変わるもの






「おい、グレモリー! なんでうちの予算が削られてんだ?」




 姫乃にある、とあるマンションの一室。

 そこで、魔王グレモリーと、その配下である悪魔、ウヴァルが揉めていた。




「アンタは知らねぇだろうが、ゲームの運営ってのは金がかかんだよ。予算が足りねぇと、新しいボスを作ることだって出来ねぇんだぜ?」


「そこを上手く工夫するのが、開発責任者の仕事だろう。ユグドラシルとしても、予算は無限ではない。削れるところは削っていけねばならん」


「……例の、バーチャルアイドルとやらか?」


「そうだ」




 魔王グレモリーは、人間社会に上手く溶け込み、ゲーム会社の運営や、仮想空間の提供などを手掛けている。ゆえに、こういった事例は日常茶飯事である。




「でも聞いたぜ? 本命の”あのお嬢様”は、問題発覚で参加できないってな。そんなんで、人間側のメンバーが集まるのか?」


「無論、対処済みだ。あのオーディションで1人、追加でもう1人をすでに見繕っている。これからはメンバー合同で、レッスンをする予定だ」


「……はぁ。アイドルだか知らねぇが、本当に俺のゲームよりも成功するのか?」


「……アルマデル・オンラインを成功と捉えているのなら、お前の頭は想像以上に使えんらしいな」


「あぁ?」




 たとえ上司とは言え、ウヴァルも黙ってはいない。

 彼らの召喚者や、他の悪魔たちが眺める中。2人の言い争いは続く。




「そもそも、十分すぎるほどの予算を与えているはずだ。なのになぜ足りん」


「そりゃ。魔界でもトップクラスのデザイナーやら、プログラマーやらを雇ってるからな。あいつらのギャラは高ぇんだわ」


「あんなゲームに、そんな人員を雇ってるのか? もっとコスパを考えろ」


「うるせぇ。俺にだってこだわりがあんだよ」




 両者ともに、主張を曲げない。




「あと、もう1つ問題がある。こっちが新しいエネミー、ボスを用意しても、すぐに狩られちまうんだよ。”一部の化け物”のせいでな!」




 アルマデル・オンラインのサービス開始当初。このゲームのボスエネミー、特殊個体の汚染獣は圧倒的な存在であった。

 一体目のボスこそ、何も知らないアモンが瞬殺してしまったものの。

 それ以降は自重してもらい、ボスエネミーはゲームを代表する”理不尽”として、多くのプレイヤーを苦しめていた。



 だがしかし、”スカーレット・ムーン”と名乗る、1人のプレイヤーが現れ。

 恐ろしい速度での、ボスの”乱獲”が始まってしまった。




「短期間で、しかも単独で倒されちまう。あのお嬢様、どんだけ暇なんだよ」


「だったら、もっと難易度を上げればいいだろう」


「いやいや。1人の化け物を基準にしたら、ゲームバランスが崩壊しちまう。ただでさえ初心者には厳しいゲームなのに、やる奴が居なくなっちまうぜ」




 一般のプレイヤーたちは、ボスエネミーの襲撃に逃げるのが精一杯だというのに。かたや1人のプレイヤーは、そのボスを単独で狩ってしまう。

 たった1人のプレイヤーに、アルマデル・オンラインの運営は追い詰められていた。




「少しは知恵を働かせろ。彼女が”単独”でボスを狩るなら、対策のしようはいくらでもある。悪いが、こっちはアイドルプロジェクトで忙しいんだ」


「チッ。その分、こっちの予算が無くなっちまう」




 ウヴァルはうなだれる。

 アルマデル・オンラインの運営は、彼のライフワークであった。




「……あー、クソ。考えるしかねぇ。確かにあのお嬢様は強いが、基本的にスタンドプレーだ。うちの騎士団みたく、連携ってものを考えてねぇ」



 思考を巡らせて、これからの方針を考える。




「……どれだけ強くても、決して1人では倒せないボス。しかし、ゲームとして破綻しないような形か」





 そういう方針のもと、アルマデル・オンラインに新たなアップデートが加えられた。


 これまでとは異なる傾向の新エリアに、全く新しい特殊個体の汚染獣。





 ゆえに、紅月輝夜は運が悪かった。

 まさか自分1人に対して、ここまで厄介な調整が施されているとは。まったくもって、想像もしておらず。


 いつも通りの慢心を胸に、ゲームへ挑んでしまった。

 そこが死地であるとは、微塵も思わずに。


















 新エリア、”始まりの荒野”。



 荒野と名付けられた通り、ここは比較的オブジェクトの少ないエリアであり。

 障害物や地理を利用した戦いではなく、必然的に真っ向からの勝負を余儀なくされる。



 また、プレイヤーに不利な要素として。レーダーや通信機能を妨害する、”放射能の嵐”が吹き荒れれており。

 ロボット兵器であるプレイヤーたちは、無策では探索もままならなくなっている。



 特殊なコーティングで、機体の損傷を抑えるか。あるいは極地対応の装備をするか。少なくとも、活動に必須なエネルギーのロスは避けられない。



 実装から2日目の時点で、多くのプレイヤーたちはその認識を得ていた。



 だがしかし、それはあくまでも”一般的なプレイヤー”の考え方であり。

 わたしは最強。ゲームの世界なら負けなし。そんな思考回路のプレイヤーには、どうでも良い情報として掃き捨てられ。



 そんな”傲慢なプレイヤー”は、何の対策も無しに、始まりの荒野へと足を踏み入れてしまった。



 確かに。新エリアへの適応という意味では、彼女にカスタムは必要なかったのかも知れない。

 レーダー機能が無くとも、敵の気配は”勘”で察知可能。そもそもソロなら、通信機能だって必要ない。


 しかしそれは、あくまでの地形への適応に過ぎず。




 このエリアの支配者、”アーク・ヒュドラ”との遭遇によって、彼女のプランは崩壊した。




 もしも、出会った時点で、彼女が逃げる選択をしていれば。おそらく、無事に帰還することが可能であっただろう。機体のコンディションも、エネルギー残量も良好だったのだから。



 今までとは違う環境。

 未知なる汚染獣。



 だがしかし、今日の輝夜は、”止まること”を知らなかった。



 気軽に歌えないという、謎の宣告。

 覚えてもいない、昨夜の痴態。

 その他諸々の、溜まりに溜まった鬱憤。



 ゆえに、輝夜はたった1人で、”4つ首の大蛇”に挑んでしまった。

 まさか、自分のようなプレイヤーにとって、”天敵”とも呼べる存在とは知らずに。















 ボスエネミー、アーク・ヒュドラとの交戦開始から、およそ10分。


 着実に、輝夜は追い込まれていた。


 左腕は食い千切られ、胴体にも損傷が目立つ。また、放射能の影響か、両足の動きにも違和感を感じている。


 そんな満身創痍な輝夜に対し。




「……あぁ、クソ」




 アーク・ヒュドラは、開戦時と何一つ様子が変わっていなかった。


 つまり、”無傷”である。


 そこら中に、ヒュドラの首と思われるものが”散乱”しているものの。肝心な本体は、未だに健全なまま。


 何回も何回も、何十回も首を斬り落としても。

 際限なく、新しい首が生えてくる。


 そんな攻防をひたすら繰り返した結果、輝夜はここまで追い込まれていた。




 こんな状況になれば、”バカでも分かる”。


 どの首を、どれだけ切断しても、このボスは倒せない。

 倒すには、”正確な手順”が必要なのだろう。


 例えば、4つ全ての首を、同時に落とさなければならない。

 などなど。



 だがしかし、バカが気づいた時には、もうすでに手遅れ。

 こんな満身創痍の状態では、4つの首を同時に落とすことも、このエリアから撤退することもできない。


 つまり、輝夜は詰んでいた。


 もしも初めから、輝夜が倒し方に気づいていれば。

 もしも慢心せずに、”倒せる未来”を視ていれば。


 持ち前の戦闘センスをもって、4つの首を同時に切断することも可能であっただろう。

 両手があり、剣が2つあれば、それで事足りるのだから。




「……」




 まさか、負けるなどとは思っていなかったため。すでに、活動に必要なエネルギーも底をつきかけていた。

 逃亡も、継戦も不可能。エリアに吹き荒れる嵐の影響で、救援という僅かな希望に頼ることもできない。




「くそっ」




 所詮、ここはゲームの世界。ペナルティはあるものの、死んでもう一度、リベンジをすることはできる。

 だがしかし、輝夜は今の今まで、ゲームでは負け知らずであった。絶対に勝てないチュートリアルを除けば、どんな敵にも打ち勝ってきた。


 その無敗神話が、今、途切れようとしていた。




「ッ」




 エネルギー不足による、強制パワーダウン。

 輝夜は、満足に動くことも不可能に。



 すると、獲物が弱るのを待っていたかのように。アーク・ヒュドラは動き出し、その鋭い牙が、輝夜へと襲いかかる。



 大きな攻撃。

 もしも万全な状態なら、目を瞑ってでも避けられる。


 こんな攻撃で、自分は倒されるのか、と。


 輝夜がそう覚悟していると。





――天より降り注ぐ、一筋の光。





 エネルギー砲による一撃が、ヒュドラの首を貫いた。


 予期せぬ一撃に驚き、ヒュドラは後ずさる。





 新たなる戦士は、大空より舞い降りた。



 彼しか持たない、”大きな翼”を広げて。

 まるで輝夜を守るように、ヒュドラと対峙する。



 真っ白なボディカラーに、ユニークアイテムである巨大な翼。

 そんな姿をしたプレイヤーなど、1人しか存在しない。




「善人!?」


「ふっ。オレ、参上だぜ」




 相も変わらず、様子はおかしいものの。

 プレイヤーネームは、紛れもなくヨシヒコ。


 輝夜の窮地に、彼は颯爽と登場した。




「お、お前。学校はどうしたんだ?」




 当然の疑問が湧く。


 病院からログインしている輝夜だが、今日はド平日で、本来なら学校のある時間帯である。


 しかし、




「輝夜サンが居ないんじゃ、面白くないからな。当然、サボってやったぜ」




 救いようのないバカが、ここにも1人。


 もしも輝夜がゲーム内に居なければ、彼は果たしてどうしていたのか。


 しかし結果として、現に善人は輝夜の行動を予測し、こうしてギリギリのピンチに駆けつけることができた。




 たとえ本当に体調不良でも、あの人ならゲームで暇を潰すはず。

 考える必要すらなかった。




「ほらよ」



 エネルギー切れで動けない輝夜に対し、善人は小さなエネルギータンクを投げ渡す。

 釈然としないながらも、輝夜はそれを使った。




「おい、善人。こんな小さいタンクじゃ、戦闘続行は難しいぞ! もっと補給物資は無いのか?」



 助けられながらも、輝夜は文句を口にする。




「悪い。全速力で飛ぶ必要があったからな。”俺が持ってきたのは”、それだけだ」




 何よりも、間に合わなければ意味がない。

 そして善人も、考えてここに来ていた




「残りの救護は、”あいつ”に頼んでくれ」


「……あいつ?」




 時間帯が時間帯なので、クラスメイトの応援は来ない。自分の契約悪魔たちも、まだ動くことはできないだろう。


 ならば、誰が一緒に来たというのか。



 善人の来た道を追うように。

 もう一機のプレイヤーが、戦場へと飛んでくる。



 まだ初心者なのか。

 なんのカスタムも施されていない、メタルカラーのボディに。とりあえず装着された、一般的なウィングパーツ。

 バックパックには、大量の補給物資が詰め込まれている。




 そのプレイヤーの名は、”ルナ”。




「――ちょ、ちょっとちょっと。これって、どうやったら止まるのかしら!?」




 とある魔女が、善人によって連れてこられた。





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