烈火の騎馬戦
清々しい晴天。体調は良好。
髪艶もいつも以上で、紅月輝夜はパーフェクト状態で体育祭に望んでいた。
絶対に負けられない二人三脚と、昨日まで存在を知らなかった騎馬戦。二種目とも、活躍できる予感しかなかった。
涼し気な体操服姿で、輝夜は風を感じる。
だがしかし、アクシデントとは常に生まれうるもの。
輝夜がどれだけ注意しても、想定外というものは現れる。
「ごめんね、紅月さん。わたし達、完璧な騎馬になろうと訓練してて」
「気づいたら、こんな事に」
「ごべんなさい……」
共に騎馬戦を行う、クラスの女子3人。
彼女たちの姿に、輝夜は唖然とする。
「……お前たち、どうしてそうなった」
彼女たちの足には、揃いも揃ってガチガチのテーピングが施されていた。
明らかに、やってしまっている。
「だって、紅月さんを乗せるんだよ? なら絶対に、ケガをさせちゃ駄目だと思って」
「うん。紅月さん、すぐ骨が折れるって有名だし」
「わたし達が戦車みたいになれば、守れるはずだって。足が痛いのも我慢して訓練してたら……」
輝夜は静かに目を閉じる。
忘れていた。この学校は比較的、バカの集まる高校であると。
「騎馬役の3人が、揃って疲労骨折か」
「ごめんね〜」
たかが二人三脚のために、放課後に特訓を行う。それでも、かなりバカな行為だと認識していたが。
驚くことに、上には上がいた。
(……バカなのかな?)
一緒に話を聞いていた黒羽が、内心呆れる。
「だから、ね? 死に馬になったわたし達の代わりに、騎馬になってくれる人を探してるんだけど」
チラリと、彼女たちは黒羽の方を見る。どうやら、代役を頼みたいらしいが。
「――いいや、その必要はない」
彼女たちの言葉を、輝夜が遮る。
「お前たち、今日まで練習を重ねてきたんだろう? なら、後で絶対に後悔するはずだ。だから、騎馬をやってくれ」
「でもわたし達、こんな足だから。走ったりも出来ないし」
「スタートから一歩も動かなくていい」
「え?」
動揺するクラスメイトたちに、輝夜は優しく微笑む。
「――心配するな。わたしは、それでも勝てる」
女子たちに、衝撃が走る。
それほどまでに、輝夜は圧倒的な”カリスマ”を放っていた。
――紅月さん!
改めて、バカばかりである。
ともあれ、騎馬戦は規定のメンバーで行うことに。
「よかったの? 紅月さん」
「うん?」
黒羽が、輝夜に問いかける。
「騎馬戦。彼女たちの足じゃ、難しいと思うけど」
「……確かに、機動力がある方が有利だが。今日まで努力してきたあいつらを、無下にはしたくない」
「そっか」
それだけなら、ただの良い話だが。
「ほら、よく言うだろう? 足なんて飾りだってな」
「……そっか」
本当に、大丈夫だろうか。
黒羽は少し、心配になった。
◇
より強く、安全のために。クラスメイトたちはテーピングをぐるぐる巻きにする。これで、輝夜の騎馬は万全である。
ただ、走れないのはネックだが。
いざ出陣と、輝夜が乗ってみる。
すると、
――あれ。紅月さん、思ったより重い?
騎馬役の3人は、揃って同じ考えになるも。
誰一人として、口にはしなかった。
『忘れてた、紅月さんにはお胸があった』
『嘘。確かに、立派なお胸だと思ってたけど』
「巨乳って、重たいんだね」
「……口に出てるぞ、バカ」
巨乳は重たい。そう口にされると、流石の輝夜も恥ずかしさを感じる。
「お前ら、やっぱりつらいか?」
「ううん。今ちょっと、重みに感動してるだけ」
「……大丈夫そうだな」
こうして、輝夜の騎馬は立った。
◆
紅月輝夜が、騎馬戦に向けて気合を入れていた頃。
保護者らの観覧席では。
「次ですよ、次。輝夜さんが出てきます」
「……影沢、少しは落ち着いたらどうだ?」
巨大なビデオカメラを持ち、興奮を隠しきれない影沢舞と。
呆れた様子の、紅月朱雨の姿があった。
舞の持っているカメラは、非常に大きく、珍しい形状をしており。その事もあって、周囲から若干浮いていた。
「5年前。病院で懸命にリハビリを行っていた輝夜さんが、体育祭に出るんですよ!? それを、この目とレンズに焼き付けなければ」
「そんなデカいカメラ、必要か? 前に聞いた話だと、お前の眼球は16K相当って話だろ」
「はい。なので、最新の32Kカメラを購入しました」
「……それ、いくらしたんだ?」
「……」
黙るということは、買った本人でも驚く値段なのだろう。
だがそれほどまでに、舞の熱意は凄かった。
まさか、こんな巨大なカメラに捉えられているとは。実際の競技中に、輝夜はどんな表情をするであろう。
すると、
「あの。よかったら、わたしがカメラを持ちましょうか?」
紅月家ではないものの。なぜか、ここにいるもう一人。
朱雨と同じ学校に通う少女、並木栞が舞に提案する。
「その、勝手な印象かも知れませんけど。やっぱり輝夜としても、カメラ越しじゃなくて、素の舞さんに見て欲しいと思うんです」
「それは、俺も同意見だな。スマホやカメラの映像は、後になっても見返せるが。リアルタイムでの感動は、二度と見返せないだろ?」
栞と朱雨に、そう言われ。
「……たし、かに。そう、でした」
舞は大切なことを思い出す。
今日は、記録を残しに気たのではない。愛する輝夜の活躍を、心に刻むために来たのだと。
「嬉しさのあまり、肝心なことを見失っていましたね」
重たいカメラを、舞は地面に下ろす。
「はい。撮影は、わたしが責任を持って行うので。どうか2人とも、輝夜を見てあげてください」
「ありがとうございます、並木さん」
そう言って、栞はカメラを渡されるものの。
(……お、重い)
引き受けると言った手前、もうこの役目からは逃げられない。
それでも最新の32Kカメラは、栞の想像を遥かに超える重量であった。
「落とさないよう、気をつけないと」
「そうですね。正直、カメラと言うより、”戸建て”に近い値段の代物なので。扱いには気をつけてください」
「そ、そっかぁ」
本当に、なんてものを背負ってしまったのか。
絶対に落とさないように、栞はカメラマンの顔になった。
◇
「それにしても、魔力持ちが多いな」
あと少しで、輝夜の出場する騎馬戦が始まる。そんな中、朱雨はつぶやいた。
神楽坂高校体育祭。そこに集まるメンツがメンツなので、必然的に”力ある者”の比率が大きくなる。
そして、数ある魔力の中でも、トップクラスの存在が彼らの側へと近づいてきた。
「失礼。差し支えなければ、ここで見ても構わないか?」
声をかけてきたのは、燃えるような赤髪が特徴の美女。
魔王、グレモリー。
おそらく、契約者であるアリサの活躍を見るためにやって来たのだろう。
そしてそれは、”バルタの騎士”という枠組みでも同じこと。
グレモリーの後ろには、朱雨の知らない者たちが一緒に居た。
「まっ、嫌って言われても見るけどな」
1人は、幼さの残る赤髪の少女。
かつて輝夜を襲撃し、逆にボコボコにされた少女である。
その他に、あと2人。
スーツに身を包んだ、筋肉質の黒人男性と。
派手としか言いようのない、見事な金髪縦ロール髪の女性が立っていた。
どうやら彼ら2人が、バルタの騎士における”大人枠”なのだろう。
「はじめまして、になるな。わたしはドウェイン・ギャラティン。この騎士団の中では、一番の年長者となる」
黒人の男性、ドウェインは礼儀正しく挨拶をする。
「わたしは、ベアトリス・ローゼンフェルト。えっと、その。騎士団における、”お姉さん的存在”かしら」
「……30超えたらババアだろ」
「なにか言ったかしら? マドレーヌちゃん」
「うっせぇ」
ベアトリスとマドレーヌ、そしてドウェイン。
彼らの指には、揃って黄金の指輪が身に着けられていた。
体育祭に参加する、アリサとランスを合わせて。
バルタの騎士、勢揃いである。
「お前たちのことは、親父から聞いてるが。まさか揃いも揃って、仲間の体育祭を見に来たのか?」
朱雨の問いに対し、グレモリーが答える。
「ふっ。確かに我々は、重大な使命を持ってこの街にやって来たが。本来ならば、普通の生活を送っていたはずの者たちばかりだ。ゆえに、こういった行事は大切にしていきたいと思ってな」
「そう言いつつも、悪魔を周囲にバラけさせてるだろ?」
「それは仕方がない。なにせ、敵はいつ、どこから現れるか分からないからな」
バルタの騎士は、
何があっても、対応できるように。
「……紅月朱雨。いざとなれば、お前の力にも期待する」
「……当然だ」
平穏と、心躍る体育祭。しかしその裏でも、未だに”戦争”は続いている。
主役たちに、その不安を抱かせないために。彼ら保護者はこの場に存在していた。
◆◇ No.107 烈火の騎馬戦 ◆◇
クラス対抗、烈火の騎馬戦。
各クラスの女子が選抜で3騎の騎馬を作り、各々の帽子を取り合う。
輝夜のクラスでも、彼女を筆頭とするメンバーが騎手に選ばれたのだが。
そこには、顔面蒼白の少女、アリサの姿もあった。
(……確かあいつも、騎士がどうとかって言ってたな)
自分を含めて、これだけ戦闘力の高い人間が居れば、まず負けることはないだろう。
動けない騎馬に乗る輝夜も、そうやって安心して競技に望める。
その、はずだったのだが。
――わわっ。
バルタの騎士、そのリーダー格である少女。
アリサ・エクスタインは、誰よりも速く帽子を奪われた。
「……ッ」
輝夜は静かに、本気の表情になった。
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