バエル






 2000年。それよりも、もっと昔の話。大いなる王によって治められた時代、魔神が人々に奉仕していた時代。

 しかしそんな時代は、王の暗殺とともに、呆気なく終焉を迎えた。



 数百年を生きる、人の王。黄金の輪を頭上に持つ、超常の人。数多の魔神を生み出し、文明を発展させてきた王が。

 おびただしい量の血を流し、宮殿、玉座の前で倒れていた。




「フハハハハハッ! 哀れ。哀れだな、”ソロモン王”よ」




 剣を持った男が、高らかと笑い声を上げる。


 その側には、男がもう2人。

 彼ら3人が、王を殺したのだろうか。




「何が歯車だ。何が人類のためだ。なぜ我々のような優れた種が、旧世代を導かなければならない!」



 剣を持った男が、怒りの声を上げる。




「”ルシファー”、もうこの地に用は無い。天へと帰るぞ」


「えっ、どうして。せっかく王を殺したというのに。ここを統治するのが、君の目的だったんじゃないのか?」


「……気が変わったのさ」




 傲慢な男は、血の付いた剣を放り投げる。




「あの脆弱な悪魔。確か、アガレスとか言ったか? アイツのように、たやすく裏切るのが悪魔という生き物だ。人も悪魔も、所詮は劣等種。我々とは違う」



 そう言って。傲慢な男は、ルシファーと一緒にいる、もう一人の男に目を向ける。




「その、”アモン”とかいう友人とも、これ以上付き合わない方がいい。我々は創造主の手を離れ、相応しき新天地へと旅立つ」




 傲慢な男が、ルシファーに対して手を差し伸べた。

 しかし、ルシファーは首を横に振り、自らの意思を表明する。




「僕は、種族の違いで、優劣をつけるのは好きじゃない。君の計画には協力するが、付き合う友達は自分で選ぶよ」


「……勝手にしろ」




 傲慢な男は、巨大な純白の翼を広げ。

 天井を突き破ると、どこかへと飛び去っていった。


 残された2人、ルシファーとアモンはため息を吐く。




「さて。王殺しをしてしまったわけだけど、これからどうする?」


「僕は何も変わらないよ。仕事を言い渡す王が消えたなら、のんびり自由に生きるだけさ」




 時代を動かす。世界を変えるほどの出来事が、目の前で起きたのというのに。

 アモンはあまり、重く考えてはいなかった。




「アモン。君というのは本当に。力は強いのに、不思議な奴だよ」




 変わらない態度に、ルシファーは笑う。

 彼らは、とても親しい友人同士であった。




「とりあえず、こいつをどうにかしないと」




 ルシファーが手に持っているのは、”巨大な黄金の歯車”。ソロモン王の持つ力の源であり、天輪と呼ばれたもの。

 ソロモン王は確かに死んだものの、その力は未だに脈動していた。




「殺しても消えない。いいや、もしかしたら、ソロモンを殺すことは根本的に不可能なのか?」


「確かにソロモンは、普通の人間じゃなかったからね。正面からやりあったら、紛れもなく世界最強と言えるくらいに」


「……”粉々に砕いて”、その欠片をなるべく遠くに散りばめよう。もしも彼が、死すら超越した存在なら、この天輪から復活する可能性もある」




 粉々に砕かれた、天輪の欠片。

 それはやがて、禁断の遺物フォビドゥン・レリック、王の指輪と呼ばれることになる。




「アモン、破壊するのを手伝ってくれ」


「いいよ。それくらい、友達だからね」




 2人がそんな話をしていると。

 王の宮殿で、仕えていた者であろうか。1人の男が、ソロモンの亡骸へと駆けていく。




「ソロモン! なぜ、どうして」



 亡骸の前に、膝をつく男。

 その様子を、2人は見つめる。




「……裏切りは、人や悪魔の専売特許じゃない。僕ら天使ですら、根本的な部分は変わらない。だからあのように、ソロモンに純粋に仕える悪魔も居たんだ」


「どうする? ソロモンの部下なら、後々復讐される可能性もあるけど。ここで殺す?」


「いいや、よそう。もうこれ以上、血を流す必要はない。それに、あんな弱い悪魔が何をしても、僕らには届かないさ」


「ま、それもそっか」




 そう、結論付け。2人は天輪を破壊するために、宮殿を後にした。


 ソロモンの亡骸にすがる、”1人の脆弱な悪魔”。


 それを、放置してしまった。

 もしかしたらそれが、彼らの最大の過ちだったのかも知れない。






 ソロモン王の死をきっかけとして、地上は悪魔たちの楽園と化した。

 王による支配から逃れたことで、彼らは人類のために働くことを止め。逆に、人類を虐げる存在へと変わった。



 その恐怖が、怒りが、憎しみが。やがては”大きなうねり”となり。


 神にも等しき者、救世主の誕生。


 その果てには、月の呪いという最悪の結末を招くことになる。



 月の呪いは、悪魔たちを物理的に否定し。

 最終的に、彼らの築き上げた文明すら否定した。



 地上に残された人類は、残された文明の使い方すら忘れ。

 古代のオーバーテクノロジー、オーパーツとして。


 悪魔の存在した痕跡は、歴史から姿を消していった。










◆◇










――もう一度だけ、やり直してみるかい?




 ある少女は、地獄の渦中で悪魔と契約を交わした。

 大切なもの、その全てを守るため。そして、自分自身の道を歩むために。




――その道は修羅だぞ。テメェにその覚悟があんのか。




 ある男は、己の運命に抗うために、実の父親から指輪を奪った。

 後に伝説と呼ばれる、その圧倒的な力で。




――こんなガラクタが欲しいのかい? あんた、変わってるねぇ。




 西洋の王は、自らが最も愛し、最も憎む芸術品の中から、王の指輪を見出した。

 真に美しきものを、その手にするために。




――何とも、奇妙な運命だな。




 騎士たる少女は、その血に刻まれし運命に導かれ、聖なる剣に選ばれた。

 1400年前と同様、遺物レリックによる動乱を収めるために。






 王の指輪、禁断の遺物フォビドゥン・レリック。あるいは、黄金の歯車。その力を宿す輪は、多くの名で呼ばれてきた。

 3000年前、ソロモン王の誕生より。その崩御の後も、姿形を変えて。


 砕かれて、欠片を世界中にバラ撒かれ。

 長い長い歴史の中で、それは様々な人の手を渡ってきた。



 そして、現在。



 長きに渡って、離れ離れになっていた欠片たちが、1つに集まろうとしていた。

 何者かの策略と、所有者たちの意志によって。






 紅月輝夜の帰還によって、欠けていたピースが揃い。

 ようやく、システムは起動した。



 世界中で、欠片の保有者たちが動き出し。中でも目覚ましい動きを見せたのが、ジョナサン・グレニスターという男。

 彼はイギリスから、瞬く間にヨーロッパ全土を制圧。そのままアメリカに進出するも、バルタの騎士たちと衝突した。

 騎士団の存在により、一旦はアメリカを諦め。力を蓄えるために、彼は日本へと渡った。



 ジョナサン・グレニスターによる、不動連合の壊滅。

 それに対抗するかのように、バルタの騎士が来日。



 必要なピースが、姫乃に集まりつつある。






――ようやく、蘇る。我らの王が、蘇る。










◆◇










――なぜだ。どうして、君が。




「ッ」




 おぞましい悪夢によって、少女は目を覚ました。


 自分が見るはずのない夢。関係ないはずの光景。

 けれども、まるで遺伝子に、魂に刻まれたが如く。

 その悪夢は、少女の心を蝕んでいた。




「……違う、僕じゃ。裏切ったのは、わたしじゃない」




 誰に対する弁明か、何に対する謝罪か。

 それは、”呪い”。何世代にも渡って続いてきた、逃れられない呪い。



 僕の、オレの、自分の、わたしの。何度生まれ変わっても、どれだけ揺らいでも。繰り返し繰り返し、その呪いは消えず。

 今は、この少女を蝕んでいた。



 生まれながらの矛盾に、心が割れそうになる。





 少女が眠る部屋には、複数のハイテク機器が存在しており。常に、ディスプレイが動き続けている。


 その中でも、最も重要なもの。

 そこには、”計画”の進捗状況と、全ての遺物レリックの現在地が記されていた。




 計画に必要な、”80%”のボーダーライン。


 姫乃に存在する遺物レリックは、合計で67%。

 着実に、そのラインへと近づいていた。




 未だ地方に潜伏する、ジョナサン・グレニスターの20%が合わされば。

 姫乃に刻まれしシステム、ソロモンの夜が完遂される。


 あと、もう少し。

 けれども、その一歩がもどかしい。




「……」




 これが終われば、全てが変わる。

 姫乃の地に、太古の王が蘇り。2000年以上にも及ぶ、”彼ら”の贖罪も果たされる。


 そうすれば、もう悪夢に悩まされることもない。

 会ったこともない王に、心を痛めることもない。


 だがしかし、少女の中で、何かが暴れている。

 本当に、これでいいのかと。そう問いかけられるように。




「ッ」




 枕元に置いてあった、一枚の紙。少女は怒りにも似た感情で、それをクシャクシャにして、ゴミ箱へと放り投げた。


 紙に書かれていたのは、”神楽坂高校体育祭”の文字。






「……誰か、助けて」






 誰にも理解されない。

 自分でも、正しいと言い切れない。



 猛烈な吐き気と、自己矛盾の中。



 少女。

 黒羽くろばえるは、涙を流す。






◆◇ No.104 バエル ◆◇






 神楽坂高校体育祭。

 その日、ソロモンの夜は完遂された。





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