王権者
※
元日から不運に見舞われ、更新が遅くなってしまいました。
背骨と右腕をやったので、少々ペースが落ちます。
前回までのあらすじ。
体育祭を控える紅月輝夜は、土日の修行で、どういう理屈か未来視のような力を手に入れた。
しかしそれと同時期に、相棒である花輪善人が、信じられないほどの別人に変わってしまう。
あまりの変貌ぶりに、軽く絶望する輝夜であったが。ゲームを通じて、善人の根本的な部分は変わっていないと知り。
様々な不安要素は一旦忘れ、体育祭に全力を注ぐことを決めた。
◆◇ 王権者 ◇◆
もぬけの殻。
誰も居なくなったホテルの一室で、魔女、リタ・ロンギヌスは愕然とする。
――ソロモンの夜を生き残れません。あなたは、他の誰よりも凄惨な死を迎えます。
あれだけの警告をしたというのに。ジョナサン・グレニスターとその契約悪魔たちは、忽然と姿を消していた。
その事実に、しばらく固まるリタであったが。
テーブルの上に、置き手紙があることに気づき。それを手に取ってみる。
『ごめんね! 君と連絡が取れなくなったから、僕たちも姫乃に向かおうと思います。信号のダミーデータは、弄らないでね♡』
『あと、まだ悲劇は視えてないから、そこだけは安心して〜』
花輪善人にボコボコにされたことで、リタはスマホを壊してしまっていた。それゆえ、ジョナサン達との連絡手段を失い。
仕方がないので飛んで戻ったら、この有り様である。
覆せない現実として、ジョナサンたちは姫乃へと向かってしまった。
リタは喉を鳴らし、冷や汗をかく。
「……困った、わね」
どうしたものかと、彼女はしばらく立ち尽くした。
◆
「ここが、ヒメノ」
日本はおろか、世界でも類を見ない、最先端都市、姫乃。
その街並みに囲まれながら、銀髪の少女、レヴィはつぶやいた。
見慣れぬ技術、空気に、目をキラキラとさせている。
知らないものだらけ。好奇心旺盛に、周囲にある機械に触れようとして。
ピンク髪の少女、アスタに止められる。
「ちょっと待った! これは魔力探知機だから、流石に触ったら反応しちゃうよ」
「キラキラしてる」
「ダメダメ!」
「うぅ」
「ちょ、力つよ!?」
こんな不注意で、もしもロンギヌスに察知されてしまっては、もはや笑い話にもならない。魔力センサーに触れようとするレヴィを、アスタは必死に引っ張っていた。
そんな2人の少女のそばに、帽子とサングラスを身につけた金髪の男が立っている。
彼女らの契約者、ジョナサン・グレニスターである。
自分を隠したその姿は、変装のつもりであろうか。
「やはり、入ることは出来たか」
大量の
また、ダミーデータの発信器をホテルに置いてきたため、アプリは未だに、彼らがホテルにいると錯覚している。
『わたし、出てもいい?』
「いいや。人間に擬態できる彼女たちはともかく、君は不可能だろう?」
『ずるいずるいずるい』
「頼むから、大人しくしていてくれ」
ジョナサンが契約しているのは、アスタとレヴィの他に、もう一匹。
不動連合から奪った
しかし、レヴィのように人間への擬態能力は持たないため、流石に外に出すわけにはいかなかった。
外に出たいと、箱を揺らすアラクネであったが。
仲間であるアスタが、諭すように箱に触れる。
「いい? アラクネ。君にはジョンの護衛っていう、大切な仕事があるんだから。じっとしてて」
『でも、でも』
アスタが何と言おうと、アラクネは大人しくならない。
それを見かねてか、次はレヴィが箱に触れる。
「これが終わったら、また遊ぼ。ジョンが勝てば、ぜんぶ変わる。わたしたちが、”本当の姿”で、自由に生きられるようになる」
『……わかった。レヴィアタン、信じる』
「うん。まかせて」
彼女たちは、知ってしまった。
青い海、眩しい太陽、美しい星空を。それらは1つとして、魔界には存在しない。
地上を欲する悪魔たちの気持ちも、今なら理解が出来る。
もしも、ジョナサンに召喚されなかったら、こんな世界を知ることはなかっただろう。
こんな世界で、”自由”に生きることが出来たのなら。
「じゃあ予定通り、二手に分かれよっか。僕はレヴィと一緒に、リタの痕跡を追う。ジョンは、その間に街の様子見と、拠点の確保をお願い」
「ああ。それくらいはお手の物だが。どうしても、分かれる必要があるのか?」
「そりゃそうだよ。だって、僕とレヴィは、見た目完全な女の子だよ? そこにジョンが混ざってたら、どう考えてもヤバいもん」
ただでさえ、ミスマッチだというのに。今日のジョナサンは、帽子とサングラスで変装をしている。そんな彼らが一緒に行動をしていたら、確実にアウトである。
「そっちにはアラクネも居るから、いざという時は出しちゃって。僕たちも、すぐに駆けつけるから」
「できれば、そうならないことを願いたいな」
もしも戦いになれば、姫乃に来たことがバレてしまう。そして、それが”黒幕”に知られてしまったら、リタの予言通りになる可能性もある。
「あと、他の
「個人的には、彼女に一番興味があるんだが」
「いい? ぜーったいにダメだから! 彼女本人もそうだけど、何よりも契約してる悪魔がヤバい。僕やレヴィが本気になって、ようやく五分ってレベルだから、あれ」
紅月輝夜。最も多くの
ソロモンの夜において、最も重要な人物である。
「アラクネも居るから、彼女1人になら勝てるかもしれないけど。ここは完全に敵の領域。なにせ、紅月龍一を初めとした
「……分かってるさ。その息子、紅月朱雨も強敵だからね。今回の目的は、あくまでも魔女の捜索。最悪の事態だけは、僕も望んではいない」
だがしかし、儀式そのものに振り回され、理不尽な最後を迎えることは許せない。
「でもね」
どう転がったとしても。
その歩みは揺るがない。
「――たとえ、どんな敵が相手でも、僕は負けるつもりはないよ」
ジョナサン・グレニスター。
彼の瞳には、曇りのない輝きが宿っていた。
◆
「とはいえ、どうしよっかなぁ」
ジョナサンと別れ。アスタとレヴィは、一緒に消息不明の魔女を探すことに。
あてもなく、姫乃の街並みを歩いていくも。
(思ったよりもセキュリティが厳しい。これはおそらく、登録されてない魔力を感知したら、すぐに通報される)
無邪気に純粋に、街の探索を楽しむレヴィとは違い。アスタは真剣な表情で考え事をしていた。
姫乃、最先端の都市というのは伊達ではない。他国では見たこと無い、未知なるセキュリティに守られている。
これだけ広い街で、魔法も使わずに人探しをするのは、中々に骨の折れる作業であった。
「レヴィ、なにか感じない? 正直、君の鼻が頼りなんだけど」
レヴィこと、レヴィアタンは魔獣である。今は人間の姿に擬態しているものの、その人並み外れた感覚は、なお健在である。
その魔獣としての感覚こそが、魔女を探す一番の頼りなのだが。
「……ここは、魔力の残滓が多い。多分、魔力を持った人間や、悪魔が多すぎる」
「まぁ、それもそっか。なにせ敵の本拠地だもんね」
他の土地とは違い、ここは魔界並みに魔力の残滓が濃かった。ゆえに、レヴィの鼻も魔女の痕跡を辿れなかった。
だがしかし、
「……この匂い、知ってる!」
無数に交わる匂いの中、レヴィは1つを嗅ぎ分けた。
「本当? 近い?」
「うん、こっち」
無邪気な子犬のように。レヴィは、匂いのする方向へと走り出す。それを追う形で、アスタも駆けた。
その先に、何が居るのか、考えもせずに。
「――で、あるからして」
それは、ありきたりな青春の1ページ。記憶にも残らない、退屈な授業風景。
少なくとも、彼、”紅月朱雨”にとってはそうであり。
隠す様子もなく、大きなあくびをしていた。
奇しくも、授業態度の悪さという面においては、姉である輝夜と似ている。
しかし朱雨の場合、内容を完璧に理解しているがゆえの”退屈”であり、”ただ馬鹿な姉”とは異なっていた。
こんな授業に時間を割くのなら、少しでも自分に有意義なことがしたい。自分が手にした力、王の指輪、魔力について高めたい。
あの、歩く発泡スチロールのような姉でさえ、魔力を使えばあれだけの強さを習得できた。ならば、自分は更に上を目指せるはずである。
彼もまた、力を手にした、”1人の少年”に過ぎなかった。
「はぁ」
それに今日は、別の不安事もある。高熱で頭がイカれ、病院送りになった姉である。
決して言葉や態度には出さないものの、姉の安否を、彼はずっと気にしていた。
まさか輝夜が、病室でゲーム三昧とは思わずに。
険しい表情をする朱雨には、教師の言葉も届かない。
だが、
ダンダン、と。ガラス窓を叩く音が。
それに続くように、動揺する周囲のざわめきが聞こえてくる。
流石に何事かと。
窓の方に目を向ける朱雨であったが。
「なっ」
外に居たのは、見覚えのある、少女2人。
宿敵、ジョナサン・グレニスターの使い魔たちが、こらちに手を振っていた。
◇
「よしよし、いいこ」
「ガウッ」
姫乃随一の名門校、
実体化したケルベロスと、人間態のレヴィが戯れていた。
かなり明確に、敵対関係にある両者なのだが。魔獣同士、通ずる部分があるようで。
まだ幼体であるケルベロスを、年上のレヴィが可愛がっている。
「……」
「あはは、ごめんね。実は人探しをしてたんだけど、レヴィがこっちに反応しちゃって」
とはいえ、無邪気に仲良しが出来るのは、魔獣たちのみ。
まともな思考を持つ朱雨とアスタは、互いに微妙な距離感を保っていた。
不動連合の一件もあり、互いに戦えるだけの理由がある。
しかし、朱雨はこの場所を戦場にしたくはなく、アスタも目立ちたくはないため、互いに穏便に済ませようとしていた。
「朱雨、くん。階段は、わたしが見張ってるから、話に集中してて大丈夫だよ」
「悪いな、栞」
「ううん。事情とか知ってるの、わたしだけだから。いつでも頼って!」
同学年の友人である少女、”並木栞”が屋上の見張り役を行う。
朱雨に頼み事をされて、彼女はどこか嬉しそうであった。
もしも、ケルベロスと戯れている少女が、学校を一瞬で吹き飛ばせるような化け物だと知ったら、どのような反応をするだろうか。
混乱させるのも悪いので、朱雨はアスタたちの素性を明かさないことに。
今は、招かれざる客への対応が最優先である。
「あの男は、どうしたんだ?」
「ジョンなら、今頃ホテルでも探してるんじゃないかな」
「戦争を仕掛けに来た、という雰囲気じゃないな」
「まぁね。君たちと戦った時と、ちょっと事情が変わったから。今はとりあえず、このソロモンの夜っていう儀式を、根本から探ってるところ」
「……そうか」
いずれ、戦う日が来るとは思っていたが。こんな平和な街を、自分の通う学校を、戦場にしたくはない。
ゆえに、こうして対話で解決できるのは、朱雨としても有り難いことであった。
ジョナサンとの決着は、またの機会にすればいい。
「今は、お前たちを見逃そう。ケルベロスも、まるで警戒してないしな」
ケルベロスは、とても賢い魔獣である。異なる時間を見通す、特殊な力を持っており。相手が敵か味方かを、本能的に察知することが出来る。
そんなケルベロスが警戒せず、むしろじゃれ合っているのは、それほど相手にも敵意が無いということ。
ゆえに、朱雨も事を荒立てるつもりはなかった。
「それで、本題に戻るんだけど。リタっていう、いかにも魔女っぽい人、見なかった? 金髪で、ちょっとイタい感じの」
「……ちょうど、そいつが街に侵入する瞬間に出くわしたぞ」
「本当!? 居場所は分かる?」
「いいや。一方的にぶっ飛ばされて、それ以来見ていない。多分、街のどこかに潜伏してるんじゃないのか?」
「そっかぁ」
リタは確かに、この街へとやって来た。しかし、肝心の居場所については、分からないまま。
「俺の親父なら、もしかしたら知ってるかもな」
「えぇ……君のお父さんって、あの紅月龍一でしょ? 流石に、接触するのはちょっと」
ただでさえ、この街には敵が多すぎる。規格外で想定外の敵、魔王バルバトスに。アメリカで因縁がある、バルタの騎士たち。
これ以上のカオスには、アスタも手が負えない。
「……はぁ。ちゃんとリタが動いてるなら、問題ないと思うんだけど」
果たして、魔女の言葉が正しいのか。無数の
未だに気配すら見せない、儀式の首謀者。
混沌で見通せない未来に、アスタはため息を吐いた。
◆
朱雨とアスタらが、学校の屋上で話していた頃。
この街の中心、姫乃タワーでは。
「やれやれ。流石の僕も、この展開は予想してなかったよ」
ここに居るべきではない存在。
ジョナサン・グレニスターが、長官室にて苦笑いをする。
そんな彼と対面するのは、この部屋の主である男、”紅月龍一”と。
バルタ騎士団の中枢を担う存在、”魔王グレモリー”。
そして、映像越しに存在感を醸し出す、”魔王アモン”。
ソロモンの夜。
その頂点に近しい者たちが、一堂に会していた。
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