奴らの骨を折りたい






「うっ……うぅぅ」




 枕に顔を埋めながら、輝夜は”絶望”に打ちひしがれていた。



 どうして、こんな事になったのか。

 どこで間違えたのか。

 自分は一体、今まで何のために努力をしてきたのか。


 これまでにないほどに、輝夜は悔しさを露わにして、自室でむせび泣く。


 まぁ、一滴も涙は流れていないが。




『マスター、元気を出すにゃん! どんなに絶望的でも、それでも進めるのがマスターにゃん!』




 電子精霊、マーク2を筆頭に。

 続いて、輝夜の契約悪魔たちが姿を見せる。




「そうよ、輝夜。あなたに涙は似合わない。どちらかと言うと、相手を泣かせる側でしょう?」




 別に輝夜は泣いてないのだが、ドロシーは本気で心配していた。




「ええ、その通り。僕たちも力になりますので、どうか顔を上げてください」




 魔界に落ちた時からの、長い付き合い。カノンは変わらずに、輝夜に手を差し伸べる。




「そのまま何もしねぇなら、お前はただのクソガキだぜ?」




 かつて、敵であったアトムも、今は輝夜を支える悪魔の1人。




「おうよ! よく分かんねぇが、俺たちがついてるから――」




「――うっさい!!」




 輝夜を励まそうと、言葉を紡ぐ悪魔たちであったが。どうやら輝夜にとって、あまり意味のある行為ではなかったようで。



 最後の1人。

 ゴレムは、言葉を終える前にぶん殴られた。




「……なんで、俺だけ」




 巨漢のサイボーグが、魔力の乗った一撃によりノックアウトされる。

 それほどまでに、輝夜の拳には”力”が宿っていた。




「……はぁ」




 深く、ため息を吐く。

 輝夜も分かっていた。何もしないままでは、事態は一向に変わらないと。



 ゆえに、ゆっくりと起き上がる。

 その瞳には、激しい”闘志”が宿っていた。





「――どんな手を使ってでも、あの”リア充カップル”を倒してやる」





 リア充カップル。

 それは、憎き敵の名前。
















 その日は輝夜にとって、何気ない1日になるはずであった。

 弟のライブラリから好きな夢を選んで、心地よい睡眠を味わって。




――なぁ、輝夜。”月の魔女”について、教えてくれないか?


――はぁ?




 朝食の際に、弟から妙な質問をされたが。

 まったくもって意味が分からないので、スルーしつつ。


 退屈ながらも、かけがえのない時間を、学校で過ごして。


 放課後は、花輪善人と二人三脚のトレーニング。

 もはや完璧と言えるコンビネーションに、勝利を確信する輝夜たちであったが。




 そんなさなか、不吉を告げる、”1つのメッセージ”が届いた。




『ちょっと、この動画を見てほしいんだけど』




 友人でありクラスメイト。竜宮桜から送られてきたそれには、1本の動画が添付されており。

 それを見た輝夜と善人は、思わず言葉を失った。



 動画に映っていたのは、”同じ高校の生徒”と思われる2人の男女。

 恋人同士なのか、その距離感は明らかに近く。

 イチャつくような雰囲気で、”二人三脚の練習”を行っていた。




(なんなんだ、こいつらは)




 信じられないことに、そのカップルは非常に速かった。

 明らかにイチャイチャした雰囲気で、走ることよりも、抱き合う行為を楽しんでいる様子なのに。


 それでも、”とにかく速かった”。


 全力で練習に取り組む輝夜たちよりも、おそらく速度は上であろう。




 動画越しでも分かってしまう、その事実。

 ”ガチ勢”の自分たちよりも、”エンジョイ勢”のカップルのほうが速い。




 輝夜の脳は、現実を受け入れることを拒んでいた。

 なぜなら認めてしまえば、今まで築き上げてきた”何か”が、きっと壊れてしまうから。


 認めたくない。分かりたくない。

 ”勝利以外”の可能性を、直視したくない。


 しかし、この世界は残酷である。

 そう安々と、輝夜に幸福を与えてはくれない。




『この2人についてだけど。男子の方は、海外からも注目されてる天才サッカー選手みたいな感じで。女子の方は、中学の時にテニスで全国2位になったとか』




 どうして、そんな化け物じみた連中が。

 この学校で、同じ学年で、なおかつ二人三脚に参加しようとしているのか。




『なんかこの2人、幼馴染らしくて。高校入学を機に、付き合い始めたんだって』




 一体、なぜ。

 そんな言葉が、輝夜の脳内にこだまする。



 この学校でもトップクラス。

 いいや、下手したら全国でもトップクラスの高校生カップルが、体育祭の二人三脚に参加しようとしている。



 この競技なら、わたし達でも勝てるはず。高校1年の段階で、しかも男女で、これほど真剣に練習するのは自分たちくらいなもの。

 ”唯一のガチ勢”として突き詰めていけば、必ず勝利を掴めるはず。そんなモチベーションで、今まで練習してきたというのに。




「そんな、馬鹿な」




 輝夜は、その場に崩れ落ちた。

 こんな連中が相手では、勝てるはずがない。


 魔力という、”インチキ”でも使わない限り。




「……マーク2。この動画と、わたし達の走りを見比べて、どうにか勝つ方法を考えてくれ」


『了解したにゃん!』




 まだ、まだだ。

 諦めるにはまだ早い。


 こっちは真剣に、ひたすら勝利を求めて、練習を重ねてきたのに。

 こんなリア充カップルなんかに、負けてたまるか。


 そう、奮起する輝夜であったが。




『残念にゃがら、勝率はゼロに等しいにゃん』


「…………そうか」




 世の中、そんなに甘くはなかった。




『動画を見るに、このペアはまだ本気を出してないにゃん。なのに、現状のマスター達よりも速いにゃん』


「あー」


「輝夜さん、しっかり」




 善人が声をかけるも、輝夜は向こうの世界へと行っていた。




『諦めるのは早いにゃん! 学校のサーバーに侵入して、2人の体力測定の記録を入手したにゃん。そこから、二人三脚での予想速度を計算して、マスター達が”勝利する方法”を2つほど編み出したにゃん!』


「……ほ、本当か?」


「そうですよ。頑張りましょう、輝夜さん」




 一瞬、生き返る輝夜であったが。




『ペアのどちらかが、”骨折相当の怪我”を負っている。もしくは、競技中に2回ほど転倒させれば、マスター達でも勝てるにゃん!』


「……」




 マーク2の導き出した結果は、もはや死刑宣告に等しかった。

 それほどのハンデがないと、勝てない相手なのかと。




『善人の身体能力は、実は向こうにも引けを取らないにゃん。だから、マスターが”魔力”で身体能力を向上させれば、正面からの勝利も可能にゃん』


「……はっ」




 つまるところ。輝夜本来の身体能力では、不可能という話である。


 相手チームの骨を折るか、競技中に転ばせるか。


 流石の輝夜でも、そこまでの卑劣さは持ち合わせていなかった。




(骨折は、痛いからな)




 その痛みを、身をもって知っているからこそ。



 本音を言えば、奴らの骨を折ってやりたい気分である。

 交通事故にでも遭って欲しい。部活で怪我をして欲しい。


 そもそも、競技に出ないで欲しい。

 体育祭までに喧嘩をして、カップルじゃなくなって欲しい。


 校内でヤッてる所を見つかって、停学処分になって欲しい。




 まぁ、くだらない妄想である。




「……悪かったな、善人。勝てもしないのに、こんな練習に付き合わせて」


「そんなっ。僕はただ、一緒に走れるだけでも嬉しいので。輝夜さんが謝る必要なんて」


「それでも、だ。これまでの努力が、報われないのは明らかだからな」




 輝夜は、本気の本気で落ち込んでいた。


 体育祭というイベントで、活躍している姿をみんなに見せたい。魔力を使わなくても余裕なのだと、弟に見せつけてやりたい。

 身体能力では劣っていても。勝てると信じて、この二人三脚に放課後を捧げてきた。



 そのはず、なのに。



 正々堂々と勝負して、エンジョイ勢のカップルに負けるか。

 魔力で身体能力を強化して、無理やり勝利するか。



 どっちみち、”弟に見下される未来”が待っている。

 勝ち負けよりも、そっちのほうが重要であった。




「……輝夜さん」




 ここまで輝夜が落ち込むとは、善人も思ってはいなかった。



 得体の知れないソロモンの夜に、ジョナサン・グレニスターの脅威。

 姫乃にやって来た遺物レリック保有者ホルダー、バルタ騎士団の人たち。

 それ以外にも、”何か”、目に見えない脅威を感じている。


 善人にとっては、そっちのほうが大きな問題なのだが。

 どうやら輝夜にとっては、体育祭のほうが重要らしい。



 本当は、ダメなのかも知れないが。

 輝夜のそういった性格も、善人には魅力的に見えていた。




「……明日も、僕は練習するつもりです」




 ゆえに善人は、進む方向を変えない。




「輝夜さんにその気がなくても、1人で走ります」




 人の励まし方なんて、知らないから。 

 彼は不器用に、ただ進むしかない。




 果たして。

 その”闘志”は、輝夜の心に届いたのか。

















「――今日も、お嬢様は平和な一日を過ごしました、と」




 とある、高層マンションの一室。

 夜景の美しいベランダで、その男はスマホで雇い主に報告を行っていた。



 彼の名は、”ウルフ”。

 紅月龍一の個人的な知り合いであり、信頼されている数少ないメンバーでもある。



 そんな彼に与えられた仕事は、龍一の娘、紅月輝夜を監視し、必要とあらば武力をもって守ること。

 輝夜の日常生活を邪魔しないよう、常に遠くから監視して。まるでストーカーのようだと、自分でも思いながら。

 それでもウルフは、この仕事に真面目に取り組んでいた。



 龍一の娘ならば、命を賭してでも守ってみせる。

 まぁ、問題の娘が、少々特殊な行動をしがちなので、ウルフもいつも通りの仕事をできていないのだが。



 これもまた一興と。

 ウルフは、1日の終わりにタバコを吸う。



 なにせ、輝夜が家に居る時以外は、”ほぼ全ての動向”を監視しているため。本来なら大好きなギャンブルも、女遊びも、ウルフは封印していた。



 少なくとも、このソロモンの夜とやらが終わるまでは。


 ウルフは強い覚悟を持って。

 明日も頑張るために、今日はもう寝ようかと。


 そんな事を、考えていると。




「……あぁ?」




 ウルフの目が、”それ”を捉えた。


 大切な監視対象の暮らす家。

 紅月家の方角から飛来する、高速の存在を。




 それが生命体であると。とてつもない力の持ち主だと。

 彼がそう認識するよりも速く、それはベランダに辿り着いていた。





「――こんばんわ」





 ”最強の魔王”、その名は伊達ではない。

 たった一度の跳躍。瞬きにも等しい速度で、この距離を移動するのだから。




「……俺に何の用だい? 魔王バルバトス。そっちの感知能力なら、確かに場所は割れてるだろうと思ってたが」




 ウルフには分からなかった。

 こんな夜に、監視対象の契約悪魔が、なぜ自分の元へやって来たのか。




「”月の魔女”が、そっちに接触してきたのか?」


「つきのまじょ? それは、よく分からないけど」




 しかしながら、彼女は最強の悪魔。

 輝夜の安全を保証する上で、一番の戦力とも言える存在。


 無論、何の理由もなしに、ここへやって来ることはあり得ない。





「――”バレずに魔力を使う方法”を、輝夜に教えてほしいの」


「……なんだって?」





 悩みに悩んだ末、輝夜が辿り着いた結論。


 感知されないように魔力を使い、二人三脚で勝利する。


 すなわち、”インチキを極める”ことだった。





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