始まりのユメ






 すべては”誤算”から始まった。




 地上の賢者たちが出した結論。この世界の未来は諦め、あり得たかも知れない可能性を夢見る。

 それが、10年前への時間逆行。世界を滅ぼす、寿命を縮める原因となった、あの時代への干渉。


 魔女、リタ・ロンギヌスが実行役となり。

 アモン、アスタロト、レヴィアタン、ウヴァルといった、最後の生存者たちが希望を込める。




 不可能ではない、と。

 ”紅月輝夜”は、月から眺めながら、そう思っていた。




 アモンを筆頭とする偉大なる悪魔たちなら、時間逆行に必要な魔力を捻出できる。時間という概念に近いアスタロトがいれば、より正確に、より効率的に時を遡れるだろう。


 それでもやはり。

 ”10年”という年月は、あまりにも遠すぎる旅だと、輝夜は思った。




 この世界を、この結末を諦めるのは、”別に構わない”。

 これ以上延命させても、先が無いのは見えている。


 魔界は、柱を失ったことで崩壊し。

 地上は、メガセリオンによって焦土と化した。




 科学も魔術も、明らかに10年前より衰退している。ここから先、発展の芽も出ないだろう。

 地球はすでに、”文明の栄える土壌”ではないのだから。




 この世界を”失敗”と決めつけ。みっともなく、やり直しをするのは良い。そこまでは、輝夜にとっても許容範囲であった。

 だがしかし、地上の様子を月から見続け、輝夜は計画の破綻に気づいた。






 その魔力量では、届かない。

 リタの魂を、10年も昔には跳ばせない。


 もしも実行役が、何の変哲もない常人だったなら、10~15年程度の跳躍は可能だったかも知れない。

 しかしリタの魂は、常人のそれとは程遠い。1000年の時を生きる魔女なのだから、もう色々な意味で激重である。


 とはいえ、そこらへんの凡人を過去に送っても、きっと未来は変えられないだろう。

 多くの課題を乗り越えるには、危険を跳ね除ける”力”が必要。

 多くの出来事を変えるには、悪魔ではなく”人間”でなければならない。


 



「――あぁ、なんて愚か」





 呪いを抑えつける制御棒。”救世の槍”にもたれながら、輝夜は嘆く。


 この世界を見捨てるのは良い。

 わたしを置いて、過去へ旅立つのも良い。


 ■■を失ったあの日から、わたしの人生も終わっている。

 だからこうして、たった1人で月に立ち、青い星の人々を守っている。




 でも、その結末は見過ごせない。

 墜ちると分かっているロケットを、そのまま発射させたくはない。




 だから輝夜は、手を貸すことに。

 絶対に抜いてはいけない槍を、”2000年ぶり”に引き抜いた。






 月が真っ赤に染まっていく。


 人々が、悪魔が、致死の呪いに侵されていく。






「ごめんなさい。でもわたしも、最後くらいは、好き勝手したいの」






 エネルギー源は、”月”そのもの。


 魔力伝導には、”槍”と、その担い手である”自分”を。


 一世一代の大勝負。

 最後に一つ、大きな花火を打ち上げる。




 リタが、あのネックレスを持っていて助かった。


 ”雀の子安貝”。

 かぐや姫が最後に願った、自由への切符。


 とっくの昔に期限切れだが。

 マーキング程度には役立ってくれる。






「――行ってらっしゃい、リタ」






 地上めがけて、輝夜は”光”を放った。


 呪いも祈りも、全てを込めた渾身の一撃。


 あまりにも”罪深い”、身勝手な光を。





 狙われた本人は、気づかなかったものの。

 リタはその光の後押しを受けて、時間逆行へと旅立った。





 いわば輝夜は、リタというロケットを確実に飛ばすための、”ブースター”の役割を担うつもりであった。


 実際のロケットと同じように。

 全ての燃料を出し切ったら、途中で切り離されるような、軽く捨て去られるような。








 しかし、奇跡は。

 思いもよらない”誤算”を、人知れず引き起こしていた。








――罪には、それ相応の”罰”が下される。















 リタが座標と定めた時間よりも、更に”5年”ほど過去。




(……ここ、は)




 真っ白い病室で、彼女は自己を認識した。

 忘れられない”あの日”だと、覚醒した瞬間に察した。





 ”紅月輝夜が目覚めた日”


 ”■■■■と出会った日”





 リタを送り出すつもりが、それよりも過去に。

 自分自身が、遡ってしまった。


 つまりは、”2週目の人生”ということになる。




(嘘。冗談、でしょ)




 認めたくない。目覚めたくない。

 まさか、自分も過去に遡ったなんて。



 この日のことは、よく覚えている。

 呪いで使い物にならない身体を、魔力で無理やり動かして。


 大嫌いな人間たちを見ようとして、”彼”と出会った。





(……嫌。絶対に嫌)



 これから待ち受ける未来を知り、輝夜は絶望した。






 人生は、ゲームとは違う。


 バッドエンドになったからと、そう簡単にやり直しはできない。

 人生をまた”始めから”だなんて、たまったものではない。



 彼との出会い、始めての■、そして別れ。



 自分の行動次第では、その結末を変えられるかも知れない。いやむしろ、変えられる可能性が高いだろう。

 この先に訪れる未来は、知っている。






 ”ソロモンの夜”



 ”星の灰汁”



 ”人魔戦争”と、それに付随する”IXAイクサの暴走”



 ”メガセリオンの覚醒”





 考えるだけで、頭が痛くなる。

 それだけの苦難を乗り越えた先に、あんな結末が待ち受けているのだから。



 まさに、”地獄”。

 こんな世界を、こんな人生を、もう一度歩みたくはない。



 彼との■を、もう一度始めからなんて、絶対に無理。






 このまま、目覚めること無く。

 静かに”死”を迎えるという選択肢も、輝夜にはあった。


 しかし、それが最悪の選択であることも、同時に理解していた。

 このまま自分が目覚めなかったら、物語は始まらない。


 5年後にリタがタイムスリップしてきても、その時点ですでに詰んでいる。

 ゆえに、死という選択肢だけは選べなかった。








 それが、”わたし”の終わり。


 そして、”あなた”の始まり。








(――誰か。誰か、わたしの”代わり”に)





 腐っても、神サマ。


 1000年以上、月をこねくり回してきた、正真正銘のかぐや姫。





(――この”地獄のような人生”を、歩んでくれる人が)





 輝夜の願いは、悲鳴は。


 数多の次元、数多の世界を超えて。


 ”とある誰か”に、届いた。





『これが最後の警告です。本当に、後悔はありませんか?』


『ハッ』





 ほとんど、詐欺のようなやり口だが。

 この瞬間、契約は成立した。



 ”あなた”は、紅月輝夜になった。










◆◇










『というわけで。わたしはあなたに、すべてを擦り付けたわけ』





 夢の世界、あやふやな空間の中。


 ブレードから聞こえてくる声に、耳を傾ける輝夜であったが。





「――えっ!? なんだって?」





 残念ながら、ここは夢データ。

 ”ムサシ無双演武”の世界。


 数多の怪物たちが絶え間なく襲ってくるため、輝夜はその対処に追われていた。


 つまり、話の内容が入ってこない。




『……あなたが、”紅月輝夜になった理由”。一から説明してあげたつもりだけど』


「っと、本当に状況が悪い」




 運が悪かったと、そう思うしか無いだろう。


 今この瞬間、奇跡的に繋がっている両者ではあるが。所詮、ここは夢の世界。

 怪物たちをぶった斬るのが夢の本筋であり、ブレードから聞こえてくるのは、ほとんどノイズに近い現象なのだから。




「色々と喋ってたが、正直半分以上聞こえてなかった! 頼む、もう一度最初から」


『……バカなの?』


「わたしはバカじゃない! こんな夢の中で、話しかけてくるお前が悪いんだよ」




 輝夜は自身の正当性を主張する。




『あー、そうだわ。そう言えばあなた、呪いを打ち消してるわけじゃないのよね? だったら、”知能”が低下してても不思議じゃないかも』


「はぁ!?」




 怪物たちに囲まれながらも、その言葉は聞き逃さなかった。




「呪いと知能がなんだって?」


『えーっと。そもそもあなた、心臓の呪いがどれほどヤバいのか、ちゃんと理解してるの?』


「あー。してるよ、してる。ジャンプして骨が折れるレベルだろ?」


『まぁ、そういうことだけど。それだけ大きな呪いが、”脳にも”影響を与えていないなんて、どうしてそう思えるのかしら』


「……」




 夢の中とは言え、あまり聞きたい内容ではなかった。




『その体になる前と比べて、随分と頭の回転が悪くなったんじゃない?』


「確かに。高校の時代に、勉強で困った記憶はなかったし。……なんなら、一度は覚えた内容だからな」


『ほら、やっぱりバカになってる。わたしみたいに呪いを相殺しないから、そんな残念なことになるのよ』


「……」




 今さら、どうしようもない話である。




「つまるところ、あれか? お前は、この体の前の持ち主で、わたしを引きずり込んだ張本人ってことだろう?」


『ええ、そうよ。その程度は理解できたのね』


「……」




 嫌いなタイプの人間だと、輝夜は思った。




「じゃあ、なんだ。今のお前は、わたしの前の体に入ってるってことか?」


『いいえ。結論から言うと、否よ。本当はそうできれば良かったけど。世の中、上手くはいかないわね』


「なら、わたしの前の体は?」


『……ちゃんと確認してないから、あれだけど』




 ブレードから聞こえてくる声が、心なしか小さくなる。




『魂が引き抜かれた直後に、”消し炭”になったと思うわ』


「……」




 全く関係のない、スッキリ系の夢のはずなのに。

 信じられないほど、ショッキングなことを知ってしまったような。




『本当に、わたしとしても残念だったわ。上手いこと”体を交換”して、あなたの世界で好き放題生きたかったのに』


「なら、今のお前は何なんだ? その、亡霊的なアレか?」


『いいえ、違うわ。”その程度の罰”だったら、まだマシだったわね』




 かつて、紅月輝夜だったモノは。

 今は少々、特殊な立場にあるらしい。




「あー。魔界に落とされたとか、そういう?」


『いいえ。人が死んで、行く場所があるって言うでしょう? そのうち、”悪い人”が行くのって、どっちだったかしら』


「……地獄?」


『ええ、その通り。わたしは今、”地獄みたいな場所”にいるの』




 ブレードから聞こえる声は、淡々と現在の自分を説明する。




『やっぱり、悪いことはするもんじゃないわね。まさか、本当に地獄があるなんて』


「地獄から、わたしの夢に話しかけてるのか?」


『まぁ、そういうことになるわね。……正直、ずっとずっと前から、あなたのことは観察してて、干渉する手段を探してたんだけど。まさか、こんなタイミングで繋がるなんて、わたしも驚いてるわ』


「……なるほど」




 輝夜としても。

 まさか、体の前の持ち主と話すことになるとは、思ってもいなかった。




『それにしても。たかが体育祭で、”あの弟”の前で恥をかきたくないからって。そんな理由で頑張るなんて、あなた変わってるわね』


「いや。あいつに見下されるのは、ちょっと嫌だろ」


『あぁ、そうだったわね。”わたしの時は”、ほとんど家族と話したことがなかったから、アレがどういう性格なのかも知らなかったわ』


「……変わってるのは、そっちの方じゃないか?」


『そうかも知れないわね。わたしは、”善人”以外の人間に興味が無かったから。正直、あの”使用人”に関しては、名前すら覚えてなかったわ』


「いや。むしろ、舞が一番大事だろ」


『……そうね。”あなたの人生”を見てると、そうだったかもって、今なら思えるわ』





 本来の道筋を辿った、かつての輝夜と。

 その立場を押し付けられた、今の輝夜。


 始まりから現在に至るまで、何もかもが違っていた。





『でも、体育祭に関しては、正直無駄かも知れないわよ?』


「どうしてだ?」




 それは、何気ない一言。






『――だって。体育祭のあるはずだった日に、姫乃が地図から消えちゃったから』


「……え」






 その存在が、何を伝えようとしているのか。


 なぜわざわざ、こうやって接触しようとしてきたのか。


 それはつまり、同じ過ちを繰り返さないため。




『リタが上手くやってれば、とりあえずセーフかも知れないけど。もしも彼女が機能してなかったら、体育祭の日に、この街は吹き飛ぶのよ?』


「……え?」




 繰り返し言われても。

 とても、一瞬で受け入れられる内容ではない。




「お前っ。なんか重要な情報があるなら、それを先に言うべきだろう!」


『仕方ないじゃない。とりあえず、今のあなたが存在する理由を、ちゃんと説明するべきだと思ったから』


「そんなの、どうだって良いだろ。姫乃が地図から消えるってどういう意味だ? 物理的に? 政治的に?」


『……ちょっと待って。一から説明するとなると、少し時間がかかるわ。おまけにあなた、バカだし』





 そんな事を、話していると。





 周囲を覆っていた敵の数が、どんどん少なくなっていき。


 世界が徐々に、”崩壊”し始めていく。





 それはすなわち、輝夜の”目覚め”が近いということ。






『とても今じ#&$%し`*れな%&+#。五つの難題?#$宝*!を集めなさい。そ?#`*れ%&、きっともう~#度繋がれるは!』


「んん!?」






 声も途切れ途切れに。

 完全に、意味を成さなくなっていく。






『リタのネックレスを奪<#`%さい*#!<$あれが~;番楽で、なおかつ意味合いも強:.<#。彼女を見つけたら!&@;何でも良;`?_らネ#?!&レスを奪?#%よ?』


「リタのネックレス!? それだけは聞こえたぞ!」






 夢の終わり。

 奇跡の終わり。


 壊れたラジオのように、声は遠く、繋がりは弱く。




 しかし、最後に一つだけ。

 ”一番言いたかったこと”を、彼女は大きく叫んだ。






――あなた、よくやってるわ!! 魔法に頼らず、リハビリで動けるようになるなんて。






 強い想いだからこそ、その声は届く。






――あなたになら、安心して任せられる。






 かつて、紅月輝夜だったもの。

 遠い昔、かぐや姫と呼ばれたもの。




 遥か遠く、地獄のような場所から、声を届ける。

 きっとこれからも、見守り続ける。




 ほんの一瞬の奇跡。


 魂と精神。

 夢データの揺らぎが生み出した、たった一夜の繋がり。




 その声を、しっかりと受け止めた輝夜であったが。















「輝夜、朗報よ。あのストーカー男に話をつけたから、魔力を隠す方法が学べるはず」


「……ん?」





 起きて早々に。

 ドロシーからの、テンション高めな報告を受けて。





「……やばい」



 人の夢とは、脆く儚いもの。





「……全部、吹っ飛んだ」





 何か、大事な夢を見たような。

 そんな感想以外、輝夜の頭には残っていなかった。





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