孤高のノド






「えーっと。紅月さんと黒羽さんは、体調不良で今日はお休みです。皆さん、体育祭まであと少しなので、体調管理には気をつけましょう」


(えぇ……昨日、あれだけはしゃいでたのに)




 昨日のカラオケでは、あれだけ楽しそうにしていたのに。

 一緒に行っていた2人が休みという事実に、”竜宮桜”は唖然とする。


 桜に関しては、何事もなくピンピンしていた。




(まぁ。確かにかぐちに関しては、ちょっとテンションがおかしかったけど。クローバーは、どうしてだろ)




 2人の体調不良。その理由を考えていると。


 隣の席のアイツ、”花輪善人”が席を立った。




「え」




 呆然とする桜だが、善人は迷いない様子で。

 自分のカバンを持つと、教室の外へと向かい始める。




「えっと、花輪くん? 急にどうしたのかな?」




 当然ながら、教師が尋ねるも。

 善人は我が道を行く。




「オレのいる場所はここじゃない。今日は、早退だ」




 そう言って、彼は教室を出ていった。


 その堂々とした行為に、クラスメイトたちは言葉が出ない。




(……体育祭、大丈夫かなぁ)




 果たして彼らは、一つになれるのか。

 桜は、心の底から嘆いた。

















「……むぅ。嘘だ嘘だ」




 自分が、病院に運び込まれた理由。昨日の自分が犯した失態。

 それらを聞かされ、”輝夜”は布団の中へと包まり、現実逃避をしていた。


 そんな輝夜の様子を、看護師の”まどか”は微笑ましく眺めている。




「でも、正直安心しました。ここに運ばれてきた時は、その。完全に”お酒”を飲んだものかと思っていたので。ただの高熱でよかったです」


「……よくないだろ」




 酒も飲んでいないのに。ただ高熱を発症しただけで、脱いで暴れ回るなど。人として、悲しい気持ちになってしまう。


 もう、これ以上何も知りたくはない。


 どのみち、昨日のことはほとんど思っていないが。確実に、黒歴史として封印することを決意した。




「はぁ。でもこの感覚からすると、魔力を使ったのは確かだな。なんというか、その。まだ”火照ってる”ような気がする」


「それってやっぱり、”性的な方”にも関係したりするんです?」


「……やめてくれ。そういうのは、なるべく考えないようにしてるんだよ」




 自分らしく生きること。この世界に暮らす、1人の人間として、堂々と胸を張って生きる。

 長い旅路を経て、輝夜は自分を受け入れることが出来た。


 とはいえ、まだそういった方面で、自分を”女”としては認識したくはない。


 少なくとも、今は嫌悪感のほうが勝っていた。




「それにわたしは、まだ高校1年だぞ。高1でそういうのやったら、犯罪じゃないのか?」


「えっと、どうでしょう。わたしの初体験は、大学の頃で……」


「がぁー お前のそんな話、聞きたくない」


「ふふっ、冗談ですよ。わたしも不運なことに、異性との出会いには恵まれなくて。……輝夜さんの弟さんとか、結構格好いいですよね〜」


「あいつはダメだ。学校でもモテモテだし、わたしの友達だって狙ってる。お前みたいな”クソナース”じゃ、無理無理」


「クソナースなんて! いつからそんなこと言うようになったんですか」


「正直、何年も前から思ってるよ」




 残念ながら、それが真実。ベタベタと可愛がられ、甘やかされるのは好きではない。

 正直、鬱陶しさが勝ってしまう。




「職場に出会いは無いのか? ほら、ダニー先生とかいいだろ」


「いや流石に。年が上過ぎると言いますか、その」




 八代まどかは、まだ20代の若き女性。

 龍一と同世代のダニー先生は、おそらく40代であろう。

 流石に、その年の差は大きかった。




「輝夜さんこそ、学校で気になる男子はいないんですか?」


「ないよ。そもそも、そういうのには興味がない。クラスの男子だって、名前を覚えてるのは”善人”だけだ」


「おやおや? その善人というのは、一体どのような人物でしょうか。カッコいい系? かわいい系?」




 男の名前が出て、まどかは興味津々に。




「そうだな。ちょっと前までは、”従順な犬”みたいな奴だったが。どっかで頭を打ったのか、”勘違いのイケメン野郎”に成り下がったよ」


「えぇ……イケメンなら、いいじゃないですか」


「ふっ。わたしは別に、”顔なんて”どうでもいいんだよ。イケメンだろうがなんだろうが、正直わたしの心はときめかない」


「本当に?」


「ああ。現に、わたしの契約している悪魔の1人、”カノン”って奴は相当のイケメンだぞ? なんというか、銀髪の王子様、みたいな」


「……羨ましい。じゃあ輝夜さんって、もしかしてハーレム状態?」


「いいや、全然。カノンはイケメンだが、わたしは男の顔に興味ないし。他にも2人、男の悪魔はいるが、まぁ。”浅黒いマフィア”みたいな奴と、”ハゲのゴリラ”だからな」


「……それは確かに、微妙ですね」




 少なくとも輝夜は、身の回りの男性陣に興味はなかった。

 自分の監視者、師匠でもあるウルフも、傍から見たら結構なイケメンだが。輝夜からの認識は、単なる”ダメ男”である。


 弟の朱雨など、もはや”問題外”。優しい姉として、あくまでも弟は庇護するべき存在である。

 確かに、血の繋がりがあるため、相当なイケメンなのは間違いないが。やはり輝夜からしてみれば、小生意気なガキでしかない。


 ときめきや恋とは、無縁の生活を送っていた。




「ちなみに、なんですけど。今の輝夜さんって、他人に触られても、その。色々と”敏感”なんですか?」


「はぁ、そうなんだよ。ちょっと前までは、善人にもマッサージを頼んでたんだが。流石に今となっては、触らせてない」


「大変ですね。魔力を使っただけで、”感度が良くなる”なんて」


「……せめて、感覚が鋭くなるって言ってくれ」




 事実ではあるものの。やはり、感度が良くなるとは、あまり言いたくはなかった。




「きっと輝夜さんの場合、肉体が普通の人よりも弱いので。魔力に対して、過敏に反応し過ぎてるんだと思います。なので、使いすぎると身体が敏感になったり。最悪、”昨日みたいなこと”になってしまうと」


「……はぁ、本当に最悪だ。こんな副作用があるなんて、友達にも言い辛いからな」




 なぜ自分だけが、こんなエロゲーみたいな体質なのか。


 心臓に巣食う呪いを、輝夜は心底恨んだ。






 輝夜とまどかが、久々の雑談を楽しんでいると。

 病室に、1人の訪問者が。


 輝夜の担当医、”ダニー先生”こと、ダニエル・バトラーがやって来る。




「あぁ、よかった。輝夜くん、気分は大丈夫そうだね」


「ええ、まぁ。ちょっと火照ってはいますけど、”健康人間”ですよ」




 健康人間。

 言っていて、自分でも悲しくなる。




「でも、良くなって本当に安心したよ。昨日の君は、その。あまりにも酷かったからね。昔ならともかく、”今の君”に裸で暴れられると、こっちとしても手を出しづらいから」


「うぐぅ……」




 昨日の惨状。これ以上、耳にしたくはない。




「体内のナノマシンを抽出して、昨日の君を調べさせてもらったんだけど」



 タブレットを操作して、ダニー先生が病状を説明する。




「どうやら君は、歌を歌うと、魔力を”激しく消費”してしまうらしい」


「はぁ?」




 全くもって、意味が分からない。

 自分にそんな力があるなど、毛ほども思っていなかった。




「自分の感覚としては、そんなの微塵も感じなかったぞ?」


「あぁ、そうだろうね。どうやら今の君は、かなり魔力の扱いが上手くなったようだから」


「……まったく、情報が筒抜けだな」




 改めて、自分は監視され、守られているのだと、輝夜は実感する。




「僕としても、君の体調管理はしっかりとしたいからね。これを首につけて、ちょっとだけ歌ってみてくれないかい?」




 そう言ってダニー先生が取り出したのは、コインのような”小さな機械”。


 機械の裏面はシール状になっており、それを輝夜の首に貼り付けた。




「あー、あー。歌うって、適当でいいのか?」


「ああ。どの程度の声量、もしくは感情かな? とりあえず、発動条件のデータが欲しいんだ」


「りょーかい」




 歌うだけで魔力を消費するなど、そんなバカなことがあるものか。


 特に意識することなく、輝夜は口を開け。





「もしも、わたし――」


――ピーピー!!





 ワンフレーズを歌い終わる前に、そこら中の計器が警報を上げた。




「え」



 ほんの少し、まだ歌ったという実感すら無い。けれども機械は、明確な反応を示していた。




「ちょっと、大げさじゃないのか?」




 これは何かの間違い。病院の機械なんて、大して当てにならない。


 そんな気持ちで、輝夜はもう一度。




「イノチのぬくもりを――」


――ピーピー!!




 さっきよりも、大きな警報が鳴る。

 もはや、歌に何かが反応しているのは明らかである。




「ちょっと、待ってくれよ」




 ダニー先生はタブレットを操作し、何が起きているのかを把握しようとする。

 だがしかし、”表示される情報”があまりにも多すぎた。




「先生、こっちの数値を見てください」


「ああ。まさかとは思ったが、こんな反応を示すとは」




 表示される情報に、医師と看護師は深刻な表情に。


 ただ歌っただけなのに。

 輝夜はなんだか、悪いことをしたような気になってしまう。




「でも、あり得るんですか? ”人体から放射された例”なんて、今まで」


「……この子は特別だからね。また1つ、秘密事項を追加しないと」




 患者の目の前で、そんな物騒な話をしないでほしい。


 とはいえ、自分が”面倒な体質”だということは、輝夜自身が一番良く分かっている。


 もしも、この面倒な呪いを解いてくれる者が現れたら。

 問答無用で、結婚しても良いレベルである。




「輝夜くんは、今まで歌った経験は?」


「……そういえば、無かったかも知れないな。カラオケは初めてだったし、学校にも行ってなかったから、音楽の授業とかも受けたことがない」


「なるほど。だから、これまで発覚してなかったのか」




 入学式の日は、例の両足骨折をしてしまい。

 未だに輝夜は、学校の”校歌”すら歌ったことがない。


 無意識の鼻歌程度ならともかく。他人のいる場所で、しっかりと歌を歌ったのは、昨日が初めてであった。

 そのため、輝夜は加減を知らず、とんでもない惨事を引き起こしてしまった。




(魔力と同じで、コントロールできないのか?)




 ウルフとの修行(?)のお陰で、輝夜は前よりも、魔力を理解できるようになっている。その要領で、歌の力とやらも制御できないものか。


 今度は、しっかりと意識してみて。




「たとえ〜♪」


――ピーピー!!




「ら〜♪」


――ピーピー!!




「ん〜♪」


――ピーピー!!




 どれだけ抑えようとしても。どれだけ、穏やかに歌おうとしても。

 機械は相変わらず、警告音を鳴り響かせていた。




「おい! わたしは満足に歌も歌えないのか?」


「……申し訳ない。現在の状況では、これを止める手段は思い当たらなくてね。少なくとも、よっぽどのことがない限り、歌は控えるように」


「はぁ……」




 バーチャルアイドルになり、顔を出さずに、楽に金を稼ぐ計画が。

 残念ながら、泡となり消えてしまった。




「とりあえず、今日のところは安静にしててくれ。これ以上、歌も魔力も使わないように」


「はいはい」




 輝夜も、流石にこれは落ち込んでしまう。

 不自由な面が増えるのは、勘弁してほしいものである。




「夕方になったら、舞さんが迎えに来ますから。今なにか、欲しいものはありますか?」


「そうだな。……自販機で、ジュースでも買ってきてくれ」


「はい。いつものでいいですね!」




 ダニー先生とまどかは、病室を後に。

 輝夜はようやく、1人になる。




「……あー、うー」




 言葉にならない悲しみが、口から漏れた。















「クソッ。まさか、こんなことになるとはな」




 病室のベッドの上で。

 輝夜はオレンジジュースを片手に、悪態をつく。


 出来ることなら、このベッドに戻りたくはなかった。

 やけ酒ならぬ、やけジュースである。




「それにしても、お前ら。どうしてずっと反応が無いんだ?」




 輝夜はイヤリングに問いかけるも。契約している悪魔たちは、一切の反応がない。

 いつもなら、勝手に出てくるドロシーも、不自然なほどに静かである。



 すると。

 輝夜のスマートフォンから、電子精霊、”ニャルラトホテプMk-II”が姿を現す。




「にゃん! ドロシーやカノンたちは、絶賛休養中にゃん。きっと、マスターの歌を至近距離で聴きすぎたせいにゃん」


「至近距離って、イヤリング越しだろう」


「それでも、向こうには通じてたにゃん」




 マーク2は、ネットを通じて人間界や魔界を自由に行き来することが出来る。


 ゆえに、”向こう側”へ確認をしに行っていた。




「どうやらマスターの歌には、悪魔に対する”特効”があるみたいにゃん。人間には無害でも、悪魔が聴くと”殺人電波”に近い効力を持つにゃん」


「……なるほど、な。ドロシーやグレモリーが、どうして逃げたのか分かったよ」




 悪魔に対して、攻撃的な力を持つ歌。それならば、異様に魔力を消費するのも理解できる。


 問題は、なぜ自分に”そんな力”があるのか、なのだが。




「おそらく、悪魔だけでなく、魔獣にも効果があるにゃん。昨日のケルベロスは、それはもう苦しんでたにゃん」


「あぁ。ワンちゃんにも、ちゃんと謝らないとな」




 熱で、頭がおかしくなっていたとはいえ。

 流石に、動物相手では罪悪感があった。




「しっかし、わたしにそんな特技があったとはな。もっと早く気づいていれば、魔界でも”無双”できたのに」




 なにせ、歌うだけで悪魔を倒せるのである。

 もしも、魔界にいた際に気づけていれば。もっと楽に、”敵を処理”できていただろう。




「にゃん。でも、コントロールが出来ないにゃら、味方にも作用しちゃうにゃん。使い道は選んだほうが良いにゃん」


「……耳を塞げば、問題ないんじゃないか?」


「にゃーん。マスターの歌は、そこまで単純じゃないにゃん。まるで”月の呪い”のように、魂に作用してるにゃん。耳を塞いだ程度じゃ、防げないにゃん」


「……そうか。なら、本当にしばらくは歌えないな」




 今まで、気づきもしなかった。まさか自分の喉に、そんな”爆弾”が隠されていたとは。


 元々、あまり歌うこともないので、特に問題はないのだが。




「にしても、暇だな」




 まどかやダニー先生は忙しいのか。病室には、輝夜1人。

 一応、入院という形ではあるものの、動けないというほどの症状でもない。


 輝夜は暇を持て余していた。




「……ゲームでもやるか」



 暇つぶしと言えば、それくらいなもの。




「おい、マーク2。ここらへんの機材を使って、ゲームにログインできないか?」


「にゃん! そういうこともあろうかと、病院内の設備は全て掌握済みにゃん。そこにある機械にアダプターを差せば、ユグドラシルに接続できるにゃん」


「ふふっ、お前は本当に有能だな。じゃあ、操作は任せたぞ」


「にゃん!」




 流石は、スペシャルな電子精霊。

 輝夜は医療機器を利用して、病室からゲームにログインすることに。




(とはいえ、平日だからな。……まぁ、アモンくらいは入ってるか?)




 ギルドメンバー、友達はみんな、学校へ行っている。そして契約悪魔たちは、歌の影響でノックアウト。



 久々に、輝夜は1人でゲームをすることに。



 しかしその選択が、まさか”命取り”なるとは。

 この時の輝夜は、微塵も思ってはいなかった。















「……マズい、な」




 全くの想定外。


 輝夜はアルマデル・オンラインの世界で、”史上最大の危機”に瀕していた。


 本当に軽い気持ち。

 平日の真昼間に、ソロで、暇つぶしとしてゲームの世界へ。


 しかし運が悪かったのか。

 それとも、輝夜の”慢心”が原因か。




 場所は、アルマデル・オンラインの新エリア、”始まりの荒野”。


 新しい追加エリアに、輝夜は興奮し。

 なんの前情報も無しに、単独で荒野へと立ち入ってしまった。


 知らない汚染獣が相手でも、自分ならどうとでもなるだろう。

 今までの経験と、自分の戦闘技能ゆえに。




 しかし、その結果。




 左腕パーツの喪失に、胴体への複数ダメージ。


 また、脚部にも不具合が発生。


 活動に必要なエネルギー残量も、すでにレッドゾーンに突入している。


 端的に言って、”撃墜寸前’のピンチである。




「……このエリア、通信が使えないのか?」




 輝夜をここまで追い込んだのは、新たに追加された特殊個体の汚染獣。


 その名も、”アーク・ヒュドラ”。


 4つの首を持つ、大蛇のようなボスエネミーである。




 無論輝夜も、ただ一方的にやられたわけではない。

 持てる全ての力を使って、敵の首を”何度も何度も”切断した。


 だがしかし、今回のボスは、それだけでは倒せない。



 機体に負担がかかる、未知なる新エリアに。

 攻略法の分からない、強力なボスエネミー。



 理不尽なチュートリアル以来の出来事。

 輝夜は初めて、ゲームで”敗北”の危機に瀕していた。





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