輝夜の憂鬱






「はーい、それでは皆さん。今日はとっても素敵なサプライズがあります!」




 神楽坂高校、1年1組。紅月輝夜の所属するクラスであり。

 今日も担任の女教師が元気よく。いや、いつも以上にテンションが高めであった。




「なんと。このクラスに、”新しいメンバー”が2人加わることになりました〜」


――おおー!




 教師の発表に、ザワつく生徒たち。

 6月も始まったばかり、こんなタイミングで転校生がやって来るのか。それも、この教室に2人も。

 かなりのサプライズであり、ほぼ全ての生徒が関心を向けるのだが。




「……」




 紅月輝夜は、真剣な表情で1枚のプリントを見つめており。クラス内のビッグウェーブに乗っていなかった。


 輝夜が見つめているのは、”体育祭の種目”について書いてあるプリント。

 大縄跳びを始めとする全員参加の競技に、リレーなどの選択種目など。

 それらの内容を、異常なまでの真剣さで見つめている。




「じゃあ、2人ともカモンだよ〜」


――おおー!!




 転校生の登場に、教室内のテンションはさらに上昇。


 しかし輝夜は、それどころではなかった。




「ッ」




 一つ一つ種目を眺めては、深刻そうな表情で首を振り。

 それでも諦めきれずに、可能性を模索し続ける。





「アリサ・エクスタイン、です。えっと、出身地はミズーリで。……えっと、その。よろしくお願いします!」





 ”可愛らしい金髪の少女”に、教室の雰囲気がほんわかとなり。




「ランス・ロンゴリア。特に言うことはねぇ」




 ”派手な青髪の不良少年”に、教室の空気が凍ったり。

 そんな中でも、輝夜は自分の問題が最優先であった。




 ”黄金の指輪”を身につけた、2人の転校生に。

 いずれ来るだろう、ジョナサン・グレニスターとの決戦。



 ”そんなことよりも”、輝夜には立ち向かうべき問題があった。




(……恥を、かきたくないっ)




 自分の運動音痴さを、多くの人々に見られる。

 そんな”体育祭”というイベントが、輝夜には何よりも恐ろしかった。

















 異国からやって来た、2人の転校生。

 アリサとランス。


 自己紹介の印象通り、アリサという少女は人当たりもよく。すぐにクラスメイトたちが集まり、軽いお祭りのような状態になっていた。

 その一方、ランスの周囲には人が寄ってこない。あれほど睨みを利かせているのだから、当然といえば当然なのかも知れない。


 そんな、対照的な転校生2人を、善人と桜は後ろの席から眺めていた。




「......あの2人、間違いないよね」


「うん。昨日連絡があった、”例の騎士団”の人だと思う」




 桜の言葉に、善人も肯定する。


 2人とも、転校生の存在には驚いていなかった。

 彼らがこの学校にやって来ることも、遺物レリック保有者ホルダーであることも、すでに”知っていた”のだから。




「流石に、今は話せそうにないね〜」


「……昼休みに、屋上に誘うべきかな?」


「あー、そだね。かぐちもそう考えてそうだし」




 ホームルームが終わっても、紅月輝夜は自分の席から微動だにしていない。

 その背中は2人にとって、とても頼もしく見えていた。















 転校生の存在に、盛り上がる教室内。

 そんな中で、変わらずにプリントを睨み続ける輝夜のもとに、訪問者が1人。




「いやー。それにしても、転校生が2人だなんてね」


「……ん?」




 やって来たのは、クラスメイトで友人の、黒羽くろばえる。

 彼女に話しかけられて、ようやく輝夜はホームルームが終わっていたことに気づいていた。




「……転校生?」


「……なるほど、そう来たかぁ」




 黒羽えるは、賢い少女である。今の輝夜の反応で、だいたいの事情を察することができた。


 この子は体育祭のプリントに夢中で、ホームルーム中の記憶が無いのだと。


 その集中力を、褒めるべきか、哀れむべきか。

 ともかく黒羽は、2人の転校生について、改めて輝夜に説明した。




「……確かに、金髪と青髪、外国人が増えてるな」



 ここに来て、輝夜は転校生の存在を認識。



「逆に疑問なんだけど。一番前の席なのに、何も聞いてないなんて、可能なの?」


「……まぁ、これも一種の才能だな」




 輝夜は一つのことに集中すると、周囲が見えなくなるタイプだった。

 決して、自慢できることではない。




「それ、体育祭のプリント? どうして、ずっとにらめっこしてるの?」


「……それが、だな」




 輝夜は、非常に深刻そうな表情で。





「――”家族”が、見に来るんだ」





 どうでもいい事実を、告白した。




「……そう、なんだ」



 黒羽も、反応に困ってしまう。




「くそっ。”優しい姉”になったことで、まさかこんな事になるなんて」








 それは、今朝の出来事。

 いつもと変わりない、紅月家の食卓にて。




『そういえば』


『どうした?』




 影沢が洗い物をしている最中。

 朝食をとりながら、輝夜が朱雨に対してつぶやいた。




『お前、巨乳が好きなのか?』


『ッ!? お前、なんで』


『なんでって。それはもちろん、夢データの中に、お前の秘蔵データっぽいのが残ってたからだよ』


『……......遅かった、のか』




 自分のミス。

 最悪の事実を、朱雨は悟った。




『まぁ、そう気にするな。わたしも、理解のある姉だからな。お前の秘密を知ったところで、誰かにバラしたりはしないよ』


『その設定、今日も生きてたのか』


『設定とは失礼だな。わたしも、もう子供じゃないってことだよ。豊かな心を持ち、包容力のある姉として、”愚かな弟”を導いていく、みたいな』


『……』




 調子に乗った、その一言に。おそらく朱雨も苛ついたのだろう。

 彼も、反撃に打って出る。




『そういえば、お前もうじき体育祭だったよな』


『それが、どうかしたのか?』


『いいや。今までだったら、気にすることもなかったが。お前が優しい姉になったなら、弟の俺も、しっかり駆けつけるべきじゃないか?』


『……いや、大丈夫だ。別に来なくていい』



 バツの悪そうに、輝夜は顔を背ける。



『まさか。”魔力を使ってインチキ”とか、したりしないよな?』


『……』




 この瞬間。

 輝夜の中で、体育祭の難易度が大きく跳ね上がった。








「――というわけで、わたしは体育祭で死ぬかも知れん」


「えっ。そこまで断言しちゃう?」




 ただ、弟が体育祭を見に来る。

 それだけにしては、輝夜の反応は深刻すぎた。




「もしかして。紅月さん、体育祭で魔力を使うつもりだったの?」




 黒羽の一言に、輝夜はすっと目を閉じる。




「……そんな、派手にやるつもりじゃなかったんだぞ? わたしのカスみたいな運動能力を、大人数に見られるのが恥ずかしいから。”ちょっと”魔力を使って、人並みのパフォーマンスをやるつもりで」


「確かに。このクラスの人は、ほとんど紅月さんの”残念さ”を知ってるけど。学校全体で考えたら、まだそのイメージもないのかな?」




 これまでに何度か、輝夜も体育の授業に参加して。1年1組の中では、”圧倒的な運動音痴”と認識されていた。

 体育の時間になると、女子の一部が輝夜専用の日傘とタオルを用意する程度には、もう浸透してしまっている。





 ”体力測定”が、決定打であった。




 握力は10kg。

 ペットボトルの蓋を自力で開けられないレベル。


 上体起こしは3回。

 腹筋なんてなかった。


 反復横跳び、長距離走、シャトルランは、圧倒的な最下位で。


 その後に行った50m走は、ほぼ徒歩に近く。

 立ち幅跳びは、人間よりも小動物の記録に近く。


 ハンドボール投げは、ハンドボール”落とし”にしか見えない、残念な結果となった。




 唯一、体だけは柔らかいのか。長座体前屈だけ、クラストップの記録を叩き出していたが。

 そんな程度では挽回できないほど、輝夜の体力測定は衝撃的であった。




 たとえ、このクラスでドッジボールを行ったとしても、誰も輝夜を狙えない。

 もはやそんなレベルである。






 そして今、体育祭という地獄のイベントが近づこうとしていた。


 担任やクラスメイトたちは、無理をせず、見学でもいいと言ってくれていたが。元より、輝夜はしっかりと参加はするつもりであった。


 1人の高校生として、学校の行事を楽しみたいという気持ちもあるうえ。

 そもそも、影沢舞が応援にやって来ることは知っていたから。


 ゆえに、ほんのちょっとだけ魔力を使って、人並み程度の活躍をしてみようと、今の今まで思っていたのだが。




――まさか。魔力を使ってインチキとか、したりしないよな?




 予期せぬ、弟の参戦により、輝夜のプランは崩れてしまった。

 以前ならともかく、今の朱雨は魔力を感知することができる。つまり、少しでも魔力を使えば、インチキがバレてしまうのである。


 あの弟の前で、インチキをする瞬間など見せられない。

 しかしそうなると、素の体力で挑む必要が生まれ、地獄が決定してしまう。




――来たら殺す。




 今の輝夜優しい姉では、その一言が言えなかった。




 クラス内は、派手な転校生の登場で盛り上がっているが、輝夜にとってはそれどころではない。


 魔力を使って、弟に見下されるか。

 魔力を使わず、体育祭で醜態を晒すか。2つに1つ。


 詰んでいる、この状況に。輝夜の頭はいっぱいいっぱいであった。




 そんな話を聞いて。




「それなら、1つ。紅月さんにオススメの競技があるんだけど」


「……あるか?」




 輝夜の問いに、黒羽は微笑んだ。


















「で、では、改めまして」




 神楽坂高校の昼休み。

 輝夜たちの溜まり場となっている屋上に、今日はメンバーが2人も追加されていた。




「アリサ・エクスタインです。一応、バルタ騎士団のリーダー、やってて。……えっと、その。皆さんと協力できるよう、頑張っていこうと思います」




 素直さを表したような、美しいブロンドの髪に。

 可愛らしくも、整った顔立ち。


 戦いや、騎士という言葉とは無縁そうな美少女ではあるものの。

 彼女の手には、その証である”王の指輪”が輝いていた。




 そんなアリサの自己紹介に、善人と桜は、歓迎するように拍手を行うものの。


 輝夜と黒羽の2人は、”何も知らない”ため困惑していた。




「あっ、そっか。クローバーは、連絡来てないから知らないよね」




 事情を知らない黒羽のために、桜が説明をすることに。




 それは、つい昨日知らされたばかりの情報。

 遺物レリック保有者ホルダーである善人と桜のもとに、同じ文章で送られてきた。


 ソロモンの夜。ジョナサン・グレニスターという脅威に対抗するため、魔王グレモリーとアモンが共闘を決断。

 グレモリーの加担する”バルタの騎士”と呼ばれる者たちが、姫乃へとやって来ることに。


 また、騎士団メンバーのうち2人が、輝夜たちと同年代のため。

 交流を深められるように、神楽坂高校へと転入させることになった。




 以上が、昨日伝えられた情報であり。

 それゆえ善人と桜は、2人の転校生の登場と、王の指輪という存在に驚かなかった。


 流石に、昨日の今日で早すぎるとは思ったが。




「なるほど。つまり、この2人は味方側で。これから紅月さん達と、共同戦線を張るってことだね」


「そうそう。流石、クローバーは理解が早いね」




 王の指輪を失い、すでにソロモンの夜とは無関係。そんな黒羽も、2人の転校生について理解をするものの。


 もう1人。

 輝夜の表情は、何一つ変わっていなかった。





「その情報、初耳なんだが」



――えっ。




 善人と桜は、まさかの一言に戦慄する。




「輝夜さん。流石に冗談、ですよね?」


「そうそう。かぐちに対しては、あのちびネコちゃんが説明したって話じゃ」


「……あー」




 輝夜は、昨夜の事を思い出す。


 確かに、マーク2が色々と喋っていたような気がするが。輝夜は弟の所有する夢データに夢中で、完全に聞き逃していた。

 右の耳から、左の耳へと。




「その、すまん」




 他のことに夢中で、マーク2の話は聞いていなかったと。

 輝夜は、素直に告白した。





「チッ。こんな馬鹿が、テメェらのリーダーかよ」


「ちょっと、ランスくん!? そんな言い方しちゃダメだよ」




 もう一人の転校生。

 青髪の不良少年こと、ランス・ロンゴリアが悪態をつき。


 アリサが、それに注意をしていると。


 彼女の持つ指輪が、淡く輝き。





「――いいや、ランスの言う通りだ」





 アリサの契約する悪魔。

 偉大なる王の1人。



 血に染まったような、残酷で美しい赤髪に。

 女王と呼ぶに相応しい、真紅のドレス。




「同盟相手がこの体たらくでは、わざわざこちらへ来た意味がない」




 魔王、”グレモリー”が顕現した。




 隠しきれないオーラ。潜在的な魔力が、周囲の空気をピリつかせる。


 それは、紛れもない威圧感の塊であり。


 善人と桜は、突然の魔王の出現に、言葉を失っていた。




 だがしかし、



「……」




 真っ向から対峙する輝夜は、顔色1つ変えていない。

 むしろ、逆に睨み返しているようにも見えた。




「お前が、”その金髪”と契約している悪魔か?」


「ああ、いかにも」




 輝夜とグレモリーが、視線をぶつけ合う。


 周囲の温度が、どんどん下がっていくような。

 そんな雰囲気に包まれる。




「ふん。あの男が選んだ人間というだけで、少々過大評価し過ぎたようだな」


「……」


「”見た目の良さだけ”は一級品だが、瞳に意志がまるで感じられない。こんな小娘が、最大の遺物レリック保有者ホルダーとはな」


「……」




 グレモリーの言葉に、輝夜の表情は変わらず。




「どうせ、悪魔の制御すらまともに出来ない、顔だけの――」





 だが、しかし。

 彼女の”イヤリングの中”は、どうやら違ったようで。





 刹那。


 まるで、始めからそこに居たかのように、”ドロシー”が輝夜の隣りに出現しており。


 音もなく、無骨な大剣を一振り。




「――ッ!?」




 グレモリーも、それを瞬時に察知。

 空間が歪むほどの、”極限の魔力障壁”を展開するも。




 ドロシーの大剣は、その障壁をガラスのように叩き割り。


 グレモリーの”首に当たる寸前”で、停止させた。




 一瞬の攻防に、周囲のメンバーは驚くしかない。


 グレモリーですら、首元に迫った”死の恐怖”に戦慄しており。


 輝夜だけが、平静を保っていた。




「……許可のない暴力は禁止。街を歩くときは、普通の人間っぽく振る舞う。お店に入ったら、しっかりとお金を支払う。あと、他の契約悪魔をいじめない」




 ドロシーはすらすらと、言い聞かせられた”約束”を口にする。




「この子はしっかりと、わたし達を制御できているわ。……あなたが、どれだけ崇高な目的を持った、偉大な悪魔なのかは知らないけど」




 その瞳は鋭く、グレモリーを射抜く。




「”雑魚風情”が、わたしのマスターを侮辱しないでもらえるかしら」


「ッ」




 ただ一言、そう言い放って。

 それで満足したのか、ドロシーは再び姿を消した。


 学校生活を楽しむ輝夜を、邪魔しないために。




 その場に残されたのは、プライドを傷つけられた1人の魔王。




 彼女は、悪魔の中でも最上級に位置する存在であり。

 これまでの戦いでは無傷のまま、アメリカで他の遺物レリック保有者ホルダーたちを蹴散らしてきた。


 その事実を、アリサとランスは、誰よりも知っているため。

 今の一瞬の結末に、ただ圧倒されていた。




「……」




 輝夜は、静かに瞳を閉じる。



 思い返せば、自分が別のことに夢中で、話を全く聞いていなかったのが原因なのに。

 ”なにか理不尽な方法”で、解決してしまったような。



 そんな感情が、輝夜の頭の中を駆け巡り。




「……なんか、ごめん」




 彼女たちの出会いは、謝罪から始まった。





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