セイなる歌声






『魔界に暮らす民たちよ。わたしの声に耳を傾けてくれ』




 魔界、第4階層にある小さなラーメン屋台。

 そこに置かれたテレビから、”魔王アガレス”の演説が聞こえてくる。




『12年前の大崩壊以来、魔界は崩壊の一途を辿っている。各階層は外縁部から消滅し、遅かれ早かれ、全ての大地が消え去るだろう』




 ラーメンを食べながら。その屋台では、2人の人物がアガレスの言葉を聞いていた。

 本来なら、こんな場所にいるはずのない人物。


 人間、”紅月龍一”と。

 沈黙の魔王こと、”アモン”の2人が。




『わたしは人類が憎い。そして君たちも、同じ心を持っているはずだ。12年前の痛み、大切な仲間を奪われた怒り、わたしたちは、1つに結束しなければならない』




 龍一は静かに、テレビを睨みつける。

 一体、どの口が言っているのかと。


 すると、




「どうだい、あんちゃん。うちのラーメンを食べた人間は、おそらくアンタが最初だからねぇ。感想を教えてくれよ」




 ラーメン屋の店主。

 見た目、少女にしか見えない悪魔が、龍一に尋ねる。




「……悪くはない。いや、正直に美味いと言っておこう。あまりラーメンは好みではないが、ここの店の味なら好きになれそうだ」


「そうかい、そうかい。そう言ってもらえると、オレも嬉しいってもんさ」




 龍一の反応に、店主は満足げな様子。


 そんな彼女の反応とは打って変わり。

 龍一とアモンの2人は、真剣な眼差しでテレビを見つめていた。




「自分の手で、魔界を壊し。そのうえ、ここまでの戯言を吐けるとは。図太い男だ」


「……12年前のアレも、この魔王アガレスの仕業なんだろう?」



 アモンが、龍一に尋ねる。



「そうだ。前に、娘と一緒に奴と戦った。その際に、自分の口から白状していた」


「……そっか」




 その事実には、アモンも思うことがあるようで。




「タマモや、他の魔王が死に。ルシファーの光がダメージを負ったのも、全部彼のせいってことだよね」


「そうなるな」


「……あぁ、もしも。もしも自分で動けたら。――彼の頭を、この手で砕いてやりたい気分だ」




 あくまでも、ここにいる彼は単なる分身体。

 その本体は、未だに魔界の最下層で光を支え続けている。


 数少ない、”友人の仇”ともなれば。沈黙の魔王と言えども、怒りの1つも湧いてくる。




「アガレスを倒すのは、正直かなり骨が折れるぞ? ああやって表に出ているのは、全て遠隔操作されたロボットに過ぎない。どこかの階層に居るであろう、奴の本体を殺さなければ」




 前に一度、娘の輝夜がアガレスの首を落とした。

 だがしかし、敵は今でも健在である。




「最近は物騒なニュースばっかで、こっちも参っちまうよ」




 ラーメン屋の店主も、愚痴をこぼす。




「地上を攻めるための大型兵器を開発中とか、その開発拠点が人間の攻撃を受けたとか。一体どこまで本当で、どこまでが”本気”なのか。オレら一般市民には、勘弁してほしい話さ」


「……君たちからすると、アガレスの掲げる地上侵攻は、どういう印象を持っているんだ?」


「そうさなぁ。この第4階層の連中は、バルバトスの嬢ちゃんの統治下だから、そこまで関心を持ってねぇ。だが、他の階層の連中は、かなりアガレスの思想に染まってると思うぜ」



 店主の少女は、そう考える。




「事実、魔界が徐々に”崩壊”していってるのは確かなんだ。そりゃ将来のことを考えて、地上を欲しがる気持ちも分かるけどよ」




 周辺の様子を見てみれば。

 その言葉の通り、至る場所で”大地の崩壊”が始まっている。



 ここは、第4階層の最果て。辺境の土地にあるラーメン屋である。

 しかしこんな場所だからこそ、誰にも感づかれることなく密会が行える。




「こんな危険な場所に店を構えて、僕たち以外に客は来るのかい?」


「いいや。崩壊した部分に落ちたら、次元の狭間に真っ逆さま。来るのはよっぽどのもの好きか、あんたらみたいに”強い奴”だけさ」




 あまり、商売に興味はないのか。

 こんな僻地で、店主はどっしりと店を構えていた。




「それにしても。彼女、遅いね」


「そうだな」




 本来ならば。この場には、もう一人いるはずであった。

 魔王アガレスに対抗する、数少ない勢力のトップ。


 グレモリーの姿が、未だに現れない。




「メッセージによると、”スカウト活動”で遅れるとか言ってたけど。彼女、何を企んでるんだろう」


「……聡明な魔王だ。無論、意味のある行為だとは思うが」




 龍一とアモンが、そんな会話をしていると。

 空間を切り裂いて、話題のグレモリーがやって来る。


 だが、しかし。




「くっ」




 姿を現すやいなや。

 魔王グレモリーは、口から”大量の血”を吐いた。


 その姿に、一同は驚きを露わにする。




「おいおい、どうしたんだいアンタ! 通り魔にでも刺されたのかい?」



 店主が駆け寄る。




「……いや、心配は無用だ。わたしは敵に襲われたわけでも、失態を犯したわけでもない」




 血を拭いながら。

 グレモリーは、龍一へと視線を送る。




「おい、紅月龍一。”お前の娘”は、一体どうなってるんだ?」




 なぜ、彼女がここまでのダメージを負ったのか。


 時は少し、遡る。
















 姫乃にある、とあるカラオケボックス。

 その一室にて。


 魔王”ドロシー・バルバトス”が、マイクを片手に歌声を披露していた。


 しかし、お世辞にも上手いとは言えない。




(こいつは、下手だな。迷いないタイプの音痴は、改善が難しい)




 ドロシーの歌を聞きながら。

 ”グレモリー”は、メモ帳に何やら書いていき。


 その隣に座る”輝夜”は、なんとも言えない顔をしていた。



 ボックスの中には、輝夜たちの他に。

 クラスメイトの”竜宮桜”と、”黒羽える”の姿もある。




「それで、なんでアイドルなんだ?」



 隣に座るグレモリーに、輝夜が尋ねる。




「……ただのアイドルではない。人間と悪魔、その”混合ユニット”を計画している。魔王アガレスに対抗するためには、魔界の民の心、そして人間たちの心をも掴む必要がある。そのためにわたしは、アイドルという道を見出した」




 グレモリーは、真剣そのもの。

 遊びではなく、本気でバーチャルアイドルを生み出そうとしていた。




「お前たちもやっているゲーム。アルマデル・オンラインも、もとを辿れば同じ目的で作られたものだ。あのゲームサーバーは、人間も悪魔も、隔てなくログイン出来るからな」




 ゲームに続き、アイドルと。

 グレモリーは確かな目的をもって、それらを動かしていた。




「……そんな理想があるなら、もっと別の形のほうが良かったんじゃないか? 正直わたしも、あのゲームで人と悪魔が仲良くなるとは思えんぞ?」




 確かに、アモンという悪魔と出会うことは出来たが。

 ”ゲームの内容的に”、人と悪魔の融和にはほど遠く感じる。




「ゲームプロジェクトに関しては、部下のウヴァルに任せていたからな。ほら、先日お前たちを襲った、マドレーヌの契約する悪魔だ」


「あぁ、あの”赤毛のクソガキ”か」




 急に襲いかかってきて、思わず首をチョンパしてしまった人間。

 ゆえに、流石の輝夜も覚えていた。


 しかし、あれがトラウマになったのか。以来一度も、輝夜の前に姿を現していない。




「とはいえ、ゲームの運営は続けていくつもりだから、安心してくれ。平和目的には使えんが、戦闘シュミレーターとしては役に立つからな。わたしの契約者のように、適正のない人間でも訓練をさせられる」




 アリスと、グレモリー。

 そのコンビバランスは、どうやら悪魔側のほうが強いらしい。




「で、次はアイドルというわけか」


「ああ。初めからこうすればよかった。アイドルという存在は、人の心を繋げるのに最適だからな。可憐な歌声や踊りは、種族関係なく通じるものがある」


「なるほど」




 あまり釈然としないが。

 一応、輝夜は理解を示した。




「悪魔側のメンバーに関しては、ある程度簡単に集められそうなんだが。どうしても、人間となると接触自体が難しくてな。ゆえにこうして、身近な場所から探すしかない」




 そして、グレモリーは輝夜に目をつけた。




「……親を介さず、”多額のギャラ”を払ってくれるなら、やってやらんこともないぞ」




 最初、誘われた時は。

 輝夜はかなり苛ついたものの。


 ギャラという言葉が出た瞬間、その心は簡単に動いた。




「それで、あいつらの評価はどうなんだ?」




 あくまでも輝夜はメインディッシュ。

 その前に、クラスメイトである竜宮桜、黒羽えるというメンバーを集め、一緒にオーディション(仮)を受けていた。


 ついでに、呼ばれていないドロシーも、何故か参加している。




「そうだな。一人目、竜宮桜に関しては、想定以上のポテンシャルを感じている。技術はまだまだだが、声質には光るものがある。ある程度のレッスンをこなせば、十分通用するだろう」


「お前は、プロデューサーか何かなのか?」




 グレモリーは、真剣に採点していた。




「次に、あの黒羽えるという少女だが。正直、アイドルには向かんな。声もテクニックも悪くはないが、どうにも感情が乗っていない」


「……なるほど」



 歌の上手い下手には、あまり興味がないため。

 輝夜にその評価は分からなかった。




「正直、メンバー候補はもっと必要だ。騎士団の仲間にも試したが、うちの連中には素質がなくてな」




 グレモリーの契約者、アリス。

 彼女は悲しいことに、ドロシーにも匹敵する音痴であり。見た目はともかくとして、バーチャルアイドルとしての素質はゼロであった。


 次に、クソガキことマドレーヌ。

 彼女も、声質自体は悪くないものの。性格ゆえか、可愛らしく歌うことが出来なかった。


 後もう一人、騎士団には女性メンバーが居るものの。

 彼女はアイドルと言うには、ちょっと年を取っているので。そもそも、メンバー候補にすら入っていなかった。


 ゆえに、他からメンバーを集めるしかない。




「お前の知り合いで、悪魔に理解のある女子は、他に居ないのか?」


「……そう、だな。一応、もう一人。弟と同じ学校に通ってる、”並木栞”ってやつがいるんだが」


「そいつは、悪魔だと素性を明かしても、問題がないのか?」


「ああ。前にわたしと一緒に、”魔界に誘拐された経験”があるからな。まぁ、大丈夫だろう」


「……とりあえず、連絡先を教えてくれ」




 多分、大丈夫だろうと。

 輝夜はグレモリーに、栞の連絡先を渡した。



 そんなやり取りをしていると。

 ようやく、ドロシーの”ひどい歌”が終わる。




「よし、バルバトス。とりあえずお前は対象外だ。何があろうと、うちの事務所では雇わんぞ」


「……ひどいわね」




 仕方がない。

 歌の下手な悪魔に、用はなかった。




「さて。最後は、わたしの番か」



 大トリとして、輝夜が重い腰を上げる。





「頼んだぞ、お前が一番の狙い目だ。お前のポテンシャル次第では、人と悪魔の未来は大きく変わるだろう」


「任せておけ。歌うだけで金が手に入るなら、アイドルの1つや2つ、やってやれないこともない」






 自信ありげに、輝夜はマイクを握る。


 そしてそれが、”悪夢”の始まりであった。






「おおっ、ナイスチョイス!」




 輝夜が入れた曲は、有名なアニソンであり。

 知っている桜が、調子を盛り上げる。




「ふぅ……」




 輝夜自身、カラオケに来るのは初めて。

 というよりも、生まれてこの方、本気で歌ったことがない。


 しかし自分でも、”高いポテンシャル”は感じている。


 圧倒的な、”女神”のような歌声で、この場を魅了してやろう。

 そんな、腹づもりであったが。






 輝夜が、その歌声を解き放った瞬間。


 グレモリーとドロシーの2人に、”地獄のような激痛”が襲いかかった。






「ぐっ!?」


「……ッ」




 その、あまりの痛みに。

 グレモリーは姿勢を崩し、ドロシーは表情をしかめる。


 それだけの”力”が、輝夜の歌声にはあった。


 だがしかし、




「うまーい!」




 輝夜の美声に、桜は惚れ惚れとした様子で。

 隣に座る黒羽も、変わらぬ微笑みのまま。


 ”悪魔”である2人だけが、尋常ならざる影響を受けていた。




『んだこりゃ!?』




 どうやらその力は、かなり常識外れなようで。

 輝夜のイヤリングに待機する、カノンやアトムたちにも影響を与えていた。




 グレモリーは、激痛の中で直感する。

 これは紛れもなく、”生死に関わる力”であると。



 これ以上歌を聞いたら、心臓が止まりかねない。

 背に腹は代えられないと、カラオケ機材を壊すべく、グレモリーが手をかざすも。


 何故か、魔法が発動せず。




「くっ」




 仕方がないと。

 重い体を動かして、輝夜からマイクを奪い取った。




「あぁ!? おい、いいとこだったのに……」




 歌の途中でマイクを奪われて、輝夜は不服といった様子。


 しかし、グレモリーはそれどころではない。


 ドロシーも、相当こたえたようで。

 ゆっくりとソファに座り込んだ。




「……すまない、紅月輝夜。お前がアイドルになるのは、絶対に無理だ」



 グレモリーは、そう断言する。




「納得がいかん。正直、わたしは音痴じゃないだろ」


「いいや、そういう問題ではない。もっと、本能的な部分で。お前の歌を悪魔に聴かせるのは、不可能だと判断した」


「……んん?」




 釈然としない理由に、輝夜は困惑。

 それには、他のメンバーも同様で。




「かぐちの歌、すっごく上手だったのに。ねぇ、クローバー」


「……そう、だね」




 少なくとも。桜と黒羽は、輝夜の歌を”上手い”と認識していた。




(……人間と悪魔で、これほど差が出るのか)




 こちら側は、命の危険すら感じたというのに。

 ”対象を選ぶ脅威”に、グレモリーは戦慄する。




「すまないが。今日のところは、これで失礼させてもらう」





 そう言って。


 まるで逃げるかのように、グレモリーは空間の裂け目へと消えていった。





「……わたしも、ちょっと用事を思い出したわ」




 ドロシーも、身体へのダメージが大きいのか。

 ゆらゆらと、イヤリングの中へと消えていった。



 殺虫剤を撒かれたかのように、悪魔が散っていく。





「……」




 自分が一体、何をしたというのか。

 輝夜は少し、悲しくなった。















 魔界、第4階層。

 辺境のラーメン屋にて。


 グレモリーはカウンターにもたれかかりながら、水の入ったグラスをひたすら見つめていた。


 歌によって負った傷は、かなり重い。




「彼女の歌声は、まるで、”月の呪い”を直に受けたような衝撃だった。指輪の契約に守られているというのに、それすらも貫通して」




 強い存在ほど、痛みや脅威とは無縁になる。

 まさか、あんな場所で、あんな方法で死にそうになるとは。


 輝夜の歌声には、魔王すら追い払う”何か”が宿っていた。




「紅月龍一。お前の娘には、一体どういう秘密があるんだ? 少なくともあの歌声には、悪魔を殺せるだけの力がある」


「……」




 その問いに、龍一は難しい表情になる。


 ”歌声という話”は初耳だが。輝夜に関する情報は、彼の中で一番の極秘事項なのだから。


 すると、そんな中。






「――ああ、そういうことか」






 まるで、”古い記憶”を呼び覚ましたかのように。

 アモンは静かに、その秘密へと辿り着いた。




「君がどうして、彼女の存在を頑なに隠すのか。僕もようやく理解できたよ」





 初めて輝夜に会った時に抱いた、奇妙な既視感。


 遠い昔に、”同じ顔をした少女”を見た記憶がある。


 そしてその少女も、”歌”を使っていた。





「彼女はおそらく、”奇跡”のような人間だ。もしも僕の予想が合っていれば、悪魔という種を、”絶滅”させることだって出来るだろう」




 アモンが語るのは、2000年前に起きた、”1つの神話”






 魔界において、そんな重要な話がされているとは。

 無論、彼女たちは知る由もなく。






「○ねーッ!! ○せーッ!! ○○○○○○○ッ!!」


「かぐちー! 天才!」





 輝夜たちはそのまま、カラオケボックスで熱唱していた。


 まるで、ここ最近のストレスを爆発させるかのように。

 まともな人間なら歌わない歌を、輝夜はとんでもないテンションで歌いこなす。


 すると、





「……ねぇ、竜宮さん。わたしちょっと、お手洗いに行ってくるね」


「ハイな」





 桜に、そう告げて。

 輝夜が熱唱する中、黒羽は部屋の外へ出ると。



 まるで、緊張の糸が切れたかのように、近くの壁へともたれかかった。





「……ちょっと、きついなぁ」





 黒羽の右目から、”血”が流れ落ちる。


 彼女は、悪魔ではないというのに。

 確かにその身体は、輝夜の歌の影響を受けていた。





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