闇の覚醒
それは輝夜にとって、非常に”特殊な1日”であった。
来たるべき体育祭。絶対に失敗できないイベントを前に、輝夜はウルフという男の力を借りることになり。
それから、初めての週末。
輝夜とウルフは、姫乃ではない、”別の街”へと繰り出して。
なぜか早朝から、”パチンコ屋”に並んでいた。
「さーて、と。久々でワクワクするぜ」
「……」
姫乃では、あまり見ない類のおじさん達。
その中に、16歳の美少女が混ざっているのだから、当然ながら目立つはずだが。
不思議と輝夜はオーラを消し、周囲に溶け込んでいた。
まるで、”何でもない存在”であるかのように。
「18歳未満は、入店禁止って書いてあるぞ」
「大丈夫だって、俺の偽装魔法は完璧だ。今のお嬢は、紛れもなく”普通の成人女性”に見えてるはずだ」
「……まぁ。周囲の反応からして、なんとなく分かるが」
輝夜自身は、身体に変化を感じていないため。
知らない大量のおじさん達に、少々萎縮しているようだった。
「それにしても。朝からパチンコ屋に並ぶなんて、絶対に理解できない行動だな」
「ははっ。お嬢はまだ子供だからな」
「いや。わたしは絶対、大人になってもこうはならん」
輝夜は確信があった。
今も、そして前世でも。こんな”低俗な遊び”に触れることはないと。
「パチンコはいいぞ。嫌なことを全部忘れて、ただ液晶を見てるだけでいいからな」
「ストレス発散ってことか? わたしなら、その時間でゲームでもするぞ」
「いやいや。”何も考えない”ってのが重要なのさ。今まで、大量に殺してきた連中も、このパチンコ玉と同じ。人生ってのは無駄ばっかなんだって、しみじみ思い知らされるぜ」
「……そうか」
そんな理由でパチンコを打つ人間は、お前くらいなものだろう。
そう思うも、輝夜は面倒なので黙っていた。
「さてと、まずは抽選で良い番号を引かねぇとな。座りたい台に座れなくなっちまう」
「座りたい台、か。……あぁ、あのアニメは知ってるぞ。あれのパチンコなら座ってもいい」
「あー、いや。散々パチンコパチンコって言ってきたが。実は今日座る予定なのは、”スロット”なんだわ」
「スロット? あー、目押しってやつだろ」
「そうそう、目押し目押し。まぁ、お嬢は初心者だから、簡単な台を打つわけだが……」
「だが?」
何かを思う様子で、ウルフは瞳を閉じ。
「……ここ数年、ずっと海外に居てな。久しぶりのパチスロなんだ。楽しみで仕方がないぜ」
「……そうか」
どうかこの1日が、自分のためになりますように。
輝夜はひたすら、そう願った。
◆
「ははっ、こいつは最高だな」
「……どこが?」
魔法によって、容姿を偽装された輝夜は、ウルフの案内でパチンコ屋に入り。
まったく心の躍らない。
画面も何もない。
”ザ・スロット”と、呼べるような台に座らされていた。
「向こうに、アニメのやつがいっぱいあっただろ? あれじゃダメなのか?」
「ああ。ああいうのは、ちょっと初心者には難しいんだよ。つーか、俺も説明書を見ないと分からねぇ」
「読めばいいだろ、説明書くらい」
「いいや。こんな良い台が空いてんのに、知らねぇ萌え台を打つバカが居るか?」
輝夜の言葉には、一切耳を傾けず。
ウルフはスロット台へとお札を投入していた。
「はぁ……」
見様見真似で、輝夜も同じように一万円札を投入する。
「そう溜め息吐くなよ。全部俺の金なんだから、お嬢の懐は傷まねぇだろ?」
「いや、そういう問題じゃない。”金をドブに捨てる”ってのは、こういうことなんだと思っただけだ」
「はっ、見てろよ。”12時間後”には、入れた金が何倍にもなって返ってきてるぜ」
「……12時間、後?」
自分はこれから、このクルクル回転するだけの機械と、12時間も向き合うのかと。
その事実に、輝夜は戦慄した。
◇
「……」
メダルを台に入れ、レバーを叩き。BARと呼ばれる黒い部分を狙って、ボタンを押す。
その、恐ろしすぎる単純作業に、輝夜の瞳は光を失っていた。
――ここのランプが光れば大当たりだ。後はもう、言うことはないぜ。
そう意気込んでいたウルフであったが。
ウルフの打つ台は、1度もランプが光ることがなく。
開始から1時間が経った頃には、輝夜同様に瞳が死んでいた。
(……嘘、だろ。昨日の回収具合から見て、今日は絶対に高設定のはず。なのにどうして光らねぇんだ?)
何も考えていない輝夜とは違い、ウルフは内心、思考を巡らせる。
(いや、そもそも。設定関係なしに、ここまで初当たりが来ねぇのはおかしいだろ。ここ数年、溜まりに溜まった俺のヒキが、こんなはずがねぇ)
おそらく輝夜に話しても、何一つ理解されないであろう。
それでも、ウルフは焦っていた。
そんな中で、
「……また当たった」
無欲ゆえであろうか。
輝夜の打つ台はコンスタントに当たりを重ねていき、ウルフとはまるで状況が違っていた。
とはいえ、輝夜は何一つ楽しくない。
どれだけランプが光って、どれだけレールに7が揃って、どれだけメダルが出てきても。
”こんな機械”とにらめっこして、一体何が面白いというのか。
そんな不満げに打ち続ける輝夜に対して、ウルフは若干のストレスを感じていた。
「……なぁ、お嬢。その当たりが終わったら、台を変えようぜ」
「ん。わたしはなんでも良いぞ」
一体、これのどこが修行になるのか。
ともかく、輝夜はウルフの指示に従うのみ。
そうして2人は。
またしても、”画面のないスロット台”へと移動した。
「……さっきと、何が違うんだ?」
もっと他の、アニメとかのキラキラしたスロットに座れると思ったのに。
ウルフの選んだ台に、輝夜は落胆する。
「いいか? お嬢。こいつはさっきまでの初心者用の台とは違って、自力でチャンスを掴まないと当たらない台なのさ」
「はぁ」
楽しそうに説明するウルフに対し、輝夜のテンションは変わらない。
「基本的に打ち方は変わらねぇ。左のリールに、BARじゃなくて”カボチャ”を狙って打てばいい」
「はいはい」
ウルフのやり方に従って、再び輝夜はスロットを打っていく。
「まぁ、通常時はカボチャが止まらないようになってんだが。稀にそれが止まることがある。そうなればチャンスだ」
そう言って打ち続けていると。ウルフの打っている台の左リールに、カボチャが停止する。
「おっと! 早速チャンス到来だぜ。こうなったら、適当に打っても真ん中にカボチャが止まる」
「ん」
「それでもって、右側のリールにもカボチャを止めれば、ボーナスチャンスってことなんだが。何と、そこのカボチャが”三択”なのさ!」
「はぁ」
何をそんなに、テンションが上がるのか。
輝夜はつくづく不思議に思う。
「3つあるカボチャのうち、正解は1つだけ。それを当てる自力感がたまらねぇ」
「……さっさと当てろよ」
輝夜の冷たい視線を受けながら。
ウルフは、深く深呼吸をして。
”渾身の押し”を披露。
そして、
ものの見事に、ハズレの図柄が止まった。
「……まぁ、3分の1だからな」
「カス」
冷たい言葉が、ウルフの心に刺さった。
「はぁ……」
自分は一体、何をやっているのか。スロットを打たされながら、輝夜は考える。
”姫乃では出来ない修行”をするからと。
そう言われたから仕方なく、イヤリングも置いて。
ウルフと一緒に、はるばる他の街までやって来たというのに。
”やれば気づく”という理由で、輝夜はスロットを打たされていた。
(まだ3時間も経ってない。こんな苦行を、あと半日以上も?)
まさか。つまらないことをひたすらやって、忍耐力を身につけろとでも言いたいのか。
募る苛立ちとは裏腹に、輝夜のメダルは増えていく。
運が良いのか、それとも必然か。
三択のカボチャを”1度も外すことなく”、輝夜の打つ台は爆発していた。
そんなさなか。
「くそっ、全然当たらねぇ」
ここまで連れてきた、師匠(仮)。ことごとく三択のチャンスを外して、お金を浪費していく男。
一体、こいつは何をしたいのか。
一体、これのどこが修行なのか。
なんとなく、輝夜はウルフの行動を観察していると。
”1つの異常”に気づいた。
「金がいくらあっても足りねぇ」
そう呟きながら。ウルフが機械に入れていくのは、”千円札”。
それでも、輝夜が隣から覗き込んでみると、機械には”10000円”と表示されていた。
千円を入れているのに、機械は一万円と認識している。
明らかな違法行為に、輝夜は愕然とした。
「お前、金を誤魔化すのはヤバいだろ」
「おっ、流石はお嬢。察しが良いじゃねぇか」
「……明らかな犯罪行為は、流石のわたしも引くぞ?」
「んん? 俺がいつ、どんな犯罪をしたって?」
輝夜に指摘されても、ウルフは飄々とした態度を崩さない。
なぜなら、”本質”はそこではないのだから。
「よーく考えてみな。俺は断言するぜ、”犯罪行為”をしてないってな」
「……でも。千円が、一万円に」
「チッチッチ。その”認識”自体が、そもそも間違いなのさ」
折角の休日。
わざわざ姫乃を離れ、他の街でスロットを打っていることには意味がある。
輝夜がまだ、気づいていないだけ。
「今日、俺はお嬢とスロットを打つにあたって、”2つの魔法”を使ってる。1つは、お嬢を別人だと認識させる魔法。これがなきゃ、女子高生はパチ屋に入れないからな」
「なら、もう1つの魔法が。千円を、一万円と認識させる魔法じゃないのか?」
「機械相手に誤魔化してるって? だから言っただろ。俺は犯罪行為はしてねぇって」
「わたしをここに連れてきてる時点で、立派な犯罪じゃないのか?」
「……それは。まぁ、そうだな」
そこは、盲点であった。
「機械は、間違ってねぇ。だとしたら、”錯覚”してるのはどっちだ?」
「……錯覚?」
ウルフの言葉。
2つ目の魔法。
これに気づけるかどうか。見破れるかどうか。
その認識に辿り着かない限り、”今日の修行”は意味がない。
「お嬢は言っただろ? 魔力を誤魔化す、”自分を偽る技術”を教えて欲しいって」
「確かに言ったが」
「俺は、何かを教える側になったことがねぇからな。出来ることはただ一つ、”お手本”を見せることだけだ」
かつての自分が、”龍一”の背中を追ったように。
ウルフはひたすら、自分に出来ることを貫くしかない。
そこから学べるかどうかは、輝夜次第である。
「……」
犯罪行為はしていない。だがそれでも、ウルフが入れた千円札は、機械に一万円と認識されている。
明らかな矛盾。
何らかのインチキが行われているのは明らか。
けれども、”犯罪ではない”というそのインチキが、一体何なのか。
モヤモヤを抱えながら、輝夜はスロットを打ちつつ、ウルフの動向を監視して。
――”お手本”を見せることだけだ。
そんなウルフの言葉を思い出し。
”一つの可能性”に辿り着く。
「もしかして。それは千円じゃなくて、”一万円”ってことか?」
「おっ。とどのつまり、どういうことだ?」
「……ウルフがやってる魔法は、機械を誤魔化す魔法じゃない。”わたしに対して”、一万円を千円に見せかける魔法……じゃないのか?」
「ビンゴ! 正解だぜ、お嬢」
そうつぶやくと。
まるで種明かしをするかのように。ウルフの持っていた千円札が、”本来の姿”。つまりは一万円札へと戻っていく。
騙されていたのは、機械ではなく、輝夜のほう。
ウルフは普通に一万円を投入して、機械もそれを正しく認識していたのに。
輝夜だけが、それを”違うもの”だと錯覚していた。
「お嬢は体育祭で、自分の不正行為を隠したいんだろう? 一万円を千円に誤魔化すように」
「でも、全く関係のない魔法じゃないか?」
「確かに、お嬢の目指す結果と、俺のやってることは別物だ。……正直な話、今日はとにかくスロットが打ちたくてな」
「クズ。カス。せっかく修行だと思ったのに。わたしをこんなことに付き合わせるなんて」
「ははっ。だから言っただろう? 俺に教わるのは間違ってるって。俺に出来ることは、こうやって手本を見せることだけ」
だがしかし。
ウルフはただ、スロットを打っているだけではない。
「そもそも、だ。お嬢を別人の姿に見せて、一万円を千円だと誤認させてるのに。お嬢は、俺から”魔力”を感じてるか?」
「……感じて、ない」
2つの魔法を、同時に行使しながら。”隣り”にいる輝夜にすら、その発動を感じさせない。
それだけの妙技を、ウルフは涼しい顔で行っていた。
「魔法。魔力ってのは、不可能を可能にする力だ。だから必然的に、そこには違和感が生じてしまう。それを”自然”だと誤魔化すのが、どれだけ難しいことか。少しは理解してくれたかい?」
「むぅ」
輝夜は、何も反論できなかった。
「大事なのは一つ、とにかく”無心”になることだ。魔法を使っていると、自分自身ですら気づかないほどに」
「無理、じゃないか?」
「まぁ、普通はそうだろうな。だから、パチンコやスロットは”ちょうどいいのさ”。なにせ、打ってる間は何も考えないからな」
「……たしかに?」
本当に、それで合っているのか。
実は、ただスロットを打ちたいだけではないのか。
そんなことを考えるも、輝夜は追求することができず。
師匠を見習うように、無心でスロットを打ち続けることに。
心を無に。
自分自身と、向き合うように。
すると。
その”異常”に気づいたのは、隣に座るウルフであった。
(……そう言えば、お嬢。今日は随分と、”当たり過ぎ”じゃねぇか?)
最初に打っていた台から、そして今も。輝夜は常に”勝ち”続けている。
ギャンブルなど、所詮はそういうもの。
全く当たらない日もあれば、延々と当たり続ける日もある。
それでも、輝夜の”当たり方”は異常であった。
(正解のカボチャを引く確率は、3分の1だぞ? それを”10回連続”でブチ当てるなんて、本当に運が良いだけか? あり得ねぇだろ)
輝夜はスロットに対して興味がないため。ただそういうものだと、適当に打っていたが。
実際問題、”インチキ”無しではあり得ない当たり方をしていた。
「なぁ、お嬢――」
声をかけようとするウルフであったが、すんでのところで踏みとどまる。
なぜなら、”魔力を感じていない”から。
魔法で機械を弄って、強引に当たりを仕留めることは可能である。
しかしウルフは、魔法の発動を感じていない。
そもそも、輝夜はそんな器用な術を使えはしないだろう。
ならば、なぜ。
”まるで答えを知っているかのように”、輝夜は三択を当て続けられるのか。
(こんなのが修行だなんて、半分冗談のつもりだったが)
時として、運命はいたずらに。
思いもよらない覚醒を、呼び起こす。
輝夜の瞳は、”白銀”に煌めいていた。
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