青春狂想






 輝夜たちの学校にやって来た2人の転校生、アリサとランス。


 彼女たち、”バルタの騎士”と呼ばれる者たちが、今までどのような戦いを繰り広げてきたのか。

 それはとても、昼休みの時間だけで語り切れるものではなく。

 残りは、また別の機会に聞くことに。


 その後、帰りのホームルームにて。




「はい! それでは皆さん、そろそろ種目の最終決定をしたいと思います」




 来たるイベント、体育祭。

 その参加種目を決めるべく、担任が楽しげに声を上げていた。




「では次、”男女混合二人三脚”を希望する人は挙手を――」


「――はい!!」




 どのクラスメイトよりも早く、そして元気に。

 ”輝夜”は手を挙げた。


 白く美しい手を、高らかと。




「えっと、紅月さん? 男女混合ペアだから、一緒に走る人が必要なんだけど」


「いえ、ペアはちゃんと居ます」




 輝夜は何一つ動揺した様子はなく。

 どうやらすでに、二人三脚の相手を決めているようで。




「……」




 それを眺めながら、善人は複雑な表情をしていた。

 なぜなら自分は、その事を知らないから。


 つまり彼女は、自分以外の誰かを誘い、すでにペアを組んでいるのだろう。



 ”自分以外の、誰か”と。



 そう思っていると。





「花輪善人、あいつと一緒に出るので」


「……え」





 善人は、勝手に強制参加させられていた。

















 学校終わり、日が傾きかけた時間帯。

 そよ風の心地よい河川敷に、輝夜と善人の2人はやって来ていた。



 デジタルに特化された現代社会。外で遊ぶ子供の数も、それほど多くはなく。広い面積は、走ったりなどの運動にはピッタリである。

 ゆえに輝夜は、ここを”練習場所”に選んだ。




「よしっ、やるぞ!」


「お、おー」




 なぜ、輝夜は選択種目を二人三脚に選んだのか。

 それは当然、黒羽に入れ知恵されたからである。


 今回の二人三脚は、”男女混合”。まだ学校に馴染んだばかりの、高校1年生の男女。紆余曲折あってペアになったとしても、”それほど熱心に練習を行うペア”は居ないだろう。


 なにせ、男女のペアなのだから。


 もしも仮に、その男女がカップルであったのなら。気軽い感じで、放課後に練習を行えるかも知れないが。この体育祭の、この二人三脚で、一体どれほどそんなペアが居るのだろう。


 少し仲が良い、その程度の男女ペアなら、そんな気軽に練習を行ったりはできない。体を密着させる競技である以上、それだけで気恥ずかしさを抱いてしまう。

 その微妙な距離感、”青春”を演出するために生み出されたのが、男女混合二人三脚であった。


 だがしかし、輝夜は違った。


 他の男子生徒とはほとんど話したことがないものの、善人は別である。

 地面がひっくり返っても、恋人などという関係ではないが。自分の都合で、いくらでも言う事を聞かせられる男。それが善人であった。




「あの、輝夜さん。これってもしかして、毎日やるんですか?」


「ああ、もちろん。嬉しくてたまらないだろう?」


「……そ、そう、ですかね」




 体育祭まで、およそ2週間ほど。それまで毎日練習を行えば、一体どれほどの練度になるであろう。


 純粋な身体能力、スタミナだけでなく、コンビネーションを大切とするこの競技。この競技なら、魔力無しの自分でも活躍できるはず。

 輝夜はそう確信したからこそ、善人をパートナーに、二人三脚を行う道を選んだ。


 この体育祭で、自分でも勝てる可能性があるのは、”この競技しかないと”。




「マーク2に調べさせたところ。とりあえず最初は、足を結ばずに練習する方がいいらしい。下手にやると、怪我をする可能性もあるからな」


「了解です」




 確かに、始めは驚いたものの。

 善人は冷静になると、全くもって断る理由が浮かばなかった。


 たとえ、”都合がいい”という理由で、自分が選ばれたのだとしても。

 体育祭で、輝夜と二人三脚を行える。しかもこれから毎日、放課後に練習ができる。


 ゆえに、絶対に期待を裏切ることはできない。

 これから毎日練習をして、彼女を勝利に導いてみせる。


 善人も、本気であった。




「遠慮せず、腰をしっかり持てよ」


「は、はい」




 だがやはり、これは二人三脚。

 輝夜と軽く抱き合うというのは、善人にとって中々に刺激的なものであり。




「頑張りましょう!」




 新しい青春の1ページが、ここに始まろうとしていた。















――いちに、いちに、いちに。




 夕焼けに染まる河川敷を、2人の男女が二人三脚で走っていく。

 真剣な表情で、より速く、より効率的に。

 より息を合わせるように。



 暫くの間は、それでモチベーションが保つ2人であったが。



 冷静に考えて。高校生の男女が、放課後に何をしているのだろうか。

 そう思った瞬間、




「……疲れた」




 輝夜の足が、ここに来て止まってしまう。


 とはいえ、あまり足に負担もかけられないので。一旦、2人は休憩をすることに。




「ふぅ」




 涼しい河川敷の坂で、風に当たりながら、輝夜はほっと息をつく。

 これくらいの運動が、素の輝夜にとってはちょうどいい疲労感であった。



 ほのかに汗ばんだ肌に、風が心地よく。

 これ以上ないほどに、”青春っぽさ”を感じる。


 輝夜も善人も、そこは同じ感想を抱いているようで。

 両者の間に、無駄な言葉は不要であった。




「……」




 しばらく風に当たりながら。

 輝夜は自分の足を、セルフでマッサージする。


 いつもなら、お隣の少年にでもさせるのだが。

 流石に汗もかいているので、輝夜にも羞恥心というものが働いていた。




「足、大丈夫ですか?」


「あぁ。この程度なら、問題ないよ」




 5年間のリハビリ生活を経て、輝夜は自力での歩行能力を手に入れた。

 その間に、疲労骨折をした数はどれほどか。

 輝夜は何となく、自分の体の限界というものを理解していた。




「そういうお前は、疲れてないのか?」


「そうですね。まぁ、これでも結構鍛えてるので」




 そこそこ汗をかいた輝夜と違い、善人は息も切らさず、特に疲れた様子もなかった。

 鍛えているという言葉も、どうやら嘘ではないらしい。





 心地よいそよ風が、輝夜の髪をなびかせ。


 汗ばんだ身体が、程よい感じで冷やされていく。





「……なにか。タオルかハンカチくらい、持ってくればよかったな」


「輝夜さん、そういうの持ってないんですか?」


「まぁ、そうだな。他の女子は、結構持ってるイメージだが」




 思い返してみれば、輝夜はそういったものを学校に持ち込んだことがなかった。




「体育の時間とかになるとな? 一部の女子が、わたしに毎回タオルを貸してくれるんだよ。これを使って〜、みたいな感じで」


「へぇ」




 体育の時間は、女子と男子で分けられているため。善人はそれを知らなかった。




「ちなみに。その、輝夜さんが使い終わったタオルって、その後どうしてるんですか?」


「……いや、な」



 輝夜は、少し複雑な表情をする。



「わたしも最初は、洗って返すと言ったんだが。なんかあいつら、凄いこだわりが強いというか。”自分の家の洗濯機しか信用してない”、とか言って。絶対に持って帰るんだよ」


「……そう、ですか」



 何ともいえない理由に、善人も言葉を失う。



「その人って、もしかして。結構、アレな人というか。輝夜さんの”使用済みタオル”を手に入れるのが、目的だったりしないですかね?」


「……いやいや、そんなまさか」




 あり得ないと、輝夜は否定するも。

 勘が良いのは、善人の方であった。




「もしもそうだったら。わたしは変態のクラスメイト相手に、ずっと使用済みタオルを渡してきた、”マヌケ女”ってことになるぞ?」


「で、ですよね」




 残念なことに。

 輝夜は、マヌケ女に該当していた。






「……ちなみに。フリマアプリとかで、わたしの使用済みタオル、いくらで売れると思う?」


「輝夜さん!?」




 それはもう、完全にアウトな考えである。




「額によっては、結構な小遣い稼ぎになると思わないか?」


「いやいや、その。法律的に、というか。倫理的にダメというか。……そもそも輝夜さんのお家って、お金持ちじゃないですか?」


「まぁ。確かに、欲しいと言ったものは、だいたい買ってもらえるけど。それと小遣いは、また別というか」



 輝夜にも、”お金が欲しがる理由”はあった。



「買ってもらえるのは、舞が”いい”って言った物だけなんだよ。つまり、舞が許可してくれない物は、自分の金で買うしかない」


「……舞さんが許可してくれないって、例えばどんな?」


「それは、まぁ……」




 善人の問いに、輝夜は無言で。

 ただ、遠くの空を見つめていた。




「今のところ、ダメと言われた物は存在しないが。……”いざという時のために”、備えは必要だろう?」


「いざという時、ですか」





 そう遠くない未来。

 輝夜は”その時”が来ると、不思議と予感をしていた。




 アモン曰く、輝夜の命を蝕む呪いは、”サタン”という正体不明の悪魔によって刻まれたらしい。


 魔力の恩恵、ナノマシンによる抑制があっても、輝夜の命は保って数年。

 それまでに、元凶であるサタンを見つけ出し、呪いを打ち消す必要がある。


 ”紅月輝夜として”。

 この先の未来を生きるのであれば、それは避けては通れない道。




「……」




 この姫乃の地を飛び出して、”呪いを消すための旅”に出る。

 それこそ、輝夜が誰にも話していない、人生最初にして、最大の目標であった。


 そのためにも、軍資金はいくらあっても足りないくらいである。




「ちなみに輝夜さん。もう結構、貯金とか貯まってるんですか?」


「……」




 その問いに、輝夜の瞳から光が消えた。




「前に、な。ドロシーに、店とかで食事をしたいときは、わたしの金を使っていいぞって、財布を渡したら、その……」




 輝夜は今でも、その時の判断を後悔している。




「1日で、空っぽになって返ってきたんだ」


「……そ、そんな」




 一体彼女は、どんな場所で、どれほどの物を食したのだろう。

 輝夜は、魔王という存在を舐めていた。




「まぁ、それ以来。あいつは魔界の金を両替して、こっちで使ってるらしい」


「あっ、そんなこと出来るんですね」


「ああ。……わたしの金が無くなる前に、言ってほしかったな」




 今さら、使った分を返してくれとは、プライド的に言うことができず。

 輝夜は今現在、お小遣い待ちの状態である。


 しかし、毎月のお小遣いを全て貯めていっても、その額はたかが知れている。

 ゆえに、輝夜はお金を欲していた。




「もし仮に。わたしの使用済みの下着だったら、どれくらいの値がつくと思う?」


「……輝夜さん」




 プライドはともかく、倫理観はどこへ行ってしまったのか。




「そんなこと、友達としても、容認できませんよ」


「うむ。……いや、絶対に需要はあると思うんだよ。むしろ、あり過ぎるというか」




 輝夜は静かに、微笑みを浮かべる。





「例えば。”お前なら”、いくらで買う?」


「……え」





 小悪魔のような微笑み。

 蠱惑的な囁き。


 唐突に自分に向けられた、彼女の瞳に。

 善人の呼吸は、思考は、活動不能になって。






「――ぷっ、バーカ。真剣マジに考えるな、冗談だよ」


「えっ、あ」






 善人は、見事に弄ばれてしまった。




「ふふーん」




 輝夜は、自らの美しさを知っている。

 頂点であると理解している。


 なにせ、自分という人間の中で、”唯一”と言っていい長所なのだから。

 他の全てが最底辺でも、ビジュアル面では負けられない。


 確かに、楽に金は稼ぎたいが。

 自分を安売りするほど、輝夜は愚かではなかった。




「そもそも、”気高いプライド”を持つわたしが、そんな恥知らずなことをするわけないだろ」


「確かに、そうですよね」




 プライドはともかく。

 ”知性”というか、”隙”はいくらでもありそうなのだが。




「……」



 そういった面から、善人は心配でたまらなかった。








 冗談交じりの雑談に、花を咲かせる2人であったが。


 輝夜のスマホに、通知が1つ。




「ん?」




 メッセージか、それともアプリの通知か。

 何となく、輝夜はスマホの画面を開き。




「……」



 そこに表示されていた内容に、眉をひそめた。

















「じゃあ輝夜さん、また」


「あぁ、またな」




 とても元気に溢れているようで。

 善人は爽快な足取りで、河川敷を後にしていく。


 帰宅がてらのランニング。輝夜には難しい行為なので、少し羨ましそうに見つめて。


 しばらく、そうしていると。




 輝夜のそばに、契約悪魔が1人。

 ドロシー・バルバトスが、その姿を現した。




 輝夜とドロシーは、無言で意思の疎通を行い、”その時”を待つ。


 先程、輝夜のスマホにきた通知の内容は、ソロモンの夜に関するもの。





『”マドレーヌ・クライン”から、悪魔バトルを申し込まれました』





 いくつかの疑問が、脳内の中に浮かんだものの。輝夜は取り乱すことなく、善人との特訓を終えて。

 そして今、この場所で対戦相手を待ち受けていた。



 悪魔バトルを挑んでくる人間。それすなわち、遺物レリック保有者ホルダー

 この街に居る遺物レリック保有者ホルダーは、ほぼ全員が輝夜の身内、味方関係の人間である。

 それを除けば、新しくこの街にやって来た、”バルタの騎士”しか存在しない。



 ならば、バルタの騎士の一人が、自分に悪魔バトルを挑んてきたのか。それだけでも、十分に疑問を抱くことだが。

 問題は、対戦相手の名前である。


 ”マドレーヌ・クライン”。


 どんな相手なのか、輝夜には想像もつかないが。マドレーヌという名前には、少々覚えがあった。




 アリサの回想話にも登場した遺物レリック保有者ホルダー

 アリサを最初に襲ったという、赤毛の少女。


 もしもこの対戦相手が、”その話の人物”だとしたら、また疑問が湧いてくる。


 だがしかし、今考えても仕方がない。

 たとえ、どんな敵が相手でも。戦って勝てば、何の問題もないのだから。


 隣りにいるパートナーは、それを100%可能にしてくれる。

 そんな自信から、何の不安も抱かない輝夜であったが。




「ねぇ」


「うん? どうかしたか?」




 頼れる味方、最高戦力。

 そんなドロシーが、いつもと変わらない瞳、いつもと変わらない声で、輝夜に問いかける。





「――もしも、もしもの話よ? もしもわたし達の”運命”が違って、敵同士の関係で出会ったとしたら、どうなっていたかしら」


「……どういう、意味だ?」





 不意に来た質問。

 しかしその内容は、輝夜の想定、理解の外にあるものであり。


 戸惑い、体がこわばる。





「そうね。なら、違う言い方で。――”今回とは違う出会い方だったら”、どうしたかしら」


「……え」





 今回とは、違う。

 今回とは、どういう意味か。


 輝夜はそれを知っている。




「それ、は」


「……」




 いつもと変わらない、ドロシーの瞳。

 けれどもそれは。


 まるで、”全てを見透かしている”ようで。

 




「お前、まさか。前回の記憶が――」






 輝夜が問おうとした、その瞬間。


 ”空の色”が、変化した。





 空というよりも、世界というべきだろうか。

 周囲一帯の、雰囲気が変わるような。



 空が青く染まり、何かがこの一帯を包み込んでいく。




「これは?」


「……多分、月避けの結界ね。ある程度”力のある悪魔”なら、可能だと聞いたことがあるわ」




 輝夜とドロシー。


 確実に、話すべきことがある。

 それは紛れもない事実だが。


 今は、目の前の問題に対処する必要があった。






「……来たか」




 河川敷へとやって来たのは、輝夜の”想像していた通りの人物”であった。




 ”真っ赤なツインテール”が特徴的な、中学生程度の少女。


 不良が木刀を持つかのように、月避けの傘を肩にかけ。


 敵意剥き出しの表情で、こちらを見つめている。




 ソロモンの夜を開き、間違いないと確信。

 彼女こそが、今回の悪魔バトルの相手。


 マドレーヌ・クラインである。




「さてと。やっちまおうぜ、”ウヴァル”」


「――おぅよ」




 アリサの言っていた話と、全く同じ。


 マドレーヌのパートナーであろう悪魔。

 くすんだ赤髪の青年、ウヴァルがその姿を現した。


 ひしひしと感じられるプレッシャーは、紛れもなく”魔王級”。




「……中断させずに、最後まで聞けば良かったな」




 今さらながら、輝夜は昼休みのことを後悔する。



 アリサの回想話が確かなら、目の前に現れた2人は、彼女と戦ったはず。

 戦ったのならば、どちらかが勝者で、どちらかが敗者になるはず。



 アリサが敗者なのはあり得ない。

 なぜなら、彼女は未だに遺物レリックを所有し、魔王グレモリーと契約しているのだから。



 ならどうして、マドレーヌとウヴァルというペアが、未だにこの世に存在し。

 そして今、自分たちに勝負を仕掛けているのか。



 分からない。

 今の自分には、分からないことが多すぎる。





『――これより、悪魔バトルを開始します』





 日が完全に落ち。

 人気の無くなった河川敷にて。




 心揺れる輝夜のもとに、新たな脅威が襲来した。





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