孤高のノド
「えーっと。紅月さんと黒羽さんは、体調不良で今日はお休みです。皆さん、体育祭まであと少しなので、体調管理には気をつけましょう」
(えぇ……昨日、あれだけはしゃいでたのに)
昨日のカラオケでは、あれだけ楽しそうにしていたのに。
一緒に行っていた2人が休みという事実に、”竜宮桜”は唖然とする。
桜に関しては、何事もなくピンピンしていた。
(まぁ。確かにかぐちに関しては、ちょっとテンションがおかしかったけど。クローバーは、どうしてだろ)
2人の体調不良。その理由を考えていると。
隣の席のアイツ、”花輪善人”が席を立った。
「え」
呆然とする桜だが、善人は迷いない様子で。
自分のカバンを持つと、教室の外へと向かい始める。
「えっと、花輪くん? 急にどうしたのかな?」
当然ながら、教師が尋ねるも。
善人は我が道を行く。
「オレのいる場所はここじゃない。今日は、早退だ」
そう言って、彼は教室を出ていった。
その堂々とした行為に、クラスメイトたちは言葉が出ない。
(……体育祭、大丈夫かなぁ)
果たして彼らは、一つになれるのか。
桜は、心の底から嘆いた。
◆
「……むぅ。嘘だ嘘だ」
自分が、病院に運び込まれた理由。昨日の自分が犯した失態。
それらを聞かされ、”輝夜”は布団の中へと包まり、現実逃避をしていた。
そんな輝夜の様子を、看護師の”まどか”は微笑ましく眺めている。
「でも、正直安心しました。ここに運ばれてきた時は、その。完全に”お酒”を飲んだものかと思っていたので。ただの高熱でよかったです」
「……よくないだろ」
酒も飲んでいないのに。ただ高熱を発症しただけで、脱いで暴れ回るなど。人として、悲しい気持ちになってしまう。
もう、これ以上何も知りたくはない。
どのみち、昨日のことはほとんど思っていないが。確実に、黒歴史として封印することを決意した。
「はぁ。でもこの感覚からすると、魔力を使ったのは確かだな。なんというか、その。まだ”火照ってる”ような気がする」
「それってやっぱり、”性的な方”にも関係したりするんです?」
「……やめてくれ。そういうのは、なるべく考えないようにしてるんだよ」
自分らしく生きること。この世界に暮らす、1人の人間として、堂々と胸を張って生きる。
長い旅路を経て、輝夜は自分を受け入れることが出来た。
とはいえ、まだそういった方面で、自分を”女”としては認識したくはない。
少なくとも、今は嫌悪感のほうが勝っていた。
「それにわたしは、まだ高校1年だぞ。高1でそういうのやったら、犯罪じゃないのか?」
「えっと、どうでしょう。わたしの初体験は、大学の頃で……」
「がぁー お前のそんな話、聞きたくない」
「ふふっ、冗談ですよ。わたしも不運なことに、異性との出会いには恵まれなくて。……輝夜さんの弟さんとか、結構格好いいですよね〜」
「あいつはダメだ。学校でもモテモテだし、わたしの友達だって狙ってる。お前みたいな”クソナース”じゃ、無理無理」
「クソナースなんて! いつからそんなこと言うようになったんですか」
「正直、何年も前から思ってるよ」
残念ながら、それが真実。ベタベタと可愛がられ、甘やかされるのは好きではない。
正直、鬱陶しさが勝ってしまう。
「職場に出会いは無いのか? ほら、ダニー先生とかいいだろ」
「いや流石に。年が上過ぎると言いますか、その」
八代まどかは、まだ20代の若き女性。
龍一と同世代のダニー先生は、おそらく40代であろう。
流石に、その年の差は大きかった。
「輝夜さんこそ、学校で気になる男子はいないんですか?」
「ないよ。そもそも、そういうのには興味がない。クラスの男子だって、名前を覚えてるのは”善人”だけだ」
「おやおや? その善人というのは、一体どのような人物でしょうか。カッコいい系? かわいい系?」
男の名前が出て、まどかは興味津々に。
「そうだな。ちょっと前までは、”従順な犬”みたいな奴だったが。どっかで頭を打ったのか、”勘違いのイケメン野郎”に成り下がったよ」
「えぇ……イケメンなら、いいじゃないですか」
「ふっ。わたしは別に、”顔なんて”どうでもいいんだよ。イケメンだろうがなんだろうが、正直わたしの心はときめかない」
「本当に?」
「ああ。現に、わたしの契約している悪魔の1人、”カノン”って奴は相当のイケメンだぞ? なんというか、銀髪の王子様、みたいな」
「……羨ましい。じゃあ輝夜さんって、もしかしてハーレム状態?」
「いいや、全然。カノンはイケメンだが、わたしは男の顔に興味ないし。他にも2人、男の悪魔はいるが、まぁ。”浅黒いマフィア”みたいな奴と、”ハゲのゴリラ”だからな」
「……それは確かに、微妙ですね」
少なくとも輝夜は、身の回りの男性陣に興味はなかった。
自分の監視者、師匠でもあるウルフも、傍から見たら結構なイケメンだが。輝夜からの認識は、単なる”ダメ男”である。
弟の朱雨など、もはや”問題外”。優しい姉として、あくまでも弟は庇護するべき存在である。
確かに、血の繋がりがあるため、相当なイケメンなのは間違いないが。やはり輝夜からしてみれば、小生意気なガキでしかない。
ときめきや恋とは、無縁の生活を送っていた。
「ちなみに、なんですけど。今の輝夜さんって、他人に触られても、その。色々と”敏感”なんですか?」
「はぁ、そうなんだよ。ちょっと前までは、善人にもマッサージを頼んでたんだが。流石に今となっては、触らせてない」
「大変ですね。魔力を使っただけで、”感度が良くなる”なんて」
「……せめて、感覚が鋭くなるって言ってくれ」
事実ではあるものの。やはり、感度が良くなるとは、あまり言いたくはなかった。
「きっと輝夜さんの場合、肉体が普通の人よりも弱いので。魔力に対して、過敏に反応し過ぎてるんだと思います。なので、使いすぎると身体が敏感になったり。最悪、”昨日みたいなこと”になってしまうと」
「……はぁ、本当に最悪だ。こんな副作用があるなんて、友達にも言い辛いからな」
なぜ自分だけが、こんなエロゲーみたいな体質なのか。
心臓に巣食う呪いを、輝夜は心底恨んだ。
輝夜とまどかが、久々の雑談を楽しんでいると。
病室に、1人の訪問者が。
輝夜の担当医、”ダニー先生”こと、ダニエル・バトラーがやって来る。
「あぁ、よかった。輝夜くん、気分は大丈夫そうだね」
「ええ、まぁ。ちょっと火照ってはいますけど、”健康人間”ですよ」
健康人間。
言っていて、自分でも悲しくなる。
「でも、良くなって本当に安心したよ。昨日の君は、その。あまりにも酷かったからね。昔ならともかく、”今の君”に裸で暴れられると、こっちとしても手を出しづらいから」
「うぐぅ……」
昨日の惨状。これ以上、耳にしたくはない。
「体内のナノマシンを抽出して、昨日の君を調べさせてもらったんだけど」
タブレットを操作して、ダニー先生が病状を説明する。
「どうやら君は、歌を歌うと、魔力を”激しく消費”してしまうらしい」
「はぁ?」
全くもって、意味が分からない。
自分にそんな力があるなど、毛ほども思っていなかった。
「自分の感覚としては、そんなの微塵も感じなかったぞ?」
「あぁ、そうだろうね。どうやら今の君は、かなり魔力の扱いが上手くなったようだから」
「……まったく、情報が筒抜けだな」
改めて、自分は監視され、守られているのだと、輝夜は実感する。
「僕としても、君の体調管理はしっかりとしたいからね。これを首につけて、ちょっとだけ歌ってみてくれないかい?」
そう言ってダニー先生が取り出したのは、コインのような”小さな機械”。
機械の裏面はシール状になっており、それを輝夜の首に貼り付けた。
「あー、あー。歌うって、適当でいいのか?」
「ああ。どの程度の声量、もしくは感情かな? とりあえず、発動条件のデータが欲しいんだ」
「りょーかい」
歌うだけで魔力を消費するなど、そんなバカなことがあるものか。
特に意識することなく、輝夜は口を開け。
「もしも、わたし――」
――ピーピー!!
ワンフレーズを歌い終わる前に、そこら中の計器が警報を上げた。
「え」
ほんの少し、まだ歌ったという実感すら無い。けれども機械は、明確な反応を示していた。
「ちょっと、大げさじゃないのか?」
これは何かの間違い。病院の機械なんて、大して当てにならない。
そんな気持ちで、輝夜はもう一度。
「イノチのぬくもりを――」
――ピーピー!!
さっきよりも、大きな警報が鳴る。
もはや、歌に何かが反応しているのは明らかである。
「ちょっと、待ってくれよ」
ダニー先生はタブレットを操作し、何が起きているのかを把握しようとする。
だがしかし、”表示される情報”があまりにも多すぎた。
「先生、こっちの数値を見てください」
「ああ。まさかとは思ったが、こんな反応を示すとは」
表示される情報に、医師と看護師は深刻な表情に。
ただ歌っただけなのに。
輝夜はなんだか、悪いことをしたような気になってしまう。
「でも、あり得るんですか? ”人体から放射された例”なんて、今まで」
「……この子は特別だからね。また1つ、秘密事項を追加しないと」
患者の目の前で、そんな物騒な話をしないでほしい。
とはいえ、自分が”面倒な体質”だということは、輝夜自身が一番良く分かっている。
もしも、この面倒な呪いを解いてくれる者が現れたら。
問答無用で、結婚しても良いレベルである。
「輝夜くんは、今まで歌った経験は?」
「……そういえば、無かったかも知れないな。カラオケは初めてだったし、学校にも行ってなかったから、音楽の授業とかも受けたことがない」
「なるほど。だから、これまで発覚してなかったのか」
入学式の日は、例の両足骨折をしてしまい。
未だに輝夜は、学校の”校歌”すら歌ったことがない。
無意識の鼻歌程度ならともかく。他人のいる場所で、しっかりと歌を歌ったのは、昨日が初めてであった。
そのため、輝夜は加減を知らず、とんでもない惨事を引き起こしてしまった。
(魔力と同じで、コントロールできないのか?)
ウルフとの修行(?)のお陰で、輝夜は前よりも、魔力を理解できるようになっている。その要領で、歌の力とやらも制御できないものか。
今度は、しっかりと意識してみて。
「たとえ〜♪」
――ピーピー!!
「ら〜♪」
――ピーピー!!
「ん〜♪」
――ピーピー!!
どれだけ抑えようとしても。どれだけ、穏やかに歌おうとしても。
機械は相変わらず、警告音を鳴り響かせていた。
「おい! わたしは満足に歌も歌えないのか?」
「……申し訳ない。現在の状況では、これを止める手段は思い当たらなくてね。少なくとも、よっぽどのことがない限り、歌は控えるように」
「はぁ……」
バーチャルアイドルになり、顔を出さずに、楽に金を稼ぐ計画が。
残念ながら、泡となり消えてしまった。
「とりあえず、今日のところは安静にしててくれ。これ以上、歌も魔力も使わないように」
「はいはい」
輝夜も、流石にこれは落ち込んでしまう。
不自由な面が増えるのは、勘弁してほしいものである。
「夕方になったら、舞さんが迎えに来ますから。今なにか、欲しいものはありますか?」
「そうだな。……自販機で、ジュースでも買ってきてくれ」
「はい。いつものでいいですね!」
ダニー先生とまどかは、病室を後に。
輝夜はようやく、1人になる。
「……あー、うー」
言葉にならない悲しみが、口から漏れた。
◇
「クソッ。まさか、こんなことになるとはな」
病室のベッドの上で。
輝夜はオレンジジュースを片手に、悪態をつく。
出来ることなら、このベッドに戻りたくはなかった。
やけ酒ならぬ、やけジュースである。
「それにしても、お前ら。どうしてずっと反応が無いんだ?」
輝夜はイヤリングに問いかけるも。契約している悪魔たちは、一切の反応がない。
いつもなら、勝手に出てくるドロシーも、不自然なほどに静かである。
すると。
輝夜のスマートフォンから、電子精霊、”ニャルラトホテプMk-II”が姿を現す。
「にゃん! ドロシーやカノンたちは、絶賛休養中にゃん。きっと、マスターの歌を至近距離で聴きすぎたせいにゃん」
「至近距離って、イヤリング越しだろう」
「それでも、向こうには通じてたにゃん」
マーク2は、ネットを通じて人間界や魔界を自由に行き来することが出来る。
ゆえに、”向こう側”へ確認をしに行っていた。
「どうやらマスターの歌には、悪魔に対する”特効”があるみたいにゃん。人間には無害でも、悪魔が聴くと”殺人電波”に近い効力を持つにゃん」
「……なるほど、な。ドロシーやグレモリーが、どうして逃げたのか分かったよ」
悪魔に対して、攻撃的な力を持つ歌。それならば、異様に魔力を消費するのも理解できる。
問題は、なぜ自分に”そんな力”があるのか、なのだが。
「おそらく、悪魔だけでなく、魔獣にも効果があるにゃん。昨日のケルベロスは、それはもう苦しんでたにゃん」
「あぁ。ワンちゃんにも、ちゃんと謝らないとな」
熱で、頭がおかしくなっていたとはいえ。
流石に、動物相手では罪悪感があった。
「しっかし、わたしにそんな特技があったとはな。もっと早く気づいていれば、魔界でも”無双”できたのに」
なにせ、歌うだけで悪魔を倒せるのである。
もしも、魔界にいた際に気づけていれば。もっと楽に、”敵を処理”できていただろう。
「にゃん。でも、コントロールが出来ないにゃら、味方にも作用しちゃうにゃん。使い道は選んだほうが良いにゃん」
「……耳を塞げば、問題ないんじゃないか?」
「にゃーん。マスターの歌は、そこまで単純じゃないにゃん。まるで”月の呪い”のように、魂に作用してるにゃん。耳を塞いだ程度じゃ、防げないにゃん」
「……そうか。なら、本当にしばらくは歌えないな」
今まで、気づきもしなかった。まさか自分の喉に、そんな”爆弾”が隠されていたとは。
元々、あまり歌うこともないので、特に問題はないのだが。
「にしても、暇だな」
まどかやダニー先生は忙しいのか。病室には、輝夜1人。
一応、入院という形ではあるものの、動けないというほどの症状でもない。
輝夜は暇を持て余していた。
「……ゲームでもやるか」
暇つぶしと言えば、それくらいなもの。
「おい、マーク2。ここらへんの機材を使って、ゲームにログインできないか?」
「にゃん! そういうこともあろうかと、病院内の設備は全て掌握済みにゃん。そこにある機械にアダプターを差せば、ユグドラシルに接続できるにゃん」
「ふふっ、お前は本当に有能だな。じゃあ、操作は任せたぞ」
「にゃん!」
流石は、スペシャルな電子精霊。
輝夜は医療機器を利用して、病室からゲームにログインすることに。
(とはいえ、平日だからな。……まぁ、アモンくらいは入ってるか?)
ギルドメンバー、友達はみんな、学校へ行っている。そして契約悪魔たちは、歌の影響でノックアウト。
久々に、輝夜は1人でゲームをすることに。
しかしその選択が、まさか”命取り”なるとは。
この時の輝夜は、微塵も思ってはいなかった。
◇
「……マズい、な」
全くの想定外。
輝夜はアルマデル・オンラインの世界で、”史上最大の危機”に瀕していた。
本当に軽い気持ち。
平日の真昼間に、ソロで、暇つぶしとしてゲームの世界へ。
しかし運が悪かったのか。
それとも、輝夜の”慢心”が原因か。
場所は、アルマデル・オンラインの新エリア、”始まりの荒野”。
新しい追加エリアに、輝夜は興奮し。
なんの前情報も無しに、単独で荒野へと立ち入ってしまった。
知らない汚染獣が相手でも、自分ならどうとでもなるだろう。
今までの経験と、自分の戦闘技能ゆえに。
しかし、その結果。
左腕パーツの喪失に、胴体への複数ダメージ。
また、脚部にも不具合が発生。
活動に必要なエネルギー残量も、すでにレッドゾーンに突入している。
端的に言って、”撃墜寸前’のピンチである。
「……このエリア、通信が使えないのか?」
輝夜をここまで追い込んだのは、新たに追加された特殊個体の汚染獣。
その名も、”アーク・ヒュドラ”。
4つの首を持つ、大蛇のようなボスエネミーである。
無論輝夜も、ただ一方的にやられたわけではない。
持てる全ての力を使って、敵の首を”何度も何度も”切断した。
だがしかし、今回のボスは、それだけでは倒せない。
機体に負担がかかる、未知なる新エリアに。
攻略法の分からない、強力なボスエネミー。
理不尽なチュートリアル以来の出来事。
輝夜は初めて、ゲームで”敗北”の危機に瀕していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます