ブルードラゴン
「……これは。一体、どういう状態なんだ?」
街中に響くような熱い魔力の波動と、混乱するヤクザたち。それに乗じて、不動連合の本部に乗り込んだ輝夜たちであったが。
そこで目にしたのは、何もかもが予想外の光景。
広い部屋はそこらじゅうが血だらけで、剣に貫かれた男たちが何人もいる。
そしてその中心では、輝夜の弟である”朱雨”と、奇妙な視線を送ってくる”金髪の外国人”。
さらに奥には、”見知らぬピンク髪の少女”と、”見覚えのある三ツ首の獣”が対峙していた。
おそらく、朱雨が危険に巻き込まれていると思い、輝夜はここまでやって来たのだが。事態はそれよりも、遥かに複雑味を帯びていた。
そんな輝夜の心境を察してか、朱雨が口を開く。
「――心配ねぇよ、”姉貴”」
普段は、輝夜のことを姉とは呼ばない。ただ、輝夜と名前を呼ぶだけである。しかし今この場においては、この呼び方をすることで、周囲に”関係性”を伝えられるという意味があった。
当然、それを知らない者たちは驚くしかない。
「ど、どういうこった。まさか、娘も居たのか?」
その最たるもの。紅月不動は、”2人目の孫”という衝撃の事実に、ショック死しかけていた。
「ああ。俺と輝夜は、双子の姉弟だ」
それは、徹底的に秘匿された情報であり。不動連合の情報網をもってしても、輝夜という名前にすら辿り着けていなかった。
「聞いてねぇぞ、おい」
「……すみません、会長。わたしのリサーチ不足でした」
ボロボロになった神崎が、謝りながら不動のもとへと戻ってくる。
側近幹部と言うだけはあり、彼らはしぶとかった。
「なぁ、お嬢。この状況を見るに、あの金髪の男がここを襲撃したんじゃないか?」
「ふむ」
ウルフの言葉を聞いて、輝夜は状況を理解しようとして。
こちらを見つめる、ジョナサンと目が合う。
「でもあいつ、もう負ける寸前なんじゃ……」
どういう経緯で、現在に至ったのかは不明だが。”前屈み”になる程度には、深手を負っているように見える。
しかし、それは間違いであり、朱雨も黙ってはいられない。
「勘違いするなよ。そいつはまだ、力を隠し持ってるはずだ」
「はぁ? いや、立ってるのはお前だろうに」
「……そいつの、”指輪の数”を見てみろ」
ジョナサンの手にあるのは、無数の
これほどの量を持っている人間など、輝夜を除けば一人しか居ない。
「輝夜さん。もしかしてあの人、ランキング2位の」
「……ジョナサン・グレニスター、か?」
同じ王の指輪を持ち、ソロモンの夜を知っているからこそ。善人と輝夜は、その名前へと辿り着いた。
「それって確か、龍さんも警戒してた奴だよな」
ウルフも、その名前には心当たりがあった。
精力的に
そんな彼が今、不動連合の総本山へと乗り込み。組織を半壊させた上で、朱雨と1対1の戦いを行っていた。
「……な、なるほど」
ようやく、輝夜はおおよその事情を理解する。
自分のやって来たタイミングが、良いか悪いかはさておき。弟は決して囚われの身などではなく、この事態の”中心人物”にあること。
それを理解して、輝夜はほんの少し不機嫌になる。
「……」
視線を動かせば、そこには”見たことのある生き物”が。
三ツ首の魔獣、名をケルベロス。前回、輝夜が”失敗した歴史”で出会った存在だが。今回の歴史では、魔界での出会いはなかった。
ゆえに、輝夜とは初対面のはずだが。
「ガゥ!」
ケルベロスは、輝夜を見て嬉しそうに尻尾を振っていた。
まるで、”再会”したかのように。
勝ち取った未来を、褒め称えるかのように。
輝夜はもう、わけが分からなくなり。
「――よ、よし! とりあえず、そいつをぶっ殺せば解決だな!」
思考を放棄。
漆黒の刀、カグヤブレードをその手に呼び出すと、ジョナサンに対して刀を向けた。
「ッ」
”深い闇”のような武器を手にする、美しくも残酷な女神。
輝夜の放つオーラに、ジョナサンは勝手にダメージを受けていた。
「やっぱり敵の増援か〜 ジョン、レヴィを呼ぼう!」
アスタが意見を伝えるも、彼はそれどころではなかった。
ジョナサンの人生、存在意義とは、美を追求すること。
そんな彼の人生の、”答え”かも知れない存在が、いま目の前に現れたのだから。
もはや、思考など機能しない。
「あー、もう!」
自分が感知できていないだけで、ジョナサンは何か精神的な攻撃を受けたのかも知れない。そう考えたアスタは、自分だけでも抵抗しようと。
素早く、魔法を放とうとし。
「――させっかよ」
目にも留まらぬ速さで、ウルフが反応。いつの間にか構えていた弓から、”鋭い魔法の矢”が射出された。
「しまっ」
アスタが気づいた頃には、もう何もかもが遅く。
魔法の矢は途中で分裂すると、彼女の体をぐるぐる巻きに拘束した。
その脅威の反応力に、輝夜も驚くしかない。
「やるな、お前」
「へへっ。お嬢の目の前だから、これでも手加減したんだぜ? これがもしも戦場なら、躊躇なくバラバラにしてたからな」
「……確かに。わたしも、少女がバラバラになる瞬間は見たくないな」
少女以外の存在なら、今までバラバラにしてきた輝夜である。
そんな様子で、軽口を叩く彼女たちとは打って変わり。
(やばいやばい! ジョンも急に動かなくなったし、ほんとにピンチかも!)
アスタは、真面目に危機感を抱き。
「――助けて、レヴィ!!」
その声に応えるように、ジョナサンの持つ指輪の一つが輝き出し。
この状況を打破し得る存在が、顕現する。
現れたのは、漆黒のゴスロリ衣装に身を包んだ、”幼き銀髪の美少女”。
その名は”レヴィ”と呼ばれ。この場にいる、誰よりも小さな少女だが。
レヴィが何気ない様子で、右の人差し指を前に向けると。
そこに、”桁外れの魔力”が発生。
鋭いレーザーのようなものが放射され、アスタを捕えていた魔法を貫いた。
「サンキュー、レヴィ」
先程までの危機感は、すでに存在せず。
アスタは悠々とした足取りで、ジョナサンのもとへと合流した。
「あっ、そうだ。指輪を回収しないと、なんの意味もないんだった」
「……わかった」
アスタがつぶやくと、レヴィはその意図を汲み取り。
先程と同じように、指先からレーザーを射出。
よく見ると、レーザーは”水”のような性質を持っており。
部屋の隅で倒れていた、多くの幹部たちの”指を切断”。
指輪を回収すると、それをアスタに渡した。
「グロいなぁ」
そう言いつつも、アスタが指輪を受け取っていると。
「勝手に進めんなよ!」
先程同様、ウルフが弓を構え。
「カノン!」
「ええ!」
輝夜によって呼び出されたカノンが、指先に魔力を収束。
ウルフとカノン、両者の一撃が同時に放たれた。
それはたとえ、”魔王”であろうとも無視できない一撃。
だったのだが。
レヴィが軽く手を振るうと、そこに”水の障壁”のようなものが出現し。
彼らの攻撃を、いともたやすく掻き消した。
「おいおい、嘘だろ」
ウルフは、経験豊富なプロである。ゆえに、この世界のパワーバランスというものを理解しており。その中での、自分の立ち位置も心得ている。
今の同時攻撃をたやすく防げるのは、”ほんの一握りの強者”のみ。
自分の師である上司か、その娘の使役する魔王か。
あの小さな少女が、それに匹敵し得る。その事実に、ウルフは戦慄した。
しかし、そんな彼の内心など知らず。
「――ったく、役立たずどもめ!」
まさに、蛮勇。
輝夜は前に突っ込んだ。
「ちょっ、お嬢!?」
「輝夜さん!」
ウルフとカノンが止めようとするも、彼らの言葉で彼女を止めることは叶わず。
やはり、遠距離攻撃など邪道。
”近接攻撃こそが正義”。
今までの人生、そしてゲームで学んだ教訓をもって、輝夜は突撃した。
だがしかし。この世の中には、限度というものが存在する。
”冗談が通用しない世界”がある。
「……敵?」
条件反射のように、レヴィは指先に魔力を込め。
全てを貫く”水のレーザー”を、輝夜へと向ける。
「ッ、待つんだ!!」
ここに来て、ようやく我に返ったジョナサンが止めようとするも。
「?」
レヴィは主の言葉よりも、自らの防衛本能を優先し。
確殺級のレーザーが、輝夜に対して放たれた。
だがしかし。
「ッ」
その”直前”に、輝夜はすでにブレードでの防御態勢に入っていた。
魔力によって研ぎ澄まされた全身の神経、あらゆる感覚。
それによって目覚めた、第六感が伝えていたから。
心臓を狙った一撃。
ブレードで芯を捉えないと、自分は確実に死ぬ。
擬似的な、”未来予知”による防御である。
しかし、それは意味のない行動であった。
なぜなら輝夜には、”彼女”がついているから。
イヤリングが煌めき、悪魔が顕現。
その悪魔は手に持った”大剣”で、水のレーザーを掻き消した。
「――まったく。あなたは本当にクレイジーね」
「……うるさい。別に、今の一発は防げてた」
魔王、ドロシー・バルバトス。
彼女という盾がある限り、何人たりとも輝夜の命は奪えない。
「まぁでも、助かったよ」
「気にしないで。繋がっている限り、わたしがあなたを守るから」
美しきかぐや姫と、彼女を守る騎士の物語。
五つの難題を越えた先にある、全く新しいおとぎ話。
「うげっ、とんでもないのが出てきた!」
ドロシーの出現に、アスタは驚愕する。
しかし、レヴィはいまいち状況を掴めていない。
「あれ、強いの?」
「魔王バルバトス。正真正銘の怪物だよ」
「……そう」
レヴィという少女は、魔界の常識に疎いのだろうか。
魔王バルバトスを前にしても、全く怯えていなかった。
「ねぇ、ジョナサン。まだ動けないの?」
「……すまない。今、”鎮めている”ところだ」
「鎮めるってどこを!?」
ここに来て、ようやくアスタは理解する。ジョナサンの身に起きている状況、とんでもない事実に。
レヴィは、首を傾げながらジョナサンを観察。
「ジョナサン。下半身に”異常”が起きてるみたい」
ただ冷静に、今の彼を分析した。
「……本当に、すまない」
ここまで、この場所に至るまで、ずっと優雅に戦ってきたというのに。
ジョナサン自身としても、これは恥ずべき状況であった。
「どういうこった。まさかあいつ、”勃○”してんのか?」
ウルフの放った一言に、周囲はざわつく。
善人やカノンは、同じ男として何ともいえない表情をし。
桜は、耐性のない下ネタに赤面。
今まで戦っていた朱雨も、”そんな馬鹿な”、という顔をしている。
そして、輝夜は。
「……ど変態だな」
最上級の軽蔑をもって、ジョナサンを見下していた。
すると、
「くっ」
そんな輝夜の反応を受けて、ジョナサンはさらに前屈みに。
――うわぁ。
周囲の感情が、一つになる瞬間であった。
「……どうする? ジョナサン。まとめて吹き飛ばす?」
とはいえ、空気を読まない者が一人。
レヴィはまるで状況を理解しておらず、戦闘を継続するつもりであった。
しかし、ジョナサンは首を横に振る。
「ここは撤退しよう」
「うん、僕もそれには賛成かな。確かに、レヴィが本気になれば凄いけど。相手がバルバトスじゃ不安が残る」
「……わかった」
レヴィとしては、このまま戦う気満々だったのだが。ここは、ジョナサンとアスタの意見に従うことに。
明らかに、不機嫌そうに頬を膨らませながら。
「アスタ、ジョナサンを支えてて」
「りょーかーい」
レヴィが魔力を込めると。
彼女たち3人を囲むように、巨大な水の渦が発生する。
何か大技を放ち、その隙に逃げ出すつもりなのか。
すると、
「お、おい! 待ってくれよジョナサン! そりゃねぇぜ!」
ジョナサンをここまで手引した者。裏切り者の”霧島”が声を荒げる。
その声に、ようやくジョナサンは彼の存在を認識した。
「……あぁ、そうだ。君を忘れていた」
ジョナサンは少々気だるそうに手をかざし。
瞬間、射出された剣によって、霧島の腕が吹き飛ばされた。
「――あああああっ!!??」
突如、右腕を失い。霧島はパニックに陥る。
そんな彼の反応など関係なしに、ジョナサンは霧島の指輪を魔力で手元に引き寄せた。
「ジョナサン、てめぇ!!」
血走った、怒りの表情で霧島が睨むも。
対するジョナサンは、どこまでも冷たい視線を返すのみ。
「最初に言ったはずだ、キリシマ。――僕は、”裏切りを嫌悪する”、と」
「……お前。そういう、意味かよ」
両者の間には、初めから決定的な認識のズレが生じていた。
不動連合を裏切り、組織のトップになろうとする。そんな彼に手を貸すなど、ジョナサンにとってはあり得ない行為であった。
裏切りほど”
ゆえに、裏切り者は嫌いだと、ジョナサンは初めに伝えたつもりだったのだが。
霧島は言葉の意味を履き違え、自分を裏切らないものと勘違いしてしまった。
最初から、二人は手を組んでなどいなかった。
その事実に気づくと同時に、霧島は力尽きた。
霧島の最期、”美しくないもの”を見たことで。ジョナサンはようやく冷静になり、ゆっくりと立ち上がる。
「……まさか、レヴィの手を借りることになるとはね。日本は、ほんの”前哨戦”のつもりだったんだが」
ジョナサンにとって、不動連合との戦いは単なる”過程”に過ぎなかった。
日本にある
だがしかし、
「――おい! 今さらカッコつけるなよ、変態」
「……」
輝夜からの罵声を受け、ジョナサンは再び前かがみの姿勢になる。
「ジョン」
それには、流石のアスタもドン引きであった。
ジョナサンにとっての予想外。
”熱い拳を持つ少年”と。
”美を体現したような少女”との出会い。
「美しいレディ。君の名は?」
「……紅月輝夜。そこの、怪我してるやつの姉だよ」
明らかな変態に。
少々躊躇しながらも、輝夜は名前を告げた。
「……そうか。やはり、君が」
その名を聞き、ジョナサンはこの状況に納得ができてしまう。
”初めから頂点に立っていた”、日本の誰か。
一体どんな人物なのか、自分なりに予想はしていたものの。やはり、人生は一筋縄ではいかない。
「見苦しい姿を見せたが、どうか勘違いをしないでくれ。僕は美しいものを目にすると、少々高ぶってしまってね。君の美貌に、耐えきれなかっただけさ」
「……日本じゃ、そういうのを変態って言うんだぞ?」
「……ならば、僕は変態でも構わない」
ジョナサンは、強い意志をもって立ち上がる。
下半身の一部も、未だに高ぶったまま。
「あぅ」
ここまで、”真っ直ぐな感情”を受けるのは初めてなため、輝夜も思わず顔をそらす。
「こりゃ、要注意人物の出現だな」
「ですね」
ウルフとカノンも、ジョナサンを危険人物と認識する。
色々な意味で、である。
善人や桜には、まだ少々早い世界であり。
「?」
「……いずれ、君たちの
「おい、変態。ここから逃げれると思ってるのか?」
レヴィという悪魔の力で、何をするつもりなのかは知らないが。こちらには魔王バルバトスを含め、それ相応の精鋭が揃っている。
圧倒的な戦力差、輝夜はそう認識するものの。
「ふふっ」
ジョナサンは、ただ優雅に微笑むのみ。
「”王に相応しい条件”、その最後を教えよう」
1つ目は、美しいこと。
2つ目は、わがままであること。
そして、3つ目は。
「――”強力な仲間”を持つことだ」
レヴィの小さな体から、莫大な量の魔力が溢れ出す。
それはまるで、火山の噴火のように。
だがしかし、それは完全に制御された力であり。
彼女の肉体が、”本来の姿”に戻る時に生じる副次的なものに過ぎない。
『ばいばい、新しいケルベロス』
激しい渦、魔力の濁流の中で、輝夜は確かに見た。
ジョナサンとアスタを包み込み、天井を突き破って昇っていく。
”巨大な青い龍”の姿を。
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