剣の輪舞






 その運命と出会うまで、男の人生は歪なものであった。



 古くから続く名家、裕福な家庭に生まれ。優れた容姿、優れた頭脳と、誰もが羨むものを持っていた。

 だがしかし、幼い頃に交通事故に遭い、彼の両腕には麻痺が残っていた。そしてそれこそが、彼の人生を大きく苦しめた。



 彼は、”美”を愛していた。

 あるいは、取り憑かれていたのかも知れない。



 美しいものに執着し、それを眺めていたい、手に入れたい。それらの願望は叶ったものの。

 彼が最も望んでいたのは、”自らの手で”生み出すことだった。



 しかし、彼の両手は彼の思い通りには動かず。

 絶え間ない努力の末に、”人並み程度”には器用になれたが。その程度では、自分の納得できるクオリティには遠く及ばなかった。




 ゆえに、彼はその道に進むことを諦め、ただの”収集家コレクター”へ。




 だがしかし、骨董市で”一つの指輪”と出会い。


 彼、ジョナサン・グレニスターの運命は動き出した。

















「――さぁ、踊り狂え」




 ジョナサンの手によって生み出されるのは、美しくも残酷な”剣の嵐”。数十本もの剣が宙を舞い、不動連合の幹部たちへと襲いかかる。



 彼らは一人ひとり、指輪によって力を得た強者たちである。本来なら、銃弾だろうと刃物だろうと、彼らには通用しない。

 だがしかし、ジョナサンの剣は容赦なく幹部たちの体を貫いていた。



 剣の一本一本が、繊細な細工が施され、恐ろしいほどの魔力が込められている。それはもはや、戦車をも貫く凶器であり。

 先程まで会議が行われていたこの部屋を、血の海へと変えていた。



 並の使い手、不動連合の幹部では、ジョナサンの攻撃の前に逃げ惑うしかない。






「チッ」



 紅月不動、側近幹部の一人。”國松”が前に出て、ジョナサンの凶行を止めようとするものの。

 この場においては、多すぎる仲間が彼らの邪魔になっていた。




「雑魚どもめ」


「仕方がない。それが、君たちの選んだ力だ」




 串刺しにされた幹部が、剣の勢いによって吹き飛ばされ。前に出ようとした國松が、それに巻き込まれてしまう。


 無様な乱戦状態に、会長である”不動”が活を入れる。




「テメェら、好き勝手に動くんじゃねぇ! 俺の側近以外は外に逃げてろ」




 その言葉に、幹部たちは冷静さを取り戻し。

 中途半端な応戦は止め、逃げの一手に転じることに。




「國松、平気ですか?」


「あぁ、問題ねぇ」




 神崎かんざき國松くにまつ

 そしてもう二人、東山とうやま小早川こばやかわ


 紅月不動を支える、”4人の側近幹部”が臨戦態勢に入る。






「まずは俺が行く」



 下手な連携では、敵の思う壺になると判断し。まずは側近の一人、國松が単騎で挑むことに。


 無数の剣に囲まれた王、ジョナサンと対峙する。




「君は、少しはやれそうだな」


「少し、だと? 会長直属の部下を舐めるなッ」




 國松の持つ刀と、その全身に”電気”が迸る。




「あいつの本気、見るのは久々だな」


「ええ。今やその実力は、幹部の中でも随一でしょう」




 不動と神崎が、そう評するほどの男。

 國松は閃光のように、目にも留まらぬ速度で必殺の一撃を放った。



 その一撃、まさに”雷光”。



 不動連合の構成員の中で、最上位の力を持つ男の本気。





 だがしかし。





「――僕には、遠く及ばない」





「なっ」



 無数の剣が、國松の一閃を盾のように防いでおり。

 その切っ先は、ジョナサンの眼前にも届いていなかった。




「これで、一人」


「ッ」




 無数の剣に貫かれ、國松は無惨にも吹き飛ばされる。

 その結果に、不動を含めた幹部たちも動揺を隠せない。




「あれを防ぐか」


「コバ、次は俺たちが行くか?」


「……そうだな。でないと、相手にならなさそうだ」




 次に動くのは、筋肉質の男と、眼帯を付けた男。

 神崎らよりも、一回り以上年上の幹部たち。



 筋肉質の男、”小早川”は全身に魔力を纏わせ。

 眼帯の男、”東山”は懐から一丁の拳銃を取り出す。




「コバ、援護を頼む」


「了解だ」




 そう言葉を交わし、小早川は前へと駆けた。


 無論、大量の剣が襲いかかるも。彼は全身に魔力を纏い、突進を強行。

 ”腕や体を貫かれながらも”、根性で前へと進んで行く。




「まるで、イノシシだな」




 美しくない行動に、ジョナサンは彼を見下すものの。

 それゆえに、後ろに控える東山の動きに気づけない。




 東山は真っ直ぐに銃を構え。

 その射線は迷うことなく、ジョナサンを、”小早川ごと”狙い撃った。




 解き放たれた弾丸は、小早川の背中に当たる直前で消失。

 まるで”すり抜ける”かのように、ジョナサンの目の前へと出現した。





 確かに届いた、一発の銃弾。





「やりましたか?」


「……いや」



 神崎が尋ねるも、東山の表情は険しかった。




 なぜなら、銃弾はジョナサンまで届かず。

 彼の操る剣が、紙一重で銃弾を受け止めていたから。




「自動防御ってやつか? にしても、とんでもねぇ精度だな」



 その防御力に、不動も思わず称賛する。




「……」



 突進しつつ、大量の剣を身に受けたことで。側近幹部、小早川はそのまま倒れ。




「俺にも、プライドってもんがあるんでね」



 仕留め損ねた東山は、懐からもう一丁の銃を取り出すと。そのまま単騎で前進。

 二丁の拳銃をもって、強力な魔弾をジョナサンへと浴びせていく。




 だがしかし、絶対的な魔力の差から、彼の弾丸はジョナサンの剣を崩せず。




「君の出番も終わりだ」



 射出された剣により、銃を破壊され。




「ッ」



 東山も、無数の剣の前に沈んだ。






「さて、残る障害はあと一人」




 ジョナサンは傷一つ負うことなく、着実に敵の喉元へ。


 しかし、不動連合もまだ底力を見せていない。

 最後の側近幹部、”神崎”が会長を守るべく前に出る。




「おい、神崎。若いのが命を張る必要はねぇぞ。ここは俺に任せて……」


「いえ。会長は下がっていてください」




 頑として、神崎は譲らない。




「國松たちの戦いを見たでしょう。”今の会長の力”では、あの男には勝てません」


「……」




 その言葉には、不動も黙るしかない。

 もしも仮に、不動が”全盛期”であったなら、あるいは勝負になったのかも知れないが。

 年老いた今の彼では、すでに神崎にも実力面では劣っていた。


 ゆえに、最強にして最後の砦、神崎が前に出る。




「この部屋に入った瞬間から、僕は予想していたよ。君が一番最後だろうとね」


「そうですか。わたしとしては、出番が来なければ良かったのですが」




 しかし、出番は来てしまった。

 神崎は刀を構えると、真っ直ぐにジョナサンを見る。



 強力な魔力を宿した剣を、自由自在に、それも大量に操る能力。一対一での勝負はもちろん、今回のような乱戦であっても無類の強さを誇っている。


 現に、ジョナサン本人はほとんどその場から動かずに。

 ただ宙を舞う剣によって、日本最強の武闘派集団、不動連合は壊滅の危機に瀕していた。




(……確かに、恐ろしい戦闘力ですが。その”余裕”が、仇になりますよ)




 神崎は、ジョナサンの弱点を見極める。

 それは、”強さゆえの余裕”。


 先程、東山の弾丸が眼前に迫った時ですら、ジョナサンは焦らなかった。自分の剣が、必ず防御すると信じていたからである。


 変幻自在の最強の剣。無数の剣。

 それを最強だと、彼は信じ切っている。




(國松の一撃は、届きませんでしたが)




 神崎の得物は、國松と同じ一本の刀。

 國松の一撃は無数の剣に防がれ、彼のもとに届きようもなかったが。



 同じ側近幹部でも、神崎の実力は”さらに上”を行く。

 不動連合の中で最も鋭く、強烈な一撃を放つことができる。




(この一撃で、決める)




 敵が油断している、今だからこそ。


 それはまさに、”魔力の爆発”とも言える現象だった。





 神崎の全身と、手に持った刀に、一瞬で膨大な量の魔力が流れ。

 國松の雷光よりも更に速く、まさに”神速”の一撃が放たれた。





 それは人の目には捉えられない、流星のように。

 気がつくと、”神崎はジョナサンを通り過ぎ”、その遥か後方に立っていた。





「嘘だろ」



 それを見ていた霧島は、思わず言葉を失う。




 神崎の放った一撃に対し、ジョナサンの防御は機能していた。

 無数の剣を束ね、受け止めるように動いたのだが。




 あまりにも鋭い一閃は、ジョナサンの展開した全ての剣を”切断”していた。




 これぞ、神崎真弓かんざきまゆみ

 不動連合、最強の男である。






 だがしかし。






「……そん、な」



 神崎は、”鮮血”と共に地に倒れた。

 それに対し、ジョナサンは。





 ”自らの右手に剣を持ち”、全くの”無傷”で立っていた。





「……素晴らしい一撃だった。もしも、僕が自分で戦えない人間だったら、間違いなく君の勝利だっただろう」




 ジョナサンは称賛するも、彼の”勝者”という立場は揺るがない。





「しかし、すまない。隠していたわけじゃないんだが、僕は”自分で”剣を持ったほうが強いんだ」





 素の戦闘能力、剣技であっても、神崎の実力を上回る。

 それが、ジョナサン・グレニスターという男。


 こうして、不動連合の幹部たちは全滅した。





「マジかよ、あいつ」



 ジョナサンの圧倒的な勝利に、霧島は驚きを隠せない。

 まさか悪魔の力にも頼らずに、最強と称される側近幹部たちを下したのだから。


 完全に、”勝ち船”に乗ったと確信していた。






「――栄光の日々は過ぎ去り。ここから先は、正統なる王の時代が幕を開けるだろう」




 自らの手に剣を持って、ジョナサンは紅月不動のもとへと歩を進める。




「……こいつは、もっと早く対処するべきだったな」


「その通り。あなたは遙かな昔から、すでに王ではなかった」




 圧倒的に見えた不動の魔力も、ジョナサンを前にすると霞んで見えてしまう。

 どう足掻いても、この結末は変わらなかった。





「……さらばだ、”日本の王”よ」





 新たなる時代の幕開け。


 ジョナサンは手に持った剣で、不動の首をはねようと――






「ッ!?」




 その寸前、横からの攻撃によってジョナサンは吹き飛ばされた。


 防御に回った、”剣ごと”。






「……何が、起こった」



 ジョナサンはすぐに立ち上がると。

 自分に攻撃を仕掛けてきた、”新たなる敵”を視界に収める。






「――なぁ爺ちゃん。誰だよ、こいつ」






 右手には、王の指輪。


 若く整った顔立ちに、強い意志を感じさせる瞳。





 ”紅月朱雨”。


 系譜を継ぐ者が、ここに一人。





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