リミット・オーバー






――じゃあ、わたしの口から。






 それは、ほんのひと月前。日本から遠く離れた大陸にて始まった、もう一つの戦い。

 古の宿命を背負った少女、”アリサ・エクスタイン”の物語。




「あのヤブ医者め。次ふざけたこと言ったら、絶対ブッ殺してやる」


「ら、ランスくん。先生だって、悪い人じゃないんだから。そんなこと言っちゃダメだよ」




 金髪の少女と、青髪の少年が病院の中から出てくる。


 アリサ・エクスタインと、その幼馴染であるランス・ロンゴリア。

 ランスの指には、王の指輪が備わっているものの。アリサの指には”無かった”。


 こうやって、ともに病院に通うのは、もうお馴染みの光景。誰もが恐れる不良少年も、アリサの前では不思議と穏やかに見えた。




「また、しばらく課題とか手伝ってもらうけど、本当にごめんね」


「うるせぇ。仕方がねぇんだから、謝んじゃねぇよ」


「……うん。ごめんね」


「ったく」






 月より呪いが降り注ぎ、悪魔が地上に現れるようになった世界。


 悪魔の存在も、無論人類の脅威ではあるものの。

 人々を蝕む大きな問題は、もう一つ。


 ルナティック症候群。

 月の呪いによって生じる、抗いようのない悪夢の病。


 投薬治療も意味をなさず、唯一症状を抑えることが可能なのは、脳インプラントによる”夢の上書き”のみ。


 脳インプラントを必要とするステージ2の患者は年々増加傾向にあり。その分、手術も行われてきたのだが。

 やはりどんな治療にも、100%などはあり得ず。


 脳インプラント手術の失敗。

 及び、”後遺症”に悩まされる患者も多く存在していた。




 そして、アリサもその1人。




 後遺症の中では、まだ軽いほうだが。

 満月が近づくにつれ、アリサは”文字が読めなくなる”。


 脳インプラントに有りがちな後遺症の1つ、”失語症”である。


 今まで読めていた文字が、急に読めなくなる。理解ができなくなる。

 人体に直接の害を与える後遺症ではないものの、やはり私生活での不便は避けられない。




 失語症を発症するたびに、アリサはランスに多くの補助を頼んでいた。


 家族間での付き合いがあるから、友達だから、幼馴染だから。

 そういった事情を加味しても、やはり一方的に助けられるというのは、アリサにしても心苦しいものがあった。






「じゃあ、何かあったら連絡しろよ」


「うん。じゃあ、また明日ね」




 アリサとランスは、家も隣同士。

 ずっと昔、小さい頃からのお友達。


 引っ込み思案のアリサであるが。彼女が唯一心を開けるのが、近所でも有名な不良少年だというのだから、なんとも不思議な話である。


 今日もいつも通りに、またねの挨拶を交わして。2人はお互いの家へ。

 今日が、”運命の変わる日”だと、心にも思わぬまま。















「……どうしよう」




 夜、月が地上を照らす時間帯に、アリサは困っていた。


 脳インプラントの不調。失語症に関しては、すでに受け入れていたのだが。

 今日に関しては、不運にも問題がもう一つ。


 脳に埋め込まれたチップ、あるいはパーソナルアダプターの不調か。

 アリサの脳インプラントを、パソコンが認識しなくなっていた。


 つまり、ユグドラシルへの接続も、夢データの起動も不可能という状況であり。

 今の彼女には、悪夢に抗う手段が失われていた。




 以前より、失語症という後遺症は有ったものの。

 パソコンとの接続不良など、今日が初めての経験である。


 すでに時間帯も遅いので、アリサは詰んでしまっていた。




(ランスくんに電話。……ううん。こんなこと、相談してもどうしようもないし。自分でどうにかしなきゃ)




 月が見せる悪夢は、とても恐ろしいもの。だから誰もが苦しみ、脳インプラントという技術に頼っている。

 アリサにとっても、それは同じだが。今日という1日だけは、何とか1人で耐えてみようと、そう決意した。




「よーし! こうなったら、大掃除でもしよっかな」




 悪夢で寝られないなら、他のことで気を紛らわせればいい。

 外に出るのは、月避けの傘が必要だから、家からは出ずに。


 出張中の両親を驚かせるためにも、アリサは家中の大掃除を決行することに。

 一晩もあれば、きっと凄く綺麗にできるはず。そんなモチベーションで、アリサの夜更かしは始まった。








 近所迷惑にならないように、掃除機などは使わず。少女は1人頑張り、物を動かし、箒を使い。隅から隅まで綺麗にしてやろうと、深夜テンションで奮闘する。


 眠らなければ、悪夢なんて怖くない。明日病院に行けば、きっと不具合も治してもらえるはず。

 だからアリサは頑張って、頑張って、孤独な夜を過ごしていく。





 そんな、さなかだった。


 この家に、”訪問者”が現れたのは。





 コンコンと、玄関からドアノックの音が聞こえてくる。




「あっ」




 もしかして。自分が夜更かしをしているのを察知して、幼馴染のランスが訪ねてきたのだろうか。

 そんな考えで、アリサは小走りで玄関へ向かい。


 何の警戒心もなく、ドアを開けてしまった。




「……え」




 ドアを開けて。

 そこに立っていたのは、月避け傘をさした”見知らぬ少女”。



 背の高さからして、アリサよりも年下であろう。

 真っ赤なツインテールが特徴的な、可愛らしい少女。


 少女はアリサの顔を見ると、まるで小悪魔のように微笑んだ。




「よぅ。お前、ここの住人? 他に家族は?」


「......えっと。わたしは、一人娘で。両親は今、出張中なんだけど。それが、どうかしたの?」




 なぜこんな少女が、こんな時間に、この家にやってきたのか。そんな疑問など投げ捨てて、アリサは少女と言葉を交わす。


 相手の持つ”悪意”に、微塵も気付かずに。


 少女は、笑みを浮かべると。




「そっか。ならまぁ、上がらせてもらうぜ」




 有無を言わせず、アリサの家に上がってきて。




「ええっ!? ちょっと、急にどうしたの!」




 相手が年下の少女とはいえ。こんな時間に、知らない人を無条件に家に入れる訳にはいかない。

 アリサの中で、そんな常識的な思考が働き。


 とっさに、少女の腕を掴んだ。


 すると、その瞬間。




「ッ」




 まるで、全身に電気が走ったような。

 不思議な感覚が、アリサを襲った。




「……あぁ?」




 どうやらその感覚は、赤毛の少女も感じたらしく。

 少女はここに来て初めて、アリサを”危険因子”として認識した。




「んだよ、テメェ。遺物レリック持ってねぇくせに、魔力使えんのか?」


「え? えっと、その。言ってる意味が……」




 少女から向けられる敵意。しかしアリサには、何一つとして理解ができず。

 対する、少女の敵意は止まらない。




「気が変わった。とりあえずお前、ぶっ飛ばすぜ」




 少女は、持っていた月避けの傘を投げ捨てると。

 右の拳を握りしめ、そこに”魔力”を込め始めた。


 王の指輪が、キラリと輝く。


 ほのかに赤く見える、細かな粒子の塊。それが魔力であると、アリサは何も知らず。

 それが”自分に向けられるもの”だと、当然理解もできず。




「まぁ、デコピンで勘弁してやるよ」




 少女はアリサに近づくと、その額に、魔力のこもった右手を向け。


 かなり強烈な一撃を、叩きつけようと――




――その寸前。




「させっかよ!!」




 青髪のお隣さん。

 ランス・ロンゴリアが、アリサの窮地へと駆けつけた。



 月避けの傘を、まるで剣のように構え。

 その先端には、鋭い白銀の魔力が煌めいていた。




「ッ」




 想定外の横槍に、赤髪の少女は反応できず。

 しかし、彼女の”指輪の中の存在”が、その代わりを果たすべく顕現。




 ランスの放った傘による一撃を、たやすく素手で掴み取った。




「チッ」




 この一瞬で、ランスは敵と自分の”戦力差”を認識。


 とっさに距離を取ると、アリサを守るように、2人の敵と対峙した。





「油断大敵だぜ、マドレーヌ」


「うっせぇ、カス。テメェが居んだから、問題ねぇだろ」




 赤髪の少女の名は、どうやら”マドレーヌ”と言うらしい。その凶暴さとは似つかわしくない、とても可愛らしい名前である。


 だが問題は、もう片方。

 マドレーヌにカスと呼ばれた、彼女の”契約悪魔”の方。


 痩せ型で筋肉質。マドレーヌと比べると、地味な赤毛を無造作に。

 その目つきや表情は、まるで野生の獣のように鋭い。




 今の自分では、逆立ちしても勝てない相手だと、ランスは一目で理解した。


 ゆえに彼も、”同じ力”で対抗するしかない。




「――来い、”アモル”」



 ランスの有する指輪が輝き。彼の契約悪魔が、その姿を現す。

 



「……随分と、面倒な場面に呼び出したのね」




 アモルと呼ばれたその悪魔は、幼い少女の姿をしていた。

 雪を思わせるような真っ白な髪に、穏やかな表情。

 しかし彼女も、れっきとした悪魔である。






 悪魔と契約した遺物レリック保有者ホルダーが、堂々と正面から対峙する。

 しかも、こんな真夜中の時間帯に。


 ゆえに、互いのアプリが起動した。




『条件を満たしたため、強制的に悪魔バトルを開始します』




 ソロモンの夜。

 それは謎に包まれた、始まったばかりの戦い。



 しかし、ランスもマドレーヌも、戦いへの躊躇は微塵も存在しなかった。



 片や、大切なものを守るために。

 片や、己の欲望のために。



 エクスタイン家にて、悪魔バトルが始まった。






「アリサ、テメェは外に逃げてろ! 死んでも戻ってくるんじゃねぇぞ!」




 そう言って、ランスはアリサに月避けの傘を投げ渡す。


 しかし当然ながら、アリサには何一つとして理解ができない。




「で、でも、ランスくん。わ、わたしがどうにかしないと」


「うるせぇ! ”クソ欠陥女”が、目障りなんだよ!」


「ッ」




 クソ欠陥女。

 それは、アリサの胸に深く突き刺さる言葉であり。


 涙を、滲ませながらも。

 アリサは傘をさし、家の外へと逃げていった。





 残されたのは、人間が2人と、悪魔が2人。

 互いに目的が違う以上、戦うしかない両者である。





「あれで良かったの? 思ってもないこと、口にしちゃって」


「......黙ってろ」




 アモルは、ランスの契約悪魔である。

 その契約は以前からのものであり、アリサとランスの関係も、誰よりも近くで見てきた。


 しかし守るためには、ただ優しいだけはいられない。




「あっちの悪魔、たぶん”魔王級”よ」


「あぁ、だと思ったよ」




 ランスは、それなりに魔力を扱うことができ。

 パートナーであるアモルも、理知的で強力な悪魔である。


 だからこそ、分かってしまう。


 眼の前に立っている少女。

 その契約悪魔は、今まで対峙したことのないレベルの”化け物”であると。



 分かっていても、ここで引く訳にはいかない。

 男である以上、立ち向かわなければならない。




「ウヴァル、蹂躙してやんな!」


「おぅよ」




 月明かりの照らす、とある一軒家で。


 2つの陣営が、衝突した。

















「はぁ、はぁ、はぁ」




 月避けの傘をさしながら、アリサは走った。


 どこまで、どこまで走ればいいのか。それすらも分からずに。

 ただひたすらに、彼女は息を切らしながら走っていた。




 小さい頃から、優しかった幼馴染。

 髪を青く染めて、喧嘩もしたりする不良だけど。

 それでも、自分には優しかったそんな彼が。


 ”あんな酷い言葉”を、言うなんて。




「ッ」




 そう思った瞬間、アリサの足は止まっていた。


 違う。絶対に違う。

 彼は、ランスはそんな言葉を言ったりしない。




「……ランスくん」




 自分を守るために、彼はあんな言葉を口にした。

 そうでもしないと、逃げてくれないと思ったから。



 赤髪の少女は、あの家に”何か”を求めてやって来た。

 それが何かは分からない。

 アリサは普通の少女である。お金持ちでも、特殊な環境で育ったわけでもない。



 だがしかし。あの家にある何かを巡って、大切な幼馴染が戦おうとしている。

 いや、すでに戦いは始まっていた。




 落ち着いて耳をすませば、聞こえてくる。




 戦いの音が。

 力の波動が。

 悲劇の兆しが。




 ”それを止めろ”と、心臓が鼓動を上げている。




 気がつくと、アリサは走り出していた。















「……うそ」




 アリサが戻ってくると、そこに家は存在しなかった。


 あるのは、大量の瓦礫の山と、破壊の痕跡のみ。



 そして、その上に。



 傷を負いつつも。

 未だ健在なランスと、その契約悪魔であるアモル。


 それと対峙する形で、マドレーヌとウヴァルが立っていた。





 アリサの家は崩壊し、ランスとアモルに怪我こそあれど。


 それでも双方の力は、ある程度”拮抗”しているように見えた。





「オイッ、ウヴァル。なにチンタラしてんだよ。テメェ、魔王並みに強いとか言ってなかったか?」


「......なぁに、嘘は吐いちゃいねぇさ。ただ向こうも、”それ”に匹敵する実力者だった、って話だ」




 たとえ知名度がなくても、他者に知られていなくても。

 魔界には未だに、”埋もれている強者”が存在する。


 その1人が、ここに居ただけの話。




「しっかしまぁ、夜明け前にケリを着けねぇとな」




 ウヴァルの纏う雰囲気が変わり、魔力が爆発的に上昇し始める。




「……ランス。これはもう、”本気でヤバい”わよ」


「……」




 ランスもアモルも、すでに全力を出し切っていた。

 年季の入ったコンビネーションで、魔王にも匹敵する相手と、互角に渡り合うほどに。


 しかし相手の実力には、さらに”その先”が存在していた。




「あなたと別れるのは、ちょっと寂しいけど。いっそのこと、降伏でもしたほうが……」


「それは、あり得ねぇ」





 ランス・ロンゴリアは、”バルタの騎士”の末裔である。


 幼馴染のアリサ、”何も知らない”エクスタイン家とは違い、全ての歴史を受け継いでいる。


 先祖が犯した罪と、その贖い。

 ゆえにロンゴリア家は、1000年以上にも渡ってエクスタイン家を守り続けてきた。

 自分の代で、それを終わらせる訳にはいかない。


 こんな”意味不明な戦い”で、無かったことにはさせたくない。



 そして、何より――





「――ランスくん!」


「ッ、テメェ。なんで、戻ってきやがった」




 ”彼女アリサ”という存在が、ランスという男を狂わせる。


 一族の罪など、もはや関係無しに。




「説明してよ! どうしてわたしが狙われたのか、どうしてランスくんが、そうやって戦えるのか!」


「……うるせぇ」


「あと、家が粉々になってるけど、それも不思議な力で直せるの?」


「……直せねぇ」




 敵が、目の前に。


 ウヴァルと呼ばれた悪魔が、禍々しい力を解放させていく。


 それと、対峙しなければならないのに。

 アリサの声が、心を揺らしてくる。




 ランスが、そうして焦っていると。

 瓦礫の山を登って、アリサが彼のもとへと駆け寄ってきた。




「テメェ、来んじゃねぇ!」


「どうして!?」


「足手まといだからだよ、このグズ!」


「そんな酷い言葉、いつも使わないじゃん!」




 そうやって、言い争う2人とは違い。




「ちょっと、お二人さん。このままじゃわたし達、まとめて殺されるわよ」



 ランスの契約悪魔、アモルは冷静であった。




「ランス。もう意地を張るのは止めて、彼女の力を借りてみたら?」


「……」


「彼女が悪魔を召喚すれば。場合によっては、勝ちもあり得るわよ」


「チッ」





 アモルの言葉に、ランスは冷静さを取り戻す。


 だがしかし。

 彼には、”そもそもの懸念”があった。





「アリサ、”遺物レリック”はどこにある?」


「……れりっくって、なに?」


「……だと思ったよ」





 バルタの騎士の末裔。

 その筆頭、”エクスタイン家”である以上、この崩れた家のどこかに、遺物レリックは存在するはず。


 何よりも、”それ”を求める敵が現れたことが、実在性を確かなものにしていた。


 しかし、ランスは知らなかった。

 この家のどこに、受け継がれし遺物レリックがあるのか。


 幼馴染として、何度もこの家に出入りしているものの。

 ランスは一度も、神秘の類を感じてこなかった。





「お前の家の家宝とか、一番大事な物とか、それらしいのは無いのか?」




 自ら持つ、王の指輪を見せながら、ランスが尋ねるも。




「えぇ〜? それって、えっと、貯金箱みたいな?」


「……」




 これはもうダメだと、ランスは悟った。






「――オイこら。茶番は終わったか?」






 アリサとランスが、長々と話をしている間に。

 どうやら向こうは、全ての準備を終えたようで。


 苛ついたマドレーヌの隣には、”禍々しい鎧”を身にまとった、悪魔ウヴァルの姿が存在していた。




 言葉にするならば、”暗黒騎士”という表現がしっくりと来る。


 絶望を告げる、絶対的な強者。




 これまで、健闘を見せたランスとアモルのペアでも、まるで太刀打ちできない。

 無言の圧力が、それを物語っていた。




「アリサ! 今すぐここから――」


「――おせぇよ」




 暗黒騎士は、雷のような速度で移動し。

 禍々しい魔力を纏った剣を、横薙ぎに振るおうとしていた。


 ランスとアモル、その両方を仕留めるために。




 だがしかし、





「――ダメ!!」





 それを守るように、アリサが動いていた。

 誰よりも速く、動いていた。


 ランスも、アモルも反応できなかったのに。

 まるで突き動かされるように、彼女は前に踏み出していた。




 それに、”呼応”するかのように。




 崩れ去ったエクスタイン家。


 その瓦礫の山から”強烈な光”が生じ、暗黒騎士ウヴァルを、弾き飛ばした。




「......んだよ、そりゃ」





 ウヴァルを弾き飛ばし。


 アリサの目の前に現れたのは、”錆だらけの剣”。





 一切の神秘を感じないものの。

 柄の部分が、微かに”黄金の輝き”を放っていた。





「……これって。地下室にあった、ガラクタの」





 その剣には、アリサも見覚えがあった。


 決して、家宝などという代物ではない。


 ただ古いから、昔からあるという理由で、家の隅に置きっ放しになっていたモノ。




 ”かろうじて”、今まで捨てられてこなかった。


 そんな錆だらけの剣が、ここに来て輝きを放っていた。





――すべては、この時のために。





 アリサは導かれるように、その錆だらけの剣に手を伸ばし。


 持ち手を、握った瞬間。





 ”聖剣”が、起動した。





 封印が解かれるように。

 止まっていた時が、動き出すように。


 聖剣はアリサを担い手として受け入ると、すぐさま本来の力を取り戻した。





『――”カリバーン”、起動。”疑似融合デミ・フュージョンシステム”発動のため、遺物レリックによる悪魔召喚を行います』





 来るべき戦いのために、用意された魔法式プログラムが動き出す。


 聖剣の担い手、アリサを中心に、召喚の光が煌めいた。




 すると、






「――あぁ。何とも、奇妙な運命だな」






 遺物レリックに、アリサの運命に導かれて、1人の悪魔が召喚される。



 それは、魔王と呼ばれる者。

 真紅のドレスを身に纏う、残酷で美しい女王。



 悪魔、”グレモリー”の顕現である。





「そうは思わないか? ウヴァル」


「……まっ、こういうことも、あるんじゃないっすか?」





 別の人間、異なる勢力に召喚された、2人の悪魔。

 しかし彼らには、どうやら面識があるらしく。




「おい、ウヴァル。あの悪魔、テメェの知り合いなのか?」


「あー、その。なんて言ったらいいのかねぇ」




 バツの悪い質問に、暗黒騎士は言葉が詰まらせる。




「端的に言えば。魔界における、俺の上司だな」


「はぁ!?」




 予想外の回答に、マドレーヌは驚愕した。




「そんなんアリか!? じゃあお前、もう”役立たず”じゃねぇか」


「……」





 上司と部下。

 魔王と、それに仕える騎士。


 グレモリーとウヴァルは、そうとしか表現できない間柄であり。

 ”本来であったなら”、敵対することはあり得ない。



 だがしかし、今回に限っては”例外”であった。





「マドレーヌ。確かに、俺とクイーンは100%の味方同士だが。......”遺物レリックの契約”がある以上、俺はお前さんの命令に逆らえねぇ」





 たとえ、相手が自らの敬愛する魔王であろうと。

 暗黒騎士は、その剣を下ろしはしない。





「戦えって言うなら、喜んでやってやるぜ!」



 むしろ彼は、この状況を楽しんでいるように見えた。





「……まぁ、貴様ならそう来るだろうな」




 グレモリーも、ウヴァルの叛逆に驚きはしない。

 彼に戦いに挑まれたのは、これが初めてではないのだから。





 ”純粋なる魔王”と。

 それに匹敵する、”暗黒騎士”が対峙する。





 もはや、家が粉々になるという次元ではない。

 周囲一帯を吹き飛ばすような、恐ろしき戦いの兆し。





 そんな、さなか。





『悪魔とのリンクを確認。”疑似融合デミ・フュージョンシステム”、発動します』





 アリサの手にする聖剣が、その真価を――

















「――いや、ちょっと長いな!?」


「……えっ、あ。ご、ごめんなさい」




 アリサによる回想話は、輝夜の一言によって中断させられた。






 時計の針は、アリサが話し始めてから、かなり動いてしまっている。



 けれども、輝夜の弁当箱の中は、あまり減っておらず。

 アリサの持つサンドイッチも、同様であった。





「早く食わんと、”昼休み”が終わるぞ?」


「あっ、そうだった!」





 学校のお昼休みには、時間制限というものが存在する。


 ゆえに、アリサの回想話は、とりあえず中止となった。





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