過去、現在、そして






 とても、とても長い間、人類と悪魔は交わることがなかった。


 王の指輪、禁断の遺物フォビドゥン・レリックと呼ばれる物は存在していたものの。その力をもってしても、人と悪魔の世界は繋がらず。”月の加護”によって、2つの世界は隔たれてきた。


 しかし、およそ1400年前。”現在とは別の要因”で月に異常が起き、遺物レリックを介しての悪魔召喚が可能となる時期があった。

 時の権力者たちは、こぞって遺物レリックを集めるようになり。

 すると当然のように、それを悪用する者も現れるようになった。




 神秘が失われて久しい時代。王の指輪、悪魔の力に抗う方法は、当時の人類には存在せず。それに抗うべく誕生したのが、”バルタ騎士団”であった。


 運命の導きか、それとも宿命か。彼らは遺物レリックに選ばれた普通の人間であったが。

 悪魔の力を好き勝手に利用するのではなく、人と悪魔で共存する道を模索しようとしていた。


 悪魔の力を悪用する権力者たちと、バルタ騎士団の戦いは何十年にも及び。その間に、彼らは多くの悪を挫き、遺物レリックを収集した。

 だがしかし、彼らの活動はある時を境に完全に停止してしまった。




 月に起きた異常。それが解決したのか、あるいは自然に直ったのか。月の加護は再び強固になり、遺物レリックを用いての悪魔召喚も不可能になった。

 敵も、そして味方も、互いに悪魔の力に頼ることができなくなり。やがて騎士団は、その存在意義を失い。

 後の時代に”希望”を残して、組織は解散。その意志を継ぐ子孫たちは、世界各地へと散っていった。




 騎士の末裔の中で、最も重要な血を引いているのが、”聖剣”の担い手であるアリサで。ランスの一族も、騎士の末裔としてアリサの一族を守り続けてきた。


 そして、現在。


 ”月の呪い”の発生に加えて、”ソロモンの夜”という未知なる儀式が発生。

 それにより、世界各地で遺物レリック保有者ホルダーたちの動きが活発になると、彼らも無関係ではいられず。

 マドレーヌによる、アリサ襲撃事件が発生。


 それを機に、今代のバルタ騎士団は動き出した。















「それでなんで、お前らはこの街にいるんだ?」




 諸々あって、輝夜はマドレーヌに勝利し。彼女の口から、バルタの騎士に関するあれこれを聞いた。

 だがしかし、唯一にして最大の疑問が残っていた。




「話が確かなら。お前はアリサ達を襲った凶暴なガキで、完全に敵同士だったはずだろう?」


「……」




 輝夜の問いに、マドレーヌは沈黙をもって答える。

 プライドゆえか、それとも単に気に食わないのか。言うつもりはないと、断固とした意思があった。


 ちなみにすぐ側では、ほぼ死にかけのウヴァルが横たわっており。

 ドロシーに木の枝で突かれるも、それに反応する気力すら残っていなかった。




「死人に口無し。……ほら、正直に答えたらどうだ? そうしないと、お前のパートナーの悪魔、放置しすぎて死ぬぞ?」


「……こ、この。悪魔め!」


「綺麗な人間のお姉さんと呼びなさい」




 ここに、ろくな性格の人間はいなかった。




「それにわたしは、お前よりかは遥かに理性的だぞ? ――”命令”だ。しっかりと、お前がここにいる事情を説明しろ」


「ぐっ」




 輝夜の声。その瞳に見つめられると、マドレーヌは胸の鼓動が抑えられなくなる。

 もう、元の自分には戻れない。なぜなら、ブレードによって刻まれてしまったから。




「……アタシとウヴァルは、アリサ達に負けたんだよ」


「ほぅ? そっちの悪魔は、グレモリーより強いとか言ってなかったか?」


「確かに、サシでの戦いならウヴァルは負けなかった。でも、アリサが持ってた聖剣、”カリバーン”ってやつがインチキでよ。その力に、アタシらは負けたんだ!」




 バルタの騎士の末裔。その筆頭であるアリサには、古来より継がれてきた”希望の力”が宿っていた。

 その力に、マドレーヌとウヴァルは敗北。ソロモンの夜のルールに則って、遺物レリックを没収されることになった。


 ならばなぜ。マドレーヌは再び遺物レリックを手にし、パートナーのウヴァルと一緒にこの街にいるのか。




「まぁ、色々とあってな。アタシも、”バルタの騎士の末裔”だってことが判明したんだよ。そしたら、アリサの奴はほら、無駄に優しいというか、なんというか……」




 バルタ騎士団の筆頭。アリサ・エクスタインは寛大で、そして人を信じやすい性格であった。

 ゆえに、勝手な戦闘は行わない、裏切らないということを条件に。マドレーヌは騎士団のメンバーとして、再び遺物レリック保有者ホルダーになった。




「勝手な戦闘は行わないって。……お前、それ、守れてないんじゃないか?」


「う、うるせぇ! 騎士団の仲間はともかく、お前らの力なんて信用できねぇからな。アタシがこうやって確かめて、あわよくば、お前から遺物レリックを奪おうとか、そんなこと考えてただけだ!」


「お前、清々しいほどのクソガキだなぁ。……あのランスとかいう奴の態度も悪かったが、お前は筋金入りだ」


「チッ。同じ騎士の末裔って言っても、アタシとあいつらじゃ育った環境が違うんだよ!」




 マドレーヌは、輝夜に臆することなく吠える。




「アタシは、欲しいものは力ずくで奪う。そうしないと、生きられない環境だったからだ」


「……なるほど、な。生まれ育った環境が、お前をそんな性格にしたのか」




 話を聞いて、輝夜は少しだけ考えを改める。




「可哀想に。きっと、言葉に出来ないほど、ひどい目に遭ってきたんだな。金持ちのおっさんに金で買われて、身体を好き放題されて、挙句の果てに見世物にされたり――」


「――んなことされてねぇ!!」




 そこまで、酷くはなかった。




「盗みや暴力が当たり前。まぁ、いわゆるスラムってやつだよ、アタシが育ったのは」


「あぁ。アメリカだと、そういうのもあるんだな」




 マドレーヌ・クラインは、そういった環境で育ってきて。


 そして、今に至るのだろう。


 小さくて、赤毛のツインテールで。可愛い顔をしているのに、性格はまるで大違い。




(よく見たら、こいつ。ちっこくて可愛いな。……生意気な感じが、どこかあいつに似てるような)




 マドレーヌを見て、輝夜はそんな事を思った。




「……」


「なに見てんだよ、お前」




 すると輝夜は、




「……お手」


「……あぁ?」




 マドレーヌは困惑する。




「言葉、分からないのか? お手だよ、お手」


「い、いや。お前」


「”命令”だぞ? お手をしなさい」


「うぐぐっ」




 輝夜の言葉には逆らえず。

 マドレーヌは酷く睨みながら、輝夜にお手をした。




「な、何なんだよ、これ」



 なぜ逆らえないのか、マドレーヌには分からない。




「ほら、わたしに刺されただろ? それでお前は死んで、そして生き返った。わたしの刀で生き返った奴は、人間だろうと悪魔だろうと、わたしに逆らえなくなるんだよ」


「聞いてねぇぞ! そんな話」


「知るか。そもそも、お前が勝手に攻撃してきたんだから、自業自得だろ」


「くっ。お前、性格が腐ってやがるな」


「お互い様だ。――ほら、お座り」


「ッ」




 輝夜から、再び命令を受け。

 マドレーヌは渋々ながら、その場にぺたんとお座りした。


 その様子に、輝夜はとても笑顔になる。




「よしよし。いい子だなぁ、お前は」




 よほど機嫌を良くしたのか。

 輝夜は、マドレーヌの頭をわしゃわしゃと撫でた。




「なっ、撫でんな! このバカ!」




 突然の行為に、彼女も顔を赤くする。

 しかしそんな反応も、輝夜の心を喜ばせるだけだった。




「ふふっ。今日からお前には、わたしの”妹分”になってもらおう」


「はぁ!?」




 唐突な妹認定に、マドレーヌは困惑する。




「輝夜は心が広いのね。自分を襲ってきた相手を許して、しかも妹にするだなんて」


「あぁ。生意気なクソガキを好き勝手にできるなんて、最高だからな」




 輝夜とドロシーは同調していた。




(!? なんだコイツら、意味が分からねぇ)



 マドレーヌには、理解の及ばない領域である。




「おい、ウヴァル! どうにかしてくれ!」


「……悪い。呼吸するので精一杯だ」




 優しい姉と、叛逆の騎士。

 彼女たちの戦いは、こうして幕を下ろした。

















「知っているかしら。月には、あなたと同じ名前のお姫様が居るらしいわよ」


「かぐや姫のことか? お前、よく知ってるな」




 輝夜とドロシーは、ともに月を見ていた。


 自宅のベランダで、何気なく。何も特別なことはなく。

 夕方にあった戦いなど忘れて、ただ2人は月を見る。




「かぐや姫なんて、ただの”おとぎ話”だよ。あの星に生き物は居ない。月にあるのは、真っ赤な呪いだけ」


「……そうね。確かに、わたしもそう思うわ」




 空にて、鈍く輝くのは。地上に呪いを振りまく真っ赤な月。

 とてもとても、恐ろしい天体。


 これだけ離れていても、地上を呪い、人々に恐怖を与えているのだから。きっとその地表は、想像もできないほどに穢れているのだろう。


 人も、悪魔も立ち入ることのできない、死の世界。

 この世界の月面は、きっとそうなっている。


 だからもし、かぐや姫の物語が存在したとしても、もうあそこには暮らしていないだろう。

 20年前の異変で死んだか、あるいは何処かへ引っ越したのか。

 あの星には、ウサギもかぐや姫も暮らしていない。




 2人は、月を見る。

 だが、ただそれだけを目的として、こうしてベランダにやって来たわけではない。


 輝夜とドロシーには、話すべきことがあった。




「……マドレーヌ達が襲ってくる直前。お前が、わたしに聞いてきた質問なんだが。――お前は、どこまで知ってるんだ?」


「……」





 それは、輝夜の心を乱した言葉。

 どうしても無視できない、唐突な質問。



――”今回とは違う出会い方”だったら、どうしたかしら。





「そう、ね」




 質問を投げかけた者。ドロシーも、少し考える。

 輝夜が驚いたように、彼女にも”覚悟”があったのだから。


 そして、それを言葉にする。




「あなたに、”前世”が存在すること。あなたの前世が、たぶん男だったこと」


「……それで?」




 知っていることは、もちろんそれだけではない。




「あなたは一度、時間を”逆行”したことがあるわね。逆行に至る理由は知らないけど。……逆行する前の時間では、わたしとあなたは、きっと”敵同士”だった」


「あぁ」




 輝夜が思っている以上に。想定していた以上に。ドロシーは、輝夜の隠している秘密を知っていた。

 血の繋がった家族にも話していない。この世界では、影沢舞しか知らないはずの情報。なぜドロシーが、それを知っているのか。


 だがそれを尋ねる前に、輝夜には”答える義務”があった。




「……確かに、前回は敵同士だったよ。わたしは魔界から逃げる立場で、ドロシーはそれを追う立場だった。魔王アガレスの尖兵として、な」


「そう、なのね」




 それを聞いて、ドロシーの表情が少しだけ暗くなる。




「まぁ、お前は当然のように強かったからな。わたしやカノンの力じゃ、到底逃げられるような状況じゃなかった。だが、そこでわたしの父が助けに来てくれてな。ほんと、ヒーローみたいに」


「それで、どうなったの?」


「……結末は、知らない。わたしは栞を連れて、一足先に姫乃に帰って。龍一は、戻ってこなかった」


「……」


「その後に、アモンに聞いたんだが。お前や他の魔王は、龍一をその場に留めるための囮にされたらしくてな。全員まとめて、アガレスの爆弾で吹き飛ばされたらしい。だからきっと、お前も死んだんだろう」





 それが、輝夜の知る結末。


 ”もう一度”と、そう思わせるに至った、絶望の1つ。





「じゃあ、つまり。あなたが未来に絶望したのは、わたしが邪魔をしたから」


「いいや、そうじゃない。お前が来ようが来まいが、あの時のわたしは”失敗”してた」





 自分の命なんてどうでもいい。


 どうせ、呪いで長くは生きられない身体。だから自分を犠牲にしてでも、寿命を捨ててでも、他の人を助けられればいい。

 そんな”間違った決意”から、輝夜は失敗を選び続け、挙句の果てに最愛の理解者を腕の中で失くした。


 ”この世界にも、自分を愛してくれる人が居る”。

 それに気づけなかった時点で、最悪の未来は決まっていた。





「わたしは今、後悔しないように生きてる。心臓の呪いも絶対に治して、成人した姿を、舞やみんなに見せたい。一度しかない高校生活を、全力で楽しみたい。体育祭だって、活躍した姿を見せたい。――それがわたしの、素直な気持ちかな?」





「……そう。そんな、素晴らしい未来に。わたしなんかが、存在してもいいのかしら」


「あぁ。そんな事を、気にしてたのか」





 なぜ、そんな秘密を知っているのかは、一旦置いておいて。ドロシーはそれを知って、とても”不安”になったのだろう。

 もしかしたら輝夜は、自分を恨んでいるのかも知れない。いつか、縁を切られるのかも知れない。

 それとも、恨みを押し殺して、自分を道具として使い続けるのかも知れない。



 他者の心は分からない。人も悪魔も、それは変わらず。だからこそ、疑心暗鬼になってしまう。

 分からないからこそ、言葉で知りたいと思ってしまう。





「まぁ、確かに。前回は敵同士で、印象は最悪だったが」





 今思い出しても、あの時のドロシーは意味が分からなかった。

 自分たちを捕らえるため、アガレスの命令で動いて。そしてなぜか、輝夜の持っていたイヤリングを勝手に奪った。

 まるで、意地悪する子供のように。



 しかし、そんな記憶は、すでに遥か遠く。

 ”現在”という名の輝きに、とっくに塗りつぶされていた。





「前回は前回、今回は今回だよ。いま目の前にいるのは、わたしの召喚に応じてくれた、最強で最高の悪魔。――その名前は、何だった?」




 少女は、美しい表情で微笑み。

 契約悪魔は、震えていた手を、ギュッと握り締める。




「わたしの名は、ドロシー・バルバトス。あなたをこの先、ずっとずっと、そばで守り続ける悪魔よ」


「ははっ、ずっと?」


「ええ。あなたを蝕んでいる心臓の呪いも、この先に立ちはだかる敵も、わたしが全部吹き飛ばしてあげる」


「それは、随分と頼もしいな。…………ん?」





 主と、契約悪魔。その絆を、改めて確認する両者であったが。


 そんな中で輝夜は、ある事実に気づいた。

 思いついて、しまった。


 輝夜が隠している、とっておきの秘密。前世についての話や、失敗したイフの話。

 それらを知っているのは、最大の理解者である影沢舞のみ。


 そして、影沢とそんな話をするのは、決まって”あの場所”。




「お前、まさか」


「?」




 ドロシーは、純粋無垢な顔をしている。

 罪を罪とも思っていない、無邪気な子供のように。




「わたしと舞が、一緒に風呂に入ってる時。お前まさか、”聞き耳”立てたりしてないよな?」


「……」




 そう尋ねられて、ドロシーの表情は固まった。

 それに加えて、あからさま過ぎる”沈黙”。それが、輝夜の問いに対する答えであった。




「お前。嘘、だろ」




 ドロシーは、非常に戦闘に特化した悪魔である。


 大剣を用いての破壊行為、肉体を駆使しての暴力行為においては、他者の追従を許さないものの。それ以外に、何か特殊能力を持っているわけではない。

 あえて言うなら、魔力感知能力がずば抜けているが。それで人の心を覗いたり、記憶を盗み見ることは不可能であろう。


 ならばどうやって。どんな場所で、いつ、それらの情報を入手したのか。

 答えは明らかであった。




「……ほら。あなた達って、決まって一緒にお風呂に入るから。わたしもせめて、その気分を味わいたくて」


「それで聞き耳を立てて、諸々の秘密を知ったわけだな?」


「うん」




 ドロシーは、ある程度の自由行動を許されていた。


 しかし輝夜は決まって、影沢とお風呂に入る。すでに決まっている行動なので、そこに入っていく隙間は無い。

 ゆえに苦肉の策として、ちょっとした出来心で、ドロシーは”盗み聞き”をしてしまった。


 結局は、それだけの話である。




「お前、盗み聞きは犯罪だぞ!」


「し、知らないわ」


「知らないじゃ済まされないぞ。お前、わたしよりも年上だろう」


「だって、お風呂の外で聞き耳を立てちゃダメだなんて、あなた言ってなかったじゃない」


「常識で考えろ! このバカ」


「……そもそも、気づかないあなた達が悪いのよ」


「気づくか!」





 主と悪魔の、そんな可愛らしい言い争い。


 そんなさなかも、赤い月明かりは変わらず。

 輝夜のイヤリングを、淡く照らしている。





「それに、隙だらけなのよ、あなたは」


「何だと?」


「だってほら。現に今だって、”わたし達以外に”秘密を喋ってるじゃない。……もしかして、気づいてなかったの?」


「……どういう、意味だ?」




 輝夜は気づかない。そこに思い至っていない。

 自分がどうやって、何と繋がっているのかを。


 ドロシーは、仕方がないと溜め息を吐いた。




「お風呂に入る時と、寝る時以外。”それ”をずっと身に着けてるの、忘れているの?」


「……あ」




 輝夜は、思い出したように。

 自分の左耳にある、月とウサギのイヤリングに触れた。


 善人が勝ってくれたプレゼント。何となく気に入って、ずっと身に着けているこれ。

 以前はただのイヤリングだったのだが、今はそうではない。

 これは、”遺物レリック”と融合している。




「それを耳に着けてる限り、わたしたち悪魔と、契約者であるあなたは繋がっているの。だから、そうね。今わたしたちが話していた内容も、他の男連中に筒抜けなんじゃないかしら」


「……」




 それに気づいてしまうと、もう恐ろしくて仕方がない。

 いつも、いつだって。

 それこそトイレに行く時だって、このイヤリングを着けていたのだから。




「……お前たち、ちょっと出てこい」




 顔を真っ赤にしながら、輝夜がそう呼びかけると。

 その声に応じるように、カノン、アトム、ゴレムの3人が姿を現した。


 ベランダはぎゅうぎゅう詰めだが、もはやそれどころではない。

 輝夜にはどうしても、確認するべきことがあった。




「つ、筒抜けだったのか? 今までの会話は」


「「「……」」」




 その質問に、3人の悪魔はバツの悪そうな顔をする。


 仕方がない、繋がっていたのだから。

 むしろ、なぜその考えに辿り着かないのか、逆に不思議なくらいである。




「……これからは、こまめに外さないとな」




 輝夜はイヤリングを外して、その手に握り締めた。


 今の会話を聞かれたことよりも、”その他の場面”でも筒抜けだったのが恥ずかしすぎる。

 なぜ今まで、筒抜けだと教えてくれなかったのか。


 輝夜の頭は、プッツンと。






「――お前ら、記憶が無くなるまで殴ってやる!!」






 その日、紅月家のベランダは崩壊した。










◆◇










「……にわかにも信じられないな。そんな結末を迎えるとは」


「ええ。ですが、これが真実なので」





 日本、姫乃から遠く離れたリゾートホテル。

 その最上階のスイートルームにて。


 ジョナサン・グレニスターは、”月の魔女”と称される、リタ・ロンギヌスと話していた。





「この先に待つ運命。ソロモンの夜は、人類史における”最悪の事象の1つ”に過ぎません。たとえ夜明けを迎えても、希望は何も残らない」




 虚構か現実かも分からない、魔女の言葉。

 それはまるで、予言のように。





「この事象の終盤で、姫乃の街は跡形もなく吹き飛びます。多くの人命が失われるでしょう。今をときめく遺物レリック保有者ホルダーたちも、たった1人を除いて”全滅”します」


「たった、1人だって?」


「ええ。言うなれば、この戦いの”勝者”とでも表現しましょうか。わたくしは、実際に見てはいないので、確かなことは言えませんが」


「……つまり僕は、その勝者では無いわけか」


「あら。どうして、そうお思いですか?」




 試すような、魔女の微笑みに。

 ジョナサンは毅然とした態度で応える。




「当然だろう。もしも僕が勝者なら、君がここに姿を現すはずがない。”介入”する必要が無いだろう」


「ええ。ご名答ですわ」




 残酷に、魔女は笑う。




「ジョナサン・グレニスター。あなたは、ソロモンの夜を生き残れません。いいえ、それだけならまだしも。あなたは数いる遺物レリック保有者ホルダーの中でも、特に”凄惨な死”を迎えることになります」


「……」




 正面から受け止めるには、あまりにも重たい言葉であった。




「ジョン。彼女の言葉に嘘はないよ。この僕が保証する」




 沈黙を破り、アスタが魔女の言葉を支持する。

 それが残酷にも、真実であると。





「ソロモンの夜は、まだ始まりに過ぎません。それより遥か先に待つ、”最悪の未来”。それを回避するために、わたくしは」






――時を、遡ったのですから。






 誰かが、そうだったように。

 認められない未来は存在する。



 そして、それを覆そうとする意思。

 ”結末を塗り替える奇跡”も、また。






 Re:


 ソロモンの夜





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