真なる怪物
大きな衝撃、強烈な魔力の爆発。マドレーヌ・クラインによる魔剣の一撃が、輝夜に対して放たれた。
それはまさに、鮮烈に、眩く。
2人の人間、マスター同士の戦いは、契約悪魔であるドロシーとウヴァルのもとにも響いていた。
「ははっ、向こうはマドレーヌの勝ちか? まぁ、うちのマスターは人間のガキにしては凶暴だからな」
ウヴァルは、自身の主の勝利を疑わない。
「てか、下手をしなくても、お前さんのマスター、今ので死んでんじゃないか?」
「……」
対するドロシーは、相も変わらず。考えの読めない表情に、無言を貫くのみ。輝夜とマドレーヌの戦いには、まるで意識を向けていなかった。
勝つ、負ける。そんな次元に、彼女は存在しないのである。
「チッ。相変わらず、無愛想な魔王様だな、お前。自分の主がピンチだってのに、そいつは薄情なんじゃないか?」
「……あんな、”程度の低いパワータイプ”に、あの子は負けないわ」
「はっ、そうかい」
ならばもう、言葉は不要である。
ウヴァルは再び、全力での戦闘態勢に入った。
「じゃあ、まぁ。こっちも決着をつけようぜ!」
「……そうね」
全身に細かな傷を負ったドロシーと、未だ健在な暗黒騎士ウヴァル。
この戦いを終わらせるために、再び、ウヴァルは魔力を放出し。
魔剣による全力の一撃を、ドロシーへ向けて解き放った。
直撃すれば、あらゆる生命を刈り取り、物体を粉砕する一撃。魔王すら寄せ付けない、暗黒騎士の魔剣。
ドロシーはそれを、手に持った大剣で。
”片手”で、受け止めた。
「なっ」
空間が軋むほど。その一撃には、どれほどの力が込められていたのか。
だがしかし。ドロシーはそれを、その一撃を。何食わぬ顔で受け止めていた。
そんな芸当が、果たして生物に可能なのか。
ウヴァルの脳裏に、一瞬、そんな思考が浮かぶ。
「……正直、自分以外の悪魔を、わたしは舐めていたわ」
ドロシーは変わらない。ただ、戦うために、”ギアを上げただけ”。
目の前の存在を、ようやく”敵”と認めただけ。
「魔王でも何でも、わたしと比べたら雑魚同然。そう、思っていたのだけど。あなたと戦って、少し反省したわ」
ドロシーが軽く大剣を振るうと、それだけでウヴァルは吹き飛ばされてしまう。
「ッ、嘘だろ。何が起こってんだ?」
全ての起因は、”勘違い”。
勘違いが、この不幸な状況を引き起こしていた。
ドロシーも、そしてウヴァルも。
双方が、勘違いをしてしまっていた。
ドロシーは、基本的に自分以外を雑魚だと認識し。
そしてウヴァルは、自分こそが最強だと。
世界を知らず、双方が自らを無敵の存在だと思っていた。
そんな存在が、仮に出くわしたとしたら。ここからは、単純なる”性能”比べである。
「適当にやってダメなら。こっちも、真剣にやらないとね」
自分に傷を負わせる程度の、強い悪魔の出現。
ドロシーは生まれて初めて、”本気で戦う”ことを決めた。
「――ふぅ」
その瞬間、誰もが思った。
正面から戦っていたウヴァルも、遠方から観戦していたグレモリーも。
そして、遥か彼方。
”狙撃を終えたばかり”の、ウルフも。
あれは、正真正銘の”怪物”であると。
魔王バルバトス。
最強の魔王と呼ばれる普段の彼女でさえ、まだ、力を隠している状態であった。
まるで、実力を出していなかった。
それはもはや、魔力の爆発、などという次元ではない。
周囲一帯の領域が、まるで彼女の支配下に置かれたような。
”真なる魔王”が、そこにいた。
「……怪我って、痛いのね。痛いの、ちょっと嫌いだわ」
ドロシーは、静かにつぶやき。
「――だから正直、ムカついた」
その敵意が、暴力が、たった1人の悪魔、ウヴァルへと向けられる。
それだけで彼は、”死”を幻視した。
ドロシーのドレスから。普段は隠されている、彼女の尻尾がさらけ出される。
その数は、”7つ”。
ウヴァルとの差は、尻尾の数で言えば1つしかない。
ただ、その1つの差が、あまりにも、あまりにも――
「ッ、それでも俺は――」
「――うるさい」
気がつけば、ドロシーは彼の目の前に。
気がつけば、大剣がすぐ側に。
ウヴァルは、”あまりにも強烈な斬撃”を浴びせられた。
あれほど強靭で、圧倒的に見えていた彼の鎧が、粉々に、抉られ。
血肉や骨をも巻き込んで。
戦いという概念を粉砕する。
ほぼ、致命傷とも言える一撃を与えられていた。
魔王を超えし者。彼以外なら間違いなく、即死していただろう一撃。
ウヴァルは一瞬で意識を喪失。そのまま吹き飛ばされ、川へと沈んでいった。
それを尻目に、ドロシーはまるで、何も無かったかのように。
「……スッキリした」
少し笑顔で、ため息を吐いていた。
いつの間にか。彼女の体には傷がなく、ドレスすら修復されており。
戦いの痕跡すら、感じさせずに。
ドロシーは、敵であった”誰か”に背を向けた。
◆
「輝夜、こっちは終わったわ」
暗黒騎士ウヴァルを下し。ドロシーは涼しい顔で輝夜たちのもとへと戻ってきた。
しかし、すぐに”様子のおかしさ”に気づく。
戦っていたはずの、輝夜とマドレーヌ。どうやら、大きな激突があったようだが、2人は普通に、五体満足で生きていた。
どちらかが大怪我を負ったわけでも、意識を失っているわけでもなく。
両者ともに、”無傷”という状況で。
ただ、輝夜がブレードを片手に、地面に立ち。
対するマドレーヌは地面に座り、魔剣を手放していた。
状況だけを見れば、輝夜が一騎打ちで負かしたように見える。だがそれにしては、両者の纏う雰囲気が異様であった。
マドレーヌは、訳が分からないという表情で、呆然とし。
輝夜はほんの少しだけ、罪悪感のある表情をしている。
「なにか、あったのかしら」
「……あー、うん」
ドロシーにそう尋ねられ。輝夜は、気まずい様子で頬をかく。
「まぁ、その。なんて言ったらいいんだろうな。わたしが油断してたのが、原因というか、なんというか」
輝夜の手には、漆黒の刀、カグヤブレードが。
それが”この結末”を生み出した、元凶であった。
ドロシーが血を流した。
彼女が負けるかも知れない。
そう思ったあの瞬間、輝夜は僅かに油断してしまい。
結果として、マドレーヌからの攻撃に気づくのが遅くなってしまった。
ただしそれは、輝夜にとっては致命的な隙ではなく。
その生まれながらのセンス、培ってきた経験により。
考えるより前に、輝夜の体は防衛行動を取っていた。
カウンター気味に、輝夜の手は、ブレードは鋭く動き。
大剣を振りかざす、マドレーヌの”両腕”を一刀両断。
そのままの勢いで、輝夜はマドレーヌの”心臓”に、ブレードを突き刺してしまった。
――あ。
気づいた時には、すでに勝敗は決していた。
輝夜を守るための行為であろうか。
どこからか飛来した”狙撃”が、マドレーヌの頭部を貫いていたが。もはや、それもどうでもいい。
この漆黒の刀。カグヤブレードで致命傷を与えた以上、全てが”無かったこと”になるのだから。
輝夜がブレードを抜いた瞬間、すでに”奇跡”は発動していた。
まるで、時間が巻き戻るかのように。
突き刺された心臓、撃ち抜かれた頭部、切断された両腕が、瞬く間に蘇生されていき。
致命傷の確殺コンボを受けたはずのマドレーヌは、無傷の状態へと治癒されていた。
そんな現象に、彼女も戸惑いを隠せない。
勝ったと思ったら、反撃されて。
死んだと思ったら、生きていて。
両腕を斬られた衝撃、脳天を貫かれた感覚、心臓を突き刺された痛みを、マドレーヌは覚えている。
覚えているのに、まるで何もなかったかのように。
今もこうして、心臓が鼓動を刻んでいた。
わけがわからない。
ただ確かなのは、”自分が負けた”ということだけ。
呆然とするマドレーヌをよそに、輝夜とドロシーは、互いに戦果を報告し合っていた。
「そういえば。わたしがこいつの心臓をぶっ刺す前に、誰かが狙撃で援護してきたんだが。……状況を考えるに、”ウルフ”か?」
「そうね……」
ドロシーは、ほんの少し目を閉じて、集中すると。
遥か遠方からこちらを見つめる、”2つの魔力反応”を探知した。
そのうちの1つは、こちらに向かって気軽に手を振っている。
「今、目が合って。こっちに手を振ってるわ」
「……そう、か」
謎が解けて、輝夜は安心する。
「どうやら、あなたが殺されると思って、とっさに手を出してしまったのね」
「まぁ、だろうな。正直わたしも、もしも体が反応しなかったら、このガキに殺されていただろうし、な」
紅月輝夜という人間は、本人が思っている以上に、多くの者に守られていた。
実際に守護する契約悪魔たちだけでなく。
父親によって雇われた傭兵ウルフが、スナイパー、あるいはストーカーのように見守っており。
血を分けた家族は、決して口に出さずとも、その牙を磨き続けている。
「とはいえ、”他人による攻撃”も、蘇生対象になるようで安心したよ」
「……あぁ、その黒い刀の力ね」
カグヤブレードは、”死を否定する武器”である。
相手の生命を絶った瞬間に効果を発揮し、まるで何もなかったかのように蘇生する。
輝夜による両腕切断、ウルフによる頭部狙撃、輝夜による心臓貫き。
このコンボによって、マドレーヌは絶命し、そして蘇生させられた。
もしも、この順番がズレていたら。輝夜ではなく、ウルフの狙撃によって絶命していたら。
もしかしたら彼女は、ブレードによる蘇生を受けられなかったかも知れない。
それほどまでに、あの一瞬で多くのことが起きており。
それゆえ、輝夜も少しだけ焦っていた。
ともあれ。
結果として、この戦いによる死者は1人も居ない。
「――おい、クソガキ。わたしに一回殺されて、どんな気分だ?」
輝夜は、微笑みつつ。
自らの持つブレードの力に、静かに感謝していた。
◆
「……あれが、魔王バルバトスの真価と、その召喚者の実力か」
輝夜たちの戦いを見ていたのは、傭兵である”ウルフ”の他にもう一人。
バルタの騎士に連なる悪魔、”魔王グレモリー”も遥か遠方から戦いを見ていた。
グレモリーは、この戦いのことをウヴァル達から聞かされていない。
しかし、あれだけの魔力が衝突すれば、気づくのも当然であった。
自分が知る存在の中で、最も強大な悪魔、ウヴァルと。
無敗ゆえに神格化されてきた、魔王バルバトス。
その双方がぶつかり、どのような戦いが見られるのか。
そういった好奇心ゆえに、手出しをせずに観戦をしていたのだが。
結果として、それは”蹂躙”とも言える光景であった
拮抗して、お互いの力を認め合う。そういった結末を、グレモリーは望んでいた。戦いを通して、絆が生まれることも稀にある。
しかし、ドロシー・バルバトスが本気を出した途端に、勝負は一瞬で終わってしまった。
最強の魔王という称号は、伊達ではない。
むしろ、全ての世界を通して、アレに敵う生物は存在するのだろうか。
それほどまでに、”底知れぬ戦闘力”を垣間見た。
そして、収穫はもう一つ。
魔王バルバトスを召喚した人間、”紅月輝夜の異常性”。
彼女の持っている、”真っ黒な刀”。
(……あれは一体、何なのだ)
最上級悪魔、識者として知られるグレモリーにも、輝夜の起こした”奇跡”は理解できなかった。
あの一瞬、致命的な刹那。
輝夜の攻撃と、どこからかの狙撃により、マドレーヌは確かに殺されたはずである。
たとえ悪魔であろうと、あれだけ致命的なダメージを負えば、もはや生存は絶望的である。
それなのに、彼女は今も生きていた。
まるで、何も無かったかのように。
時間が巻き戻ったかのように。
致命的な損傷により、肉体が機能を停止する。それが、”死”というもの。
肉体が死を迎えれば、”霊魂”は器より溢れ出し、二度と元には戻らない。
それこそが、自然の摂理。
どんな魔法でも覆せない、絶対の法則。
”死が確定した後の蘇生”は、どんな行為も意味を成さないと、魔界でも考えられている。
どれほど美しく、損傷を元に戻したとしても。
心臓を無理やり動かしたとしても。
その脳に意識は、魂は戻らない。
器を離れた魂は、どんな力でも呼び戻せない。
そんな絶対の摂理を、”あの刀”は軽々と無視していた。
途切れたはずの、肉体と精神の繋がりを、再び繋ぎ直していた。
(最強の魔王と、その召喚者。”本当の化け物”は、どちらだろうな)
唯一、幸運なのは、彼女たちが敵ではないということ。
「……それにしても。マドレーヌは、一体何度裏切れば気が済むんだ?」
無断で暴走した”仲間”を、後でどう説教してやろうか。
そんな事を考えながら、グレモリーはその場を後にした。
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