金額がかかるそのブランドの商品は、とても品質がよくクリスティーナを引き立ててくれていた。


二人の侍女と、買ったばかりのシルバームーンを身にまとい、ポーズを取って写真を撮って楽しんでいた。


クリスティーナは、艶のある黒髪で、紫がかった瞳をしていた。クリスティーナは、自分の髪の色が不満だった。




シルバームーンは、いつも銀髪で美しいモデルを起用している。できればシルバームーンのモデルと同じような姿になって写真を撮りたいが、クリスティーナの黒髪だとうまくいかない。8歳のクリスティーナに合うウィッグも見つからず、何かが足りないとクリスティーナは思っていた。



そんなある日、シルバームーンの新しいカタログが届いた。そのカタログでは黒髪の美女と、銀髪の美女が起用されていた。寄り添い、時に二人でキスをする素晴らしい写真にクリスティーナも侍女の二人もとても喜んだ。



この美しい写真を再現したい。



カタログに掲載されている商品は全て購入した。



父はさらに事業を拡大しているらしい。かなりの金額を得ているようだった。



ポーズを決めて、シルバームーンの商品を身にまとって何度写真を撮っても、何かが足りない。



(そうよ。銀髪のモデルがいないからだわ。私と一緒に写真を撮るから美少女がいいかしら。)




侍女達と絡んでも何かが違う。どうしても相手役が必要だった。












その日は母に呼ばれた。

「クリスティーナ。」


クリスティーナは答えた。

「はい。お母様。」


母はクリスティーナに言う。

「今日はグリセンコフ侯爵夫妻が我が家に来られるのよ。息子さんも連れて来られるそうなの。私たちは大事な商談があるから、グリセンコフ侯爵家のロビンを貴方達で、もてなして貰ってもいいかしら。とても大人しい子みたいよ。貴方と侍女のお遊びに入れてくれたらいいから。」


クリスティーナは言った。

「分かりました。お母様。」


(なんだ。男の子なの。女の子なら楽しいのに。)


アッカーソン伯爵家に招かれたロビン・グリセンコフ侯爵子息を見て、クリスティーナは衝撃を受けた。肩まで揃えられた艶がある銀髪。華奢で小柄な体格。男性用の服を身にまとっているが、クリスティーナには一目でわかった。



シルバームーンのモデルにそっくりだと、、、




両親から離れ、クリスティーナは自室へロビンを招き入れた。


クリスティーナの自室には、沢山のシルバームーンの衣装や小物類が整頓され並べられている。二人の侍女もロビンを見て驚いているようだった。


ロビンは言った。

「僕は外で遊ぶ方がいいな。今日は天気もいいし。」


そんなロビンにクリスティーナ一冊のカタログを見せる。

「嫌よ。もう何をするか決めているの。貴方はお客さんだから、この家の私に従って貰うわ。これを見て、髪の毛が短いのは我慢してあげる。貴方はこのモデルと一緒のポーズを取るの。あの服に着替えてからね。」


クリスティーナが指さした先には、沢山の煌めくフリルがついたシルバームーンのドレスが飾られていた。









初めは、かなり嫌がっていたロビンも、3人の女に詰め寄られ無理やり服をはぎ取られた時に諦めたらしい。大人しくなったロビンに、シルバームーンの衣装を着せて化粧を施していく。


侍女とクリスティーナは楽しく話をしながら、撮影の準備をする。

「まあ、本当に可愛らしいわ。凄くドレスがピッタリですよ。」


「本当に、女の子にしか見えませんわ。」


「そうよね。ロビン。貴方になら、私のコレクションのドレスを貸してあげてもいいわ。一緒にドレスを着てショッピングに行ってあげてもよくてよ。」


「まあ、素敵。きっとカタログから飛び出してきたと、話題になるでしょうね。」


「ええ、ロビンのご両親も喜ぶわよ。息子が可愛くなって広告塔になれるなんて。」



ロビンは、プルプルと震えていた。




その後、時間が許す限り沢山の写真を撮った。


カタログの成人モデルがキスをするシーンも真似してロビンにキスをした。


黒髪のクリスティーナが、シルバームーンの衣装を身にまとい、銀髪のロビンを抱きしめる場面も撮影した。



ロビンの無表情だけが気になったが、かなり完成度の高い写真が取れて、クリスティーナは満足していた。






数十枚写真を撮り、最後にソファに横になる銀髪のモデルの上にまたがる黒髪のモデルのポーズを撮影しようとしていた時だった。


ドアがノックされる。


「入るわね。クリスティーナ。」


ドアを開けた先にいたのは、クリスティーナの両親のアッカーソン伯爵夫妻と、ロビンの両親のグリセンコフ侯爵夫妻だった。






グリセンコフ侯爵は、わなわなと肩を震わせている。隣にいる公爵夫人は口を大きく開けて呆然とロビンにまたがるクリスティーナを見ていた。


アッカーソン伯爵夫妻は顔を青ざめさて今にも気絶しそうだった。



クリスティーナは言った。

「今いい所なの。もう少しだけ待ってて。」














その後、激高したグリセンコフ侯爵は、ロビンと妻を引き連れてアッカーソン伯爵家を足早に出て行った。残されたクリスティーナは両親に懇願した。ロビンとまた会いたい。婚約してもいい。お願いだからロビンを我が家に招いて欲しいと。



だが、クリスティーナの意見をいつも尊重してくれていた両親は決して頷かなかった。



いつの間にか、アッカーソン伯爵家の事業が立ちゆかなくなってきていた。二人の侍女を含め、沢山の使用人が解雇された。グリセンコフ侯爵家がアッカーソン伯爵家と決別したと噂になっているらしい。グリセンコフ侯爵家は、アッカーソン伯爵家に出資していた事業の全てから撤退した。なにがあったかは分からないがグリセンコフ侯爵家の強硬な姿勢に、アッカーソン伯爵家を避ける家が増えたらしい。


もう、新しいシルバームーンのカタログも、シルバームーンの衣装も、小物も買ってもらえなくなった。クリスティーナは、幼少期に買ってもらったシルバームーンのコレクションをずっと大事にしていた。



いつかまた、沢山のシルバームーンに囲まれて暮らせる事を夢見て。








クリスティーナは、学院に入学した。アッカーソン伯爵家は火の車でいつ潰れても可笑しくない状態になっていたが、一人娘のクリスティーナには教育を施したいと、なんとか学費を捻出したのだ。




学院でクリスティーナは、やっとロビンと再会する事ができた。




ロビンはとても逞しくなっていた。短い銀髪に、澄んだ碧眼。何があったか分からないが、いつも険しい表情をしている。身長は190㎝近くになり、分厚い胸板に、筋肉質な二の腕。なにかスポーツでもしているみたいだ。


でも、あの銀髪を見るとシルバームーンに囲まれていた楽しい時期を思い出す。


(そうだわ。ロビンと結婚すればいい。侯爵夫人なんて素敵じゃない。それに、、、)


クリスティーナは、ロビンにあの時の思い出を見せた。


それを見たロビンは顔色を変えた。

それから、ロビンはクリスティーナの事を学院で尊重してくれるようになった。


グリセンコフ侯爵夫妻には知られないように、学院でロビンとの接触を増やしていった。


ロビンと仲睦まじい様子のクリスティーナにはいつも羨望の眼差しが注がれた。銀髪のロビンは黒髪のクリスティーナをよく引き立てる。


ロビンの隣にいると、よりクリスティーナが魅力的にみられる事に気が付いていた。


ロビン以外の男性からの誘いも増えた。ロビンは決して学院の外で会おうとしない。クリスティーナは、ロビン以外の男性とも、学院外で遊んでいた。


もう少し楽しみたい。


そう思った事がいけなかったかもしれない。







卒業間近になって、グリセンコフ侯爵にバレてしまった。


伯爵家を訪れたグリセンコフ侯爵は、言った。

「なんども約束したはずだ。息子には決して近づかないと。なのにどういう事だ。」


父親のアッカーソン伯爵は言う。

「それは、、、私も知らなくて。」


同席していたクリスティーナは、グリセンコフ侯爵へ言った。

「まあ、御父様。そんなに声を荒げないでください。」


グリセンコフ侯爵はクリスティーナを睨みつけながら言った。

「きみに御父様と呼ばれる理由はないはずだが。」


クリスティーナは言う。

「そんな、卒業したらロビンと結婚したいと思っています。学院でロビンと私はとっても仲良くしているのですよ。」


グリセンコフ侯爵は言う。

「ロビンを脅しているらしいな。」


クリスティーナは言った。

「脅すなんて。お願いしただけですわ。ロビンも楽しんでいるはずです。私とっても人気があるのですよ。」


グリセンコフ侯爵は言った。

「もう我慢ならん。あの時は子供のした事だと思って大目に見たが、今回は違う。ロビンを脅した物を含めて全て排除してやる。痴女は何年たっても治らないな!」


グリセンコフ侯爵はそう言い残し、伯爵家から出て行った。



クリスティーナは、唖然としてつぶやく。

「ちじょ?何の事?」



そのクリスティーナを両親が諦めたように見ていた。








伯爵家は没落した。


クリスティーナは知らなかったがグリセンコフ侯爵家は、国の金庫番と言われるくらい膨大な資産を管理しているらしい。アッカーソン伯爵家も借金をしていた。グリセンコフ侯爵がアッカーソン伯爵家の借金の返済を推し進め、返す事が出来ないアッカーソン伯爵は領地と爵位を返還する事になった。


父は、地位を捨て、僻地の鉱山で一人働く事にしたらしい。

母とクリスティーナは、隣国の母の親戚を頼って国外へ行く事になった。


なんども母から言われる。

「もう2度とグリセンコフ侯爵子息に近づいては駄目よ。」


クリスティーナは、しぶしぶ頷いた。







隣国の母の親戚家では、使用人のような扱いを受ける事になった。母と一緒に朝から晩まで働かされる。


すぐに耐えれなくなったクリスティーナは、町の酒場で働くようになった。いくらかの金銭を親戚へ渡せば、使用人のまねごとをしなくて良くなった。


黒髪で肉欲的な美人のクリスティーナにはよくお誘いを受ける。


その日の客はアマージス男爵だった。貿易を営んでいるアマージス男爵には悩みがあるらしい。


「隣国との交渉がうまく行かなくてね。交渉相手が銀髪碧眼の若い男なのだが、語学堪能で隙が無い。なんとかこちらの有利な条件で交渉を纏めたいのだが、どうも上手くいかない。このままだと利益が激減するよ。」


クリスティーナは言った。

「そうなのですね。その交渉相手の名前は?」


アマージス男爵は言った。

「ロビン・グリセンコフだよ。」


クリスティーナは驚く。学院に在籍していた時からロビンは優秀だと言われていた。まだクリスティーナはロビンとの思い出を捨てていない。貿易交渉の場でロビンに近づけば、王都から離れられない父親のグリセンコフ侯爵は出て来ないはずだ。



クリスティーナは妖艶に笑い、アマージス男爵へ提案をした。

「まあ、知り合いだわ。ロビンとは学院の時にとても仲良くしていたの。彼は私に逆らえないはずよ。実は私、没落する前は伯爵家の娘だったの。ロビンとは結婚を考えていたのよ。そうね。もしあなたの養子にしてくれたら、ロビンを説得してあげるわ。」


アマージス男爵は喜んで了承した。


ロビンはすでに結婚していたらしいが、そんな事は関係なかった。



邪魔な女を排除すればいいだけだ。


男爵は、クリスティーナとロビンとの結婚に前向きだった。できるだけ協力すると言われた。












母が暮らす親戚宅へ帰り、クリスティーナは母に男爵家の養子になる事を告げた。


今でも親戚の家で、使用人の仕事をして暮らしている母の手は、かさつき所々血がにじんでいる。肌も黄土色で、昔の美貌は見る影もなくなっていた。



私は絶対に、こうはならない。



絶対に侯爵夫人になってみせる。




ロビンは昔からクリスティーナの言いなりだった。




あの思い出をクリスティーナが持っているかぎり、ロビンは逆らえないはずだ。








母は、クリスティーナが男爵の養子になると聞き、驚いた。


「そんな。クリスティーナ。なにか余計な事を考えていないだろうね。」


母は何かに怯えているようだ。


そんな事は関係ない。



「貴方の古いシルバームーンのドレスや、コレクションも、貴方がどうしても手放したくないと言うから、なんとかここに置かしてもらっている。

現状に感謝して一緒に慎ましく暮らしていこう。もう贅沢は出来ないが、いいじゃないか。」





クリスティーナは言った。




「私は、こんな生活嫌よ。




邪魔がはいらなければ、侯爵夫人になれるはずだったのよ。




古いシルバームーンはもう必要ないわ。




これからは幾らでも買えようになる。




だから、もう




捨ててください。」







クリスティーナは、ずっと大事にしていた古ぼけ染みがついたシルバームーンの子供用ドレスや小物類を指さして、母へ言った。




そう、これからは幾らでも買えるようになるはず。




これからは、、、、、





























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