不完全ヒーロー






「――なるほど。これで、全てに合点がいきましたわ」




 姫乃の街を見渡せる、高層ビルの上に。


 解放された魔女、”リタ・ロンギヌス”と。

 覚醒を遂げた少年、”花輪善人”の姿があった。


 風が吹けば、落ちてしまうような場所で。善人は気にせず、落ち着いて腰掛けて。

 リタはその側に、付き添うように立っている。




「わたくしの知る歴史との相違点。その起点は、あなたと輝夜の出会いにあった。5年という歳月は、歪みを生むには十分すぎる」


「……」




 聞かされた情報を、噛み締めるように。

 ただ、善人は風に吹かれる




「わたくしのたった1つの願いは、輝夜の幸せです。それを叶えるためには、あなたの生存が不可欠」


「……分からないな。どうして、オレなんだ?」


「それは、とても単純な理由です」




 その言葉を、実際に聞いたわけではない。

 しかしその”事実”は、誰の目から見ても明らかであった。




「輝夜が、あなたのことを愛していたからです。――”1000年前”に、叶わなかった夢。彼女は人を愛し、ともに歩む未来を望んでいた」


「……」




 善人には、分からなかった。

 確かに、自分と輝夜は友達で、彼女の距離感は普通ではない。


 だがしかし、”恋心の欠片”も感じない。


 出会いが違う、IFの自分。

 なぜこうまで、乖離してしまったのか。




「仮に。お前の知っている未来で、輝夜サンがオレのことを好きだったとしても。それは、全く別の世界の話だろう? 少なくとも、今のあの人が、オレを好きだって雰囲気は感じない」


「そうですわね。わたくしとしても、それが一番の問題ですわ。あなたと出会わなかったことで、輝夜の人生は大きく変わってしまった。彼女自身が、遺物レリックを保有し、あまつさえ戦っているだなんて」




 自分が見聞きした情報、歩んできた歴史と違う。

 ゆえにリタは動揺し、暴走をした挙げ句、善人に”さらなる変化”を与えてしまった。


 天使の力。確かにこれは非常に強力で、もしかしたら空の王にも対抗できるかも知れない。

 しかし、力が発現した理由、起源すら分からない。


 そして、理解不能な点は他にもある。




「あなたの持つ、その”王の指輪”。本当に、ただの露店で買ったの?」


「ああ。何度言えばいいんだ? 輝夜サンと初めてまともに話した日に、バァさんの露店で買ったって」


「……そう」




 その話に関しては、リタは全く意味が分からなかった。

 ”そんな奇跡のような話”が、本当にあり得るのかと。




「わたくしの知る歴史では、あなたの持つ指輪は、”輝夜が造った宝具”でした。ゆえに、ソロモンの夜における唯一のイレギュラーであり。空の王の吸収からも免れた」


「オレからしたら、その宝具ってのが分からないんだが」


「……でしたら、”現物”をお見せしましょう」




 そう言ってリタは、隠し持っていたそれを。

 ”美しき聖杯”を、その手に具現化した。


 聖杯の纏う独特な魔力に、善人も息を呑む。




「これは、”命の聖杯”。1500年ほど前、彼女がまだ自由だった頃に造り出した、宝具の1つです」


「これを、造り出した?」


「ええ。先ほど説明した通り、かつての彼女は、”神にも等しい存在”でしたから」




 証拠はこれで十分であると、リタは再び聖杯を消す。

 使い方によっては、これは遺物レリック以上の脅威となってしまう。




「でも、そんな輝夜サンから力を奪い、地上に墜としたのが、お前たち”ロンギヌス”だろ?」


「ええ。あの判断こそが、わたくし達の犯した最大の罪。”かぐや姫という悲劇”を、理不尽な罰を、彼女に背負わせてしまった」




 リタは今でも、当時のことを悔いている。

 もしもあのとき、自分にもっと力があれば。


 そもそも。

 全ての始まりが、”自分”にあるのだから。




「大昔。まだ名前すらなかった彼女に、”不要な知識”を与えることは禁止されていたの。そのほうが、ロンギヌスにとって都合がよかったから。……でも、まだ幼かったわたくしは、彼女と友達になりたくて。月面以外の世界、”地上”について話してしまった」


「......そして、神さまは地上に憧れ、職務を放棄し、島流しにされたわけか」


「ええ。力を奪われ、地上に墜とされた彼女が、どのような運命を辿ったのか。”物語”を知っているなら、分かるでしょう?」


「まぁ、有名な昔話だからな」




 かぐや姫。

 竹取物語。


 知名度はおそらく、日本でもトップクラスであろう。

 そしてそれが、”歴史の裏側”で、実際に起きていた。




「月に戻された彼女は、一切の意識を封印され。ただひたすら、月の呪いを制御する人形にされました。……1400年近く。きっと、地獄にも等しい時間だったでしょう」




 それこそが。

 月に戻った、”かぐや姫のその後”。




「とんだ組織だな、お前たちロンギヌスってのは」


「……ですが。月の呪いがなければ、悪魔による脅威を防げなかったのも事実。今の人類史が成り立っているのは、紛れもなく彼女の功績ですわ」




 少なくとも、20年前までは。月の呪いは正常に機能し、人類を守り続けていた。

 かぐや姫という、一人の人間を犠牲にして。


 しかし、その平和は砕かれた。




「便宜上、”魔王サタン”と呼ばれていますが。アレの放った一撃で、かぐや姫は死にました。その結果、月の呪いは暴走。わたくしを除いて、月面の都市は全滅しましたわ」




 それこそ、リタが月の魔女と呼ばれる理由。


 呪いの根源である月面は、地上とは桁違いに力が濃い。

 ゆえに、月面で暮らしていた人々は、ほぼ即死であっただろう。


 たった1人。呪いの対象外にされた、彼女を除いて。




「何も出来なかったわたくしを、輝夜は生かしてくれた。だからこそ、その恩を返したい。今度こそ、幸せになって欲しいの」




 強く、強く。

 その想いは、1000年以上の時を越えて。




「……でも、その役割はわたしじゃない。彼女の側には、”ヒーロー”が必要なの」


「オレが、そうだって言うのか?」




 世界が違っても、歴史が違っても。

 それでも、諦めることはできない。




「世界を救って、とは言いません。――ただ、彼女だけは」




 たった、1つの願いのために。

 魔女は時を遡った。


 そして今。

 魔女と少年は、同じ景色を見ている。





「――任せな。オレは、死なねぇよ」





 昨日までの自分とは違う。

 強い力と、心がある。


 少年は静かに、ヒーローになる決意をした。







 翌日、衝撃の顔面パンチを食らってしまったが。

















 神楽坂高校の昼休み。


 いつもなら、輝夜たちのたまり場になっている屋上だが。

 今日は、善人がただ1人、儚げに佇んでいる。


 輝夜たちがどこで昼飯を食べているのか、善人は知らない。

 声をかけようと思ったら、すでに姿を消してしまっていた。




「思うに。この世界の輝夜サンは、オレに脈がないような気がするぜ」


『そうだな。まさかぶん殴られるとは、見ていた俺も予想外だった』




 指輪の中のアミーが、善人に同情する。

 なぜあの段階で、あのレベルの暴力を浴びせられたのか。


 善人の唯一知っている”秘技”、顎クイは、未遂に終わった。



 輝夜たちに避けられ、一人、弁当を食べる善人。

 そんな彼の肩に、”一匹の蝶”がとまる。




『わたくしも見ていましたが。まさか輝夜が、あんな暴力を振るうとは。何がどうなったら、ああなるのかしら』


「それはこっちのセリフだぜ。むしろあの人は、暴力の権化だろ」




 現実でも、ゲームの世界でも。輝夜の驚異的な暴力を、善人はよく知っている。

 とはいえ、行動を起こす前に殴られるとは、流石に予想外であったが。




『悪魔と契約しているから、人格に影響が出ている可能性は?』


「いや。出会った頃から、あの人はああだったぜ」




 今でも理由が分からない、男子トイレでの初遭遇。

 そこからの飛び降りで、彼女は両足の骨を折った。

 一体、どういう思考回路をしていれば、ああなるのか。




『そういえば、アモンから遺物レリックを受け継いでいるのよね。彼女と契約している悪魔。特に、”あの女の悪魔”は、一体何者なのかしら』




 監視用の蝶に、異常なほどのダメージを与え。

 リタ本人にも、重傷を与えた悪魔。


 リタは、あんな悪魔を見たことがない。

 そもそもの歴史では、輝夜は遺物レリック保有者ホルダーですらなかったのだから。

 契約悪魔など、知る由もない。




「魔王バルバトスって、呼ばれてるぜ。詳しいことは知らないが、魔王の中でもかなり強いらしい」


『バルバトス!? ……なるほど、この時代ではまだ生きているのね』


「その口ぶりだと、未来では死んでるのか」


『ええ。非常に強力な魔王であると、話では聞いていたけど。魔王アガレスの生み出した、”ステルスサイボーグ”によって”暗殺”されたの』


「……ステルスサイボーグ? 名前からして、ろくな代物じゃないな」


『魔王バルバトスは、非常に優れた感知能力を持っているから。殺すには、よほどのステルス兵器が必要だったのね』




 輝夜に召喚されている、今の状況から分かるように。

 ドロシー・バルバトスは、気ままで制御不可能な存在である。


 戦闘能力はあっても、部下にするには不安要素が多すぎる。

 ゆえにアガレスは、彼女の暗殺を企てていた。




「そのステルスサイボーグってやつも、今後、戦う可能性があるのか?」


『そうね。アガレスは魔界の第1階層に、”巨大な開発拠点”を持っているの。そこを潰さない限り、可能性はあるわね』


「そうか」




 敵となる存在は多いのだと、善人は再認識する。




「今のオレの力なら、魔王だろうと敵じゃないんじゃないか? そんな面倒な敵が生まれる前に、拠点を潰しに行くことだって」


『いいえ、ダメよ。天使の力は、魔界では半減してしまう。向こうの領域で、悪魔と戦うことはオススメできない』


「……そう上手くはいかないか」




 ようやく手に入れた、”前の自分”とは違う力。

 それも万能ではないのだと、善人は歯がゆさを感じる。


 とはいえ、その問題の開発拠点は、すでに”とある親子”によって崩壊しているのだが。




「そういえば。お前自身は、輝夜サンに会わないのか? 遠目から見てるだけ、とか言ってたが」


『……分かってはいるのよ、分かっては。でも、どうしても”怖くて”』


「怖い? 未来じゃ、普通に話してたんじゃないのか」


『そう、なんだけど。なぜかしら、わたしの知っている彼女と、何かが、違うような気がして』




 自分の知っている、救いたいと願う彼女。

 その昔、かぐや姫と呼ばれた彼女。


 たとえ、今に至る歴史が違っていても、その本質は変わらないはず。

 そう、理解はしている。


 その幸せを、誰よりも願っているはずなのに。




 今の輝夜と、リタが出会った時。

 2人の間に何が起こり、どういう結末を迎えるのか。


 それはまだ、もう少し先の話。





「心配するな。オレの力で、どうにかしてやる」





 片翼の少年は、歯車の狂ったまま。

 それでも確かに、ヒーローのようにつぶやいた。





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