トリガー
かつて、星には命があった。
星は命を犠牲に、地上に多くの種を生み出した。
種は進化し、変化を遂げ、やがて”ヒト”が生まれた。
ヒトは知力に長けており、地上で最も栄える種となった。
星の命を、最も受け継いだのがヒト。一つ一つは小さくとも、合わされば大きな存在となる。
千年に一度、ヒトの中に”神”が生まれるようになった。
最初の神は、純粋にヒトの繁栄のために誕生した。
あらゆる存在を、一つ先のステージへ進める力を持ち、それにより”二種の魔神”が生み出された。
神は、魔神たちの裏切りによって殺された。
二人目の神は、魔神たちを排除したいという、多くの人類の願いによって誕生した。
神は裏切りと陰謀の末に殺されるも、その力は月へと託され、魔神たちは呪われた。
翼を持つ魔神は、天に在る楽園へと。尾を持つ魔神は、巨大な穴へと逃げ延びた。
三人目の神は、地上ではなく、巨大な穴の中で誕生した。尾を持つ魔神たちの、醜い争いを終わらせるために。
荒ぶる神によって、尾を持つ魔神たちの文明は崩壊。
争いが終わったので、神は安らかな眠りについた。
四人目の神は、あまりにも複雑な願いを背負ったため。これまでの神の中で、一番弱く誕生した。
神は願いを叶える最善の手段として、月の破壊を試みるも。力の弱い神では到底届かず、呪いを制御する、”月の姫”だけを殺した。
願いの多くが叶えられなかったので、神は死に場所を失い、今もどこかをさまよっている。
「――おおっ!!」
盛大な音楽と、派手な映像のオンパレード。
日曜の朝に、輝夜はパチンコで大当たりを引いていた。
「お嬢、0.5%! 0.5%だぜ、それ!」
「なに言ってるのかよく分からん!」
パチンコ初心者の輝夜にとって、それはあまりにも衝撃的な演出であった。
脳を直接刺激するかのような光。周囲を圧倒するかのような爆音。
それを正面から受けて、輝夜は胸の高鳴りを抑えきれない。
昨日打っていた、液晶のないスロットとはまるで違う。
輝夜の脳が、未体験の刺激によって汚染されていく。
「す、数字が。数字がぐるぐる」
「全回転だよ、全回転。お嬢はもう当たってんだ」
修行という名の、パチスロ遠征二日目。
輝夜の”覚醒”は、さらに先の段階へと移行していた。
◆
初日のスロットを経て。輝夜には何か、特殊な才能があるのではと、ウルフは考えた。
才能の”度合い”は分からない。ただ単に、小さなギャンブルに特化した才能なのか。それとも、もっと大きな世界に繋がる”異能”なのか。
それを試すためにも。
二日目の日曜、ウルフは輝夜に好きな台を打たせることにした。
昨日と同じく。
早朝から、2人はパチンコ店に並ぶ。
「なんで、昨日とは”違う店”なんだ?」
「あー。流石に、あんなのを二日連続でカマしたら、出禁になっちまう」
「?」
またオレ、何かやっちゃいました?
地方のパチンコ店で、輝夜は無自覚チートキャラのような表情をする。
「俺みたいな”地獄”を背負いながら、結果を見たら大勝ちだぜ? 正直、不正を疑われても、ありゃおかしくなかった」
「失敬だな。変な魔法を使ってるお前と違って、わたしは粛々とメダルを出しただけだぞ」
「……それで勝てるなら、誰だってそうするさ」
ウルフは悲しみを口にする。
それもそのはず。昨日のスロット修行において、隣の輝夜に運を吸われるかのごとく、ウルフは台に金を飲まれていた。
日本に帰ってきて、久々のギャンブルだというのに。輝夜がいなければ、間違いなくウルフは死んでいた。
「そういや、昨日の報酬を渡さねぇとな。……ほら」
「ん?」
そう言って、輝夜は現金を受け取り。その金額に驚きを露わにする。
「5万!? あんなピロリンって音を鳴らすだけで、こんなに金が貰えるのか?」
「……本当なら、その2~3倍はあったんだけどな。俺の負け分を補ったら、そんだけになっちまった」
あれだけ意気揚々と、スロットを教えてやると豪語していたのに。
結果だけを見てみると、ウルフは輝夜に頭が上がらなかった。
「なるほど。……これだけチョロいなら、小遣い稼ぎにいいかもな」
輝夜は、悪い思考を学んでしまった。
そんな、闇の取引を行っていると。いつしかパチンコ屋の開店時間に。
昨日と同様、輝夜はギャンブラーの行列に紛れ込む。
「今日は、スロットじゃなくてパチンコを打とうと思うんだが。打つ台は、お嬢が決めていいぜ」
「ん。キラキラした、アニメのやつとかでもいいのか?」
「ああ、いいぜ。お嬢の力を見せてくれ」
奇跡は、続かない。
もしも二日連続で起きるとしたら、それは奇跡ではなく”必然”である。
不敵な笑みを浮かべるウルフと、昨日よりちょっとだけ楽しそうな輝夜。
存在自体が違法な2人が、戦場へと足を踏み入れた。
◇
「おー! 凄い。なんというか、全部キラキラしてるな」
パチンコ屋の主戦場。いわゆる、人気台の集まるエリアへと足を踏み入れ、輝夜は思わず声を漏らす。
昨日打っていた、シンプルなスロット台とはまるで違う。音も光も、全て次元が違っていた。
「ふむふむ」
「……」
好きな台を打っていい。
そう言われたので、輝夜はじっくりとパチンコ台を吟味していた。
「……悩むな」
隅から隅まで歩き回り、15分ほどが経過。
気づけば、人気の台はすっかり客で埋まってしまい。
わざわざ、並んで入った意味がなくなってしまう。
「なぁ、お嬢。もうここらへんに、並びで打てる台はねぇぜ」
輝夜に自由を与えたことを、ウルフは後悔する。
「うるさい。思ったよりも知ってるアニメが多いから、どれにしようか悩むんだよ」
「お嬢は、あれだな。優柔不断ってやつだな」
時、すでに遅し。
開店から時間が経ち、いくつかのパチンコ台ではすでに大当たりも見られていた。
完全に、出遅れである。
仕方がないので、2人はまだ空きのある場所へ。
パチスロ業界では、バラエティエリアと呼ばれる場所へと移動する。
「まぁ、ここなら何を打っても同じだな。少なくとも、一日を過ごす場所じゃねぇが」
「色んな種類があって、こっちのほうが面白いだろ」
「バカ言え。ここにあるのは、たいてい旬の過ぎた台や、クソ過ぎて客のつかねぇ台なんだよ」
せっかく、朝一から並んだというのに。
ここに骨を埋めるのかと、ウルフは嘆く。
「ほら、あの台。弟が漫画持ってるぞ」
「まー、人気シリーズだからな」
三択を自力で当てる、目押しを決める。そんなスロットとは違い、パチンコには打ち手が技術介入をする余地がない。
勝敗は、台に座る前から決まっている。
「なぁ、お嬢」
「なんだ?」
「ここのパチンコ屋はな。大当たりで獲得した玉を、どんどん箱に詰めてくタイプの店なんだわ」
「はぁ」
「お嬢の目から見て、どうだ? 今日これから打って、ドル箱を積み上げられそうな台はあるかい?」
「んー。そうだなぁ」
今までの散策とは違い。輝夜は明確な目的をもって、周囲のパチンコ台を吟味する。
すると、それが”トリガー”となったのか。
まるで全てを理解したかのように、輝夜の瞳が輝き出す。
「……あそこの台。たぶん、いっぱい出るぞ」
そう言って輝夜が指さしたのは、とある美少女ゲームとタイアップしたパチンコ台。
しかしその台には、すでに中年の男性が座っていた。
「......たとえあの台が出るとしても、あのオッサンが勝つだけだろ」
「いや。あいつは、そろそろやめる」
その瞳には、何が映っているのか。
輝夜の言った言葉通りに、中年男性は打つのを止めて、別の台へと移ってしまった。おそらく、あの台では勝てないと判断したのだろう。
すると輝夜は、すかさずその空いた台へと座った。
「おいおい、お嬢。流石に、これで大勝ちするのは厳しいぜ」
パチンコ台に備え付けられた小冊子を見て、ウルフはそうつぶやく。
「うるさい。好きな台を打っていいって、言ったのはお前だろう?」
「とは言ってもよぉ」
ウルフのギャンブラー魂が、輝夜の選択を拒絶する。
「右隣の台も、たぶんそこそこ出るぞ。ほら、黙って打て」
「へいへい」
昨日は、輝夜の大勝ちに救ってもらったため。
観念するように、ウルフは隣の台へと座った。
「……変則スペックの萌え台に。こっちも、撤去寸前の萌え台だな」
思わず、ウルフはため息を吐く。
朝一から並んで、まさかこんな墓地のような場所に行き着くとは。
「仕方ねぇ。萌えに走った台ほど、クソだってこと、お嬢に教えてやるよ」
簡単に勝ち続けられるほど、パチンコやスロットは甘くない。
昨日のような奇跡は、もう死ぬまで訪れない可能性もある。
その、”
ウルフは強い心をもって、死地へと赴いた。
――きゅいん♪
その日。
輝夜の脳に、1つの音が刻まれた。
◆
「いやー! 輝夜様。どうぞ、お好きなだけ食べてください」
「うむ」
輝夜とウルフが、パチンコを打ち始めてから”5時間後”。
2人は近くのファミレスで、華々しく勝利を祝っていた。
ウルフは、もう溢れんばかりの笑みを浮かべており。
輝夜も、目の前の特大パフェにご満悦。
誰が見ても分かるほど、2人は浮かれていた。
「まったく。最初座った時は、こりゃもう終わったと思ったが。まさかあんなに爆発するとはな」
笑顔で、パチンコ屋を後にできる。
それだけの事実に、ウルフは深く感謝を込めた。
とはいえ。
”勝ちしか知らない”輝夜にとっては、何に感動しているのかが分からない。
「なぁ。ほんとに、”10万”も貰っていいのか? 昨日よりもずっと楽だったし、時間だって経ってないぞ?」
「いいんだよ。あんなクソみたいな台でも、やっぱパチンコは速い。ただそれだけのこった」
「いや、説明になってない」
初心者ギャンブラーである輝夜には、何が普通で、何が異常なのかが分からない。
自分がどういう仕組の台を打ち、どれだけの確率を引き続けたのか。
とはいえ、”得たもの”はあった。
「ボタンブルブルも、たくさんの光も凄かったが。――何よりも、”音”が耳に残るな」
「……お嬢。やっぱ、あんたは天才だぜ」
ギャンブラー的な意味で、ウルフは輝夜を褒め称えるも。
輝夜に起きた”覚醒”は、そんな次元の話ではなかった。
「……自分の中で、何かが完成するような。あの”きゅいん”って音には、そういう力がある気がする」
「……あぁ。あのフラッシュと音は、教育に良くねぇからな」
力に目覚めるきっかけ。
”トリガー”は、人それぞれにある。
運命によって定められた瞬間。
強い感情を抱いた瞬間。
生命の危機に瀕した瞬間。
輝夜の場合、それがあまりにも”低俗な場所”にあった。
ただ、それだけのこと。
そして、時を同じくして。
姫乃の街でも、目覚めた者が一人。
「魔女の次は、アンタか?」
「……それは、お前次第だ」
花輪善人と、紅月龍一。
片翼の天使と、最強の人間が対峙する。
週末に、”体育祭”を控える中。
輝夜の周りでは、大問題が勃発していた。
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