スカーレット・ツイン






 姫乃タワーの上層階。一部の者しか立ち入れない長官室は、悲惨な有様へと変貌していた。

 窓ガラスが壁ごと破壊され、長官用の椅子は粉々に。


 この部屋の主である”龍一”は入口側を背に、”愛すべき侵入者”と対峙する。




「……どうして、ここまでムキになる」


「……うるさい」




 長官室へとやって来た侵入者は、龍一の娘である”輝夜”と、彼女の使役する悪魔である”ドロシー・バルバトス”。

 ドロシーの身体能力によって、地上からここまで跳んできたのだろう。




「”朱雨が連れ去られた理由”、心当たりがあるんだろう?」


「ああ。後で連絡すると、メールを送ったはずだが」




 突然の侵入者に対しても、彼は冷静さを失わない。それは強さ故か、相手が娘だからか。

 そんな龍一の態度に、輝夜は苛立ちを抑えきれない。




「”わたしの弟”だぞ! いつもみたいにまた隠し事があるなら、殺してでも喋らせてやる」




 輝夜の宿す怒りが具現化するように。彼女の手に、漆黒の刀”カグヤブレード”が出現する。

 その目つきも、滾る魔力も、彼女の”本気度”を表していた。

















「なるほど。黒い刀、か」




 時は少し遡り。

 姫乃にあるとあるカフェに、二人の若い男女が居た。


 輝夜の弟である”紅月朱雨”と、そのクラスメイトである”並木栞”。

 傍から見れば、それはまるでデートのようだが。これは決してデートではないと、栞は内心、ホロホロと泣いていた。


 朱雨から誘われた時は、それはもうテンションが上がり、しっかりと身だしなみも整えてきたのだが。

 カフェで彼に尋ねられたのは、”魔界で起きた出来事”について。




 とある悪魔たちの策略で、栞たちは魔界に連れ去られ。それを助けるために、友人である輝夜が魔界に単身乗り込んできた。


 ”カノン”という優しい悪魔との出会いや、輝夜が手にした”黒い刀”。

 そして、輝夜がその刀の力を使い、悪魔たちの組織を壊滅、掌握したこと。


 仮面をつけた謎の人物と戦って、輝夜が”淡いピンク色の輝き”を纏っていたこと。


 その後、謎の腕時計の力で地上に帰されてしまったため、それ以降のことは知らないものの。栞は、自らの知りうる全てを説明した。




 それらの話を聞いて、朱雨は深く何か考え。

 その様子を眺めていた栞は、”あること”に気がつく。




「紅月くんって、輝夜のことがすごく心配なんだね」


「……いや、そういうつもりはない。ただ、あいつや親父の持つ”力”に、興味があるだけだ」


「……そっか」




 栞は、そんな彼の言葉を”嘘”と考える。


 以前から、朱雨は悪魔や魔法に関する知識を自力で得ようとしていた。

 九曜くよう高校、悪魔研究会などという、たった3人の集まりを作って。魔法や悪魔、”呪い”に関する歴史、その会得方法などを調べていた。


 そんな彼の姿を見て、今まで栞は純粋にそういったものに興味があるのだと思っていた。

 だがしかし、ここにきてその考えが覆される。


 紅月朱雨という人間は、”たった1人の姉”のために、無力な自分を変えようとしていたのだと。




(輝夜と同じで、”自覚”がないのかな)




 きっと本人も理解していない、根源的な部分。自分にとって、”何が一番大切なのか”。本当は分かっているのに、目を背け続けている。

 こういう部分は、双子揃って同じなのだと。栞は少し感心してしまう。




(……あれ? でもそうなると、わたしの”最大のライバル”って)




 その考えに至って、栞は戦慄した。自分が密かに恋心を抱く、紅月朱雨。

 しかし彼は、絶対に認めないだろうが”意中の人”がいる。

 双子の姉弟だからと、決して安心はできない。


 おそらく朱雨は、輝夜を巡る環境の変化と、変わらない自分に焦っているのだろう。

 どういう形であれ、人は変化していくもの。

 かくいう栞も、自らの恋に正直になるために、ボサボサのオバケヘアから、今のオシャレ少女に変貌したのである。


 デートなどと浮かれていたものの、どう考えても相手はそんな意識はまったくない。それくらいのことは、栞にも理解できる。

 きっと今のわたしは、彼にとって”脈なし”なのだと。


 告白なんてできないし、する勇気もない。

 だがしかし、人は勇気で変われると、友人である輝夜は教えてくれた。

 だから栞は、少しだけ”勇気”を振り絞ることに。




「休日に呼び出して悪かったな。今度、何か埋め合わせを考えておく」


「ううん、大丈夫。”朱雨くん”と二人で話せて、ちょっと嬉しかったし」




 まずは、名前を呼べるように。

 栞はほんの少し、勇気を出した。








「――失礼。もしかして君、紅月龍一氏の息子さん?」


「……だとしたら、何のようだ」




 二人に急に話しかけてきたのは、”スカジャンを着た細身の男”。

 その隣には、似たような格好をした”大柄の男”も立っている。


 穏やかなカフェの雰囲気が、一瞬にして静まり返った。















「んむ……美味いな」




 大掛かりなショッピングも終わり、”輝夜たち一行”はあてもなく街をぶらついていた。


 やはり目につくのは、”悪魔たちの服装”であろう。

 世紀末ファッション、謎の革ジャン、海外のギャング。そうとしか表現できない服装から一変し、”ちょっとガラの悪い連中”、程度の服装には落ち着いていた。


 クール系イケメンの”カノン”に関しては、異性の目を引くほどに仕上がっているのだが。

 やはり、褐色で目付きの悪い”アトム”と、ハゲで巨漢の”ゴレム”では、やはり素材が限界であった。


 ちなみに買い物を経ても、善人の契約悪魔である”アミー”は以前と変わらない世紀末ファッションを貫いている。あれはきっと、もうそういう生き物なのだろう。


 そして、”ドロシー”は。いつもの漆黒のドレスとは印象が変わり、シンプルな”純白のワンピース”を身に纏っていた。

 購入した多くの服は、全て紅月家へ郵送したのだが。これだけは”輝夜が選んだ”ため、ドロシーはしっかりと着用していた。




 人と悪魔、総勢9名の大所帯。

 テイクアウトのハンバーガーを食べながら。

 この後はどうしようか。そんな事を話しながら、街をぶらついていると。






 まるで、平穏な日常をブチ壊すかのように。


 凄まじい轟音を立てながら、1機の”ジェット機”が姫乃の街に飛来する。






「んも、まんまれは!」




 うお、なんだあれは。とでも言いたかったのか。ハンバーガーを頬張りながら、輝夜が空を指差す。


 ただのジェット機なのか、それとも戦闘機なのか。詳しい知識など無いため、その正体は不明なものの。ジェット機を間近で見る機会など滅多に無いため、輝夜は興奮を隠せない。



 どうやらジェット機は、垂直での離着陸が可能な”VTOL機”と呼ばれる機体のようで。

 僅かに変形すると、地上付近でホバリングを開始した。



 一体なぜ、どういう目的であんな機体がやって来たのか。

 野次馬根性で、輝夜たちも近くに見に行くことに。




「すっごい! 何あれ」


「映画みたい、だね」




 桜と善人も、輝夜と同じで興奮を露わにする。漫画のように、お金持ちが颯爽と登場でもするのか。

 そんな、呑気なことを考えていると。





「――朱雨くん!」





「……栞?」



 聞き覚えのある声に、輝夜は走り出し。




 ”3人ほどの人影”を乗せて、ジェット機は空へと浮上していく。




 ジェット機がホバリングしていた辺りまで、輝夜が駆けると。

 案の定、そこには友人の栞が立っていた。ひどく、混乱した様子で。




「おい、何がどうしたんだ?」


「輝夜! 朱雨くん……朱雨くんが、変な人達に連れて行かれちゃって」


「はぁ!? んな馬鹿な!」





 垂直飛行のまま、徐々に高度を上げていくジェット機。


 輝夜は驚きと共に、それを見上げた。















「おいおい! 冗談だろ」




 とある建物の屋上で、黒いシャツを着た男、”ウルフ”がつぶやく。


 彼は龍一によって招集された、輝夜の護衛であり。今日も今日とて、忍者のように陰ながら彼女の後を追っていた。

 それゆえに、ジェット機の襲来という衝撃的な場面にも出くわしたのだが。


 浮上していくジェット機を見上げながら、ウルフはとっさにスマホを取り出し、”自らの雇い主”と連絡を取る。




「えぇ、おそらくは軍用機でしょう。どうやら、”息子さんの方”が誘拐されたっぽいです」




 彼は魔力によって強化された視力で、しっかりとジェット機に乗り込む人影を捉えていた。




「はいはい。もちろん、こんな街中じゃ撃ちませんよ。墜落したら大惨事、息子さんもヤバいですからね」




 ウルフの手元には、彼の主力武器である”弓矢”がある。彼の力をもってすれば、戦闘機の撃墜などお手の物だが。


 彼は野生の獣ではなく、理性のある”飼い犬”である。


 朱雨がどの勢力に連れ去られたのか、相手はどういう格好をしていたのか。そんな情報を、事細かく報告するウルフであったが。




「って、マジかよ!」




 彼はその優れた感知能力ゆえに、気づいてしまう。

 地上にて発生した魔力、”攻撃的な力”の波動に。

 そんな事をしでかすのは、この場には”彼女たち”しかいない。





「――龍さん。アンタのお嬢さん、”イカれてますって”」





 ”冷静な獣ウルフ”が、手を出さない中。


 ”凶暴な獣カグヤ”が、動き出そうとしていた。















「輝夜さん! 本気で良いんですね?」


「ああ! 良いから、さっさとしろ!」




 地上。


 この場から離れようとするジェット機に対し、”カノン”が魔弾を放とうとしていた。

 当然、指示を出したのは彼のマスターである。



 今までのような、指先から魔力を放つだけの”簡単な技”ではない。

 カノンがこれより繰り出すのは、長距離用に編み出した”新たなる技”。


 彼は右手を空に向け、左手でそれを支え。

 すると、複雑な魔法陣が彼の右腕に描かれ始める。


 自らの主を守るため、彼も”技術”を学び始めた。

 そして、その成果を示すように、ジェット機へと狙いを定める。




「ドロシー、あれくらいなら受け止められるか?」


「……服が汚れるけど。あなたの頼みなら、余裕よ」




 いくら輝夜とは言え、何も考えてないわけではない。

 カノンの精密射撃と、ドロシーの身体能力があれば、”無事”に取り返すことができる。そう確信しているからこそ、判断は早かった。




「――では、撃ち落とします」



 カノンの手より、”鋭い魔弾”が放たれる。




 強大な魔力を一点に集中した、まさに”狙撃用の魔法”。


 魔弾は精確な軌道で、ジェット機の翼を貫く。




 はず、だったのだが。




 その攻撃を察知していたのか。

 ジェット機のハッチから、”黒スーツを着た長髪の男”が姿を現し。



 翼を狙ったカノンの狙撃を、”刀の一閃”により斬り捨てた。






「なっ」




 人間離れした剣技。自分の父親以外に、あんなことができる人間が居るのか。

 そんな事を思いつつ。輝夜はただ、離れていくジェット機を見つめることしかできず。




 ”弟が連れ去られた”。

 その事実に、ギュッと胸を掴まれた。









◆◇










「――それで、話は聞けましたか?」


「いいや。明日、家に帰ってくるから。腰を据えて話す、らしい」


「そう、ですか」




 謎のジェット機に、弟を誘拐され。

 あまりにも冷静な父親相手に、喧嘩を売って。


 楽しい休日のはずなのに、輝夜の一日はそうやって終わってしまった。



 そして今。

 溜まった感情を流すように、”影沢”と一緒にお風呂に入っている。




「わたしも、龍一さんについては知らないことが多いので。家族や知人関係も、あの人はただ、”居ない”と言っていましたが……」




 輝夜の父、龍一には隠し事が多い。


 ”フォックス事件”での活躍、ロンギヌスと関わる前は何をしていたのか。

 どこで遺物レリックを手に入れたのか。


 長年の付き合いである影沢にも、その過去は伝えられていない。

 おそらく今回の一件も、その隠された過去にあるのだろう。




「龍一いわく、朱雨は絶対に大丈夫らしいが。あいつ、どんな保証があってそんなこと」


「……」




 お湯に浸かりながら、輝夜は怒りを募らせる。

 そんな彼女の様子を、影沢は少しだけ意外に思った。




「朱雨さんのこと、ちゃんと心配なんですね」


「どういう意味だ?」


「いえ。いつもは、顔を合わせれば口喧嘩、というよりも仲が悪そうでしたので」


「……あぁ。そう、だったかな」




 確かに、と。輝夜は自分でも意外に思う。


 朱雨が拐われたと知った瞬間、輝夜は考えるより前に、仲間に指示を出していた。結果として、それは失敗してしまったのだが。


 想像以上に、輝夜の心は揺れていた。




「なぁ、舞」


「はい」


「前のわたし。というより、”前世のわたし”なんだが。――わたしはあいつと同じで、”弟”だったんだ」


「おや。それは意外な事実ですね」




 輝夜が、輝夜として生まれる前。以前の彼は、年の離れた兄のいる、次男であった。

 だからだろうか、弟としての気持ち、弟という存在について複雑な感情を抱いてしまう。


 自分とまったくタイプが違う。仕事も私生活も真面目で、趣味はテレビゲーム。そんな兄のことが理解できず、理解できないまま永遠の別れとなってしまった。


 自分が、兄を苦手だったように。

 朱雨も、姉である自分が苦手なのか。

 姉である自分は、弟の朱雨をどう思っているのか。


 ここ数年で、朱雨の性格が大きく変わったこともあり。

 双子の関係は見た目よりも複雑なものになってしまった。




「向こうが、どう思ってるのかは知らないが」




 それでも、離れ離れになって、ようやく気づくこともある。





「――わたしは、あいつのこと。意外と、”大切”みたいだ」





 ”5年という歳月”は。

 家族愛を育むには、十分すぎる時間であった。





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