再臨/接続の日






 美しい瞳。その中で、制御不能な”光”が暴れる。

 この世のものではない、白銀の輝き。あらゆる次元を超越した、選ばれし者の証。


 けれども、紅月輝夜の持つ”ソレ”は、他者の持つ光とは異なったもの。

 彼女の意思を介さずに、知らないことを見せてくる。




――遅すぎた、というのは、こういう事を言うんだな。




 得体の知れない、巨大なナニカによって、姫乃の街が焼かれている。


 誰も、抵抗することなど出来ない。

 頼りになる仲間は、もう一人も居ない。


 これが満足なのか、それとも違うのか。

 事切れた”黒羽える”の体を抱いて、わたしは絶望に沈んでいた。




――こうするのが、最善の方法だ。




 これもまた、何一つ理解の出来ない光景である。

 わたしは漆黒の刀、カグヤブレードを振るい。黒羽の首をはねている。

 どういう事情を経たら、その結末へ至るのか。




――忘れないで。リタの持つネックレスを奪いなさい。あれが、最後の鍵よ。




 これは、少しだけ覚えがある。誰よりも身近で、そして聞いたことのない声。

 忘れてはいけない、きっとそうなのだろう。




 輝夜の思考が、白銀の輝きに”追いついていく”。


 遠くて近い何かに、ようやく、手が届きそうな――







「――さん。紅月さん!」


「ッ、なんだ?」




 もう少し、という所で。輝夜は現実世界に呼び戻される。

 瞳に宿る輝きは勢いを失い、もとの色へと戻ってしまう。


 輝夜に声をかけたのは、クラスメイトの”黒羽える”。

 今現在、輝夜の思考を最も圧迫している少女である。




「どうか、したの? 何か不思議というか、目がキラキラ光ってたけど」


「……目が、光ってた?」


「うん。すっごく綺麗な感じで。それも、魔法か何かなのかな」




 自分の身に、何が起きているのか。何に近づいているのか、今の輝夜には分からない。

 ただ一つ、確かなのは。今は体育祭の真っ最中であり、自分が何も無い場所で突っ立っていたという事実のみ。

 それを心配して、黒羽も近づいてきたのだろう。




「あ、そうだ。みんな紅月さんのこと心配してたよ? さっきの騎馬戦で、落ち込んでるんじゃないかって」


「まぁ、そうだな」




 確かに、ほんの数分、あるいは数秒前だろうか。認識できない時間と遭遇するまで、輝夜はそのことで落ち込んでいた。


 しかし今は、それどころではない。


 自分を心配している、この目の前の少女。

 今まで、一切の警戒心を抱いていなかった彼女が、全てを吹き飛ばしてしまったのだから。




「お前。黒羽は」


「ん? なにが?」


「……いや、何でもない」




 何を言うべきか。どういう対応をするべきか。愚鈍な輝夜の脳みそは、その最適解を導けない。

 そんな彼女の様子を見て、黒羽も首を傾げ。


 妙な雰囲気に。

 そんな中で、輝夜の導き出した答えは。




「とりあえず、トイレ行かないか?」


「え。うん、いいけど」




 何も考えずに、黒羽を連れ出した。

















「……」


「……」




 なぜ、こうなったのか。きっと互いにそう思いながら、輝夜と黒羽は気まずそうな表情をする。


 それもそう。

 なぜなら二人は、トイレの”同じ個室”に入っているのだから。




「えーっと。ちょっと、感情が追いつかないというか」


「……とりあえず、座れ」


「あ、うん」




 トイレは狭いので。

 黒羽は便座に座り、輝夜は扉にもたれかかる形となった。




 突如、トイレの個室に連れ込まれて。一体、何をされるのか。

 黒羽は少々、緊張した様子で。


 ここまでやった張本人である輝夜は、渋々と、重い口を開いた。




「今から、少し変なことを聞くが。まぁ、あまり気にせずに――」




 再び、まるで発作のように。

 輝夜の瞳が、白銀に輝き出す。




――ねぇ、紅月さん。”転生”って、信じる?




 今まで通り、それは知らない光景。

 黒羽えるが、自分に言葉を投げかけている。




――前世の記憶を有したまま、生まれ変わるってこと。




 どういうことなのか。なぜ黒羽の口から、そんな言葉が出てくるのか。


 しかし今回は、それだけのようで。

 輝夜の瞳は、もとの黒へと戻っていった。




「ッ」


「大丈夫!? 紅月さん」


「……ああ」




 とっさに見えたビジョンに、輝夜は少しふらついてしまう。

 知らない光景が見える”頻度”が、徐々に上がっているようだった。


 とはいえ、今はその問題を考えても仕方がない。

 輝夜は再び意を決して、黒羽に向かい合う。




「黒羽。率直に聞くが、”命を狙われる理由”に、心当たりはあるか?」


「……え?」




 黒羽の表情が、凍りつく。

 一瞬で、感情が見えなくなったような。心を閉ざされたような。


 言い表せない機微を、輝夜は感じ取る。




「……その反応。どうやら、何か事情がありそうだな」




 輝夜がそう言葉を投げかけると。

 ほんの僅かに、黒羽の口元が”愉快そう”に歪む。




「……迂闊だよね、紅月さん」


「え?」


「ふふっ。その何も理解してないって表情、相変わらずキュートだね」




 黒羽の表情は、ただの微笑み。

 しかし輝夜は、底知れぬナニカを垣間見る。




「そっかぁ。紅月さんからそういう質問が来るってことは、”そっち側の誰か”が、わたしに辿り着いたってことだよね」



 動揺する輝夜をよそに、黒羽は一人つぶやく。



「電子的なセキュリティは完璧なはずだから、プログラムはまだ無傷。でもそもそも、どんなアプローチでわたしに気づいたのかな? う〜ん、それだけが不思議かも」




 輝夜に対する警戒心は、まるで無い。

 初めて会った日から、悪魔バトルを挑んだあの日も、そして今も。


 ”計画”の障害になる存在とは、微塵も思っていない。

 むしろ、その逆であると考えている。


 現に今も、”重要な情報”をもたらしているのだから。




「あ、そうだ! ねぇ紅月さん。最近、あのソロモンの夜ってどうなってる? ほら、わたしは指輪を失くして、アプリも消えちゃったから」


「どうなってるとは、どういう意味だ?」


「ほらほら、あれから結構経つでしょ? 遺物レリックの保有者とか、かなり変わってると思うんだよね。……そのイヤリングを見る限り、紅月さんはまだ生き残ってそうだけど」


「……まぁ、そうだな。色々とあったが、今は膠着状態? みたいな感じだな」


「ふぅん。膠着状態って、具体的には?」




 望む情報、計画のキーを探ろうと。

 明るく問いかける黒羽に、輝夜は迂闊にも喋ってしまう。


 どれだけ怪しく、不気味でも。

 彼女は友人で、クラスメイトなのだから。




遺物レリックの大半は、もうこの街に集まってるんだよ。わたしの家族とか、周囲の連中とか。あと、ナントカの騎士っていう集団も、姫乃に集まってるらしい」


「ふむふむ。それは、なんとも興味深い内容だね」




 いいや、違う。黒羽にとって、その程度の情報は何の意味もない。

 もっと重要な、全てを覆すような回答が欲しかった。


 そして輝夜は、迂闊にも口にしてしまう。

 この物語を終わりにする、重要なキーワードを。




「問題なのは、あのジョナサンとかいう外人でな。まぁ、そいつだけ明確に敵なんだが。――アイツ、もしかしたら、もうこの街に”来てる”かもな」




 輝夜の口から漏れた言葉に、黒羽の表情が大きく歪む。




「……へぇ。そう、なんだ」




 その感情を、噛み締めるように。

 ”言い表せない幸福”を、その身で受け止めるように。


 ほんの数秒、黒羽は脳内で情報を整理して。

 まるで何事もなかったかのように、もとの”優等生”の表情へと戻った。







 これまでの苦悩。全ての犠牲に報いあれ。


 今日こそが、”我らが王”、その”再臨の日”である。







「あー。一人納得してるところ悪いが、最初の質問に戻っていいか?」


「あ、うん。いいよ。わたしに、命を狙われる理由があるかどうか、だよね」


「あ、ああ」




 憑き物が落ちた。そうとも見える黒羽の豹変ぶりに、輝夜は少々驚きつつも。

 知りたいことを知るために、黒羽への質問を行う。




「さっきの反応を見るに、命を狙われる理由があるんだな?」


「うん、あるよ」


「……それは。お前が”悪い事”をしようとしてるのか? それとも、また別の事情か?」




 輝夜とて、何も察していないわけではない。自分の父親も絡んでいる状況で、その上で命を狙われる。

 それは必ず、重大な理由を持つと。




「……わたしのやろうとしてることが、善か悪か。それは正直、断言は出来ない」


「どういう意味だ」


「うーん。ちょっと、説明が難しいんだけどね。わたしが目指してる計画は、自分に課せられた”使命”だと思ってるから。みんなにとって、それが幸福になるか、それとも不幸になるか。それは、達成してみないと分からない」


「……随分と、面倒な話だな」




 あまりにも抽象的で、彼女の言う使命とやらが予想できない。

 人類皆殺し、地上制圧。魔王アガレスの抱いていた野望のほうが、もはや理解ができる。


 言葉巧みにはぐらかされるのは、あまり輝夜も好きではない。




「お前が、具体的に何を起こすのか。それは教えてくれないのか?」


「……そう、だね」




 黒羽は少し、悩む。




「もしも紅月さんが、何の変哲もない一般人。というよりも、”悪魔との繋がり”さえなければ、教えられたんだけどね」




 そう言って彼女が見つめるのは、輝夜が身に着けているイヤリング。

 強大な力を持ち、複数の悪魔を使役する遺物レリックである。




「紅月さんは、悪魔が好き? それとも嫌い?」


「そう、だな」


「ううん、答えなくていいよ」




 これは無駄な質問なので、黒羽は言葉を遮った。




遺物レリックの持つ召喚システムで、悪魔を呼べたってことは、つまりそういう事なんだよね」


「?」




 身勝手に進んでいく黒羽の言葉に、輝夜は追いつけない。




「王の指輪はね、自分と相性の良い悪魔を召喚するんだよ。それが最も魔力効率が良くて、あらゆる面でも優れているから。だから紅月さん、あのすっごく強そうな女の悪魔と、仲いいでしょう?」


「まぁ、それなり、だな」




 黒羽との対決の際に召喚した、魔王、ドロシー・バルバトス。確かに、輝夜と彼女との相性は、非常に良好な関係を築くに至っていた。




「その流れで、なんだけど。あの時わたしが使役してたのが何か、覚えてる?」


「……確か。犬みたいな魔獣、だったような」




 輝夜は、微かな記憶を呼び起こす。




「うん。あれは、ヘルハウンドっていう魔獣でね。戦闘に長けた悪魔には敵わない、そんなレベルの魔獣なんだけど。実は一つだけ、”ある特徴”があるんだ」


「特徴?」


「そう。絶対に、悪魔に懐かないっていう特徴。何をやっても、悪魔には心を開かない。絶対に、”許さない”。わたしが使役してたのって、そういう魔獣なんだよ?」


「……」




 輝夜は、言葉を失ってしまう。

 それほど熾烈な魔獣と、”最も相性がいい”とは。一体、どういう精神、思考をしていれば、そこへ至るのだろう。




「お前も、桜と同じで、悪魔に家族を殺されたのか?」


「ううん。わたしの家族はみんな元気だよ。たぶん地元で、普通に生活してるんじゃないかな」


「なら、大切な誰かを?」


「ううん、それもない。だってわたし、生まれてから一度も、”友達すら”出来たこと無いから」




 何も変わらない。何も不思議に思っていない。そんな黒羽の言葉に、輝夜は僅かに恐れをいだく。


 自分が友達にカウントされていない、という部分もショックだが。

 目の前に座っている少女の人間性が、何一つとして理解できない。



 黒羽える。

 彼女は一体、何者なのか。




「わたしが悪魔を嫌うのは、生まれた瞬間から。……ううん。もしかしたら、その”ずっと昔”からかも」




 同じ思考を持つ人間は、きっと地上に存在しない。どの世界にも存在しない。


 ゆえに彼女は、”ソロモンの夜”へと到達した。


















――ありがとね、紅月さん。あなたのおかげで、こっちも上手く行きそうだよ。




 呆然とする輝夜を置いて、黒羽はトイレから去っていく。




――まぁ、色々と心配かも知れないけど、安心してね。少なくとも体育祭が終わるまでは、こっちも向こうも、何も起こさないはずだから。




 謎を解明するために。彼女が命を狙われる、その理由を知ろうとしただけなのに。

 謎はより深くなり、真実は遥か遠くへと行ってしまった。


 自分の知らないこと。本当は、知らないといけないこと。それはきっと、山の数ほど存在するのだろう。

 けれども、今の自分にはそれを知る術が無い。



 再び黒羽に問いただしても、きっと無駄だろう。彼女は確固とした意志に従って、何かを成し遂げようとしている。



 ならば、こちら側の誰かに聞くべきか。

 父親である龍一や、アリサの契約している魔王グレモリー。もしかしたら、アモンも事情を知っている可能性がある。もしくは、その中心にいるかも知れない。

 しかし、あのアスタという悪魔が、あのような手段でコンタクトしてきた以上。彼らはおそらく、こちらを完全に蚊帳の外にしようとしているはず。


 知る必要はない。関わる必要はない。

 そういう意思が、ひしひしと伝わってくる。




「……”お前たち”は、今起きている状況を、何か理解してるのか?」




 そう言って輝夜が問いかけるのは、自らの身につけるイヤリング。それを介して繋がる、仲間の悪魔たち。

 けれども、




『すみません。我々に対しても、”輝夜さんを守れ”という言葉以外、接触はありません』


『そうね。わたしも、あの赤髪の魔王から、何も聞いてないわ』




 契約する悪魔たちは、何も知らず。


 体育祭を楽しみなさい。面倒事は、全てこちらに任せなさい。


 ”形の無い善意”が、輝夜の肩に重くのしかかる。 




――もう間もなく、”仲良し男女二人三脚”が始まります。出場予定の生徒は、入場口に集まるように。




 時の流れは止められない。輝夜の愚鈍すぎる思考よりも、現実が速く過ぎ去っていく。



 二人三脚。


 ここ数週間、この時のために、全てを捧げてきた。

 ひたすらに練習を続けて、善人との絆を深めて。


 それなのに、なぜ。

 なぜこうも、現実はままならないのか。




(……本当に、このままでいいのか?)




 時間は、止まらない。

 この世で最も公平で、理不尽な概念だから。




 それでも、と。

 手を、伸ばさずにはいられない。




 全てが手遅れになる前に。

 何も出来ず、悲劇が起きるのは、”もう二度と見たくない”。






「  」






 言葉は、出ない。

 それを発するのは、口ではなく、瞳なのだから。




 輝夜の瞳。

 その奥底から、”白銀の光”が溢れ出す。


 そのままでは、今までと同じ。

 どうでもいい、役に立たない何かが見えるだけ。




 ゆえに、輝きは、更にその”向こう側”へ。




 ”淡いピンクの輝き”。

 自分自身の持つ色で、輝夜は”そこ”へと手を伸ばす。



 アスタという、時の因子の接触を経て。

 彼女の中に眠る兆しは、覚醒へと。






 この日、紅月輝夜は、『■』に繋がった。







◆◇ No.110 再臨/接続の日 ◆◇






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