国家の闇






 日本。姫乃から遠く離れた土地にある、とある日本屋敷。

 その一室に、4人の男が集まっていた。


 ”絶対的存在”である1人の老人を除いて、残る3人はみなスーツ姿であり、”同種”の存在であることを示していた。




「あぁ? これをどうすりゃいいんだ?」


「会長、ここをタップしてください」




 その老人。名を”紅月不動ふどう”と言い、日本の裏社会を支配する不動連合の会長である。

 彼はどうやらスマホの扱いに疎いようで。側近である1人の男、この場で一番若いであろう男に教えてもらっていた。




「これだから、最近の機械ってのはダメだな」


「まぁ、確かに。会長のような”年寄り”には、少し難しいかも知れませんね」


「こんにゃろう、言うじゃねぇか」



 不動会長以外の3人は、おそらく彼の側近なのだろう。多少の冗談も、軽く流すような仲であった。



「で。このジョナサンって野郎が、うちの連中を襲ってるってのかい?」



 不動会長は、鋭い視線で側近たちに尋ねる。これから話す内容は、決して冗談では済まされないのだから。



「ええ。沖縄から徐々に北上し、直系の組を襲っています。そして、その全てが壊滅という結果です」



 側近の1人。サングラスを掛けた、40代ほどの男が答える。

 その内容に、不動会長はため息を吐いた。



「そもそも、こいつは一体何なんだ? ソロモンの夜? 悪魔バトル? 俺にはちんぷんかんぷんだ」



 不動会長は、機械に疎い年寄りである。遺物レリック保有者ホルダーではあるものの、アプリの仕様をまるで理解していなかった。



「それは、我々にも。ただ、このアプリに触発された者たちが、積極的に”指輪”を狙っているのは確かでしょう」



 サングラスの男が、不動にも分かりやすく伝える。彼らは持っていないものの、不動会長の指には”両手に一つずつ”の指輪があるのだから。



「……うちの兵隊連中じゃ、相手になんねぇのかい?」




 不動連合の一員。日本のヤクザという存在は、世界的に見ても特別な存在である。

 海外におけるマフィア、ギャングなどとは次元が違う。文字通りの”超人集団”なのだから。

 警察など相手にならず、日本を影から支配してきた。ロンギヌスですら手出しできない、最恐最悪の極道。

 そんな彼らが、初めて”狩られる存在”になっていた。




「敵は、複数の悪魔を使役する人間です。たとえうちの幹部連中でも、流石に相手は厳しいでしょう」



 今まで黙っていた男。顔に大きな傷と、眼帯を付けた男が言葉を発する。



「会長や、”龍一さん”の持つ指輪なら、悪魔の召喚もできるでしょうが。幹部連中に配ってる指輪じゃ、それができんのでしょう」


「なるほどな。そういうカラクリかい」



 不動会長は、苦虫を噛み潰したような顔でつぶやく。



「……紅月龍一。ロンギヌス、日本支部の長官でしたっけ? 何なら、自分が確保に行きましょうか?」



 若い男がそう提案するも、不動会長はそれを良しとしない。



「よせ、國松くにまつ。神崎にも言ったが、オメェらじゃ敵わねぇよ。……多分あいつは、下手したら人間の中で一番つえぇからな」


「……会長が、そう言うなら」



 若い男、國松は少々不服そうながらも、会長の言葉には逆らわない。ただ上司というだけでなく、彼らは盃によって結ばれた親子なのだから。



「言っとくが、俺は悪魔の力になんて頼るつもりはねぇ。俺らは天下の不動連合だぞ?」



 威厳を含めて、不動は側近たちに視線を送る。



「全国の幹部連中に伝えな。それぞれ兵隊を用意して、協力してこのジョナサンって野郎を殺せ。ヤクザの意地を見せつけろってな」



――了解しました。



 会長の言葉に、側近3人は迷うことなく返事を返す。彼の言葉が、組織の言葉なのだから。



「おう、頼んだぞ。何なら、オメェたちも行ってこいや。俺に護衛は必要ねぇから、たまには運動してこい」


「いえ、そういうわけには」



 サングラスの男が反論する。



「心配は無用だ。”神崎”1人居りゃ、誰も俺に手出しなんてできねぇよ」


「……その神崎が居ないから、我々も離れるわけにはいきません」


「あぁ? ……そういやぁ、あいつはどこ行った?」


「会長の命令で、”姫乃”に向かうという話では?」


「あぁ! そういや、あいつに頼んでたっけな」




 神崎への頼み事を思い出し、不動会長はほくそ笑む。

 年老いてなお、”楽しみ”はまだ残っていた。




「孫の顔を見るだけじゃねぇ。運が良けりゃ、バカ息子の指輪も取り返せるかもな」




 ジョナサン・グレニスター。

 不動連合。

 そして、紅月家。



 因縁と闘争が、絡み合う。

















「よーし、クソッタレの悪魔ども。金はわたしが出すから、好きに服とかを買ってこい!」




 姫乃にある大型商業施設、マリオネットモール。そこに、輝夜たちはやって来ていた。


 それも、かなりの大人数で。

 善人、桜、黒羽というクラスメイトたちはもちろんのこと。

 ドロシー、カノン、アトムにゴレムという、輝夜の使役する悪魔たち。

 おまけに、善人のパートナーであるアミーも参加。

 総勢、9人という大所帯であった。


 ここへ来た目的は、悪魔たちの服などを揃えるため。この姫乃の街に紛れるために、必要な買い物をするためにやって来た。

 ドロシーは、同じようなドレスしか持っておらず。カノンはともかくとして、アトムとゴレムはギャング風ファッションしか持ち合わせていない。

 輝夜は主人としての品格を疑われないために、ここに物を買いにやってきた。




「この人達が悪魔なんて、信じられない」




 黒羽はほとんどの悪魔と初対面のため、彼らの人間らしさに驚く。

 なにせ、服装はともかくとして、見た目は人間と何も変わらないのだから。人間と悪魔の違いは、魔力と尻尾の有無くらいなもの。




「そういえばお前ら、尻尾はどうやって隠してるんだ?」




 輝夜が尋ねる。

 思えば彼らは、尻尾も上手く隠していた。

 本数の少ない下級悪魔ならまだしも、魔王であるドロシーは一体どうやって隠しているのか。




「魔法で消しているのよ」


「ええ。魔界には、パッケージ化した魔法も販売しているので」


「なるほど、な」




 尻尾を隠すための魔法。魔法とは、何とも万能なものである。


 そんな、他愛もない話をしていると。

 思い出したように、善人がスマホを取り出した。




「そういえば、僕にもソロモンの夜が来たんですよ!」




 彼の見せるスマホの画面には、確かにソロモンの夜が存在していた。他の遺物レリック保有者ホルダーから遅れて、ようやく招待状が来たのだろうか。




「今更って、遅すぎるだろ」


「確かに。どうして、何でしょう」


「……」




 遅れてやって来た、ソロモンの夜への招待状。それが一体、何を意味することなのか。

 黒羽えるは、目を細めて彼を見つめていた。















「お客様、とてもお似合いですよ」


「そうかしら」




 輝夜たちは女性陣と男性陣に別れ、それぞれ好き勝手に買い物を始めていた。


 女性陣は全員揃って、とりあえずドロシーの服を買いに来たのだが。高身長で、銀髪の美女と言うこともあり。ドロシーはいつしか店員に囲まれていた。

 同様に、輝夜も声をかけられていたのだが。”ただ無視をする”という方法によって事なきを得ていた。


 輝夜、桜、黒羽の3人は、着せ替え人形と化したドロシーを遠目で見つめるのみ。




「お前たちは、服とか興味ないのか?」


「えっ。別に、着るものに困ってないし」


「わたしも、服にはそこまで関心ないかも」


「……わたしが言うのも何だが、あまり女子っぽくないな」




 輝夜は元より、ファッションに興味がなく。何なら、影沢の買った服が山のようにあるので、これ以上買う必要性を感じない。

 見た目は完全なるギャルである桜は、金髪にしている割に普通の服装で十分らしい。

 黒羽に至っては、私服は数パターンあればOKという始末。

 ここには、女子力が枯渇していた。




「……」



 本来なら、魔界等で友情を育んだ”栞”も呼びたかったのだが、とても大事な予定があると断られてしまった。


 ただ見ているだけではつまらないので、輝夜はドロシーのもとへと足を運ぶ。




「なぁ。どういう服が良いとか、そういう好みはないのか?」


「……そう、ね」



 ドロシーは試着室から顔を出し、輝夜と会話をする。



「ある程度、戦闘に耐えられるなら何でも良いわよ」


「いや。そういうのじゃなくてだな。ほら、いつもは黒いドレスを来てるから、ああいうのが好みなのか?」


「いいえ、そういうわけじゃないわ。あれはアガレスが仕立ててくれた、特注のバトルドレスよ。わたしの魔力が編み込んであるから、とても頑丈なの」


「……そうか」



 おそらく、彼女の求める”耐久力”は、この店の服には無いだろう。

 というより、地球上に存在しない可能性すらある。



「そういうあなたは、どういう服が好みなの?」


「わたしか? わたしは別に、好みとかないぞ? ほら、なに着ても似合うしな」


「……確かに」




 悲しいことに。輝夜を含む女性陣には、まともなファッションセンスを持つ者は居なかった。

 もしもカノンなどを連れていれば、色々な意見も貰えたのだろうが。男女は完全に別行動であった。




「まぁ、金の心配は要らないから、とりあえず買っとけ」



 そう言って、輝夜は再び桜たちのもとへと戻っていった。















「……」




 大量に買った服は、まとめて家に送ってもらい。輝夜たちがショッピングモールをぶらぶらしていると。

 ドロシーが、ペットショップの前で停止。ショーケース内の子犬をじーっと見つめ始めた。




「おい。まさか、犬が欲しいのか?」


「いいえ。わたし、魔界でペット飼ってるから」


「そうか」




 ドロシーやカノンなど。指輪によって召喚された悪魔は、指輪の中に入ったり、魔界に自在に戻ることも可能である。

 つまり、魔界にペットが居るからと、置いてけぼりの心配は皆無であった。




「わたしの飼ってる魔犬。昔はこんな感じだったのに、今じゃ猛獣みたいな見た目してるのよ。だから、この子犬もそうなるのかしら」


「いや。人間界の犬は、そっちの魔獣とは違うからな。多分、下等生物のままだと思うぞ」


「そう」



 よっぽど、可愛らしい犬が珍しいのか。ドロシーは子犬の挙動を不思議そうに見つめている。



「で。お前の飼ってる犬、名前とかあるのか?」


「”トト”って言うの。わたしが物心ついた頃から一緒に居る、家族よ」




 ドロシーと、トト。

 まるで、とある”おとぎ話”のような名前であった。

















 適当な買い物をしつつ、輝夜たち女性陣はカフェで一息つくことに。

 途中、善人たちを遠目で見つけたが。アトムやゴレムなど、どう見てもチンピラにしか見えない絵面だったので、合流しないことにした。




「ふぅ。わたし、こうやって友達と買い物に行くの、初めてだったから。ちょっと不思議な気持ちかも」



 みんなでスイーツを楽しみながら、黒羽がそんな事を口にする。



「お前、ボッチだったのか?」


「かぐち、直球すぎ」


「……」



 人間二人は、黒羽の話に反応するも。

 ドロシーは、人間界のスイーツに夢中で話に気づいていなかった。



「うん。何ていうのかな。昔から、ちょっとズレてるっていうか。クラスメイトと話すよりも、1人で勉強したり、本を読むのが好きだったから」


「確かに。お前、委員長タイプに見えて、全然委員長じゃないしな」


「あはは。紅月さんは変わってるから、話しやすいかも」



 普通じゃない。変わり者。

 そんな自覚があるからこそ、黒羽と輝夜はただの”敵同士”では終わらなかった。



「ははっ。わたしは寛大な女だからな。たとえ殺し合いをした相手でも、仲間にするくらいの度量がある」




 事実、輝夜はアトムとゴレムを自らの悪魔として使役していた。

 戦力として使えるから、というのも理由ではあるが。人を憎むしかなかった彼らの”人間性”に、共感を得たからである。

 とはいえ、一度殺して、無理やり生き返らせているのだが。




「なんか、良いなぁ。わたしも悪魔を召喚してみたーい」



 この中で唯一、悪魔との繋がりが薄い桜が、そうつぶやく。



「……黒羽から奪った指輪なら、うちの引き出しにあるぞ?」


「いや、それは流石にちょっと」


「ちょっと待って。あの指輪、引き出しにしまってあるの?」



 もとは黒羽の指輪だったのだから、それを貰うのは桜としては気が引け。

 黒羽は指輪の管理体制に驚いた。



「実はわたし、ちょっと前まで悪魔なんて大嫌いだったけど。ヨッシーと、アミーさんに助けられて、印象が変わったというか」




 輝夜と栞が、魔界に連れ去られた日。桜もまた、”兄の皮を被った悪魔”に襲われていた。

 それを助けたのが、善人とアミーであり。その二人の”熱さ”に、桜は惹かれていた。




「そういえば、二人には言ってなかったっけ? わたしの家族が、”悪魔とヤクザの戦い”に巻き込まれて、死んじゃったって話」


「……それは、初耳だな」


「えへへ。ヨッシーには、前に話したんだけどね」



 こんな楽しい時間に、するような話ではないと分かっている。

 それでも桜は、自分という人間を友達に知ってほしかった。



「確かに。”姫乃の外”なら、あり得る話だね」


「そうなのか?」




 黒羽は冷静に話を受け止めるも。輝夜は姫乃の外を知らないため、理解が追いつかない。

 この世界の日本が、自分の知るそれとどれほどかけ離れているのか。

 この街に生まれたがゆえに、輝夜は知らなかった。




「そっか、かぐちは知らないんだね。日本って国が、どれほど腐りきってるのか」



 少し寂しいような、羨ましいような。そんな目で、桜は輝夜を見る。



「紅月さん、歴史が特に苦手だもんね」


「うっ」



 勉強の二文字が頭に浮かび、輝夜は頭痛が。



「日本の戦後。――”不動連合”の成り立ちについて、おさらいしよっか」



 ドロシーが、のんきにアイスを味わう中。

 輝夜たちは、現代日本の起源について話し始めた。






 第二次世界大戦が終わり。1人の男が、日本の裏社会に現れた。


 彼は銃弾や刃物にも負けない強靭な肉体を持ち、”不動の男”と呼ばれた。その男こそが、日本を牛耳る最大の任侠団体、不動連合の初代会長である。


 彼は紛れもない”超人”であり。やがて彼の仲間も、同じように超人的な力を持つように。

 その力と、権威を象徴する証として、不動連合の幹部は”黄金の指輪”を身につけるようになった。






「今になって考えれば、彼は遺物レリックを手に入れたんだろうね。戦後のゴタゴタで、海外から持ち帰ったのかな?」




 何十年も昔の話であり、確かな情報も残っていない。しかし黒羽は、不動連合の成り立ちをそう予想する。




「不動連合は、魔力を持った”超人”の集まりだからね。だからロンギヌスも姫乃以外に支部を作れずに、警察や政府だって逆らえない」




 公平なる秩序によって守られている街は、日本では姫乃だけ。姫乃の外では、ヤクザや悪魔による恐怖により、多くの人々が苦しめられている。


 鉄砲玉のように人間界に送り込まれる悪魔と、それと戦うヤクザ。姫乃以外にロンギヌスは存在しないため、市民は必然的にヤクザに頼るしか無い。

 彼らは周囲への被害など考えずに戦い、そして誰かが涙を流す。


 竜宮桜という少女も、その1人であった。




「……」



 バシン、と。輝夜が桜の背中を叩く。

 だがしかし、




「痛っ」



 痛みを感じたのは、叩いた輝夜の方であった。




「かぐち?」



 桜は子供に触られた程度にしか感じていない。




「……心配、するなよ。この街にいる限り、悪魔もヤクザも怖くないからな」



 手の痛みに悶えながらも、輝夜はニッコリと笑う。




「何かあったら、このわたしが守ってやるよ」


「……ありがと、かぐち。ヨッシーと同じで、頼りになるね」


「あぁ? 言っておくが、わたしのほうが強いぞ?」


「ふふっ。確かに、紅月さんは最強の遺物レリック保有者ホルダーだからね」




 いざとなったら、こっちには魔王だってついている。

 彼女たちの平穏を脅かすものは、何人たりとも許されない。

















「”神崎”さん、本当に大丈夫なんですか?」


「さっきから言っているでしょう。たとえミサイルが飛んできても、落とされませんよ」




 姫乃を目指す、一つの”ジェット機”。

 その中で、日本刀を手にした長髪の男がパイロットと話をする。


 ”紅月家”にとって、避けようのない影が迫っていた。





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