厄介の連鎖






 その悪魔は、赤黒い、”灼熱の地獄”を歩いていた。

 地面も壁も、天井すらも熱く。おおよそ、生命が活動できる領域ではない。




「……」




 それでも、その”猫耳を付けた悪魔”は、確かにその足で歩いていた。熱さに苦しみながらも、戦利品の詰まった包みを背負って。


 しばらく、歩き続けると。

 灼熱の大地に存在する、唯一のオアシス。鋼鉄製のシェルターへと辿り着き、その中へと退避した。




「にゃ〜 熱くてつらくて、ミーはもう死にそうにゃん! いちごミルク飲むにゃん!」




 同居人に聞かせるように、その猫耳の悪魔はつぶやくと。

 よろよろとした足取りで、冷蔵庫へと手を伸ばし。




「にゃんと!?」



 目的の物が無いことに、驚きを口にした。




「”カグヤ”、ミーのいちごミルクが無いにゃん! もしかして、探索中に勝手に飲んだにゃん?」




 そう問いかけられ。

 悪魔の同居人、カグヤは寝そべりながら振り向いた。


 美しい顔に、漆黒の長髪。

 紛れもない、”紅月輝夜”と同じ少女である。




「”タマにゃん”、あなたも悪いのよ? テレビが壊れてるのに、帰ってくるのが遅いから。つい意地悪しちゃった」


「ひどいにゃん。あれが最後の一本だったのに……」




 カグヤと、タマにゃん。

 2人の少女、人間と悪魔が、この地獄の中のシェルターで暮らしていた。

 



「ほら、さっさと修理お願い。終わったら、いちごミルク作ってあげる」


「にゃーん。まったく、悪魔使いが荒いにゃん」




 よほど、いちごミルクが欲しいのか、それともお人好しなのか。

 タマにゃんは仕方がないと、テレビの修理へと取り掛かる。




「叩いても直らなかったにゃん?」


「やったわよ、一応。でもダメだったから、退屈で死にそうなの」


「他の趣味を見つけたらいいにゃん。ほら、ミーの探索を手伝うとか」


「バカ言わないで。わたしは神さまでも何でもない、ただの人間なのよ? シェルターの外に出たら、1時間で干からびるわ」


「にゃ。友だちが減るのは嫌にゃん」




 テレビの配線を弄くって、時には叩いて。

 タマにゃんは、テレビが映らなくなった”理由”に気づいた。




「にゃるほど。テレビ自体は壊れてないにゃん。”観測対象”が、向こうの”アストラル・レコード”に繋がったのが原因にゃん」


「はぁ? 意味が分からないんだけど」


「事実だから仕方ないにゃん」




 原因が分かれば、後は簡単と。

 タマにゃんはテレビを調整し、すると、画面が正常に映るようになった。





 ちょうどそこは、紅月輝夜が、花輪善人をぶん殴っているシーン。

 テレビには、”向こう側の世界”が映し出されていた。





「あら。2~3日飛ばしただけで、どうしてこんな展開になってるのかしら」


「にゃん。向こうの輝夜は、何をするのか理解不能にゃん」




 どうやら、そのテレビは紅月輝夜の周辺と繋がっているようで。

 彼女が友だちと話している様子、授業をサボっている様子などが、鮮明に映し出されていた。


 そんな映像を、こちらのカグヤは見続ける。

 これが、彼女の”唯一の娯楽”なのだから。



 カグヤはテレビを見ながら、片手間で”いちごミルク”を創造し。

 ご褒美として、タマにゃんにあげた。




「それで、さっきの話だけど。アストラル・レコードって、本当なの?」


「にゃん! どういう理屈かは知らにゃいけど。向こうの輝夜は確かにレコードに接続してるにゃん。きっと、何か特別な出来事があったにゃん」


「特別な出来事って。わたしが見た最後のシーンは、彼女がパチンコ屋に入るところだったわよ?」


「にゃん。つまり向こうの輝夜は、パチンコ屋で”真理”を知ったにゃん」


「......はぁ。それが原因で映像が途切れるなんて、冗談としか思えないわ」


「にゃはは! アストラル・レコードなんて、それこそ界術の領域にゃん! きっと、向こうの輝夜は、修行して強くなったにゃん」


「嘘よ。神っぽかった全盛期のわたしでも、星には届かなかったのに。あんな、イレギュラーの戦闘バカが届くなんて」




 イレギュラーの戦闘バカ。

 向こうの輝夜を、すべて見てきたため。こちら側は、向こうをそう認識していた。




「にゃーん。様々な要因によって、紅月輝夜という存在は、”時間を跳躍し過ぎた”にゃん。だから、こういう”もつれ”が生まれるのも、きっと必然だったにゃん」


「時間を跳び過ぎたって。そう言っても、わたしの時の1回と、あの子の1回だけでしょ。たった2回の跳躍で、こうなるものなの?」


「にゃん。時間跳躍は、ほぼ不可能に近い禁忌にゃん。それに、”本当に”、たったの2回かにゃん?」


「……2回に決まってるじゃない。リタに巻き込まれた1回目と、あの子がやり直しを求めた2回目。それ以外、時間に干渉したことはないわ」


「にゃ〜ん。カグヤにも、”知らないこと”があるようで嬉しいにゃん」


「タマにゃん。あんた、何か隠してるわね」


「にゃはは! 秘密にゃん。いちごミルクを飲んだバツにゃん」


「あっそ。……まぁ、いいわ。彼女が強くなるなら、わたしも文句はないから」




 所詮、テレビに映る世界。こちらが何を言っても、向こう側には届かない。

 ゆえに、カグヤはどうでもいいと、黙ってテレビ鑑賞に戻ることに。




「……にゃん。カグヤは、ずっと向こうの世界を見てるにゃん。もしかして、まだ未練があるにゃん?」


「ふふっ、まさか。あるわけないじゃない」




 タマにゃんの問いを、カグヤは一蹴する。

 彼女の立場は、あくまでも観測者。紅月輝夜という物語を、誰よりも”応援”しているだけ。


 自分が投げ出した物語を、受け継いでくれた人を。




「娯楽が他に無いから、見ているだけ」




 ここは、灼熱の大地に存在する、唯一の生存領域。

 この鋼鉄のシェルターを出れば、きっとカグヤは簡単に焼け死んでしまうだろう。



 まさに、灼熱地獄。

 でもそんな地獄でも、”向こうで生きる”よりかはずっとマシ。





(……間違えちゃダメよ。チャンスは、一度だけなんだから)





 灼熱の大地、永遠に続く地獄の底で。

 かぐや姫は、”再会の時”を待つ。










◆◇










 遥か沖合の海で、2体の魔獣が争っていた。


 1つは、巨大な青き龍、”レヴィアタン”。

 そしてもう1つは、上半身が裸の女性、下半身が蜘蛛という異形のモノ。


 2体の魔獣は、別に本気で争っているわけではない。

 おそらくは、遊びのようなものだろう。

 青い空、太陽の下で。魔界の獣たちは、激しくぶつかり合う。




 そんな魔獣たちの争いを、2人の人物がホテルの屋上から見つめていた。




「……ジョン。君は、やっぱり異端児だね」




 魔獣たちの契約者、”ジョナサン・グレニスター”と。

 契約悪魔の1人、”アスタ”。


 2人は潮風を浴びながら、仲間の戯れを眺める。




「まさか。”僕を含めて”、まともな悪魔を1人も召喚しないなんて」


「その口ぶりだと。まるで、君も彼女たちの同類みたいだけど?」


「うーん。別に、同類じゃないけど。悪魔って名乗れるほど、”純粋な生き物”じゃないかもね」




 結果として。ジョナサンが召喚した存在は、この3体のみ。

 どこか異質な少女、アスタと。青き龍、レヴィアタン。

 そして3体目は、”アラクネ”と呼ばれる強力な魔獣。




「……そうか」




 そんな仲間を召喚して。それでもジョナサンは、これを異常とは思わない。

 彼女たちこそ、自分に相応しいのだと。そう信じているから。




「僕の正体、気にならないの?」


「隠しているものを、無理やり暴くつもりはない。君の正体が何であれ、僕の最初のパートナーで、最高の仲間なのは紛れもない事実だからね」


「……そっか。そう言ってもらえると、僕も嬉しいな」




 これは、嵐の前の静けさ。

 こうやって静かに過ごせるのも、これが最後なのかも知れない。


 それを理解しているからこそ、彼らは焦らず、静かに時が流れるのを待つ。




「魔女からの連絡は?」


「いいや。数日前から、途切れたままだよ」




 彼らがここに留まっているのは、月の魔女にそう頼まれたから。

 だがしかし、その肝心の魔女からの連絡が途絶えてしまっては、どうしたものかと思い悩む。




「僕が”視た”感じだと、彼女はかなりの使い手のはずだけど。あの街はイレギュラーが多いから」


「……なら、そろそろか」




 ジョナサンは悟る。

 ついに、重い腰を上げる時が来たのだと。




「ダメだよ、ジョン。リタの全てを、信頼することはできないけど。少なくとも、”語った未来”は嘘じゃない。それに姫乃に行ったら、遺物レリックが奪われる可能性もあるんだよ?」


「……このゲームの首謀者も、完璧ではないはずだ。少なくとも、遺物レリックの保有者と位置情報は、スマホのアプリに頼ってる。その部分さえ偽装できれば、欺くことだって可能なはずだ」




 アスタの反対を押し切り、ジョナサンは行動を起こすつもりであった。

 もうこれ以上、待ってはいられない。

 姫乃に行けば、”すべて”が手に入る。




「僕を、止めたいかい?」


「ううん。ジョンは強情だから、止めないよ」




 あくまでも、主は彼なのだから。契約する異形たちは、それに付き従うのみ。

 忠実なる、王の下僕しもべとして。





「――なら行こうか。僕らの時代を創りに」





 王道を往く男が、決戦の地へと歩み始めた。

















 不思議な魅力を放つ、”月とうさぎのイヤリング”。

 最高純度の遺物レリックであり。ソロモンの夜において、最も勝利に近い存在でもある。


 様々な思惑、争いの中心となり得る物だが。

 その持ち主、”紅月輝夜”は。





「――ほら、開いたぞ!」





 ペットボトルのキャップを自力で開けて、満面の笑みを浮かべていた。



 学校の昼休みに、わざわざそれを見せられて。

 友人の”竜宮桜”は、なんとも言えない表情をする。




「それがどうしたの? かぐち。握力を鍛えたって話?」


「いいや。気づかないのか?」


「うん。かぐちの考えは、半分くらい謎だから」




 なぜ、ペットボトルを開けて、ここまでのドヤ顔をしているのか。

 全くもって謎である。




「ふふっ。実は、魔力で”握力を強化”してるんだが、お前は気づかなかったんだな?」


「あー、うん。そうだね。気づかなかったかも」




 それもそうだろう。

 一体、どこの誰が、わざわざペットボトルを開けるために魔力を使うのか。


 だがしかし。どれだけ微弱であろうと、魔力を使っていたことに変わりはない。そして、すぐ近くにいた桜でさえ、その魔力に気づかなかった。

 輝夜にとっては、その事実が重要である。




「……土日の修行で、わたしは”静寂”に気づいてな。これくらいの魔力なら、完全に隠せるようになったんだ」




 正確に表現するならば。

 パチスロを打っていた際の、”虚無感”だろうか。


 しかし輝夜にとっては、アレでも”修行”として成立するらしく。


 師匠のウルフも驚くことに、輝夜は魔力の繊細な操作を身につけ始めていた。




「もっと、出力を上げることができれば。体育祭にも通用すると思うんだが。お前はどう思う?」


「え、どうって……」




 桜は反応に困る。




「”そんなことより”、問題はヨッシーでしょ? かぐちの運動音痴なんかより、よっぽど大事なことだと思うけど」


「……あいつの名前を出すな。せっかく、忘れようとしてたのに」


「こら、現実逃避しない」




 こんなところで、ペットボトル相手にはしゃいでいる場合ではない。


 輝夜が認識している問題、認識していない問題。

 それらが今まさに、山のように降りかかろうとしているのだから。




「いい? 体育祭! ヨッシーの馬鹿! ソロモンのなんちゃら! 握力を強化する前に、そっちの問題を考えないと」


「……あぁ、吐き気がする」




 普通の人間のように、動くだけでも命がけ。

 魔力やナノマシンの補助がないと、人間よりナメクジに近い生き物になってしまう。


 輝夜に出来ることは、ただ二人三脚を極めることだけ。


 そのはず、だったのに。





「これ以上何かあったら、わたしはもう死ぬぞ」





 すると。

 輝夜の願いを打ち砕くかのように、厄介者が1人。



 空間を引き裂いて、”赤髪の女性”が。

 魔王グレモリーが、輝夜たちの前へと姿を現した。







「――紅月輝夜。急に悪いが、バーチャルアイドルになる気はないか?」







 これに関しては。

 もう本当に、どういうことなのか。


 輝夜は、考えることを止めた。





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