第5話なぞのゆ◯
「おやおや、君は可愛いですね」
そう言いながら、男は少女の頭を撫でる。
すると、彼女は気持ちよさそうにしている。
そんな様子を見て、男もまた癒されていた。
すると、不意にある疑問が生まれる。
この子はどこから来たのだろうか……と。
そこで、恐る恐る尋ねてみるのだが、案外素直に答えてくれた。
なんでも彼女は捨て子らしく、森で拾われたのだという。
それを聞いて、思わず納得してしまう。
確かにこんな森の中なら捨てられても不思議ではないなと思ってしまったからだ。
だが、それと同時に不安にもなる。
このままここに放置していて大丈夫なんだろうかと。
すると、案の定彼女もそのことを心配しているようで、捨てられたのであれば帰りたいと言っていた。しかし、残念なことにこの場所から人里まではかなり距離があるし、そもそも道を知らないため迷ってしまう可能性が高い。そのため、僕は彼女を引き取ることにした。
それから数日後――彼女はすっかり僕たちに懐いていた。
◆ 僕は彼女を引き取ってからというもの、毎日のように彼女の世話をしていた。
朝起きると真っ先に彼女の部屋に向かい、着替えさせてあげてから朝食を食べさせる。その後、彼女の勉強を見てあげる。
そして、昼食を食べる前には必ず彼女の体を洗ってあげる。
その後、彼女の遊び相手になってあげる。
そして、夕食を食べた後に彼女の髪を乾かしてあげる。
その後、一緒に寝るという生活を繰り返していた。
そんな感じなので、正直かなり大変ではあるが、嫌だとは全く思わない。むしろ、もっと甘えて欲しいとも思っていたりする。
だが、そんなある日のこと――彼女が突然倒れてしまった。
◆ 私はいつも通り目を覚ました後、すぐに起き上がって服を着替えた。
それから、彼のところへと向かう。
すると、彼は笑顔を浮かべて出迎えてくれる。
しかし、なぜか今日は彼の様子がおかしい。
どこか顔色が悪いように見えるし、それに少し痩せ細っているような気がした。
私は彼に尋ねることにした。
すると、彼は何でもないと答えるが明らかに嘘である。
私は彼を問い詰めると、観念して本当のことを話してくれた。
どうやら、最近体調が悪く、食欲もないらしい。
私はそれを聞くと、とても悲しくなってしまった。
何故ならば、彼は私のために無理をして働いていたからだ。
恐らく私のせいだろう。私が引き取られたことで仕事を増やしてしまい、その結果体調を崩してしまっているに違いない。
私は自分が情けなくなった。
しかし、今は落ち込んでいる場合じゃないと思い直す。
とにかくまずは医者に見せなければと思った私は、急いで街へと向かった。◆ 私は医者の元へ向かうと、事情を説明して診察してもらうことにする。
すると、彼は驚いた表情を見せた。
やはり、相当酷い状態だったのかもしれない。
すると、彼は私に向かってある提案をする。まさか、そんなことを考えていたなんて思いもしなかったから。
でも、よく考えてみれば当然のことである。
だって、私はただの子供なのだから。
きっと邪魔だと思われているんだろう。
そう思った瞬間、涙が出そうになる。
だけど、泣くわけにはいかない。
だって、私は彼のために何かしたいと思っているのだから。
だから、私は彼の言う通りにすることにした。
そして、私は彼の元を離れることになったのである。
◆ 私は彼と別れて、とある場所へと向かっていた。
そこは孤児院である。
実は以前、一度だけ訪れたことがあったのだ。
というのも、実は私の両親は既に他界しており、身寄りがなかったからである。
そこで、私を引き取りたいという人がいたため預けられたのだ。
その人はとても良い人で、私はとても感謝していたのだが、結局その人とは離れ離れになってしまった。
そして、今回やって来たのはその人のいる場所である。
(あの時はお世話になりました……)
そう心の中で呟きながら、中に入る。
すると、そこには一人の女性が立っていた。
おそらくこの方が例の人なんだろうと察する。
すると、向こうもこちらに気付いたようで話しかけてきた。
どうやら、話は通っているようで、快く受け入れてくれたようだ。
こうして私は再び孤独となった。彼女は何故か泣いており、その理由が僕にあると聞いて驚愕してしまう。一体どういうことなのか? そこで、彼女は全てを話し始める。
彼女は僕が倒れたと聞くと、居ても立ってもいられず飛び出して来てしまったのだという。
しかも、お金を持っていないため、帰ることもできない。そこで途方に暮れていたが、偶然にもこの施設の存在を思い出してやってきたそうだ。
それを聞いて、思わず笑みがこぼれる。
何せ彼女は僕のことが心配で駆けつけてくれたということだからだ。
そんな彼女に対して愛おしさを感じずにはいられない。
しかし、このままでは彼女が困ってしまう。
そのため、とりあえず一旦家に帰ることになったのだった。
◆ 僕は彼女を連れて帰宅すると、早速ベッドに横になる。
すると、彼女は心配そうな顔をして見つめてくる。
僕は大丈夫だよと言って安心させようとする。
だが、彼女はそれでも不安そうにしていたため、頭を撫でることにした。
すると、ようやく落ち着いたのか笑顔を見せてくれるようになる。
そして、そのまま眠りについた。◆ 翌日――目が覚めると、隣にいるはずの彼女がいないことに気づく。
一瞬、嫌な予感を覚える。
だが、すぐに違うと思い直した。
何故なら、彼女の部屋に行く前に洗面所へ行ったからだ。
そのため、まだ眠っているのだろうと判断した。
しかし、いつまで経っても彼女が部屋から出て来る気配がない。
さすがにこれはおかしいと思った僕は、様子を見に向かうことにした。
すると、案の定彼女が倒れている姿が目に飛び込んでくる。
僕はすぐに駆け寄ると、呼吸を確認してみる。すると、かすかに息をしていることがわかった。
ひとまずホッとすると同時に疑問を抱く。
どうしてこんなことになったんだろうと。
だが、今はそんなことを考えていても仕方ない。
とにかく医者に見せる必要があると考えた。
幸いなことに近くの街には医者がいることを知っていたので、急いで向かうことにする。
そして、診察してもらった結果――特に異常はないとのことだったので、安堵すると共に拍子抜けしてしまった。
とはいえ、一応念のため薬を処方してもらうことにした。
◆ その後、しばらく安静にしていると、次第に体調が良くなってきた。
なので、そろそいいかと思い、彼女に話を切り出すことにする。
そして、改めて彼女と向き合うと、真剣な表情を浮かべて告げた。
これからはまた一緒に暮らそうと。
すると、彼女は驚きの表情を浮かべた後、嬉しそうにして何度も首を縦に振った。
その様子はまるで小動物のように可愛らしく思えてしまう。
また、同時に守りたいと思った。
だって、彼女は大切な家族なのだから。
こうして、僕は再び彼女と一緒に暮らすこととなったのである。
私達は今、森の中にいた。
というのも、彼が狩りに行きたいと申し出たためである。
何でも、私のために獲物を取ってきてくれようとしているらしい。
その気持ちはとても嬉しい。だけど、私のために無理をして欲しくはなかった。
だって、彼は病み上がりなのだから。
だから、私は彼を止めようとしたのだが、彼は頑として譲らなかった。
結局、私は折れてしまい、彼に付き添う形で同行することになったのである。
◆ 私は彼の後について行くと、やがて開けた場所へと辿り着いた。
どうやらここが目的地のようだ。
そして、目の前には大きな熊の姿があった。
私はその姿を見ると、恐怖で足がすくんでしまいそうになる。
でも、何とか堪えると勇気を振り絞って声を上げた。
お願いします! どうか彼を見逃してくれませんか!? そう必死に訴えかける。
すると、相手は驚いたような表情を見せたものの、私の願いを聞き入れてくれたようで、その場を離れて行ってしまった。
そのことに胸を撫で下ろす。
良かった……
これで一先ずは安心だ。
しかし、その瞬間――背後からの殺気を感じ取ると、咄嵯に身を屈めた。すると、頭上を通り過ぎていく何かが見えた。それは、どうやら矢だったようだ。
私は慌てて振り返る。すると、そこには弓を構えた一人の男性がいた。
おそらくは猟師なのだろう。
だけど、何故このような真似をするのか? そんな疑問を抱いていると、男性が口を開いた。
「おい、そこの女! お前のせいで逃げられちまったじゃねえか!」
男はこちらに向かって怒鳴りつけてきた。
それに対して反論することはできなかった。
なぜなら、男の言う通り、私が余計なことをしたせいで逃がしてしまったからだ。
すると、男性は舌打ちすると、懐に手を入れる。
一体何をするつもりなのか? 不安を覚えながら見ていると、
「チッ、まあいい。とりあえずはこいつを人質にすればいいだけだ」
そう言って取り出したのはナイフだった。
まさか、それで切りつけるつもりなんだろうか? 嫌だ……そんなの絶対に嫌だった。
だから、私は必死になって抵抗した。すると、それが功を奏してか、どうにかナイフをどこかへ飛ばすことに成功する。
だが、その際、
「くっ、覚えていやがれ!」
という捨て台詞を残して去って行ったため、不安になってしまう。
もしかしたら、また襲ってくるかもしれないと思ったのだ。
◆ 僕は彼女が逃げた方角へ急ぐと、すぐに見つけることができた。
そして、彼女の無事を確認すると、安堵すると共に怒りを覚えた。
何故なら、彼女が襲われていたからだ。
それも恐らく
「あの男……許さないぞ……」
僕は拳を強く握りしめながら呟いた。
◆ 僕は彼女を家まで送り届けた後、すぐに森へと向かった。
目的は当然、あの男を殺すためである。
だが、どこへ行ったのかわからなかったため、手当り次第に探すしかなかった。そのため、かなりの時間を費やしたものの、ようやく見つけた時には既に手遅れになっていた
「ちくしょう!!」
僕は思わず叫んだ。
嘆いている暇はない。
今はとにかく助けることだけを考えなければ。
そう思い直し、急いで駆け寄る。
だが、そこで予想外のことが起きた。
男が僕を見るなり逃げ出したのである。
これにはさすがに呆気に取られてしまう。
しかし、すぐに我を取り戻すと、全力で追いかけた。そして、ついに追いつくと、そのまま殴りかかる。
その結果――僕の攻撃が見事に命中。
それによって、男は気絶してしまった。◆ その後、目を覚ました男に対し、どうしてこんなことをしたのか問いただした。
すると、どうも金目当てで犯行に及んだらしいことがわかったので、報奨金をもらうことにした。
ただ、それだと彼女を襲った理由がわからなかったので尋ねてみると、どうやらお金に困っていたので、奪おうと考えたとのことだ。
また、もし失敗しても人質にして身代金を要求するつもりだったそうだ。
僕はそれを聞くと、あまりの怒りから再び殴ってしまいそうになったものの、何とか堪えた。
これ以上やったら死んでしまうと思ったからである。
それから、僕は男を衛兵に引き渡すと、その足で医者の元と向かう。
そして、診察してもらった結果――特に異常はないとの診断が下されたので、薬を受け取ると、急いで帰宅することにした。
◆ 家に帰り着くと、早速彼女に事情を説明した。
すると、彼女は涙を流して喜んだ後、何度もお礼の言葉を口にしてくれた。
どうやら相当怖かったらしい。
その気持ちはよくわかるので、心が痛んだなので、今後は彼女と一緒に暮らすことに決め、改めて挨拶を行った。
すると、今度は嬉しさからか泣き出してしまう。
そして、しばらくの間、ずっと泣いていたが、やがて落ち着きを取り戻したところで、一緒に食事を取ることになった。
◆ 私達は今、食卓について食事をしていた。
ちなみにメニューはパンとスープだけである。
というのも、彼が狩りに行ってくれたおかげで食料を確保できたため、冬に備えて節約しようという話になったからだ。
だけど、彼は不満そうな様子を見せるどころかむしろ喜んでいた。
何でも、こういう質素な生活に憧れを抱いていたらしく、夢が叶ったと言って笑みを浮かべている。
そのことに私は驚きを隠せなかったものの、同時に納得もした。
何せ、彼の境遇を考えると無理もないことだからだ。
実際、以前聞いた話では、奴隷として酷使されていたと言っていたのだから。
だからこそ、私は彼に提案してみた。
これからはもっと贅沢をしてもいいのよ? と。
すると、彼は苦笑いしながら答えてくれた。
いえ、大丈夫です。僕はこの暮らしが気に入っているので。それに、あなたとこうしていられるだけで幸せですよ。
そんな風に言ってくれる彼を見て、私は胸の奥がきゅんとなるのを感じた。
ああ……なんて優しい人なんだろう。
できることならいつまでもこうしていたい。
だけど、それはできない。
なぜなら、私の身体はもう限界を迎えようとしていたからだ。
正直、かなり前から体調が悪い日が続いていたのだが、ここ最近はさらに悪化しており、今ではベッドから離れることも難しくなっていた。
そのため、私は彼を心配させまいと黙っていたが、そろそろ隠し通すことも難しいかもしれない。
そんなことを考えながら食べ終えると、私は食器を片付ける。
そして、食後のお茶を飲んでいると、突然吐き気が襲ってきた。
「うっ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
「え、えぇ……少し気分が悪くなっただけだから……それより、今日も薬草を採りに行くんでしょう?」
「はい。でも、本当にいいんですか? 僕一人で行って来ますけど……」
「平気……だから……お願い……」
「わかりました。じゃあ、行ってくるのでゆっくり休んでてくださいね!」
そう言うと、彼は慌てて家を飛び出していった。
◆ 僕は急いで森へ向かうといつものように薬草を採取していく。
だが、その最中、ある考え事をしながら歩いていたため、何度かミスを犯してしまった。
そのせいで、予定よりも時間がかかってしまったものの、どうにか必要な量を集めることができたので、急いで家へと戻る。
ただ、そこで予想外のことが起きた。
彼女が倒れていたのだ。それも、顔色が非常に悪くなっており、呼吸も荒くなっている「ど、どうして……」
僕は動揺しながらも彼女の元へ向かい、容態を確認する。
すると、かなりの熱が出ていることがわかった。
恐らく、先程までの体調不良はこれが原因だったのかもしれない。
そう考えると、自分が情けなくなってくる。
何故なら、彼女を守ると決めたはずなのに何もできなかったばかりか、苦しませてしまっているのだから。
だが、今は落ち込んでいる場合ではない。一刻も早く医者に見せなければ。
幸いにもここから近い場所に診療所があるのでそこへ向かうことにした。
◆ その後、すぐに診てもらうことになり、診察してもらうことになった。
ただ、やはりというべきか原因は不明とのことだ。一応、解毒剤を処方してもらったので飲ませることにした。
すると、しばらくして症状が落ち着いたのか、彼女は目を覚ました。
ただ、まだ意識がはっきりしていないようで、ぼんやりとしているようだ。
なので、僕は彼女に話しかける。
すると、徐々に覚醒してきたのか、僕のことを認識できたらしく、こちらを見つめてきた。
その瞳からは不安の色が見える。
きっと、自分の身に何が起きたかわからず戸惑っているのだろう。
その気持ちはよくわかる。
だって今まで病気にかかったことがなかったのだろうし、そもそも健康体そのものだったので余計混乱しているはずだからだ。
しかし、このままではいけないと思った僕は彼女に説明することにした。
すると、彼女は驚いたような表情を浮かべた後、泣き出してしまった。どうやら安心したらしい。
それからしばらく泣いていたが、やがて落ち着きを取り戻す。そして、改めてお礼を口にしてくれた。
そのことに僕はとても嬉しく思うと同時に申し訳ないとも思った。なぜならば、彼女をこんな目に遭わせておきながら、こうして感謝の言葉を伝えてくれているからだ。
だけど、ここで謝るのは違うと思う。
なので、代わりにこれからは一緒に暮らせると伝えると、とても喜んでくれた。
そのことに、また胸の奥がきゅんとなる。
ああ、やっぱりこのと一緒にいたい。離れたくない。
だけど、それはできない。
何故ならば、私はもう長くは生きられないからだ。
だから、せめて最期まで彼の傍にいたい。
それが私の願いであり、最後のわがままである。
私は彼にそのことを伝えようとして、口を開こうとする。
すると、それを遮るように彼が言葉を発した。
「あの、一つだけお願いがあるんですが……」
「なぁに?」
「えっと……その……ぼ、僕と結婚してもらえませんか!?」
彼の突然の発言を聞いて、私は目を大きく見開いた。そして、しばらくの間、呆然としていたが、ようやく我に帰ると、慌てて返事をする。
「はい……よろしくお願いします!」
こうして、私達は結婚することになった。
............
...........
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