青春狂想
輝夜たちの学校にやって来た2人の転校生、アリサとランス。
彼女たち、”バルタの騎士”と呼ばれる者たちが、今までどのような戦いを繰り広げてきたのか。
それはとても、昼休みの時間だけで語り切れるものではなく。
残りは、また別の機会に聞くことに。
その後、帰りのホームルームにて。
「はい! それでは皆さん、そろそろ種目の最終決定をしたいと思います」
来たるイベント、体育祭。
その参加種目を決めるべく、担任が楽しげに声を上げていた。
「では次、”男女混合二人三脚”を希望する人は挙手を――」
「――はい!!」
どのクラスメイトよりも早く、そして元気に。
”輝夜”は手を挙げた。
白く美しい手を、高らかと。
「えっと、紅月さん? 男女混合ペアだから、一緒に走る人が必要なんだけど」
「いえ、ペアはちゃんと居ます」
輝夜は何一つ動揺した様子はなく。
どうやらすでに、二人三脚の相手を決めているようで。
「……」
それを眺めながら、善人は複雑な表情をしていた。
なぜなら自分は、その事を知らないから。
つまり彼女は、自分以外の誰かを誘い、すでにペアを組んでいるのだろう。
”自分以外の、誰か”と。
そう思っていると。
「花輪善人、あいつと一緒に出るので」
「……え」
善人は、勝手に強制参加させられていた。
◆
学校終わり、日が傾きかけた時間帯。
そよ風の心地よい河川敷に、輝夜と善人の2人はやって来ていた。
デジタルに特化された現代社会。外で遊ぶ子供の数も、それほど多くはなく。広い面積は、走ったりなどの運動にはピッタリである。
ゆえに輝夜は、ここを”練習場所”に選んだ。
「よしっ、やるぞ!」
「お、おー」
なぜ、輝夜は選択種目を二人三脚に選んだのか。
それは当然、黒羽に入れ知恵されたからである。
今回の二人三脚は、”男女混合”。まだ学校に馴染んだばかりの、高校1年生の男女。紆余曲折あってペアになったとしても、”それほど熱心に練習を行うペア”は居ないだろう。
なにせ、男女のペアなのだから。
もしも仮に、その男女がカップルであったのなら。気軽い感じで、放課後に練習を行えるかも知れないが。この体育祭の、この二人三脚で、一体どれほどそんなペアが居るのだろう。
少し仲が良い、その程度の男女ペアなら、そんな気軽に練習を行ったりはできない。体を密着させる競技である以上、それだけで気恥ずかしさを抱いてしまう。
その微妙な距離感、”青春”を演出するために生み出されたのが、男女混合二人三脚であった。
だがしかし、輝夜は違った。
他の男子生徒とはほとんど話したことがないものの、善人は別である。
地面がひっくり返っても、恋人などという関係ではないが。自分の都合で、いくらでも言う事を聞かせられる男。それが善人であった。
「あの、輝夜さん。これってもしかして、毎日やるんですか?」
「ああ、もちろん。嬉しくてたまらないだろう?」
「……そ、そう、ですかね」
体育祭まで、およそ2週間ほど。それまで毎日練習を行えば、一体どれほどの練度になるであろう。
純粋な身体能力、スタミナだけでなく、コンビネーションを大切とするこの競技。この競技なら、魔力無しの自分でも活躍できるはず。
輝夜はそう確信したからこそ、善人をパートナーに、二人三脚を行う道を選んだ。
この体育祭で、自分でも勝てる可能性があるのは、”この競技しかないと”。
「マーク2に調べさせたところ。とりあえず最初は、足を結ばずに練習する方がいいらしい。下手にやると、怪我をする可能性もあるからな」
「了解です」
確かに、始めは驚いたものの。
善人は冷静になると、全くもって断る理由が浮かばなかった。
たとえ、”都合がいい”という理由で、自分が選ばれたのだとしても。
体育祭で、輝夜と二人三脚を行える。しかもこれから毎日、放課後に練習ができる。
ゆえに、絶対に期待を裏切ることはできない。
これから毎日練習をして、彼女を勝利に導いてみせる。
善人も、本気であった。
「遠慮せず、腰をしっかり持てよ」
「は、はい」
だがやはり、これは二人三脚。
輝夜と軽く抱き合うというのは、善人にとって中々に刺激的なものであり。
「頑張りましょう!」
新しい青春の1ページが、ここに始まろうとしていた。
◇
――いちに、いちに、いちに。
夕焼けに染まる河川敷を、2人の男女が二人三脚で走っていく。
真剣な表情で、より速く、より効率的に。
より息を合わせるように。
暫くの間は、それでモチベーションが保つ2人であったが。
冷静に考えて。高校生の男女が、放課後に何をしているのだろうか。
そう思った瞬間、
「……疲れた」
輝夜の足が、ここに来て止まってしまう。
とはいえ、あまり足に負担もかけられないので。一旦、2人は休憩をすることに。
「ふぅ」
涼しい河川敷の坂で、風に当たりながら、輝夜はほっと息をつく。
これくらいの運動が、素の輝夜にとってはちょうどいい疲労感であった。
ほのかに汗ばんだ肌に、風が心地よく。
これ以上ないほどに、”青春っぽさ”を感じる。
輝夜も善人も、そこは同じ感想を抱いているようで。
両者の間に、無駄な言葉は不要であった。
「……」
しばらく風に当たりながら。
輝夜は自分の足を、セルフでマッサージする。
いつもなら、お隣の少年にでもさせるのだが。
流石に汗もかいているので、輝夜にも羞恥心というものが働いていた。
「足、大丈夫ですか?」
「あぁ。この程度なら、問題ないよ」
5年間のリハビリ生活を経て、輝夜は自力での歩行能力を手に入れた。
その間に、疲労骨折をした数はどれほどか。
輝夜は何となく、自分の体の限界というものを理解していた。
「そういうお前は、疲れてないのか?」
「そうですね。まぁ、これでも結構鍛えてるので」
そこそこ汗をかいた輝夜と違い、善人は息も切らさず、特に疲れた様子もなかった。
鍛えているという言葉も、どうやら嘘ではないらしい。
心地よいそよ風が、輝夜の髪をなびかせ。
汗ばんだ身体が、程よい感じで冷やされていく。
「……なにか。タオルかハンカチくらい、持ってくればよかったな」
「輝夜さん、そういうの持ってないんですか?」
「まぁ、そうだな。他の女子は、結構持ってるイメージだが」
思い返してみれば、輝夜はそういったものを学校に持ち込んだことがなかった。
「体育の時間とかになるとな? 一部の女子が、わたしに毎回タオルを貸してくれるんだよ。これを使って〜、みたいな感じで」
「へぇ」
体育の時間は、女子と男子で分けられているため。善人はそれを知らなかった。
「ちなみに。その、輝夜さんが使い終わったタオルって、その後どうしてるんですか?」
「……いや、な」
輝夜は、少し複雑な表情をする。
「わたしも最初は、洗って返すと言ったんだが。なんかあいつら、凄いこだわりが強いというか。”自分の家の洗濯機しか信用してない”、とか言って。絶対に持って帰るんだよ」
「……そう、ですか」
何ともいえない理由に、善人も言葉を失う。
「その人って、もしかして。結構、アレな人というか。輝夜さんの”使用済みタオル”を手に入れるのが、目的だったりしないですかね?」
「……いやいや、そんなまさか」
あり得ないと、輝夜は否定するも。
勘が良いのは、善人の方であった。
「もしもそうだったら。わたしは変態のクラスメイト相手に、ずっと使用済みタオルを渡してきた、”マヌケ女”ってことになるぞ?」
「で、ですよね」
残念なことに。
輝夜は、マヌケ女に該当していた。
「……ちなみに。フリマアプリとかで、わたしの使用済みタオル、いくらで売れると思う?」
「輝夜さん!?」
それはもう、完全にアウトな考えである。
「額によっては、結構な小遣い稼ぎになると思わないか?」
「いやいや、その。法律的に、というか。倫理的にダメというか。……そもそも輝夜さんのお家って、お金持ちじゃないですか?」
「まぁ。確かに、欲しいと言ったものは、だいたい買ってもらえるけど。それと小遣いは、また別というか」
輝夜にも、”お金が欲しがる理由”はあった。
「買ってもらえるのは、舞が”いい”って言った物だけなんだよ。つまり、舞が許可してくれない物は、自分の金で買うしかない」
「……舞さんが許可してくれないって、例えばどんな?」
「それは、まぁ……」
善人の問いに、輝夜は無言で。
ただ、遠くの空を見つめていた。
「今のところ、ダメと言われた物は存在しないが。……”いざという時のために”、備えは必要だろう?」
「いざという時、ですか」
そう遠くない未来。
輝夜は”その時”が来ると、不思議と予感をしていた。
アモン曰く、輝夜の命を蝕む呪いは、”サタン”という正体不明の悪魔によって刻まれたらしい。
魔力の恩恵、ナノマシンによる抑制があっても、輝夜の命は保って数年。
それまでに、元凶であるサタンを見つけ出し、呪いを打ち消す必要がある。
”紅月輝夜として”。
この先の未来を生きるのであれば、それは避けては通れない道。
「……」
この姫乃の地を飛び出して、”呪いを消すための旅”に出る。
それこそ、輝夜が誰にも話していない、人生最初にして、最大の目標であった。
そのためにも、軍資金はいくらあっても足りないくらいである。
「ちなみに輝夜さん。もう結構、貯金とか貯まってるんですか?」
「……」
その問いに、輝夜の瞳から光が消えた。
「前に、な。ドロシーに、店とかで食事をしたいときは、わたしの金を使っていいぞって、財布を渡したら、その……」
輝夜は今でも、その時の判断を後悔している。
「1日で、空っぽになって返ってきたんだ」
「……そ、そんな」
一体彼女は、どんな場所で、どれほどの物を食したのだろう。
輝夜は、魔王という存在を舐めていた。
「まぁ、それ以来。あいつは魔界の金を両替して、こっちで使ってるらしい」
「あっ、そんなこと出来るんですね」
「ああ。……わたしの金が無くなる前に、言ってほしかったな」
今さら、使った分を返してくれとは、プライド的に言うことができず。
輝夜は今現在、お小遣い待ちの状態である。
しかし、毎月のお小遣いを全て貯めていっても、その額はたかが知れている。
ゆえに、輝夜はお金を欲していた。
「もし仮に。わたしの使用済みの下着だったら、どれくらいの値がつくと思う?」
「……輝夜さん」
プライドはともかく、倫理観はどこへ行ってしまったのか。
「そんなこと、友達としても、容認できませんよ」
「うむ。……いや、絶対に需要はあると思うんだよ。むしろ、あり過ぎるというか」
輝夜は静かに、微笑みを浮かべる。
「例えば。”お前なら”、いくらで買う?」
「……え」
小悪魔のような微笑み。
蠱惑的な囁き。
唐突に自分に向けられた、彼女の瞳に。
善人の呼吸は、思考は、活動不能になって。
「――ぷっ、バーカ。
「えっ、あ」
善人は、見事に弄ばれてしまった。
「ふふーん」
輝夜は、自らの美しさを知っている。
頂点であると理解している。
なにせ、自分という人間の中で、”唯一”と言っていい長所なのだから。
他の全てが最底辺でも、ビジュアル面では負けられない。
確かに、楽に金は稼ぎたいが。
自分を安売りするほど、輝夜は愚かではなかった。
「そもそも、”気高いプライド”を持つわたしが、そんな恥知らずなことをするわけないだろ」
「確かに、そうですよね」
プライドはともかく。
”知性”というか、”隙”はいくらでもありそうなのだが。
「……」
そういった面から、善人は心配でたまらなかった。
冗談交じりの雑談に、花を咲かせる2人であったが。
輝夜のスマホに、通知が1つ。
「ん?」
メッセージか、それともアプリの通知か。
何となく、輝夜はスマホの画面を開き。
「……」
そこに表示されていた内容に、眉をひそめた。
◆
「じゃあ輝夜さん、また」
「あぁ、またな」
とても元気に溢れているようで。
善人は爽快な足取りで、河川敷を後にしていく。
帰宅がてらのランニング。輝夜には難しい行為なので、少し羨ましそうに見つめて。
しばらく、そうしていると。
輝夜のそばに、契約悪魔が1人。
ドロシー・バルバトスが、その姿を現した。
輝夜とドロシーは、無言で意思の疎通を行い、”その時”を待つ。
先程、輝夜のスマホにきた通知の内容は、ソロモンの夜に関するもの。
『”マドレーヌ・クライン”から、悪魔バトルを申し込まれました』
いくつかの疑問が、脳内の中に浮かんだものの。輝夜は取り乱すことなく、善人との特訓を終えて。
そして今、この場所で対戦相手を待ち受けていた。
悪魔バトルを挑んでくる人間。それすなわち、
この街に居る
それを除けば、新しくこの街にやって来た、”バルタの騎士”しか存在しない。
ならば、バルタの騎士の一人が、自分に悪魔バトルを挑んてきたのか。それだけでも、十分に疑問を抱くことだが。
問題は、対戦相手の名前である。
”マドレーヌ・クライン”。
どんな相手なのか、輝夜には想像もつかないが。マドレーヌという名前には、少々覚えがあった。
アリサの回想話にも登場した
アリサを最初に襲ったという、赤毛の少女。
もしもこの対戦相手が、”その話の人物”だとしたら、また疑問が湧いてくる。
だがしかし、今考えても仕方がない。
たとえ、どんな敵が相手でも。戦って勝てば、何の問題もないのだから。
隣りにいるパートナーは、それを100%可能にしてくれる。
そんな自信から、何の不安も抱かない輝夜であったが。
「ねぇ」
「うん? どうかしたか?」
頼れる味方、最高戦力。
そんなドロシーが、いつもと変わらない瞳、いつもと変わらない声で、輝夜に問いかける。
「――もしも、もしもの話よ? もしもわたし達の”運命”が違って、敵同士の関係で出会ったとしたら、どうなっていたかしら」
「……どういう、意味だ?」
不意に来た質問。
しかしその内容は、輝夜の想定、理解の外にあるものであり。
戸惑い、体がこわばる。
「そうね。なら、違う言い方で。――”今回とは違う出会い方だったら”、どうしたかしら」
「……え」
今回とは、違う。
今回とは、どういう意味か。
輝夜はそれを知っている。
「それ、は」
「……」
いつもと変わらない、ドロシーの瞳。
けれどもそれは。
まるで、”全てを見透かしている”ようで。
「お前、まさか。前回の記憶が――」
輝夜が問おうとした、その瞬間。
”空の色”が、変化した。
空というよりも、世界というべきだろうか。
周囲一帯の、雰囲気が変わるような。
空が青く染まり、何かがこの一帯を包み込んでいく。
「これは?」
「……多分、月避けの結界ね。ある程度”力のある悪魔”なら、可能だと聞いたことがあるわ」
輝夜とドロシー。
確実に、話すべきことがある。
それは紛れもない事実だが。
今は、目の前の問題に対処する必要があった。
「……来たか」
河川敷へとやって来たのは、輝夜の”想像していた通りの人物”であった。
”真っ赤なツインテール”が特徴的な、中学生程度の少女。
不良が木刀を持つかのように、月避けの傘を肩にかけ。
敵意剥き出しの表情で、こちらを見つめている。
ソロモンの夜を開き、間違いないと確信。
彼女こそが、今回の悪魔バトルの相手。
マドレーヌ・クラインである。
「さてと。やっちまおうぜ、”ウヴァル”」
「――おぅよ」
アリサの言っていた話と、全く同じ。
マドレーヌのパートナーであろう悪魔。
くすんだ赤髪の青年、ウヴァルがその姿を現した。
ひしひしと感じられるプレッシャーは、紛れもなく”魔王級”。
「……中断させずに、最後まで聞けば良かったな」
今さらながら、輝夜は昼休みのことを後悔する。
アリサの回想話が確かなら、目の前に現れた2人は、彼女と戦ったはず。
戦ったのならば、どちらかが勝者で、どちらかが敗者になるはず。
アリサが敗者なのはあり得ない。
なぜなら、彼女は未だに
ならどうして、マドレーヌとウヴァルというペアが、未だにこの世に存在し。
そして今、自分たちに勝負を仕掛けているのか。
分からない。
今の自分には、分からないことが多すぎる。
『――これより、悪魔バトルを開始します』
日が完全に落ち。
人気の無くなった河川敷にて。
心揺れる輝夜のもとに、新たな脅威が襲来した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます