剣の輪舞
その運命と出会うまで、男の人生は歪なものであった。
古くから続く名家、裕福な家庭に生まれ。優れた容姿、優れた頭脳と、誰もが羨むものを持っていた。
だがしかし、幼い頃に交通事故に遭い、彼の両腕には麻痺が残っていた。そしてそれこそが、彼の人生を大きく苦しめた。
彼は、”美”を愛していた。
あるいは、取り憑かれていたのかも知れない。
美しいものに執着し、それを眺めていたい、手に入れたい。それらの願望は叶ったものの。
彼が最も望んでいたのは、”自らの手で”生み出すことだった。
しかし、彼の両手は彼の思い通りには動かず。
絶え間ない努力の末に、”人並み程度”には器用になれたが。その程度では、自分の納得できるクオリティには遠く及ばなかった。
ゆえに、彼はその道に進むことを諦め、ただの”
だがしかし、骨董市で”一つの指輪”と出会い。
彼、ジョナサン・グレニスターの運命は動き出した。
◆
「――さぁ、踊り狂え」
ジョナサンの手によって生み出されるのは、美しくも残酷な”剣の嵐”。数十本もの剣が宙を舞い、不動連合の幹部たちへと襲いかかる。
彼らは一人ひとり、指輪によって力を得た強者たちである。本来なら、銃弾だろうと刃物だろうと、彼らには通用しない。
だがしかし、ジョナサンの剣は容赦なく幹部たちの体を貫いていた。
剣の一本一本が、繊細な細工が施され、恐ろしいほどの魔力が込められている。それはもはや、戦車をも貫く凶器であり。
先程まで会議が行われていたこの部屋を、血の海へと変えていた。
並の使い手、不動連合の幹部では、ジョナサンの攻撃の前に逃げ惑うしかない。
「チッ」
紅月不動、側近幹部の一人。”國松”が前に出て、ジョナサンの凶行を止めようとするものの。
この場においては、多すぎる仲間が彼らの邪魔になっていた。
「雑魚どもめ」
「仕方がない。それが、君たちの選んだ力だ」
串刺しにされた幹部が、剣の勢いによって吹き飛ばされ。前に出ようとした國松が、それに巻き込まれてしまう。
無様な乱戦状態に、会長である”不動”が活を入れる。
「テメェら、好き勝手に動くんじゃねぇ! 俺の側近以外は外に逃げてろ」
その言葉に、幹部たちは冷静さを取り戻し。
中途半端な応戦は止め、逃げの一手に転じることに。
「國松、平気ですか?」
「あぁ、問題ねぇ」
そしてもう二人、
紅月不動を支える、”4人の側近幹部”が臨戦態勢に入る。
「まずは俺が行く」
下手な連携では、敵の思う壺になると判断し。まずは側近の一人、國松が単騎で挑むことに。
無数の剣に囲まれた王、ジョナサンと対峙する。
「君は、少しはやれそうだな」
「少し、だと? 会長直属の部下を舐めるなッ」
國松の持つ刀と、その全身に”電気”が迸る。
「あいつの本気、見るのは久々だな」
「ええ。今やその実力は、幹部の中でも随一でしょう」
不動と神崎が、そう評するほどの男。
國松は閃光のように、目にも留まらぬ速度で必殺の一撃を放った。
その一撃、まさに”雷光”。
不動連合の構成員の中で、最上位の力を持つ男の本気。
だがしかし。
「――僕には、遠く及ばない」
「なっ」
無数の剣が、國松の一閃を盾のように防いでおり。
その切っ先は、ジョナサンの眼前にも届いていなかった。
「これで、一人」
「ッ」
無数の剣に貫かれ、國松は無惨にも吹き飛ばされる。
その結果に、不動を含めた幹部たちも動揺を隠せない。
「あれを防ぐか」
「コバ、次は俺たちが行くか?」
「……そうだな。でないと、相手にならなさそうだ」
次に動くのは、筋肉質の男と、眼帯を付けた男。
神崎らよりも、一回り以上年上の幹部たち。
筋肉質の男、”小早川”は全身に魔力を纏わせ。
眼帯の男、”東山”は懐から一丁の拳銃を取り出す。
「コバ、援護を頼む」
「了解だ」
そう言葉を交わし、小早川は前へと駆けた。
無論、大量の剣が襲いかかるも。彼は全身に魔力を纏い、突進を強行。
”腕や体を貫かれながらも”、根性で前へと進んで行く。
「まるで、イノシシだな」
美しくない行動に、ジョナサンは彼を見下すものの。
それゆえに、後ろに控える東山の動きに気づけない。
東山は真っ直ぐに銃を構え。
その射線は迷うことなく、ジョナサンを、”小早川ごと”狙い撃った。
解き放たれた弾丸は、小早川の背中に当たる直前で消失。
まるで”すり抜ける”かのように、ジョナサンの目の前へと出現した。
確かに届いた、一発の銃弾。
「やりましたか?」
「……いや」
神崎が尋ねるも、東山の表情は険しかった。
なぜなら、銃弾はジョナサンまで届かず。
彼の操る剣が、紙一重で銃弾を受け止めていたから。
「自動防御ってやつか? にしても、とんでもねぇ精度だな」
その防御力に、不動も思わず称賛する。
「……」
突進しつつ、大量の剣を身に受けたことで。側近幹部、小早川はそのまま倒れ。
「俺にも、プライドってもんがあるんでね」
仕留め損ねた東山は、懐からもう一丁の銃を取り出すと。そのまま単騎で前進。
二丁の拳銃をもって、強力な魔弾をジョナサンへと浴びせていく。
だがしかし、絶対的な魔力の差から、彼の弾丸はジョナサンの剣を崩せず。
「君の出番も終わりだ」
射出された剣により、銃を破壊され。
「ッ」
東山も、無数の剣の前に沈んだ。
「さて、残る障害はあと一人」
ジョナサンは傷一つ負うことなく、着実に敵の喉元へ。
しかし、不動連合もまだ底力を見せていない。
最後の側近幹部、”神崎”が会長を守るべく前に出る。
「おい、神崎。若いのが命を張る必要はねぇぞ。ここは俺に任せて……」
「いえ。会長は下がっていてください」
頑として、神崎は譲らない。
「國松たちの戦いを見たでしょう。”今の会長の力”では、あの男には勝てません」
「……」
その言葉には、不動も黙るしかない。
もしも仮に、不動が”全盛期”であったなら、あるいは勝負になったのかも知れないが。
年老いた今の彼では、すでに神崎にも実力面では劣っていた。
ゆえに、最強にして最後の砦、神崎が前に出る。
「この部屋に入った瞬間から、僕は予想していたよ。君が一番最後だろうとね」
「そうですか。わたしとしては、出番が来なければ良かったのですが」
しかし、出番は来てしまった。
神崎は刀を構えると、真っ直ぐにジョナサンを見る。
強力な魔力を宿した剣を、自由自在に、それも大量に操る能力。一対一での勝負はもちろん、今回のような乱戦であっても無類の強さを誇っている。
現に、ジョナサン本人はほとんどその場から動かずに。
ただ宙を舞う剣によって、日本最強の武闘派集団、不動連合は壊滅の危機に瀕していた。
(……確かに、恐ろしい戦闘力ですが。その”余裕”が、仇になりますよ)
神崎は、ジョナサンの弱点を見極める。
それは、”強さゆえの余裕”。
先程、東山の弾丸が眼前に迫った時ですら、ジョナサンは焦らなかった。自分の剣が、必ず防御すると信じていたからである。
変幻自在の最強の剣。無数の剣。
それを最強だと、彼は信じ切っている。
(國松の一撃は、届きませんでしたが)
神崎の得物は、國松と同じ一本の刀。
國松の一撃は無数の剣に防がれ、彼のもとに届きようもなかったが。
同じ側近幹部でも、神崎の実力は”さらに上”を行く。
不動連合の中で最も鋭く、強烈な一撃を放つことができる。
(この一撃で、決める)
敵が油断している、今だからこそ。
それはまさに、”魔力の爆発”とも言える現象だった。
神崎の全身と、手に持った刀に、一瞬で膨大な量の魔力が流れ。
國松の雷光よりも更に速く、まさに”神速”の一撃が放たれた。
それは人の目には捉えられない、流星のように。
気がつくと、”神崎はジョナサンを通り過ぎ”、その遥か後方に立っていた。
「嘘だろ」
それを見ていた霧島は、思わず言葉を失う。
神崎の放った一撃に対し、ジョナサンの防御は機能していた。
無数の剣を束ね、受け止めるように動いたのだが。
あまりにも鋭い一閃は、ジョナサンの展開した全ての剣を”切断”していた。
これぞ、
不動連合、最強の男である。
だがしかし。
「……そん、な」
神崎は、”鮮血”と共に地に倒れた。
それに対し、ジョナサンは。
”自らの右手に剣を持ち”、全くの”無傷”で立っていた。
「……素晴らしい一撃だった。もしも、僕が自分で戦えない人間だったら、間違いなく君の勝利だっただろう」
ジョナサンは称賛するも、彼の”勝者”という立場は揺るがない。
「しかし、すまない。隠していたわけじゃないんだが、僕は”自分で”剣を持ったほうが強いんだ」
素の戦闘能力、剣技であっても、神崎の実力を上回る。
それが、ジョナサン・グレニスターという男。
こうして、不動連合の幹部たちは全滅した。
「マジかよ、あいつ」
ジョナサンの圧倒的な勝利に、霧島は驚きを隠せない。
まさか悪魔の力にも頼らずに、最強と称される側近幹部たちを下したのだから。
完全に、”勝ち船”に乗ったと確信していた。
「――栄光の日々は過ぎ去り。ここから先は、正統なる王の時代が幕を開けるだろう」
自らの手に剣を持って、ジョナサンは紅月不動のもとへと歩を進める。
「……こいつは、もっと早く対処するべきだったな」
「その通り。あなたは遙かな昔から、すでに王ではなかった」
圧倒的に見えた不動の魔力も、ジョナサンを前にすると霞んで見えてしまう。
どう足掻いても、この結末は変わらなかった。
「……さらばだ、”日本の王”よ」
新たなる時代の幕開け。
ジョナサンは手に持った剣で、不動の首をはねようと――
「ッ!?」
その寸前、横からの攻撃によってジョナサンは吹き飛ばされた。
防御に回った、”剣ごと”。
「……何が、起こった」
ジョナサンはすぐに立ち上がると。
自分に攻撃を仕掛けてきた、”新たなる敵”を視界に収める。
「――なぁ爺ちゃん。誰だよ、こいつ」
右手には、王の指輪。
若く整った顔立ちに、強い意志を感じさせる瞳。
”紅月朱雨”。
系譜を継ぐ者が、ここに一人。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます