≒色彩






 それは、どこか。


 遠い場所、深い場所。

 深い深い、海の底。


 人類が立ち入っていない、未開の土地。




 そこで眠り続ける、”1つの宝具”があった。

 それは、”輝きを失わない器”。


 神か、仏が使った器であろうか。人によってはこの器を、”聖杯”と呼ぶこともあるだろう。


 遥かな昔。極東の島国へ向けて、遠い異国より運ばれてきたものの。

 嵐によって失われた、古の聖杯。




 ”■■■姫”が提示した、”■■■■■”、その1つ。

 おとぎ話として忘れ去られた、遠い昔の恋物語。




 多くの生命にとって、立ち入ることのできない深海の領域。

 そこに、近づくものが1人。


 それは、人間の女。

 古めかしい洋服を身に纏う、美しい金髪の美女。


 彼女はまるで宙を漂うように、深海の底を移動していた。




 彼女が近づくにつれ、”古の聖杯”が輝きを増していく。

 共鳴するように、鼓動を放っていく。


 女性の首にかけられた、”貝殻のようなネックレス”が、その理由であろうか。




 遠い昔のおとぎ話。

 結果として1つも集まらなかった、■■■■■。


 けれども、およそ1300年の時を越え、そのうちの2つが女性の手に。


 ”魔女”の手に。




 確かにその瞬間、”運命”が歪曲した。

















「こーら」


「あいたっ!」




 ポンっと頭を叩かれて、輝夜は目を覚ました。


 今は午後の授業中。

 けれども輝夜はすやすやと眠っていたため、担任の女教師によって起こされてしまった。




「ご、ごめんなさい、紅月さん。軽めに、ポンってしたつもりだったんだけど」




 あまりにも輝夜のリアクションが大きかったため、教師も驚いてしまう。

 その”一瞬の隙”を、輝夜は見逃さない。




「先生。わたしは非常に身体が弱いので、下手したら頭蓋骨が砕けてましたよ? これでもし成績が下がったら、先生のせいですから」


「……はい。しゅみません」




 無論、教師は軽くポンっとしただけなので、輝夜は特に痛みを感じなかった。

 ただ飛び起きたから、反射的に、いたっと言ってしまったに過ぎない。


 とはいえ、居眠りという自分の罪を隠すために、輝夜は教師を脅した。

 この行為によって、輝夜の授業態度の悪さが保護者の耳に伝わったのは、もはや言うまでもないだろう。















 放課後。

 輝夜、善人、桜の3人は、ともに校門へ向かって歩いていた。




「そういえば、珍しいよね。かぐちが居眠りなんて」


「確かに。輝夜さん、授業中の姿勢だけは立派なのに」


「……姿勢良くしてないと、ケツが痛くなるんだよ」




 普通に生きているだけでも、輝夜は体にガタが来るので。マットや背もたれなどを駆使して、非常に姿勢良く授業を受けていた。

 とはいえ、相変わらず授業の内容は入ってこない。


 そんな輝夜であったが、今日は珍しく居眠りをしていた。




「なんかここ最近、”変な夢”を見るというか、な」


「えっ。もしかして輝夜さんも、ルナティック症候群に?」


「いや。悪夢ってほどじゃないというか。なんか、変な電波を受信してるような」




 輝夜はここ数日、言葉にできない、奇妙な夢を見るようになっていた。

 今日見たのは、”深い海の底”で何かを拾うような、そんな不思議な夢。




「まぁ。かぐちもほら、脳インプラントしてるから。そういうこともあるんじゃない?」


「あぁ……」




 忘れがちではあるが。ルナティック症候群の人間、それに輝夜は、脳に特殊なチップを埋め込まれている。

 それが夢の原因であると、輝夜は勝手に解釈した。




「そういえば、わたし。この間からずっと調子が良いというか。夜の時間帯になっても、悪夢を見る気配すら無いんだよね〜……もしかして、治ったのかも」


「……」



 そんな桜のつぶやきを聞いて、輝夜は思い出す。


 不動連合、ジョナサン・グレニスターとの一件があった夜。

 眠っている自分の手を、桜がずっと握っていたことに。


 輝夜は、色々と察した。




「それは、あれだな。わたしに長いこと触れてたから、月の呪いに耐えられるようになっただけだな」


「あっ、なるほど」



 輝夜と善人は、それで納得するも。



「えっ? なにその設定」




 桜は、まるで理解していなかった。

 仕方がないので、ここだけの秘密として事情を説明することに。




「ここだけの話。実はわたしは特別な体質でな、月の呪いを無力化できるんだよ。だから善人も、最近は悪夢を見てないらしい」


「えぇ〜? ほんとに?」


「うん、一応ね。僕の体感だと、1週間くらいは耐性が保つ気がする」


「えぇ……じゃあ、なに? もしかして2人って、定期的にナニカやってるの?」


「ナニカって! そんな変なことしてないよ」




「あぁ、その通り。健全も健全。――まぁいわゆる、”JKリフレ(?)”、ってやつだな」




「……え」




 果たして、その言葉の意味を真に理解しているのか、それは不明だが。

 輝夜は、とんでもない一言をぶっ込んだ。


 桜の距離が、少しだけ2人から離れる。




「ご、誤解だよ? 誤解。……確かに、ある種のリフレッシュかも知れないけど。ゲームのついでとかに、軽く触れてもらってるだけだから」


「そうそう。ちなみに、足でのプレイが基本だな」


「……」




 桜の距離が、さらに2人から遠ざかる。



 輝夜は、何食わぬ顔でベラベラ喋るので。

 善人が誤解を解くには、かなりの労力が必要であった。





「で、かぐちに触ってもらうのに、なにか対価とか要るの?」


「ん? そんな必要はないぞ。まぁ、友だちだからな。たまにジュースでも奢ってくれればいい。あっ、お菓子でもいいぞ?」


「……輝夜さん、そういう部分では優しいから」




 お菓子やジュースを貢ぎ、時々無茶な命令をされ、その対価として”安眠”を与えられる。


 輝夜と善人は、健全な契約を結んでいた。




「かぐち、かわいい〜」


「……お前の場合は、現金だな。とりあえず、1時間1000円くらいで」


「うわっ、ケチ!」




 そんな、くだらない会話に花を咲かせて。

 輝夜たちが、学校の敷地内に残り続けていると。





「――お三方、少々よろしいですか?」


「ん?」





 いつまで校門に現れないので、しびれを切らしたのか。

 紅月家の使用人、”影沢舞”が、輝夜たちのもとへとやって来る。




「どうかしたのか?」




 普段はどれだけ遅くても、校門で待ち続けているというのに。今日は校内までやって来た。

 その行動に、輝夜はいつもとの違いを感じ取る。





「そうですね。善人さんに、桜さん。お二人はこの後、暇でしょうか」





 どうやら影沢は、輝夜たち3人に用があるようで。


 善人と桜は、両者ともに予定がないことを告げた。





「では、輝夜さんと一緒に、お車に乗ってください。皆さんを案内したい場所があるので」





 そんな、影沢の要望に従って。

 輝夜たち3人は、紅月家の自家用車に乗った。


 善人が助手席に座り、輝夜と桜は後部座席に。





「で、どこに行くんだ?」


「輝夜さんには、馴染み深い場所ですよ。――”姫乃第一病院”です」

















 姫乃第一病院。


 それは、輝夜が生まれ育った場所。

 紅月姉弟はこの病院で産まれ、そこから10年にも渡って輝夜は眠り続けていた。


 目を覚ましてからも、病院内でのリハビリ生活は5年近くに及び。

 もはや輝夜にとって、この病院は実家にも近い感覚であった。


 そんな病院に、輝夜、善人、桜の3人が招かれる。




「本日はよろしくお願いします、ダニー先生」


「ああ、ようこそ」




 病院で輝夜たちを出迎えたのは、輝夜の主治医であるダニー先生。

 いつも通りといった様子で、影沢と挨拶を交わす。




「そっちの子は、今回が初対面になるかな?」


「あっ、どうも。竜宮桜です」




 そっちの子とは、桜のこと。

 桜は、ダニー先生と軽い挨拶を交わした。




「あぁ? 善人は初めてじゃないのか?」



 輝夜が疑問を口にする。




「えっと、はい。ダニー先生は、僕の病気も見てくれているので」


「そうだよ。かれこれ長い付き合いになるけど。まさか、輝夜くんと善人くんが、クラスメイトだったなんてね」





 ダニー先生。

 本名、ダニエル・バトラーは、紅月龍一とも深い関わりを持つ特別な医者である。


 脳インプラントを始めとしたサイボーグ技術、ルナティック症候群の治療に携わる第一人者。

 それゆえ、重度の罹患者である善人の治療にも尽力していた。





「じゃあ、なんだ? 下手したらわたし達は、高校に入る前から出会う可能性があったわけか」


「あっ、確かにそうですね」




 輝夜がリハビリに励んでいた時期と、善人がこの街にやって来た時期は重なっている。


 ひょっとしたら、2人は病院内で出会い。

 ”全く異なる物語”を、歩んでいたのかも知れない。




「ッ」




 その可能性を考えた瞬間。

 不思議と輝夜は、胸に痛みを覚えた。


 自分ではない誰かの心が、悲鳴を上げるかのように。








「それじゃあ。桜くんも、関係者ってことでいいんだね?」


「あーはい。一応、指輪は持ってて、魔力みたいのも感じます」


「なるほど、了解した。それじゃあ案内するよ」




 輝夜、善人、桜。そして、影沢を合わせた4人。


 全員が、”その道”に通ずる者であると確認すると、ダニー先生は彼女たちをある場所へと案内した。















 真っ暗な部屋に、明かりがつく。

 そこは、病院内でも特に異質な場所であった。



 表で使われている設備とは違う、異次元の電子機器。魔力を発する精密機械。

 人工的に造られた、人体のパーツなど。



 ここは、ごく一部の人間しか知らない秘密の部屋。

 科学と魔法の融合する、特別な研究室であった。





「おお!」




 この空間の独特な雰囲気。

 隠れ家的な空気に、輝夜は興奮を隠せない。




「病院の中に、こんな部屋があったんですね」



 同じく、善人も驚いていた。





 姫乃第一病院は、最先端を行く姫乃の中でも、最も設備に優れた病院である。

 脳インプラントに、最新のリハビリ施設、ナノマシン技術の開発。


 しかし、この研究室はそれと比べても”上”を行っていた。


 人間界の技術ではない。

 魔界で見た、テックマスターの技術や、第1階層の軍事施設、それにも近い技術。


 というよりも、”ニャルラトホテプの隠れ家”にも近い印象を受けた。





「舞は、知ってたのか?」


「ええ、もちろん。ここは、”タマモさん”の使っていた研究室なので」




 タマモ。

 それはあまり知られていない、ニャルラトホテプの本名。




「わたしの体のメンテナンスも、普段ここで行っているんですよ」


「あぁ、そういう事情か」




 影沢舞は、人間では珍しい高純度のサイボーグである。

 ゆえに、整備できる場所も限られていた。





 ロンギヌスにも認知されていない、龍一の秘密の1つ。

 彼とその仲間によって守られ続けてきた、ニャルラトホテプの遺産とも言える部屋が、この場所である。





「とりあえず今日は、君たち全員の魔力を測定したいんだけど、いいかな?」


「なんでだ?」




 ダニー先生の言葉に、輝夜たちは首を傾げる。




「君たちの知っての通り、姫乃の街はセキュリティが厳重でね。悪魔の侵入を許さないために、防壁や入場ゲートがあるのはもちろん、街中の至る所に”魔力センサー”が設置されてるんだよ」




 病院や学校、その他の公共施設など。

 それはまるで、監視カメラのように。




「”未登録の魔力”がそのセンサーに引っかかるとね、面倒なことに、ロンギヌスの実働部隊が動く羽目になる。君たちは、そんな経験ないかな?」


「……あー」




 輝夜と善人は、あの始まりの夜を思い出す。


 2人が悪魔に遭遇し、善人が覚醒、アミーを召喚した、あの夜。

 確かにあの時は、武装した集団が輝夜たちの前に現れた。




「というわけで、ここで君たちの魔力を測定して、データベースに登録しようと思うんだ。そうすれば、街中で魔力を使っても、ロンギヌスが動くことはないはずだよ」


「なるほど、な。……その理屈でいうと、龍一もデータベースに登録してるのか?」


「もちろん。彼は、この街の偉大なる守護者だからね。当然だよ。……あと、輝夜くんの魔力も、すでに登録済みだよ」


「……え?」




 そんな話は、聞いていない。




「君が魔界から帰ってきた日。眠っている君を、龍一がここに連れてきてね。”どうせこいつは魔力を乱用するから、今のうちに登録しておこう”って、言ってたよ?」


「……乱用とは、心外だな」




 心当たりがありすぎるので、輝夜はしかめっ面をするしかない。




「できれば、君たちだけじゃなくて、契約している悪魔の測定したいんだけど、いいかな?」


「あぁ、はい。大丈夫だと思います」


「……確かに、特にドロシーはヤバいからな」




 輝夜を除いた、善人と桜。

 そして、輝夜と善人の契約する悪魔たち、全員の魔力を測定することに。




「じゃあ、善人くんから始めようか」

















 病院内の研究室。

 そこにある装置に、善人は座らされていた。




「ノイズが混じるから、遺物レリックはそこに置いて貰えるかい?」


「了解です」




 善人は指輪を外すと、それを装置の側に置き。


 そんな彼の様子を、輝夜はしゃがんで見つめていた。




「わたしも、寝てる間にこれに乗せられたのか?」


「あはは、そうだね。……そういえば、あの時の龍一は面白かった。なにせ、娘に触れる機会が今までなかったからね。君に怪我をさせないよう、すっごい真剣な顔をしてたよ」


「へー」




 つくづく難儀な父親であると、輝夜は思った。




「そこの丸い部分に手を置いて、軽く魔力を込められるかい?」


「……や、やってみます」




 ダニーの指示に従って、善人は機械に手を触れ。集中した様子で、そこに念を込める。


 すると、彼の内側にある力が溢れ出し。


 善人の座っている機械、その全体が”黄金”に輝き出した。




「おおっ、これは」



 機械の示す反応に、ダニーは驚きを露わにする。




「しばらく、そのまま魔力を維持できるかい?」


「あ、はい」




 若干テンション高めに、ダニーは機械を操作し。




「……眩しい」



 ここにいたら日焼けしそうなので、輝夜は機械から離れていった。















「ドロシー、今日の晩飯は何だと思う?」


「……マイの用意した食材を見るに、多分スキヤキね」


「おお、それはいい」




 輝夜とドロシーが、部屋の隅っこでそんな話をしている間も。


 善人の魔力測定は続いていた。




「善人くん。君の持つ魔力は、ほかと比べてかなり特殊だね」


「えっと。そう、なんですか?」


「ああ」




 そう言われても、あまり他の例を知らないので、善人にはピンとこない。




「そもそも、言うほどサンプルも多くないんだけどね。輝夜くんや龍一、その他大勢を合わせたデータと見比べても、君の魔力は格段に”色”が濃いんだ」


「あー、確かに。ちょっと、自分でも金ピカ過ぎるとは思ってて」



 色に関しては、善人も自覚があった。



「魔力の色っていうのはね、いわばその人の心の色とも言えるものだ。大抵の人間はその色が定まってなくて、ほとんど無色に近いんだけど」



 例えば、カノンやバルバトス、不動連合のヤクザたちなど。



「龍一は冷静で芯が通ってるから、混じり気のない青い魔力を。輝夜くんは意外なことに、淡いピンク色をしてるんだよ」


「あっ、僕も見ました。凄く綺麗でしたよ、輝夜さんの魔力」




 弟相手に、かなりハードなイジメ行為を行っていたが。

 その時でさえ、輝夜の魔力は美しく見えた。




「心に邪念が宿ると、魔力は”黒く”染まりがちでね。だから人間界に現れるような悪魔は、結構な割合で真っ黒な魔力をしてるんだ。それが一般的に知られてるから、悪魔は怖いってイメージがあるんだけど」


「……」




 心に邪念が宿ると、魔力も黒くなる。


 それは悪魔だけではなく、人間にも起こりうる現象であると。

 1人の友人の叫びを見て、善人もそれを思い知った。




「まぁ。その理屈でいうと、輝夜くんはとても素晴らしい心の持ち主だと思うんだけどね。……聞いた話だと、随分やんちゃしてるらしいけど。僕は、心配ないと思うよ?」


「あっ、はい。それは僕も同感です」





 言葉遣いが非常に悪くて。

 たまに、自分を奴隷のように扱ってきて。

 衝動的に、暴力を振るわれる。


 だがしかし、初めて出会ったあの日から。

 善人の輝夜に対する”感情”は、何一つ変わっていなかった。





「それで、話を戻すけど。君は特に意識していなくても、常に魔力がこの色なのかい?」


「あ、はい。たぶん、最初っからこうだったと思います」


「……なるほど、実に興味深いね」




 龍一や輝夜のようなデータを含めても、異質過ぎる、”黄金の魔力”。

 ダニーにとっても、かなり好奇心を掻き立てられるサンプルであった。




「研究用に、少し魔力を抽出していいかな?」


「えっと。それって、採血みたいな感じですか?」


「いいや、そのままの調子で大丈夫だよ。こっちで勝手に流れを汲むから、そのまま魔力を込め続けてくれ」


「わかりました」




 眩いほどに、黄金の魔力が輝いていた。















「……面倒くさい。どうして、わたしもやる必要があるの?」




 機械に座った状態で、ドロシーが文句を口にする。

 その隣りでは、輝夜が呆れた表情をしていた。




「お前が悪魔だからだよ。街の中を普通に歩いてて、ちょっと魔力が漏れて、それで兵隊に追われたくないだろ?」


「確かにそうね。……まぁ、もう何度か経験あるけど」


「……はぁ」




 やはりそうかと、輝夜はため息を吐く。




「わたし、別に何もしてないのよ? ラーメン屋に並んでて、ちょっとお腹が空いてイライラして。そうしたら、急に連中が集まってきて」


「……お前、イライラすると漏らすタイプか」




 とてつもない問題児。

 まず真っ先に、彼女を登録するべきであった。





 善人、桜の順番で魔力の測定が終わり。

 続いて、輝夜の契約する悪魔の番へと。





「やぁ、君の噂は聞いてるよ。どうかお願いだから、機械を壊さないでくれよ?」




 ダニー先生がそう尋ねるも、ドロシーの表情は芳しくない。




「……細かい機械は、少し苦手だわ」




 善人たちと同様に、彼女も機械の上に手を置いて、そこに魔力を込めるよう指示される。



 すると、この部屋の中の空気が変わった。



 輝夜や善人のように、明確な色こそ持たないものの。

 まるで濃度が違う、半透明の粒子の渦。



 ドロシーを中心として、とてつもない量の魔力が溢れ出す。




「ちょっ、話を聞いてたかい!? もっと手加減してくれ!」


「……ちょっと、黙ってて」




 言われなくても、ドロシーは軽く魔力を込めているつもりである。


 ただし、結果はご覧の有様。


 強すぎるというのも考えよう。

 彼女は手加減とは無縁の世界で生きてきた、孤高の魔王なのだから。




 仕方がないので、飼い主が手綱を握るしかない。




「おい、こら! もっとこう、蛇口を緩める感じで頑張れ!」


「……くっ。蛇口を、緩める?」




 半ば根性論ではあるものの、輝夜のそんなアドバイスに従って。

 ドロシーの魔力は、徐々にその出力を弱めていった。






 その後。

 カノン、アトム、ゴレムといった輝夜の悪魔たちの測定が終わり。


 最後に、善人の契約悪魔である、アミーの魔力測定が行われた。






「……想像通りというか、なんというか。面白みがなかったな」


「まぁ、アミーは基本的に熱いので」




 アミーの魔力が何色だったのか、もはや言うまでもなく。

 暑苦しい輝きを最後に、輝夜たちの魔力測定は終りを迎えた。

















「そういえば、さっきの輝夜くんの言葉を借りるようだけど」




 全員分の魔力を測定し終わり。

 思い出したかのように、ダニーが話し始める。




「人間も悪魔も、本当は全員が魔力を持ってるんだよ。ただ、僕たちのような一般人は、その蛇口のひねり方を知らない。いや、蛇口があることにすら気づいていないんだ」




 対して悪魔は、生まれた時から蛇口の存在を知っている。




「君たちの持ってる遺物レリックは、おそらく所有者の覚醒を促進させる機能があるんだと思う。だから、僅かな期間で魔力に目覚めることができた」




 輝夜たちだけではない。

 龍一や、ジョナサンもそう。


 日本のヤクザ、不動連合が超人集団でいられたのも、それが原因である。




「あっ。どうせなら、ついでに朱雨も連れて来ればよかったな」


「ああ。彼なら、もうすでに測定を済ませてるよ。つい先日、大きなワンちゃんと一緒にね」




 朱雨は、どこぞの姉と違ってしっかりとしているので、すでにデータベースへの登録を済ませていた。




「まぁこれで、君たち全員のデータは取れたから。以降、街中のどんな場所で魔力を使っても、センサーに引っかかることはないはずだよ」


「……そう。じゃあ、安心してラーメン屋に並べるのね」




 ドロシーのそんなのんきな一言に、輝夜は呆れ顔。




「お前、昼間からそんなのばっかなのか?」


「人間界の食文化を勉強してるのよ。魔界の知り合いが、あっちでラーメン屋をやってるから。……色々と、情報を仕入れろってうるさいの」


「はぁー」




 ドロシーの意外な交友関係に、輝夜も感心する。




「……美味いのか? そっちのラーメン」


「ふふっ。今度、連れて行ってあげるわ。食べたらきっと驚くわよ」


「いや。もう流石に、わたしが魔界に行くことはないだろ」





 魔界と人間界。

 遺物レリックによる召喚や、特殊な技術を除けば、2つの世界を行き来する方法は非常に限られている。


 ゆえに、そのラーメンを食べる機会は、一生来ないだろうと。

 輝夜はそう、思っていた。




 それに今は、”次なる戦い”に備える必要もある。




「じゃあ、最後に。この安全な場所で、桜くんの”悪魔召喚”も済ませておこうか」


「……はい」




 これより始まるのは、より本格的な遺物レリック争奪戦。


 ソロモンの夜が、加速する。





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