五分の三

 今も続いてる、私を呼ぶ声の居場所に到着した。病院の入り口にあった掛け時計は、23時15分を指そうとしていた。すでに私の体の五分の三が消えていた。家からは少し離れた大きな病院であった。建物をすり抜けると、すでに消灯時間となっていたため、物音一つしていなかった。患者の部屋がわかるボードがあったので、雄馬の名前を探すと、すぐに見つかった。何年も一緒に過ごしてきた名前だ、そりゃすぐ見つかるよな、と少し誇らしくなった。

 雄馬の病室の前に辿り着いた。いざ目の前にすると怖くなった。雄馬がただ私の名前を呼んだだけで、私のことがわからなかったら。いや、見るだけでいいって決めたじゃないか。目をつぶりながら、ゆっくりと一歩目を踏み出した。二歩目を出して、両足を揃えたところで目を開けた。そこには、薄いカーテンに照らされた、植物状態の雄馬がいた。雄馬は体を起こしていたが、意識はこの世にないような感じがした。

「ゆう、、、ま、、、。」

 聞こえるわけはなかったが、気付いたら口から漏れていた。段々近づいていくと、雄馬は勢いよくこっちを向いた。

「ゆ、雄馬?わ、私のこと、気付いている、の?」

「、、、は、、、る、、、」

 そう呟くと、雄馬の口が流れだした。目はこの世にはないように見えた。

「はる、なのか?本当、に?なんで、はるが?死んだんじゃないの?」

「雄馬が私をここに呼んだんだよ。私が、わかるの?私が、見えるの?雄馬、元に戻りなよ。皆、心配してるよ。」

「はるがいないなら、俺が生きてても意味ない。お前はずっと、俺のことを家族と思っていたと思うけど、俺は、お前のことがずっと好きだった。」

「え、、、。そんなの、生きてるときに言って欲しかったよ!」

 急なカミングアウトに、自分が死んでしまった悔しみがこみ上げてしまった。

「ほんと、、、な。ごめんな。」

 ゆっくりと下をうつむいた。

「私も、、、好きだったよ!」

「えっ、、、」

「だって、家族が皆いなくなってから、気付いたら雄馬がずっと隣にいたんだもん。最初は 家族みたいな認識なのかなって思っていた。でも、だんだんと、雄馬を誰にも渡したくない、と思ってきた。これは恋だなって、すぐわかったよ。でも、関係を崩したくなかったから言えなかった。」

「はる、、、体がもうあと手と顔しかないじゃんか!」

「24時になったらもう上に行かなきゃいけないんだ。もう二度と下へは来れない。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る