女神降臨






 突如現れ、強烈な打撃を浴びせてきた存在。”紅月朱雨”の到来に、”ジョナサン”は警戒心を露わにする。

 今まで認識できなかった敵。それでいて、今日一番の攻撃を繰り出してきたのだから。




「君は?」


「紅月朱雨」


「……そうか、なるほど」




 朱雨の右手にあるのは、本物の王の指輪。紅月不動には無く、今は彼が手にしている”王の証”。

 初めから、こちらと戦うべきだったのだと。ジョナサンはそもそもの認識を改める。




「随分と若いが、君も戦えるのかい?」


「昔、1年くらい空手を習ってたからな。これでも一応、”武術経験者”だ」


「ははっ、それはそれは。――面白い冗談だ!」




 お手並み拝見と、ジョナサンは複数の剣を射出する。並の幹部なら蜂の巣に、側近でも負傷は免れない攻撃だが。


 朱雨はそれを、ただの拳で打ち砕いた。


 力と力のぶつかり合い。

 無数に生成された剣では、朱雨の拳を、気合を突破できない。




「ふっ」



 生半可な力では倒せないと判断し。ジョナサンは自らの手に剣を持ち、朱雨へと攻撃を仕掛けていく。



 ジョナサンの持つ剣と、朱雨の拳が衝突。

 重い金属同士がぶつかったような、凄まじい衝撃が周囲に轟いた。



 その現象に、当事者である朱雨でさえ驚きを隠せない。




「……この指輪の力ってのは、随分と凄いんだな。まるで、拳が鉄になったみたいだ」


「その口ぶりから察するに、君は力を得て日が浅いのかな?」




 そんなジョナサンの問いに、観戦中の”不動”が答える。




「おうよ! そいつぁ、”昨日”指輪を身につけたばっかだからな。まったく、才能ってのは恐ろしいもんだ」


「……なるほど」




 それならば、この若さと力強さにも納得ができる。

 だがしかし、




(確かに攻撃の性能、威力は僕にも引けを取らないが。僕には今までの”経験”と、”技術”がある)




「――僕の攻撃に、どこまで耐えられるかな?」




 一片の敗北も疑わず、ジョナサンは攻勢へと打って出た。


 放たれるのは、美しくも鋭い無数の剣技。


 これこそがジョナサンの真骨頂。自らの体と剣を一つの芸術品に見立て、それによって完璧な剣技を演じきる。


 ただ強いだけの拳では、どうしようもない技の数々だが。

 それに対する朱雨も、同様に”流れるような技”で相手の剣技に対応する。


 一切の迷いがない、まさに鉄のような拳で。




 両者一歩も譲らず、互いに距離を取った。




「わずか1年の鍛錬で、それほどの技を習得可能とは。この国の”空手”というのは、それほど優れた拳法なのかい?」


「さぁ、どうだろうな。ただ俺は、”1年で学び切った”と判断したから、辞めただけだ。あれ以上教室に通ってても、上達するとも思えなかったからな」


「なるほど。そういう意味での1年か」




 1年、空手教室に通っていた。これを一般的に考えるなら、なんの意味も無いと判断してしまうだろう。だがしかし、朱雨は一般的な人間とは違っていた。

 同年代の生徒たちはおろか、教師である成人男性すら”相手にならない”と判断したから、朱雨は教室を辞めたに過ぎない。


 その身に宿るのは、どれほどの才能なのか。魔力という新たなる力を得て、その”武”はどこまで届き得るのか。

 限界は、本人にすら分からない。




「じゃあ、次はこっちから行くぞ」




 ジョナサンを倒すべく、朱雨は力強く前へ踏み込んだ。


 誰に習うこともなく、彼は体に魔力を流す方法を会得し。その練度は、すでに並ではなく。

 爆発的な加速で、ジョナサンへと接近する。




「ッ」




 それに対し、ジョナサンは無言で応戦。本気を出さねば、崩れるのは自分であると判断したからこそ。

 本気の魔力、本気の剣をもって迎え撃った。



 激しく、重く、鋭く。

 それでいて美しい、剣と拳の応酬。



 威力と技の練度は互角だが。多くの遺物レリックからバックアップを受けることで、総合的な魔力量はジョナサンが勝る。その点を強みに、一気に勝ちへと向かおうとするものの。




「……」




 その以上の速度で、朱雨は戦いの中で成長していく。

 より速く、より力強く。

 拳と魔力の流れを一つに、そこに技を重ね合わせていく。


 ”全ての力を集束させて”。


 まるで限界など無いかのように、朱雨は強くなっていく。




(……このまま続けると、こちらが不利か)



 ゆえに、ジョナサンは勝負に出ることに。




「ッ」



 大量の剣を周囲にばら撒いて、朱雨に距離を取らせると。




「……ふぅ」




 ジョナサンは、真っ直ぐに剣を構えた。

 騎士のように美しく、洗練された動作。

 ある種のルーティーンなのだろうか。



 ”真っ白な魔力の輝き”が、彼の持つ剣に集っていく。



 確かなのは一つ。

 これから放たれるのが、彼の持つ最大の一撃であるということ。




「やってやるよ」




 それに対し、朱雨も真っ向勝負に応じることに。

 その意志の高ぶりに反応してか、”王の指輪”も彼の可能性を引き出していく。



 怒りでも、憎しみでもない。

 ただ純粋な闘志によって、朱雨の拳には”真っ赤な魔力”が。




 白き剣と、赤き拳。

 武器は違えど、それは正統なる決闘のようで。




 両者ともに踏み出し。

 互いの最強の一撃を、真正面からぶつけ合った。




 空気を揺らす、魔力の衝突。

 その波動は屋敷だけでなく、周囲一帯にまで伝わるようだった。




 完成された、剣の一撃と。

 成り上がる、鉄拳の一撃。





 その果てに。

 まるで弾かれるように、両者は吹き飛ばされた。





「くっ」



 あれだけの衝撃を放ったのだから、朱雨の右腕からは血が流れ。




「……」



 ジョナサンの持っていた剣は、粉々に砕かれていた。





 互いの武器が傷付いたという意味では、まさに互角と言えるのかも知れない。


 だがしかし、





「――ッ!?」





 ジョナサンを真上から強襲する、”巨大な影”。

 それこそが、朱雨の隠し持っていた切り札。




 三ツ首のオオカミ。


 魔獣、”ケルベロス”の牙がジョナサンへと襲いかかり。




 派手に、鮮血が舞った。

















 ジョナサンを襲った、魔獣ケルベロスの一撃。

 強力な牙による喰らいつきであったが、彼の命を奪うまでは至らず。



 ジョナサンは全身に炎を纏い、逆にケルベロスに反撃を仕掛ける。



 だがしかし。

 まるで、”それを知っていた”かのように、ケルベロスはジョナサンが発火する前に距離を取っていた。



 魔獣による噛みつき。魔力による防御はあったものの、ジョナサンは無視できない程の傷を負ってしまった。




「……それが、君の契約する悪魔。いや、魔獣かい?」


「さぁな。適当に指輪を弄ってたら、こいつが出てきたんだよ」


「……そうか」




 純度の高い指輪を持っているなら、悪魔の召喚もできるはず。その可能性を失念していたことを、ジョナサンは恥じた。


 それは紛れもない、慢心による油断であり。現に、ジョナサンの左腕は使い物にならなくなっていた。

 利き腕ではないものの、”防げたはずの怪我”である。




「ふっ。君を僕の敵と認め、”すべての力”をもって叩き潰すと宣言しよう」




 相手が使ってきたのなら、こちらも制限を課す必要はない。

 ジョナサンの持つ遺物レリック、その一つが輝き出し。




「――来い、”アスタ”」




 悪魔召喚。

 ジョナサンの側に、派手な”ピンク髪の少女”が召喚される。


 その少女こそ、ジョナサンの信頼する第一の悪魔、名をアスタ。


 可愛らしい服装に身を包み、スカートの中からは”2本の尻尾”が伸びていた。




「とーじょー!!」




 可憐にポーズを決めるも、それに対して朱雨は特に反応を示さない。

 2本の尻尾から分かるように、あまり強大な魔力を感じないからである。




「その弱そうなのが、お前の悪魔か?」


「まぁ、弱そうという印象は否定しないが。……これでもアスタは、僕の魔法の師匠でね。長い年月を生きた知恵というのは、馬鹿にしないほうが良い」


「ちょっ、ジョン!? それじゃ僕が年寄りみたいじゃん!」


「事実、君は見た目通りの年齢じゃないだろう?」


「……それは、そうだけど」




 人間と悪魔の違い。

 たとえ少女のような見た目とはいえ、どれほどの年月を生きているのかは計り知れない。




「でもさぁ。なんで”レヴィ”じゃなくて、僕を召喚したの?」


「相手は魔獣だ。レヴィだと、少し相性が悪いだろう」


「なるほど! そだね」




 ジョナサンの保有する遺物レリックは、輝夜に次ぐ世界2位。無論、契約している悪魔は複数である。




「僕は彼との決着をつける。君は、あの魔獣の足止めをしていてくれ」


「りょーかい」




 ジョナサンと朱雨。

 アスタとケルベロス。

 分かりやすい、2対2の構図となる。


 しかし、朱雨には疑問が一つ。




「察するに、指輪を多く持っていると、複数の悪魔を召喚できるんだろう?」


「その通り。僕が契約している悪魔は、アスタ以外にも居る」


「はっ。この期に及んで、まだ舐めプをするつもりか?」


「そういうつもりはない。ただ君とは、サシで勝敗を決めたくてね」


「……そうか」




 1対1の勝負。それを破ったのは、朱雨の方である。

 ゆえに、そのフェアプレー精神に文句を言う資格はなかった。




 剣と拳。

 両者は再び対峙し、衝突した。








 それぞれの召喚者が、意地とプライドを賭けた戦いに戻った頃。

 その使い魔であるアスタとケルベロスは、互いに動かず、睨み合いを行っていた。




(首が3つの、狼型の魔獣。……伝説のケルベロスに似ているけど、まさかね)




 魔王にも匹敵する、”伝説級の魔獣”。ケルベロスはその一つに数えられるも、”1000年前の厄災”で絶滅したはず。

 その知識があるからこそ、アスタは何かの間違いであると予測する。


 まさか、”どこぞの天才悪魔”が古代のDNAを手に入れ、そのクローンを生み出していたなどとは、微塵も思わずに。




「ごめんね、ワンちゃん」




 アスタは指先に魔力と灯すと、繊細な魔法陣を描き。

 すると、濃密に収束された、”鋭い雷撃”が放たれる。




 予測の難しい。それでいて、回避不能の高速魔術。


 だったのだが。




 ケルベロスは、それをたやすく回避する。

 その白銀の瞳で、”一歩先の未来”でも見えているかのように。




「……嘘、でしょ」




 アスタが驚いたのは、”雷撃を避けられた”からではない。

 そのタイミング、完璧すぎる挙動に、自分でもなぜか納得ができてしまうから。



 ケルベロスと同様に、アスタの瞳が”白銀に輝き”。

 両者の力が共鳴する。




「ッ!?」


「グゥ」




 それを察すると、両者は互いに動きを止めた。

 ”この力”を持つ者同士、迂闊に攻撃しても意味がない。



 アスタとケルベロス。



 相手より先に、”自分に有利な未来”を掴み取るため、睨み合いは続く。















 アスタとケルベロスが、常人には理解できない睨み合いを続ける中。その召喚者である二人。



 ジョナサンと朱雨の戦いは、先程と同様に。

 いや、それ以上に熾烈さを増していた。



 腕から、体から、どれだけ血が流れようと、朱雨は己の拳を止めはせず。

 それに対抗するジョナサンも、どれだけ剣が砕かれようと、その再構築と剣技を止めはしない。



 強大な魔力を持つジョナサンに、朱雨が意地と才能で喰らいついていく。



 二人の戦いは、まるで嵐のようで。

 紅月不動も、その側近幹部らも、手出し不可能の領域まで至っていた。




「――ふふっ」



 生まれて初めての死闘に、ジョナサンは笑みを隠せない。




「日本のヤクザ。弱者相手に力を振りかざす、”愚者の集まり”かと思っていたが。まさか、君のような若者が居るとはね」


「いいや、俺はヤクザとは関係ない。爺ちゃんが総大将らしいから、その縁でここに居るだけだ」


「なるほど。美しい、血の絆というものか」


「……そんな、大層なもんじゃない」




 高校1年まで生きてきて。

 つい昨日、祖父の存在を知った。



 ただ、目の前で殺されるのを無視できなかった。

 そして、この男に負けたくないから。



 ゆえに、朱雨の拳は鋼鉄のように硬く、真っ赤に輝き。

 強く、鋭く。戦いの中で、さらなる成長を続けていく。




「君も僕と同じ、”王道”を行くというのか」


「お前、戦いながらうるさいぞ」


「すまない。君のような好敵手に出会えて、僕も少々感動していてね」




 言葉を交わしつつも、両者の武は止まらず。

 想いにつられるように、激しくなっていく。




 これまで狩ってきた相手、不動連合の幹部たちでさえ、ジョナサンには届かなかった。


 だがしかし、目の前に現れたこの若者。

 紅月朱雨は、骨の芯にまで届くような、”本物の力”を持っていた。


 これはもはや、認めざるを得ない。




「――”王に相応しい条件”の一つ。”美しさ”を、君は満たしている」


「……」




 理解不能な言葉に、朱雨は思考が一瞬停止し。

 とりあえず、距離を取った。




「有象無象とはわけが違う。君の持つ力は、紛れもない本物だ」


「……その”王の条件”ってやつ、全部でいくつあるんだ?」




 あまり、理解不能な会話を交わしたくはないが。

 空気を読んで、朱雨も話に対応することに。




「ふふっ。僕が考えるに、王に相応しい者には”3つの条件”があってね」



 ジョナサンは自信満々に、自らの”持論”を語り始めた。




「まず1つ、”美しく”あること」


「……」




 自分もそれに当てはまると。そう言わんばかりに、ジョナサンは剣を構える。


 朱雨は、もう何も言葉が出ない。




「そして、2つ目は――」




 得意げに語る、傷だらけのジョナサンであったが。


 その言葉を遮るかのように。





――激しく、屋敷の扉が開かれる。





 とても乱暴な開け方。

 おそらく”彼女”は、力ずくで扉を蹴破ったのだろう。




 現れた人物に、”身内”である朱雨はもちろん、ジョナサンも驚きを隠せない。


 なぜなら彼女も、同じく”王の資格”を持つ者なのだから。




 1つ目の条件はもちろんのこと、彼女は”2つ目の条件”も満たしていた。





「――生きてるか! 朱雨!」





 何よりも、”わがまま”であること。

















 不動連合の総本山。

 そこへやって来たのは、”紅月輝夜”と仲間たち。



 輝夜の友人である”善人”と”桜”、おまけに”ウルフ”。

 特に、ウルフの実力に、アスタは脅威を直感した。




「ジョン! あいつらかなり強そう! レヴィを呼ぼう」



 そうやって、声を上げるも。




「……」



 ジョナサンは、輝夜を見たまま動けず。






「ッ」



 なぜか、顔を赤らめたまま、”前かがみの姿勢”になっていた。






「ジョン!?」



 この状況で、どういう冗談なのか。

 いや、彼が真面目な人間だということを、アスタは誰よりも知っていた。





 ジョナサン・グレニスターは、”美を追求する者”。

 全ての遺物レリックを集めた先に、どんな景色が存在するのか。ただそれを見たいがために、これまで戦いを続けてきた。




 だというのに、こんな極東の地で、彼は”美の化身”とも言うべき少女に出会い。


 その衝撃に、思わず股間が勃○してしまった。






「――ふつくしい」






 もはや、戦うべくもない。

 ジョナサンは、”降臨した女神顔だけの女”に圧倒された。





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